【事業承継 後編】中小医療機関にも求められる「経営」の視点 事業承継も見据えた運営を考える

松村洋佑税理士事務所 代表 松村洋佑氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]世良武史

“代替わり”は改革のチャンスでもある

――先生の事務所でクラウド会計の導入が進んでいるのは、お客さまに比較的若い世代が多いからだ、というお話もありました。

松村 そういう側面は否定できないでしょう。やはり長年アナログの世界でやってきた世代が新しい仕組みを取り入れるというのには、いろいろな面で困難が伴うのは事実だと思います。

税理士事務所に勤務していたときには、先代からの“代替わり”を機に、デジタル化を実現した歯医者さんがいました。

――どのような事例だったのか、お話しいただけますか。

松村 70歳を超える先代が個人事業として歯科医院を営んでいたのですが、息子さんが戻ったのを機に法人化して、同時に経営も委譲したんですね。そこから、2代目主導で「昔ながら」の会計まわりを変えていった、という流れです。

先代の時代は、帳簿類は全部手書き。矯正歯科に力を入れていたため、まさに自由診療の世界だったのですが、現金もやはり「未管理」に近い状態でした。

それではまずい、という問題意識を持っていた2代目と一緒にクラウド会計を入れ、口座をはじめレセコン(診療報酬明細書を作成するコンピューターシステム)までオンラインでつないで、デジタル化を図りました。現金に関しても、窓口でカード決済を可能にしてその扱いを減らしたうえで、口座への預け入れも徹底してもらったのです。

――本当に一気に変えたわけですね。

松村 その結果、それまで半日かかっていた1ヵ月分の経理関係の入力作業が、1時間弱で済むようになり、さきほどもいったように、その分を先方とのコミュニケーションなどに割くことが可能になったんですよ。話の中身も、正確な数字を踏まえたものになりました。息子さんは、そのメリットを実感したこともあって、当事務所の顧客になってくださいました。

お医者さんも頭を悩ます事業承継

――今お話しのケースは、事業承継という切り口からみても、非常にうまくいった事例だと思います。

松村 そうですね。この件がスムーズに進んだのは、先代の対応のおかげでもあります。新たに設立した法人では、自らも引き続き患者さんの治療を行うのですが、息子さんを理事長にして、経営の権限をすべて譲りました。

デジタル化に関しても、内心思うところはあったのかもしれませんが、そこは息子に任せる、と。まあそれも、きちんとした「跡取り」がいたから、できたことなのではありますが。

――どの業種でも、経営者の高齢化に伴って、事業をどう引き継いでいくのかが大きな課題としてクローズアップされています。医療機関も同様でしょうか?

松村 事業承継についての相談が増えているのは、間違いありません。個人のクリニックでも医療法人でも、悩みを持っているお客さまが多くいらっしゃいます。ただ、私の知る限り、今の例のように親族の後継者が育っているところは、レアケースですね。

――そうなんですか。

松村 医師には資格というハードルがあります。資格を取っても、他の医療機関で働いていて、「実家」には帰ってこないという例も少なくないんですよ。

それならば、と親族以外の人間に継がせようとしても、なかなか教科書通りにはいかないですね。これも私の経験上、うまくはまった例を見たことがありません。

――それはなぜでしょう?

松村 中小の医療機関では、そもそも中で働いているドクターの数は限られます。その中から適任の後継者を見つけるのは、簡単ではありません。後継者にするために外から呼んでくることもありますが、結局先代と診療の方針が合わなかったり、看護師や歯科助手などのスタッフと折り合いが悪かったりして、継ぐところまでいかないことが多いのです。

また、親族外承継の場合、継ぐ側の資金がネックになることもあります。「他人」に経営を譲るとなると、現経営者としては、どうしても「営業権」を買ってもらいたくなるわけですね。その金額が折り合わずに「破談」になってしまう。子どもに引き継がせるのならば、そうした問題は基本的に起きないのですが。

ちなみに、出資者に財産権がない「持分なし」の医療法人では、普通の事業会社のように自社株の買い取りにお金がかかる、という問題は起きません。親族が継ぐ場合でも、贈与や相続の話からは外すことができます。

――地域の医療を守るための方策ですね。

松村 そうです。ですから、経済面でのハードルは、普通の会社の事業承継よりも低いということができるでしょう。カギは、ふさわしい後継者がいるかどうか、ということになります。以前の事務所に勤務していたときには、結局継いでくれる人材が見つからず、廃業せざるをえなかったケースもありました。

有力なM&Aという選択肢

――一般的には、後継者が見当たらない場合、M&Aが検討されます。医療機関では、どうなのでしょうか?

松村 お話ししたような事情もあって、親族に継ぐ人がいない場合にそれ以外で後継者を見つけるのは、普通の会社よりもかなり難しいのが現実だと思います。医療系では、むしろM&Aの方が、金銭的にも労力の面でも「いい選択肢」になり得るのではないでしょうか。実際、M&Aに関する相談も、徐々にではありますが増えています。

――そうなんですね。参考になる事例があれば、教えてください。

松村 売却まで済ませた案件はまだないのですが、M&Aを目指して準備を始めているお客さんは、何件かあります。例えば、まだ50歳くらいの歯科医師の方が理事長を務める医療法人なのですが、後継者にバトンタッチするのは困難だと判断したうえで、売却しようとするときに買い手が付きやすく、なおかつ金額的にできるだけ高い評価を得るための、取り組みを始めました。

その先生がM&A仲介業者のアドバイスも受けながら考えた戦略は、インプラントや矯正といった自由診療の比率を下げて、保険診療メインで稼ぐ収益構造に転換させることでした。売上がドクターの能力に左右されることなく、安定的な経営が保証される法人にするのが狙いです。

――なるほど。買う側からすれば、そのほうが安心だと思います。

松村 M&Aの結果、腕の立つ理事長が抜けて売上が一気に落ちてしまうようでは、高い評価は期待できないでしょう。そこで、外部から人を入れるなど、理事長が診療の現場から徐々に離れても回る仕組みにしようと、動き始めています。この方はまだ若いですから、10年くらいかけて、そういう改革を実現していこうとしているんですよ。

――さすがに、そこまで先を見据えて、計画的に将来の準備をしようというのは、レアケースではないでしょうか。

松村 そうですね。この方の場合は、事業承継に関して非常に勉強熱心で、どんどんご自分で話を進めていらっしゃいます。

ただ、医療法人は、一般事業会社に比べて、売却金額の評価が難しい面があると思います。どれだけ事前の準備をするかによって、大きな差が出る可能性はあるでしょう。そうした評価などについては、税理士事務所が直接関与できる領域ではありません。信頼できる仲介会社を選んで、フォローしてもらう必要があります。

――個人経営のクリニックでも、M&Aは可能なのでしょうか

松村 はい。ただし、手続き面では、ざっくり言って管理者を変えるだけでいい医療法人とは違います。個人事業の場合は1回廃業して、新たに認可申請などを行わなくてはなりません。買い手にとっては、そうした煩雑さがあります。

デジタル化しても「訪問」は欠かせない

――ところで、先生は、クラウド会計の導入を推進する一方、お客さまへの訪問を欠かさないとうかがいました。

松村 そこはアナログなのです。リモートで対応せざるをえない遠隔地のお客さまは別として、原則として月に1回訪問して、お話をうかがうようにしています。正直、話題は税金や経営以外のことがほとんどなのですが(笑)。

お医者さんもけっこう孤独といいますか、他にいろいろ相談できる人がいないことも多いんですね。そうした方の「受け皿」になることも、顧問税理士の大事な仕事だと思っています。

――お客さまにとって、何でも相談できる顧問がいるのは心強いと思います。最後に、事務所の今後の目標をお聞かせください。

松村 最初に申し上げたように、現状も医療系のお客さまがメインではあるのですが、今後もさらに特化した事務所にしていきたいと考えているんですよ。それが大目標です。

そのうえで、私自身も1人ひとりのお客さまと日常的に連絡を取り合って仕事をしたいタイプなので、当面は事務所の大幅な規模拡大を目指すというよりも、自分の目の届く範囲で少しずつ拡大していきたいと思っています。

――ますますのご活躍を期待しています。本日はありがとうございました。

医療機関に特化した会計・税務の専門家として、クリニックの経営をトータルサポート。高いクラウド会計サービスの導入率を誇り、税務顧問だけではなく、経理代行、事業承継など、経営者の幅広い悩みに対応する。

URL:https://www.my-ta.jp/

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