【IPO 前編】IPOの「成功確率」は1/100。
上場後も成長する絵が描けるかが大事なポイントになる

H2Rコンサルティング株式会社 代表取締役 小林英明氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]世良武史

株式上場(IPO)の夢を持つ経営者は多い。だが、当然のことながら、それを達成するためには、超えなければならないハードルがある。今回は、IPO支援を業務の柱の1つに掲げるH2Rコンサルティング株式会社の小林英明 代表取締役(小林英明税理士事務所 所長/公認会計士、税理士)に、上場のメリットや実現のために必要となること、注意点などについて、IPOの最新事情と併せて語っていただいた。
インタビューでは、「前編」で上場の意味や審査のポイントなどについて、「後編」で成功のために必要なことなどを中心に、話を聞いた。 話をうかがった。

資金調達、人材採用などでメリットが生まれる

――最初に貴社の概要をお聞かせください。

小林(敬称略) H2Rコンサルティングは、経理アウトソーシングとIPO支援の2つを主業務にしています。会社設立は2007年で元々IPO支援を行っていたのですが、2013年頃から経理アウトソーシングをもう一つの柱にしました。経理アウトソーシングをやっているうちに、その後の税務申告もやってほしい、というニーズが多くなってきたんですね。それで、2014年から税理士事務所の業務も始めています。

今回のテーマであるIPOに関していうと、会社設立前の案件も含めれば、私が何らかのかたちで上場準備にかかわった会社は、100を超えると思います。

――わかりました。さっそくですが、「上場企業と非上場企業の違い」からうかがいます。上場すると、会社の会計や税務はどのように変わるのでしょうか?

小林 誤解を恐れずに説明させていただくと、多くの非上場企業は、「税務申告のための決算」をしています。そこでは、会計上の損益と税務上の所得は基本的に大きく変わりません。

一方で、上場企業になると、企業会計原則(※)に則った会計が求められます。ところが、この会計ルールは、税務とは必ずしもマッチしないんですね。結果的に申告の際、非上場企業では必要のない申告書の別表調整が、より多く行われることになります。

※企業会計原則 企業が財務諸表を作成する際に、守るべき原則。一般原則、損益計算書原則、貸借対照表原則から構成されている。

小林 よほど無理なケースを除き、あからさまに止めたりはしませんよ(笑)。何か上場に向けた障害が生じたときに、それを乗り越えても上場したいのか、そのメリットがあるのか考えましょう、と話したりすることはあります。

そもそも企業会計原則は、正確な財務情報を提供することで、投資家の利益などを守るためにあります。株式上場すると、決算にもそうした視点が必要になるわけです。

――決算ひとつとっても、そうした事務的な負担が増えるのですね。

小林 決算処理も大変になりますし、監査法人等による会計監査を受けなければなりません。上場準備にはそれ以外にも管理人員が必要になりますし、証券会社や印刷会社等へのコストも発生します。上場を果たした後も、上場を維持するためには、証券取引所に支払う年間上場料も含めて多大な労力とコストが発生します。

一方で、上場すれば市場からの資金調達が可能になります。それを基に、さらに事業を大きくすることもできるでしょう。創業者は、未上場では出資するだけで売却することは難しかったのが、市場で株価が付くことによって一部売り出しを行うなど、創業者利益を得られます。

社員にとっては、上場企業で働くというのは、モチベーションアップにつながるでしょう。結果的に、人を採用しやすくなるというのも、IPOの大きなメリットです。特に昨今は、人手不足がこれだけ深刻になっていますから。上場企業は、そのように社員や取引先、金融機関などに対する信用力がアップするのも強みです。それも成長の大きなエンジンになります。

だが、IPOはすんなりとはいかない

――事業の成長には、例えば、個人として起業、法人化、そして上場という道筋があると思います。中でも上場というのは、やはり特別なステップになるのでしょうか?

小林 法人化の動機は、主に税金が個人事業とどちらが得かという話です。法人成りしたければ、必要な手続きを踏むことで、誰でもその道を選ぶことができるでしょう。

しかし、上場は、しようと思ってできるものではありません。冒頭からネガティブな話で恐縮ですが、IPOを目指そうと考えて、証券会社や監査法人を探し始める。そういう会社が100社あったら、実際に上場まで漕ぎ着けるのは1社あるかないか、くらいの世界なのです。さきほど、私が上場準備にかかわった会社は100社を超えると言いましたが、そのうちIPOを果たしたのは、6社です。

――想像以上に厳しい現実です。どんなことがネックになるのでしょう?

小林 まずは事業の成長性が問われます。上場しようと考えるのだから、準備を始めた時点では勢いがあるのだと思います。でも、それに鈍化の兆しが見えたりすると、「IPOは少し遅らせましょうか」ということになるでしょう。上場したのはいいけれど、株価は下がりっぱなしでは、上場した意味合いが薄れてしまいますから。さきほど上場コストの話をしましたが、それが思った以上にかかることがわかり、今の利益水準では厳しそうだ、と思い止まるようなケースもあります。

同時に、決算処理および開示が適正にできることや内部統制をしっかり利かせることも上場企業には必須の条件です。労務管理も含めたコンプライアンスも重要です。これらができないと、やはりIPOは諦めるしかありません。

まあ、さまざまな要因があるのですが、実際にはすんなり上場までは行けないケースがほとんど。IPOは大変“狭き門”だ、という現実があります。

上場審査で見られるところ

――そういう現実も踏まえたうえで、IPOにチャレンジしたいという意欲を持つ経営者も多いでしょう。あらためて、上場準備とはどういうものか、簡単に説明をお願いします。

小林 上場するには、最終的には東京証券取引所などの取引所の審査に合格する必要があります。ただし、いきなり審査を申請できるわけではありません。

上場までのスケジュールは、証券取引所の上場審査基準を満たすべく、引くことになります。一般的には、上場審査などが行われる年=申請期の前に、各種問題点の抽出や監査法人、主幹事証券の選定などを行うN-3期→各種問題点を改善し、内部管理体制の整備を行うN-2期→内部管理体制の運用に入るN-1期という予定に従って、必要な準備を進める必要があるのです。

つまり、IPOの準備には、最短でも3年程度が必要になるということです。

――そうした上場審査で、最も見られるところは?

小林 間違いなく見られるのは、成長性です。「よし、上場しよう」と思ったときが売上のMAXだったりすると、かなり厳しいとみなくてはなりません。今述べたように、準備には3年はかかります。最低でもこの間実際に成長し、その後も成長維持を期待できることが求められるわけです。

成長性に関連する視点としては、予算管理がしっかり行われていることもあります。予算通りの結果が出せているのかどうかも、大事なポイントです。

――さきほど、内部統制についての指摘もありました。

小林 当然、上場企業として必要になる統制が利いているかについても、厳しく審査されます。まず、主要な業務に対する内部統制が充分に効く体制になっているか、また内部統制をチェックする内部監査や監査役監査はきちんと機能しているのか、しっかり調べられると考えてください。

えてしてイケイケで伸びてきた会社ほど、バックオフィスに人を投入しない傾向が強いんですね(笑)。

――そんな感じがします(笑)。

小林 それくらいでなければIPOを目指すほど成長できない、という側面もあるかと思います。経営者にもよりますが、上場を目指す段階では、「内部統制っていうのが必要なんだな」くらいの認識だったのが、準備を進めるうちに、本腰を入れてバックオフィスを強化して統制しておかないとIPOはできないことを理解する、というパターンは少なくありません。

2000年前後のITバブル時など、正直言って一部の監査法人や証券会社における審査が今と比べて緩く、比較的容易にIPOができると言われた時代もありました。しかし、そうやって上場した会社が粉飾決算などの問題を起こしたこともあって、状況は変わっています。

――上場審査は、かなりシビアになっているのでしょうか?

小林 そもそも、日本では上場企業の数が多く、しかも全体として「小粒」なのが否めません。取引所においても、きちんと売買が行われて、それなりの時価総額が付くような銘柄だけを残していこう、といった動きはみられます。

それとは別に1つ指摘しておきたいのは、近年、監査法人や証券会社に会計監査・上場審査を断られてしまう、という事態が発生していることです。実は、監査法人や証券会社のキャパシティに比して株式上場を果たしたい企業の方が圧倒的に多く、彼らも人手が足りません。ですから、形式的な上場基準を満たしている会社でも受入に優先順位を設けざるをえないのです。

――すでに上場している企業でも、監査を断られるケースが出ていると聞きます。

小林 とはいえ、IPO自体は活発です。国レベルも含めて、さまざまな形で将来性のある企業を支援しようという方向性自体に、変化はありません。上場するだけの規模や成長性があり、経営者に真摯に上場準備に向き合う気概のある会社なら、“狭き門”をくぐることは十分可能だと思います。

「後編」では、上場までのハードルをクリアするためにはどうすべきかを中心に、引き続き話をうかがいます。

会計分野全般を支援するパートナーとして「H2Rコンサルティング株式会社」を、税務分野を支援するパートナーとして「小林英明税理士事務所」を運営。経理や財務のアウトソーシングから、税務・決算の対応、そして株式上場(IPO)支援まで、豊富な知見であらゆるステージの企業をサポートする。

URL:https://h2r-consulting.com/

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