【不動産賃貸業 前編】「自らもオーナー」だからこそわかる不動産賃貸業の税金、成功のポイントや注意点を解説
税理士法人資産経営パートナーズ 代表 加瀬直樹氏資産運用や税金対策などに、不動産投資が検討されることも増えている。ただし、そのメリットを得るためには、最低限の知識が必要になるのと同時に、過剰な「ネット情報」などに惑わされないことも重要だ。今回は、自ら不動産賃貸業を営むとともに、不動産オーナーやその周辺業種の顧客をメインにサポートしている税理士法人資産経営パートナーズの代表を務める加瀬直樹氏(公認会計士、税理士、不動産鑑定士)に、お話をうかがった。
インタビューでは、「前編」で不動産賃貸業を法人するメリット・デメリット、「後編」で税務上の注意点や海外不動産への投資で考えるべきこと、などを中心に聞いた。
「エリアの色分け」が必要になる
――最初に御社の概要を教えてください。
加瀬(敬称略) 私自身は、会計士として大手監査法人の海外拠点で働いていたのですが、横浜の実家が不動産賃貸業をやっていて、10年ほど前に帰国、家業に関わるようになってから、人生が変わりました(笑)。勉強のために不動産会社の財務経理部に転職し、不動産鑑定会社にも勤め、その間、宅地建物取引士と不動産鑑定士の資格を取得し、家業を継ぎました。
最初は、不動産賃貸業に専念しようと思っていたんですよ。ただ、事業を拡大しようとすると、資本集約型事業で借入金もあっという間に膨らみます。けっこう財務リスクが大きいと感じたので、“二足の草鞋”で、もともとの士業の仕事もやろう、と。そういう経緯で、2017年に個人の会計事務所を設立したのが、今の税理士法人の始まりです。
現在は、税理士2名、スタッフ9名の体制。最初から自分がやっている事業と近い顧客に特化するのがいいと考えていたので、個人、法人それぞれ約300件の関与先のうち、8割強が不動産オーナーや不動産会社のお客さまとなっています。
――先生がそういうバックボーンをお持ちなのは、事務所の強みになりますね。
加瀬 そうですね。自分で不動産賃貸業もやっていますから、オーナーの気持ちや問題解決の勘所みたいなところは、よくわかっているつもりです。
――東京の住宅価格の高騰が話題になっていますが、先生は不動産市場、業界の現状をどう見ていらっしゃいますか?
加瀬 人口減少が進んでいるなかで、不動産の取捨選択というか、特にエリアによる二極化が激しくなっていますよね。おっしゃるように東京23区では、新築マンションの平均価格が1億円を超えました。一方で、地域によっては、売れない、貸せない、使い道のない「負動産」が増えています。
ただ、今言ったエリアは正確に見る必要があって、「首都圏では」とか「神奈川では」とか、大括りにすることはできません。同じ横浜市でも、区によってまったく状況は異なります。地方であっても、例えば、周辺で何か大規模開発が行われるなどの理由で、不動産価格や建設戸数が伸びているところは、たくさんあるわけです。
不動産投資という視点からすると、そういうエリアごとの色分けを、今まで以上に正確に行う必要性が高まっていると感じます。
――わかりました。本日は、不動産賃貸業の税務を中心に、いろいろお話をうかがっていきたいと思います。
個人と法人の税の違い
――不動産賃貸業には、個人でやる場合と、法人にする場合があります。両者の違いはどこにあるのか、からお聞かせください。
加瀬 大きな違いの1つは、利益に対してかかってくる税金です。他の事業同様、個人事業なら所得税、法人には法人税が課税されます。
第2に、不動産の場合には、それが個人に紐づくのか、法人という「箱」が持つのか、というのも重要な観点になります。個人は、いつ何があってもおかしくありません。急に不動産の管理などがおぼつかなくなることも、可能性としては考えられます。それに対して法人は、株主が変わることがあっても、それ自体には永続性があります。結果的に不動産の安定性がより高まる、ということが言えるでしょう。
――個人と法人、それぞれのメリット・デメリットを考える場合にも、そうした点が基準になるわけですね。
加瀬 税金の話からしましょう。例えば、これから賃貸不動産を持とうと考えたときには、自分の今の所得を理解しておく必要があります。会社員の「給与所得」や、個人の「事業所得」などがあれば、家賃収入による所得=「不動産所得」をそれらと合算して、所得税を計算することになります。
この所得税は、累進課税といって、所得が増えるほど税率自体も上がっていく仕組みになっているんですよ。そのため、他に所得があると、そのままでは税負担が大きくなり過ぎて、不動産事業が成り立たなくなる恐れさえあるのです。ちなみに、最高税率は、住民税と合わせて55%(4,000万円以上の所得)です。
――その分岐点は、いくらぐらいなのでしょう?
加瀬 一応の目安として、全体の課税所得が900万円を大きく上回る状態が安定的に継続するような状態ならば、法人化にメリットが生まれてきます。なお、税金計算のベースになる課税所得は、収入とは違います。不動産所得についても、家賃収入からさまざまな経費などを差し引いた後の金額になりますから、注意してください。
あえて述べておけば、今の話の裏返しで、所得がまだそのレベルに届かない場合には、個人のほうが納税額は少なくて済みます。所得税には、48万円の基礎控除のほか、医療費控除、配偶者控除といった多くの控除が認められているのも、個人でやるメリットといえるでしょう。
――法人化すると、そうした控除は受けられなくなるわけですね。
加瀬 そうです。つけ加えておくと、普通の個人事業(事業所得)には、65万円の青色申告特別控除が認められていますが、不動産賃貸業(不動産所得)の場合には、事業的規模を満たしていることが、適用の条件になります。「事業的規模」は、おおむね「アパートなら10室以上、貸家なら5棟以上」とされていて、これに当てはまれば、特別控除を受けることができます。
法人化で可能になること
加瀬 さきほどの2つ目の観点に絡むのですが、不動産が個人の持ち物か法人所有かは、将来の相続税の計算にも影響します。被相続人(亡くなった人)が個人で不動産を持っていた場合、その評価額が直接、相続財産に計上されるのに対して、法人所有になっていると、相続財産に加えるのは、法人の株式の持分になるんですね。多くの場合、法人のほうが、税金の計算上、有利に働くのです。
――相続では、どうしても評価額が高くなる不動産がネックになりがちですから、その価額を下げられるのは大きいですね。
加瀬 相続を見越した法人化のメリットは、それだけではありません。法人が不動産を所有すると、家賃収入も経費もすべてそこに帰属することになります。そのうえで、身内をその法人の役員や従業員として、事業に従事してもらうことで、報酬や給与を支払うことができるんですよ。
言い方を変えると、不動産から生まれた家賃収入という果実を、法人という「箱」を使って、生前に子どもなどに移転していけるわけです。そうすれば、物件自体は親が持っていたとしても、果実は次の世代に渡ります。結果的に、相続時の被相続人の財産を圧縮し、相続税の軽減につながります。
――早い時期からやるほど、子どもなどに渡せる果実の量は大きくなります。
加瀬 その通りです。ただ、これを目的にした法人化を考えるときには、実際の相続税の節税効果などをきちんと検討する必要があります。
法人化のポイントになる「減価償却費」と「融資の契約内容」
――法人化の一般的なメリットについてお話しいただきましたが、実際に寄せられる相談には、どんなものがあるのでしょう?
加瀬 個人所有か法人が適しているのかは、事案ごとにお客さまの収入や、対象となる不動産の状況を見て判断するわけですが、1つポイントになるのが、建物の減価償却費(※)なんですよ。減価償却費は、会計上、経費計上できるのに、実際の支出は伴いません。これを計上することで、減価償却の期間は、普通に家賃収入を受け取ったうえで課税所得を減らせるだけでなく、マイナス(赤字)にすることもできます。
※減価償却 高額なものを購入したときに、その費用を何年かに分けて経費にしていくこと。
さきほど、不動産所得以外の所得があれば、それと合算して所得税が計算される、という話をしました。逆に不動産所得が赤字ならば、その金額と事業所得などで得た所得とを相殺することができます。これを損益通算といいます。
前置きが長くなりましたが、事業所得などが大きい場合、減価償却費の税務メリットを主たる目的に、個人で不動産を持っている方も少なくありません。しかし、償却期間が終わると、不動産所得が黒字になってしまう。
――税務上のメリットがなくなるわけですね。
加瀬 この段階で考えられるのは、不動産を外部に売却するか、自分で持ち続けるか。後者を選択した場合、所得の状況を踏まえて、同時に法人化するというのは、けっこうよくあるパターンなのです。
当然のことながら、1年の減価償却費が大きいほど、節税効果も高くなります。詳述は避けますが、建物の場合は、鉄筋コンクリート造りより木造、新築より築古のほうが、減価償却費は大きくなるんですね。反対に、新築では、お話ししたようなメリットは望み薄です。ですから、そういう物件に投資する場合には、初めから法人を設立して購入する、という意思決定をされる方も多くいらっしゃいます。
過去に実行した法人化で銀行からの借り入れ条件が問題になったケースもあります。物件が融資の抵当に入っていたのですが、固定金利特約期間中は、借入名義の変更ができない契約になっていました。
――法人に変えると、そのままの借入は続けられない。
加瀬 収入も上がってきたので法人にしようと思ったら、借り入れ条件がネックになってしまったのです。もちろん銀行の担当者の主張は契約条件によれば合理性がありますので、お客様のメリットを理解していただくことと、銀行にとってもデメリットがないことを理解していただけるよう、コミュニケーションを事前に図ることで、現行の借り入れ条件が不利に変更されることなく、名義変更を認めてもらいました。
今のは1つの例ですが、法人化に当たっては、このように、金融機関などとの事前交渉も重要となります。
「後編」では、税務上の注意点などについて、引き続き話をうかがっていきます。
経営コンサルティングで中小企業を支える「ソルトルック株式会社」と、税務会計で中小企業を支える「塩見健二税理士事務所」を運営。資金繰り、相続、事業承継、M&Aなどを、あらゆる金融サービスを活用して成功させる。各士業や金融機関との連携をワンストップで行い、経営者のお悩みに幅広く対応。
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