【エンタメ業界の税務 前編】“ゲーム好き”の税理士だからわかる エンタメ業界の経理、税務のポイントとは

松田会計事務所 代表 松田貴仁氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]結城さやか

ゲームやアニメといったエンタメは、我々の日常に深く浸透しているだけでなく、日本の重要な輸出産業ともなっている。そうした業界で働くクリエーターや関連する会社の税務には、特別の課題や難しさがあるのだろうか? 今回は、業界のクライアントを多く担当する松田会計事務所の松田貴仁代表(公認会計士、税理士)に話を聞いた。
記事では、「前編」で彼らから多く寄せられる「税の相談」の中身について、「後編」では節税のノウハウ、法人成りのメリット・デメリットなどを中心にまとめた。

「業界ならではの仕組み」を知らないと、フォローは難しい

――貴事務所の概要からうかがわせてください。

松田(敬称略) 以前は大手監査法人で会計士として働いていたのですが、起業した友人に税務を頼まれたことがきっかけで、2014年に独立し、個人の会計事務所を設立しました。

お客さまの業種はさまざまです。ただ、僕自身、もともとゲームとかアニメ、漫画といったエンタメ系が好きだったんですよ。その友人の始めた会社がゲーム制作だったこともあって、つてや紹介を通じて、そうした業界の顧客が多くなりました。

――どちらかというと、個人事業主のお客さまが多いのでしょうか?

松田 エンタメ系に関しては、法人も個人事業が大きくなったためにそれを選択した、というパターンが大半ですね。初めから法人というクライアントは、当事務所では、あまりいらっしゃいません。

――エンタメ系の税務というと、それなりの業界知識などが必要になるのではないか、というイメージですが。

松田 そうですね。あまりこの業界に触れたことがない先生だと、お客さんと話が通じずに困るかもしれません(笑)。例えば、ゲームの世界には、Steam(スチーム)というプラットフォームがあって、それを通してゲームを作ったり、売ったりします。ゲームに特化したApple StoreやGoogle Playのようなものです。でも、ゲームをやらない人だと、そうした仕組みも知らないでしょう。

お客さまのほうも、ゲームの制作には秀でていても、プラットフォームからどうやって経理上の情報を引き出したらいいのかは、わからなかったりするわけですね。そういう部分からフォローできるのは、僕の強みかもしれません。

いまだに理解されないインボイス

――そういうお客さまから、税に関して多く寄せられる相談、悩み事には、どんなものがありますか?

松田 消費税のインボイス制度が導入されたときには、対応についての話が、ものすごく多かったですね。というか、インボイスに関しては、いまだに理解されていない感じで、初歩的な質問が非常に多いんですよ。

――インボイスで問題になったのは、売上1,000万円以下の消費税免税事業者でも、インボイス登録して課税事業者になるべきかどうか、という点でした。

松田 インボイス登録をしていないと、取引先が消費税を納める際に、あなたに支払った対価に対する消費税の仕入税額控除(※)ができなくなるため、結果的に取引を打ち切られたりするリスクがありますよ、という話です。でも、普通の方は、消費税の仕組み自体、そんなにわかっているわけではありませんし、そもそも「控除って何だ?」と(笑)。

※仕入税額控除 課税事業者が消費税額を計算する際に、売上にかかる消費税から、自らの仕入れなどにかかった消費税を差し引いて計算すること。インボイス制度が導入された2023年10月1日以降、その適用を受けるためには、「適格請求書(インボイス)」の発行・保存が要件となった。

そこで、まずは「理屈抜き」で、「取引先の意向を確かめてください」とお願いすることにしました。結論自体は単純で、取引先が「免税事業者のままでいい」と言ってくれるのならば、インボイス登録はしないのが「正解」です。今まで通り、消費税を納めなくてもいいのですから。

――意向確認の結果は、どうだったのでしょう?

松田 もちろん、消費税免税事業者に対してどのように対応するのかは、ケースバイケースだと思いますが、けっこう取引先の企業が融通を利かせてくれる例が多い、というのが僕の印象です。特に、個人事業主の労働集約で成り立っているような業種ですね。例えば、漫画の出版社では、数多くの漫画家やイラストレーターに仕事を依頼しているわけですが、さすがにその全員に消費税の負担を強いるのはいかがなものか、という対応を取る会社が少なくなかったのです。中には、課税事業者になる場合には、手取りが減らないように納税分を上乗せしましょう、というところもありましたよ。

――売上1,000万円以下でインボイス登録を迷うような場合には、取引先にそれが必要なのかどうかを確かめることから始める必要がありますね。

松田 ただ、消費税に関してさらにややこしいのは、現在はインボイス制度開始に伴う「経過措置」の期間にある、ということなんですね。免税事業者相手の取引では、仕入税額控除はできなくなるのが原則ですが、2026年9月30日までは取引額の80%を、その後の2029年9月30日までは50%を控除できるのです。

――インボイス導入で、免税事業者が急に不利な立場に置かれないために設けられた措置でした。

松田 取引先としては、「相手が免税事業者でも、8割を控除できるなら問題ない」と感じているのかもしれません。逆に言えば、この特例が段階的になくなる過程で、免税事業者との取引を再検討する動きが表面化する可能性は、否定できないと思います。

免税事業者の方には、一応こうしたことも頭に入れておいてほしいのですが、この「8割の話」を説明するのに、また骨が折れるのです(笑)。

源泉所得税や個人事業税にも注意

――消費税の他に気をつけるべき税金には、どのようなものがありますか?

松田 仕事の対価を「支払う側」として注意したいのが、源泉税(源泉所得税)です。法人でも個人事業主でも、人を雇った場合には、その所得税を計算し、給与から源泉徴収して納付しなくてはなりません。さらに法人になった場合には、例えば、原稿料や講演料、弁護士や税理士などに支払う報酬なども源泉税の対象です。

――そういうことを知らない人も多いでしょう。

松田 そのうえ悩ましいのは、業種によって、その対象になるのかどうかが微妙な場合があることなんですよ。

――国税庁が、源泉徴収の対象となる範囲を示していますよね。

松田 それに該当するのかどうかの判断が、難しいケースがあるのです。クリエーターの人たちはほぼ対象になると考えられますが、例えばコンサルタント系はどうか? 現実には、経営診断士と解釈して源泉税を取っている会社もあれば、対象外だと判断して取っていないところもあります。

源泉税を計算して納付するというのは、けっこう大変な作業です。他方、必要な源泉徴収を行わなかったと税務署に判断された場合、不納付加算税や延滞税というペナルティが課せられることになります。

――そこも、信頼できる専門家のサポートが必要ですね。

松田 個人が都道府県に納付する地方税である個人事業税も、課税対象となる業種が法律に定められています。この判断は自治体が行いますから、納税者が迷うということはないでしょう。ただし、今度は自治体によって対象になったりならなかったり、ということが起きたりします。

エンタメ業界にはシステムエンジニア(SE)もたくさんいますが、彼らは通常、個人事業税の対象にはなりません。ところが、「請負業」とみなされると課税対象となり、一部の自治体では徴収が行われています。あるいは、ユーチューバーなどの収入は対象外になることが多いものの、「広告業」に該当すれば、課税されるかもしれません。

そもそも、同じ漫画に関連する業務でも、同人誌の発行は課税対象。一方、漫画を描いて受け取る原稿料は対象外――と、仕事の実態に即した税金なのかという点で、個人的には疑問も感じるんですよ。特にエンタメのような業界では、次々に新しい仕事が生まれて、「これは一体何の業種?」という人がたくさんいるわけです。税に関しては、分け隔てなく課税するとかしないとか、もっとシンプルな形にしてほしいというのが、現場の実務に携わる人間の本音でもあります。

「後編」では、節税のポイントや法人化の問題などについて、さらにお話をうかがっていきます。

「どこよりも柔軟で小回りの利くサービスを提供する」ことを掲げ、顧客とのコミュニケーションを大事にする会計事務所。税理士・公認会計士のダブルライセンスを活かし、税務会計だけではなく、会計コンサルティングや内部統制支援まで、経営者のお悩みに幅広く対応。特に、エンタメ業界の税務・会計を得意としている。

URL:https://matsuda-cpa-office.jp/

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