【エンタメ業界の税務 後編】“ゲーム好き”の税理士だからわかる エンタメ業界の経理、税務のポイントとは

松田会計事務所 代表 松田貴仁氏
[取材/文責]マネーイズム編集部 [撮影]結城さやか

国の「共済制度」に加入して節税する

――ここからは、なるべく税負担を少なくするためにはどうしたらいいのか、という点に話を進めたいと思います。個人で仕事をしている人に対しては、先生はどのようなアドバイスをなさるのですか?

松田 まずは、国が運営する「小規模企業共済制度」と「経営セーフティ共済制度」への加入を検討していただきます。どちらも個人事業主でも加入OKです。

「小規模企業共済」は、積み立てによる退職金制度です。掛金の全額を所得控除できるので、高い節税効果があります。

また、「経営セーフティ共済」は、取引先事業者が倒産した際に、あおりを受けて経営難に陥ることを防ぐための制度で、無担保・無保証人で掛金の最高10倍(上限8,000万円)まで借入れることができます。掛金は必要経費に算入でき、解約した場合には、手当金をもらえます。40ヵ月以上納めていれば、掛金の全額を受け取ることも可能なんですよ。

もちろん、毎月の掛金を確保する必要がありますが、個人事業主の節税対策としては、まずこれらをお勧めします。

――税の支払いをセーブしながら、将来に備えられるわけですね。

「理由がつくもの」は経費にする

松田 前編で個人事業税の話をしましたが、これは業種によって3%~5%課税されるので、ばかになりません。ただし、事業所得が290万円以下ならば、非課税なんですね。所得がこれに近い水準の場合には、なんとかその金額を超えないように努めることも重要です。

取れる手立ては、経費で落とせるものは忘れずに計上して、所得を圧縮すること。経費は「業務のために使った費用」ですから、そういう理由のつくものは、すべてカウントするようにします。経費の問題は「290万円の壁」対策に限らないのですが、「それが経費になるとは知りませんでした」というケースが、意外に多いのです。

――どんなものが見逃されがちなのでしょう?

松田 例えば、携帯代やネットの代金、水光熱費、家賃などの「家事按分」。これらについても、「仕事に使った分」は、経費計上することができます。自宅を仕事場に使っている場合の家賃は、そのスペースや使用時間などによって、経費にできる割合を計算することになっています。

ただ、税法などにその基準が明示されているわけではありません。場合によっては、「もう少し経費に算入しても大丈夫ですよ」というアドバイスが、可能なこともあります。

――一方で「仕事に関係ないもの」を経費にすることはできません。エンタメ業界ならではの線引きの難しさはあるのですか?

松田 それは、山ほどあります(笑)。エンタメなので、趣味の延長線上で仕事をしているようなケースも多いわけです。ゲーム制作だったら、参考に遊んでみたゲームソフトの購入費用は、経費になるのか? あるいは、漫画家の旅行は取材費に当たるのか?

例えば、こうした案件については、ケースバイケースというしかありません。同じ漫画家でも、描いているジャンルは異なりますから、それで可否が分かれることもあるでしょう。基準は、あくまでも「業務に必要だったのかどうか」ということです。

――その判断自体が難しいですね。

松田 正直、仮に税務調査になった場合、調査官がその世界をどれだけ知っているかによっても、結果が違ってくる可能性はあると思います。詳しい調査官には、言い訳が次々に論破されてしまうとか(笑)。他の業種に比べ、そういう意味での「グレー度」は、高いといえるかもしれません。

法人化の判断は

――節税の大きなポイントに、事業がある程度大きくなってきたときに、法人化するか・しないか、という点があります。個人の所得税は、所得が増えるほど税率自体も上がっていく累進課税になっているため、法人になって税率が一定な法人税に切り換えたほうが有利になるからですね。先生は、所得がどのくらいになったらそれを検討すべきだとお考えですか?

松田 これも一律には言えないのですが、基本的には所得が1,000万円を超えたら考えましょう、というスタンスです。無駄な税金を払う必要はありませんから、明らかにメリットがある場合には、法人化のサポートもやります。

一方で、法人化には、それなりの覚悟と見通しが求められることも、理解しておいてほしいのです。単純に所得税と法人税の比較でいえば、所得が500万円を超えてくると、法人化したほうが得、という状況が生まれてきます。実際、個人で仕事をしていて儲けがそれぐらいになってくると、税金が高いことを実感するようになるわけですね。それで、「法人になったほうがいいのか」とみなさん不安になるわけですが、法人になるのも、なってからも、どれだけの苦労があるのかを、多くの人は知りません。

――具体的には、どんな問題が?

松田 例えば、前に説明した源泉税の扱いもそうですし、法人になれば、「一人社長」でも社会保険に加入手続きを行わなくてはなりません。従業員を雇えば、雇用保険も必要になるでしょう。決算や税務申告も複雑になり、税理士費用は上がります。その年の所得に限らず、たとえ赤字でも、7万円程度の法人住民税の均等割の負担も求められます。

そもそも法人になると、個人で使えるお金は役員報酬の形で法人から受け取ることになり、それには所得税がかかります。報酬をいくらもらうのかで、法人税+所得税の総額が変わってきますから、どの所得レベルで法人化すべきかには、その点の正確なシミュレーションも必要になるでしょう。

――税金以外の部分も含めて、対処すべきことが増えるわけですね。

松田 所得が500万円とかのレベルで法人化しても、手間やコストのほうが大きいと思います。僕だったら、「再検討したほうがいいですよ」とアドバイスします。

最近、気になることを付け加えておけば、これは必ずしもエンタメ系に限らないと思いますが、法人口座を作るのが年々難しくなっているんですよ。去年は普通にOKだったのに、今年はダメとか。個人のときから口座があって、取引に問題がなく、それなりに預金残高もあるというようなケースは大丈夫だと思いますが、そうでないと、特にメガバンクは厳しい状況になっているようです。

いろんな銀行に断られたあげく、ネットバンクに口座を開くこともあります。それでも、基本的に業務に支障はないのですが、さきほどの共済制度の掛金など、一部口座振替ができない支払いがあったりする不便さを、我慢しなくてはなりません。

税理士は自分の「感覚」で選ぶ

――お話をうかがってきて、やはり税理士という専門家の力を借りる必要のある場面が多いと感じます。

松田 申告に関しては、「自分でできる」というソフトがいろいろ出ていますから、そうする人もたくさんいます。でも、結局うまくいかなくて、正しく入力できなかった、というケースも多いです。そうなってから来る人もいるのですが、修正に時間がかかったりもします。初めから任せてもらったほうが、スムーズにいくのは間違いありません。

――専門家を選ぶときの注意点は?

松田 当事務所には、「税理士を変えたいから」と、いらっしゃる方も多くいます。たいてい前の先生が聞いてもあまり答えをくれないとか、レスポンスが遅いとか、要するに機械的な対応をされた、というのが理由なんですよ。

人間的な対応をする税理士かどうかは、やはり会ってみないとわからないでしょう。実際に話をしてみて、「この人なら合う」というプロを見つけるべきだと思います。

――わかりました。最後に貴事務所の今後の目標を聞かせてください。

松田 今後もエンタメ系をメインにやっていきたい、という気持ちに変わりはありません。自分の興味関心のある分野ならば、それだけストレスなく仕事ができて、強みも発揮できると思いますから。

現在は、自分1人で自宅兼事務所で仕事をしていますが、お客さまも増えてきて、規模の拡大も必要かな、と考えています。そのうえで、将来的には、税理士法人にして、さらに活動の幅を広げていくつもりです。

――エンタメ業界のためにも、ますますのご活躍を期待しています。本日はありがとうございました。

「どこよりも柔軟で小回りの利くサービスを提供する」ことを掲げ、顧客とのコミュニケーションを大事にする会計事務所。税理士・公認会計士のダブルライセンスを活かし、税務会計だけではなく、会計コンサルティングや内部統制支援まで、経営者のお悩みに幅広く対応。特に、エンタメ業界の税務・会計を得意としている。

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