【理念経営 前編】“クレド”を活用する会計事務所の代表が語る 「理念経営」のメリット、必要な会社

グロースリンク税理士法人 代表社員 鶴田幸久氏
[取材/文責]マネーイズム編集部

多くの会社には、社是・社訓、経営理念があるはずだ。では、それが実際の経営において、どれだけ意識されているだろうか。今回は、自ら「幸せと利益を両立するいい会社を増やす」という使命に基づくクレドを定め、実践を図っているグロースリンク税理士法人の鶴田幸久代表社員に、そのメリットなどについて聞いた。
記事では、「前編」で「理念経営」に関する自社の取り組みについて、「後編」ではその効果や取り入れるべき会社などを中心にうかがった。

クレドとはどういうものか

――最初に貴社の概要を教えてください。

鶴田(敬称略) 現在は、名古屋本社のほか、愛知県・岡崎、大阪の梅田と大阪南、それに東京の渋谷と亀戸で計6つの拠点を置いています。メンバーは、正社員がグループ全体で140名、パートさんが70名で総勢210名の体制です。

税務の顧問先は1,200社ほどで、うち400社程度が医療関係、残りは業種に偏りなくさまざまなお客さまをサポートさせていただいています。

事業のメインは税理士法人なのですが、その顧客向けにサービスを提供するための社会保険労務士、行政書士、司法書士の各士業の法人のほか、保険やIFA(資産運用アドバイザー)、不動産売買仲介、人事コンサルティングといった周辺業務に携わる法人があって、グロースリンクグループとして運営しているんですよ。お客さまのニーズにスピード感、統一感を持って対応するためです。

――今回は、貴社も導入されている「理念経営」をテーマにお話をうかがいたいと思います。一般的に「理念を基にした経営が大切だ」と言われるのですが、先生の考える理念経営というのは、どういうものなのでしょう?

鶴田 そうですね。当事務所がそれをどう実践してきたかを説明するのが、一番わかりやすいと思います。ここまでの到達点をベースに、話を進めていきましょう。

――具体的なお話は、大いに参考になると思いますので、ぜひお願いします。

鶴田 理念的なものを導入したきっかけは、なにか特別の考えがあったというよりも、必要に迫られた、というのが正しいんですよ。ゼロから開業したのが2006年なのですが、最初のうちは少人数で、お客さまの対応は直接自分がやるし、メンバーも身近でそれを見ている環境にありました。ですから、私のやりたいことを全体で共有するのに、そんなに問題はなかったわけです。

ところが、ちょうど10人ぐらいの規模になったときに、私の考えを理解して、下にも伝える役割を担っていた女性が結婚退職することになったんですね。そうなってみると、今まで通りでは、事務所の運営がきつくなるな、と。そこで、当時の社員たちといっしょにクレドを作ることにしたのです。

クレドというのは、その企業が大切にする「価値観」や「行動指針」を短い文章にしたものです。いわゆる経営理念に比べると、より具体的、実践的なもの、というイメージでしょうか。

――みんなが日々の仕事をするうえで、拠りどころにする。

鶴田 そうです。ちなみに当社のクレドは全部で20項目あって、「01.クレド主義」で、「クレドは、グロースリンクグループが最も重視する共通の価値観です。」と定義しています。

それを共通言語にすることで、私の大事にしたい価値観、やりたいことを社員に体現してもらえると同時に、お客さんもそれを見れば、どんな考え方の事務所なのか、ある程度想像がつくでしょう。そこに示されたものに共感してくれる顧客をサポートしたい、という思いも私の中にはありました。

体験もベースになっている

――「社員といっしょに作った」というお話がありました。トップダウン的なものではないのですね。

鶴田 全体的なビジョンは私が明確にして、それに基づく行動指針などの部分は、みんなで案を出し合ったりして、ディスカッションしながら決めました。内容面では、実践の経験などを踏まえて、「こういう場合には、こういう価値観で臨もう」というものを入れていった、という感じですね。私自身の生の体験がベースになっているものもけっこうあります。

――そうなんですか。例えばどんな体験でしょう?

鶴田 かつて、あるお客さまと銀行に相談に行ったときに、行員の対応が悪かったために、その方が窓口で怒ったことがあったんですね。「あなたにとってうちは何百社の中の1つかもしれないが、自分にとっては一生一代の勝負なんだ」と。そのエピソードを基にしたのが、次の「ドリームパートナー」という項目です。

《グロースリンク税理士法人 クレド03.ドリームパートナー》

私たちの仕事は、お客様の一生をかけた夢の実現のために伴走する、価値ある仕事です。私たちは職業に誇りを持ち、お客様のお役に立つことを喜びとし、「あなたに会えてよかった」と言っていただけるような存在になります。

このように、当社のクレドには、1つひとつにストーリーの裏付けみたいなものがあります。

――なるほど。それだと単なる“お題目”ではなく、みんなが納得感を持って受け止められる気がします。

やめずに続けたことに意味がある

鶴田 とはいえ、今考えるとクレドが有名無実化するようなピンチも、何度もありました。実際、それに共感したと言って入社しても、「やはり自分には合いません」と辞めていった人はけっこういます。中身を徹底するにはそれなりのエネルギーも使いますし、持っている意味がない、と「クレド主義」の旗を降ろすことは、いくらでもできたと思うんですよ。

――ピンチになるのは、どんなときなのですか?

鶴田 例えば、ハイレベルのサービスを提供するために、大手などからの転職者を採用すると、彼らはえてして「クレドを唱和したりする時間がもったいない」となるわけです。新卒の入社時から理念重視で来ている社員とは、溝ができてしまう。

そういう場合に、「ベテランはクレドを免除」ということを許せば、いずれ空中分解するでしょう。一方、一時「あえて専門性の高さを追求しなくても、事務所はやっていける」という意見もありました。リスクの高い仕事を避けながら、成長している事務所はありましたから。しかし、それも我々の目指すものとは違うかな、と。

そこで、結果的に辞める人が出ても、「理念と質の両取り」のスタンスを変えないでいこう、と決めたのです。そうやって、めげずに継続する道を選んだこと自体が、事務所を強くしたようにも感じています。

――継続は力なり、だったわけですね。

鶴田 クレドを導入しようとしたら、どこの会社でも、最初は間違いなくハレーションが起こると思うんですよ。そこでめげないのもポイントでしょう。

人事評価にもリンクさせる

――ところで、社員にはどのようにして理念を浸透させているのですか?

鶴田 全社員がクレドの載ったカードを持っているので、週に1回の全体会議で読み合わせをします。同時に、何人かにクレドに則った成功事例を発表してもらうなど、少なくとも週1でそれに触れる機会を作っています。

社内では、主体的に行動して周囲の人もやる気にさせる「マキコミ」とか、常に何が必要かを予測して行動する「サキヨミ」とかのクレドの項目の用語を、日常会話でもよく使うんですよ。そんなことも通して、現場での意識付けを図っていくわけです。

加えて、理念が理念で終わらないよう、評価制度の一環としても位置づけています。クレドに則った行動ができているか、いないのかの自己採点と上司評価を給与、ボーナスの査定項目の1つに入れているのです。

――そこまで徹底しているのですね。

鶴田 まあ、どこまで浸透しているのかを測るのはなかなか難しいのですが、できることはとりあえずいろいろやっている、という感じですね。

話をしていて思い出したのですけど、私には理念を語ることの重要性に気付かされた原体験があるんですよ。今から30年前、大学生のときに東海地方を中心に展開するブロンコビリーというレストランでバイトをしたのですが、早番で入ると経営理念とかビジョンとかを唱和させられるわけです。当時5,6店舗でしたが、2000何年には数十店舗にして上場する、という目標を掲げていたのも、だから覚えています。でも、正直めんどくさいな、と(笑)。

――自分はただのバイトだし(笑)。

鶴田 ところが、20年ぐらいして自分が税理士になったときに、ブロンコビリーはしっかりその目標を達成していたのです。意識の低いバイトにも唱和させるくらい、理念を徹底させて経営してきた結果なんだな、と私は理解しました。

この話は、クレドの読み合わせの際に、社員たちにもよくします。唱和するのにもちゃんと意味があるんだ、ということをわかってもらうためです。

 

「後編」では、理念を徹底することのメリット、理念経営が必要な会社などについて、引き続きお話をうかがいます。

「幸せと利益を両立するいい会社を増やす」を使命に掲げ、名古屋・大阪・東京エリアを中心に、経営者・後継者を支える税理士法人。会計だけではなく、相続・事業承継、上場支援、M&A支援、人事労務など、経営者のあらゆる業務をグループ全体で支援する。
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