【相続 前編】相続は「とらわれ過ぎない」のが大事 最初に誰に頼むかもポイントになる

てづか税理士事務所 代表税理士 手塚麻希子氏
[取材/文責]マネーイズム編集部

相続には生前対策が必要だと言われるが、それは資産状況や家族関係などによってさまざまだ。中小企業オーナーならば、一般の人とは違う準備も必要になるだろう。今回は、大阪市で相続に特化したてづか税理士事務所の代表税理士を務める手塚麻希子氏に、相続の心構えや必要な対策などについてうかがった。
記事では、「前編」で相続対策の考え方などについて、「後編」では事業承継をはじめ中小企業オーナーができる対策、専門家への依頼の仕方を中心にまとめた。

しっかり調べてくる人も、まったくわからない人もいる

――事務所の概要から聞かせてください。

手塚(敬称略) 設立は2021年10月で、「相続に特化する事務所」を掲げています。私自身、化粧品メーカーからこの世界に転身した異色の経歴の持ち主で、顧問業務を増やしながら、たまに相続案件があったらありがたいな、くらいの気持ちでスタートしたんですよ。ところが、始めてみたら相続の依頼が爆発的に多くて、結局初年度は9割くらいを占めました。

その後、相続をお手伝いした中小企業オーナーの後継者の方や地主さんから顧問を依頼されることが徐々に増えたこともあり、現状は相続と顧問業務が2:1くらいになっています。顧問業務に関しても、記帳や財務支援も行ってますが、弊社の特徴としては、事業承継や資産形成について、中長期に並走しながらサポートしていく、というのをサービスの軸に据えています。

――本日は、特化されているという相続について、いろいろうかがっていきたいと思います。相続の依頼が予想以上だったというお話ですが、お客さまからはどのような相談を受けることが多いのでしょう?

手塚 開業時はコロナ禍のさ中でしたので、ホームページから来る方がほとんどでした。今もそうですが、ネット経由の方は自分でけっこうしっかり調べてからいらっしゃるんですよ。ある程度の財産目録を作っていて、計算までしていることもあります。「こういう状態なのですが、何をしたらいいでしょう?」という感じ。

その後、ビスカスさんのような税理士紹介会社も使わせてもらうようになりましたが、こちらを通じて来られるのは、「相続のことは何もわかりません」という方が多い印象です。相続税は必ずかかるものだと思っていて、面談してみたら、基礎控除(※)の範囲内で課税されないことがわかった、というような方もいらっしゃいます。

※相続税の基礎控除額 「3,000万円+600万円×法定相続人の数」。相続税は被相続人(亡くなった人)の遺産のうち、これを超えた分が課税対象になる。

相続対策に「答え」を出すのは難しい

――生前の対策もケースバイケースということですね。

手塚 そうです。調べてくる方には、その状況に合わせたお話をしますし、相続のことはわからないというお客さまには、1から説明して、対策を考えます。ただし、実は相続の生前対策に「完璧な答え」ってないんですよ。

例えば、「生命保険に入っておきましょう」とか、「お孫さんに贈与すれば、生前贈与加算(※)がないので節税になりますよ」とかの大筋の対策は、その人の状況に合わせて実行すればいいと思います。でも、そもそも人間の寿命はわかりません。財産状況だって、毎年変わるでしょう。今時点の財産のシミュレーションが相続のときに一致するということは、まず100%ないわけです。

※生前贈与加算 相続発生前の一定期間に行われた贈与については、非課税枠(年110万円)を含めて全額を相続財産に加算(持ち戻し)して、相続税の課税対象にするという制度(暦年課税による贈与の場合)。2024年1月1日以降、加算期間が従来の3年から7年に順次延長されている。

――確かにそうです。

手塚 それに、相続には感情も混じります。普段は仲の良い兄弟だったのに、相続になったとたんに反目し合うようになってしまった、などということも珍しい話ではありません。そんなことにならないような対策が一番大事なのですが、それでも正確に先が読めないのが相続なんですね。ですから、答えの出ないような細かなところまであれこれ考えを巡らせてもあまり意味がない、と私は思っています。

あえてこんなことを申し上げるのは、普通の個人のお客さまで、とにかく税金を1円も無駄にしたくないから、と頻繁に税額のシミュレーションの更新を要望されるような方が、中にはいらっしゃるからです。

――それだと、ご本人も気の休まる暇がありませんね。

手塚 相続は、とらわれ過ぎないことも大事なのです。そうでないと、悩みや不安がエンドレスになってしまいますから。

今は、テンプレートに数字を入れれば、相続税の概算が出るようなシミュレーションがあります。個人の方は、心配ならば、まずはそういうものを活用して概要をつかんだうえで、税理士の無料相談などに行ってみてはいかがでしょうか。そこで「これをやっておきましょう」と言われたことを実行しておけば、お悩みやご不安の大半は解消できる可能性が高いと思うんですよ。

相続の生前対策が必要な人とは

手塚 一方、中長期的な視点に立った生前対策をある程度きちんとやるべき人もいます。中小企業オーナーや、広い土地をお持ちの地主さんなどですね。

――企業のオーナーの場合は、経営している会社の問題が絡みますから。

手塚 何も準備せずに社長が亡くなれば、家族が困るだけでなく、従業員を路頭に迷わせたり、取引先に類が及んだりする可能性があります。そんなことにならないように、必要な準備を進めておかなくてはなりません。

かなりややこしいことになった相続の事例を、紹介しておきましょう。年商数億円規模の会社の創業者が亡くなったのですが、高齢にもかかわらず相続の準備を何もしていなかったこともあり、家族が資産状況の正確な把握もできないまま、相続税の申告期限(相続発生から10ヵ月)を過ぎてしまったんですね。その状態で、今度は事業を継いでいた60代の子どもが突然亡くなったのです。親の相続税申告期限から、わずか数ヵ月後のことでした。会社はその子ども、創業者から見て孫が急遽継ぐことになりました。

――聞いただけで、難しさがわかります。

手塚 しかも、急逝した2代目には、多額の借金がありました。顧問税理士が白旗を挙げた状態で、私のところにオファーが来たわけです。簡単に結論を言えば、創業者が亡くなった相続の申告については、司法書士の力を借りて調査を行い、なんとか2か月で申告書を提出しました。こういったときの他士業の協力体制も非常に重要ですね。

――そんなに早く申告できたんですね。

手塚 1つよかったのは、創業者が会社を受取人とした高額の死亡保険に加入していたことです。そのおかげで、保険金が支払われた会社から借り入れ、創業者の相続の相続税の支払いに充てることができました。

ちなみに、両方の申告には「書面添付」を行いました。書面添付は、ひとことで言えば、どういう論拠で申告書を作成したのか、といった税理士の考えを記載したものを申告書と同時に提出する仕組みです。

※書面添付制度について 税務調査時に効果あり!税理士による書面添付制度について | MONEYIZM

――このような複雑な事例で、いわば税理士の“お墨付き”である書面添付を行うのは、勇気がいるのではないですか?

手塚 逆に、このようなケースだからこそ、こちらの考え方を示しておくのが大事だと思ったんですよ。そうでないと、税務調査に入られる可能性が高い案件に思えましたから。

書面添付を行っていると、調査の前に税理士に対する意見聴取の場が設けられます。そこであらためて説明を行って、調査を回避することもできるのです。

「後編」では、引き続き事業承継のポイントや、相続を専門家に依頼する際の注意点などについて、お話しいただきます。

相続に特化した税理士事務所。相続税・贈与税の申告、2次相続対策、資産運用アドバイス、相続対策コンサルティングまで幅広く対応し、相続に悩む中小企業オーナー・個人のお客様をサポートする。
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