
【相続 後編】相続は「とらわれ過ぎない」のが大事 最初に誰に頼むかもポイントになる
てづか税理士事務所 代表税理士 手塚麻希子氏事業承継で考えるべきこと
――前編の事例は、かなり特殊なケースだとは思いますが、アクシデントはいつ起こるかわかりません。お話しのように、中小企業オーナーは、事業承継をしっかり念頭に置いた相続対策が必要になりますね。
手塚 事業承継というとやはり仰々しく聞こえて、ともすれば自社株対策とかに頭がいきがちなのですが、大局的には、どうやって事業のバトンを引き継いでいくか、というお話です。スムーズに進めるためには、まずは承継の方向性を決める必要があります。子どもが継ぐのか、そうでなければ、どこかのタイミングで売却するのか、あるいは清算の道を選ぶのか――。そういうところを親子などで話し合って、明確にしていかなくてはなりません。
ただ、多くの場合、これも一朝一夕で答えは出ません。何年もかけて、ようやく結論に至るというのが、普通ではないでしょうか。

――そういうお客さまをどのようにサポートしていくのですか?
手塚 顧問先に対しては、中長期的な視点を持って並走していくイメージですね。1年前にやった資産のシミュレーションを、今回の決算に合わせて洗い替えていくとか。そのうえで、それぞれのお客さまに必要な対策があれば、その都度、提案していくわけです。
私も経営者なのでわかるのですが、中小企業オーナーは、会社の将来について、家族にも従業員にも相談しにくいところがあるんですよ。話す相手がいないから、考えもまとまらない。ですから、税理士が日常的な事業承継の相談相手になるのは、とても大切なことだと思っています。
――一朝一夕で決まらないのならば、早めに話を始める必要があります。経営者は、何歳くらいになったら、事業承継を意識すべきでしょうか?
手塚 そうですね。50代に差しかかった頃には、将来の方向性について考えよう、というモードに入ったほうがいいとは思います。自社株対策にしても、バトンの渡し方が決まれば、やれることはいろいろあります。逆に言えば、そこに至るまでがより大変だし、時間もかかることは、認識しておくべきでしょう。
そもそも自社株対策は必要か
――子どもが引き継ぐ場合、今おっしゃった自社株が問題になることがあります。
手塚 自社株の生前対策は、よくある一般的な方法では、株価をどうにかして抑えたうえで、後継者に渡していきます。株価を下げるには、先代の経営者に退職金を払うとか、役員報酬を上げるとか、最近の流行だと、持ち株会社を作って自社株を買い取る、といった方法があります。
――自社株対策を意識できている経営者の方は多いのでしょうか?
手塚 定期的に株価をチェックしているような例は、少ないのでは。現実的には赤字の会社も多いので、自分の会社に株価対策が必要かどうかを確認するだけでも意味があると思います。
――そこは、きちんと確認してみるべきですね。
手塚 自社株の移動について付け加えておけば、子どもに株を移すということは、会社の経営権を渡すことを意味します。税金にばかり頭が行っていると、本当にそれで大丈夫か、という点が見過ごされてしまうかもしれません。そこを考えて、黄金株(※)を発行して手元に置いておく人もいます。
※黄金株 株主総会や取締役会において、重要議案を否決できる権利を与えられた特別な種類株式で、拒否権付株式ともいう。
繰り返しになりますが、そうしたことを含めた自社株対策自体は、状況に合わせてスキームを作ればいいので、比較的短期間で準備を進めることが可能です。重要なのは、それができる環境をできるだけ早く整えることだと思います。
事業承継税制は使えるか
――ところで、円滑な事業承継を目的にとした「事業承継税制」が設けられています。後継者が自社株を取得した際の贈与税・相続税が免除されるのですが、この制度の利用について、先生はどうお考えですか?
手塚 実は私、大学院の修士論文のテーマが事業承継税制だったんですよ。ですから、知識は十分だと思うのですが(笑)、実務では、以前いた大手事務所時代も含めて、検討は行っても実行するとなるとリスクが高すぎて、実際の適用事例はかなり少ないです。
税金を払わずに自社株をもらえるのはいいのですが、あくまでも納税猶予であって、免除ではないんですね。制度の適用を受けた後の要件がけっこうシビアで、守れないと利子税をプラスして猶予分の全額を納めなくてはなりません。
要件はいろいろあって、例えば申告から5年間は毎年、それ以降は3年に1度、税務署などへの「継続届」の提出が義務付けられています。これをずっとフォローしていくのは、中小の会計事務所には大きな負担になります。
会社の売却や廃業も、制度の要件に抵触します。納税免除になるのは、後継者が死亡するなど限られた要件を満たした場合のみ。
――承継できても、そこからが大変になってしまう。
手塚 ですから、使えるケースは限定されてしまうのです。周囲でもほとんど実例を聞かないのですが、この前知り合いの同業者のところであったのは、顧問先の年商数十億円規模の社長が突然亡くなった、というケース。事業も好調だったのですが、何も対策をしていなかったために、自社株にかかる相続税が億単位になってしまった。そんな税金は払えないので、会社を潰さないために、この制度を使って承継したのです。
このように、この制度は、実質的には自社株の株価がネックで事業承継がピンチになった場合の救済措置と言っていいでしょう。
――使うとなると、ハードルがかなり高いんですね。
「相続を誰に頼むか」を間違えない
――あらためておうかがいすると、相続で一番気をつけるべきなのは、どのようなことになりますか?
手塚 私が特に感じる点を挙げると、相続が起きた時に誰に相談するのか、というのは大事なポイントです。相続に関わる士業には、私たち税理士のほか、弁護士、司法書士などがあります。実は相続の中身によって、最初に相談すべき相手は異なるのですが、それを間違えているケースが少なくないんですよ。
――なるほど。どんな間違いがあるのでしょう?
手塚 以前、「相続税の申告期限まで、あと1ヵ月しかないのですが」と駆け込んでこられた方がいました。話を聞くと、「不動産の登記に時間がかかってしまった」とおっしゃるのです。つまりその方は、先に登記を済ませないと税金の話はできない、と思い込んでいた。それで、司法書士に頼んで遺産分割協議と不動産の登記を先行させているうち、時間が経ってしまった、というわけです。
そんな状態なので、申告に必要な資料も十分揃っていなかったのですが、もう時間がないからと、通帳残高などを頼りに大急ぎで手続きを終わらせるしかありませんでした。時間があれば、もっと有効な節税策を実行できたはずです。
――登記が済まないと税の計算ができない、などということはないですね。
手塚 もちろんそうです。そうでなくても、司法書士に頼んで、遺産分割を済ませてから申告の依頼にいらっしゃる方は、けっこういます。ただ、分け方を工夫すれば節税できたのに、というケースも少なくないんですよ。相続税が発生する相続は、まず税理士に相談するのが鉄則だと覚えてください。

ちなみに、当事務所は司法書士などとのネットワークがありますから、初めに来ていただければ、やるべきことの優先順位を整理したうえで、同時並行で手続きを進めることができます。相続を税理士に依頼するときには、そういう体制が整っているかどうかもチェックポイントになると思います。
――税理士ならば、みんな相続に詳しいというわけではない点にも、注意が必要ですね。
手塚 今の例などとは違い、相続税が発生しない案件だと、基本的に税理士の出る幕はありません。そうしたケースでは、専門家に頼むのならば、司法書士がいいでしょう。
相続では、相続人同士が揉めて、冷静な話し合いが難しくなることもあります。そういう状況では、申告しようにも、そもそも全部の資料が出てこないことも多いわけです。私たちではどうにもならないので、相談相手は弁護士ということになると思います。
――相続になったとき、最初に相談に行く専門家を間違えずに選ぶ大事さがよくわかりました。本日は、相続に対する考え方をはじめ、参考になるお話をありがとうございました。最後に、貴事務所の今後の目標をお聞かせください。
手塚 これからも、あくまで「相続に専門特化」の基本路線を崩さずに、少数精鋭で付加価値の高いサービスを提供していきたい、と考えています。大阪で相続を相談するのならこの事務所、と言われるくらいになるのが目標です。
――ご活躍を期待しています。本日はありがとうございました。
相続に特化した税理士事務所。相続税・贈与税の申告、2次相続対策、資産運用アドバイス、相続対策コンサルティングまで幅広く対応し、相続に悩む中小企業オーナー・個人のお客様をサポートする。
URL:https://tezuka-zeirishi.com/