【事業承継 後編】事業承継、M&Aは「経営者の思い」を理解する専門家に相談する

税理士法人トレイス 焔綜合会計事務所 代表社員 佐野元洋氏
[取材/文責]マネーイズム編集部

M&Aのかたちにはいろいろある

佐野 もう少し、事例を紹介してみましょう。今まで当事務所が売り手側のサポートをした中で、最大規模だったのは、やはり運送業者さんのM&Aでした。年商は数億円で、従業員も30人くらい。とても業績のいい会社で、社長はまだ50歳そこそこの年齢だったのですが、奥さんが体調を崩したことで、「これからは、家族の時間を大事にしたい」とおっしゃって、M&Aの道を選びました。結果的に、同業の上場企業に年商の1.5倍の金額で売れたんですよ。

――会社の内容がよければ、好条件で売却できますね。

佐野 ただ、その社長はもともとその会社の社員で、従業員承継で引き継いでいたんですよ。ですから、創業家にも「こういう事情で売却することになりました」ときちんと説明して、筋は通しておいてください、という話はしました。「勝手に売った」というかたちになると、あとあと問題になる可能性もありますから。

――M&Aの現場では、そうした細かな心遣いも大事になります。

佐野 買い手は、一般の企業とは限りません。とある地方の過疎の村に1軒だけあるガソリンスタンドの経営者が、「高齢になったので、廃業したい」という話になったんですね。でも、そういうところのガソリンスタンドって、車が給油しに来るだけじゃないんですよ。けっこうな寒冷地なので、冬場は小型のタンクローリーに灯油を積んで、村中を売り歩くのです。灯油を買いに出たりすることのできないお年寄りにとっては、大げさではなく「命の綱」です。

ですから、このガソリンスタンドがどうなるかというのは、地域の住民にとって死活問題。そこで、村が買い取りましょう、という話が持ち上がったのです。たまたま私の知人の司法書士が、その村の行政に関わっていた関係で、「手伝ってくれないか」という話があって、そういうことなら、と引き受けました。

――この場合は、買い手が自治体のM&Aというわけですね。

佐野 そうです。私はデューデリジェンス(※)から入り、契約条件を詰めて、合意に至るまでをサポートさせていただきました。ちょっとした社会貢献ができたかな、と思っています。

※デューデリジェンス:主に買い手の企業が買収対象企業の財務状況や事業の健全性などについて、詳細に調査するプロセスのこと。

ちなみに、これは買い手が自治体だから成り立ったM&Aで、民間同士、例えば大手の同業が買うといったパターンは、あり得ない案件でした。

――それはなぜですか?

佐野 ガソリンスタンドの地下には、油を貯蔵するタンクがあって、そこから油分が漏れ出す土壌汚染のリスクがあります。将来、状況を調べてタンクを交換するために、数千万円単位の出費が必要になるかもしれません。

このケースでは、村に1軒のガソリンスタンドを必要不可欠のインフラと判断した自治体が、そうしたリスクも織り込んだうえで、「村営で維持しましょう」と決断したからまとまりました。スタンドの利用客自体は減少傾向ですから、営利を考えたら、とても割が合わないのです。

――M&Aにも、いろんなパターンがある。

佐野 中には、「失敗例」もあります。老舗の和菓子屋さんだったのですが、すごくいい技術を持っていて、商品もおいしいと評判でした。ただ、経営的には債務超過で、経営者も高齢になってきたので、もう店をたたもうか、と。

とはいえ、ここも十分買い手が付くのではないかと思えたので、「M&Aのテーブルに乗せてみましょう」と提案したんですよ。で、予想通り「買いたい」というところが現れた。大手の菓子メーカーでした。

そこまではよかったのですが、相手がデューデリジェンスに入ってみたら、和菓子屋さんが以前建て増しをしていた工場の建物が、建築確認を取っていないことが判明しました。要するに違法建築です。それで、まとまりかけていた話は破談となり、結局その和菓子屋さんは破産ということになりました。

――M&Aに際しては、売り手企業の業績以外のところまで精査されることもあるわけですね。そうしたことは、頭に入れておく必要があるでしょう。

事業承継で大事になる「事業」と「理念」

――M&Aの事例をいくつか紹介していただきましたが、あらためて「自社の事業承継をどうしようか」という観点から、経営者が考えるべきこと、備えたほうがいいことには、どのようなものがありますか?

佐野 そうですね。事業という面からすると、親族に継がせる場合もM&Aでも同じだと思うのですが、まずは自分の会社を「魅力ある企業」にする、そのために「磨き上げる」ということが大事になると思います。

例えば、M&Aで売ろうとするときには、できるだけ高値が付くようにといろいろ考えるわけですけど、“付け焼刃”の対策には限界があります。あえて言えば、とにかく節税ありきで、なるべく利益を出さないようにやってきた、というような経営者も少なくないんですね。

――よくあるパターンです。

佐野 でも、その結果、会社の内部留保がスカスカだったりすると、とても魅力ある企業とは言えません。それでは望むような条件でのM&Aは難しいし、第三者が買いたいと思わないような会社を、子どもが継ぎたいと思うでしょうか。

企業の魅力度は、財務内容の良し悪しだけではありません。事業に将来性はあるか、社会にどれだけ貢献しているのか、といった部分も含めて、ピカピカに磨いていくことが大事です。

もう1つ、別の観点からお話しすると、もし子どもなどの後継者が決まっているのなら、経営のノウハウとかだけではなく、会社の経営理念とか、創業以来大切にしてきた考え方とかをしっかり引き継いでもらうことが、非常に大事になります。言ってみれば、「想いの承継」です。

――そのように考えるのは、なぜですか?

佐野 「とにかく目の前の仕事をやっていく」というのでは、会社をずっと継続させていくのは難しいと思うんですよ。経営には、「何のためにこの会社があるのか」「当社はこの事業で社会に貢献していくんだ」という“土台”になる思いが必要です。特に、経済環境や業界をめぐる状況が悪化したりして、事業が逆風にさらされたとき、そこがしっかりしていないと、もろいものです。

その点、自ら事業を立ち上げた創業者は、何としても会社を守らなくては、という必死さがあると思います。でも、2代目、3代目となると、そこはどうしても希薄になりがち。それだけに、根底のところで共感できる理念の承継に、意識的に取り組む必要があるのです。

50代になったら事業承継を考える

――前編では、お客さまが50代くらいになったら、事業承継についての投げかけをする、というお話がありました。経営者としては、やはりそのくらいから検討を始めるべきですか?

佐野 事業承継には、5年、10年かかります。50でまだ若いといっても、10年後には還暦ですよね。60歳で考え始めたら70歳、何もせずに70歳を迎えたら、選択肢がなくなってしまうのです。

そうはいっても、「どう引き継ぎますか?」と言うと、「いや、まだまだ頑張る」とおっしゃる方がほとんど(笑)。そういう場合には、私は「社長の人生をどう考えますか?」という話をするのです。「10年後にやりたいことはないのですか?」と、自分の将来に目を向けてもらう。

そうすると、意外に“我に返る”というか、「苦労をかけた妻と、世界一周でもしようか」というような話になることもあります。いずれにしても、事業承継がスムーズに進まないと、後継者も従業員も困ったことになってしまいます。必要な時間から逆算して、準備を進めるべきでしょう。

――M&Aを考えたときには、どのように行動すべきでしょうか?

佐野 経営者としては、当然、少しでも高く買ってくれる買い手を見つけたいと考えるでしょう。同時に、やはりそこには、「従業員の雇用を守ってほしい」とか「引き続き地域に根差して事業をやっていってもらいたい」とかの思いがあると思うのです。そうした思いを理解して、フォローしてくれる専門家に相談するのがベストだと、私は思います。

――そういう専門家をどのようにして探したらいいのか、という問題もあります。

佐野 相談相手は、まずは自社の状況を一番わかっている顧問税理士ということになると思います。ただ、事業承継について正面から受け止めてくれないケースもあるようです。当事務所にも、そういう悩みを抱えて相談にいらっしゃる経営者が少なくありません。

参考までに申し上げると、当事務所はM&Aに関連する2つの団体に所属しています。1つは「日本的M&A推進財団」という税理士を中心に弁護士、司法書士などの士業を中心に構成されている団体です。

もう1つは、地域特化型のM&A、経営資源の引継ぎをサポートする「ツグナラ」という組織です。こちらは、各都道府県単位で窓口づくりを進めていて、私は大阪と奈良で関わらせてもらっているんですよ。

例えば、こうしたネットワークに加わる専門家を探すというのも1つの方法でしょう。ビスカスさんのような実績のある税理士紹介会社を利用するのもいいと思いますよ。

――本日は、貴重なお話をありがとうございました。最後に貴事務所の今後の展望をお聞かせください。

佐野 お話ししてきたような、事業承継のサポートには、引き続き力を入れていきたいと思います。加えて、顧客に対して、MAS監査(MAS:マネージメント・アドバイザリー・サービス)をベースにした「未来会計」の導入を進めて、地域にピカピカの会社を1つでも多く増やしていきたいですね。

――ますますのご活躍を期待しています。

注:記載の「事例」に関しては、情報保護の観点により、お話の内容を一般化したり、シチュエーションなどを一部改変したりしている場合があります。

税務や会計はもちろん、経営における課題解決に向けた幅広いサービスを展開するプロフェッショナル集団。
事業承継・M&A支援、経営計画作成、財務体質改善、会社再建・整理などを得意としており、大阪・京都・奈良エリアを中心に中小企業を支える。
URL:http://trayes.jp/

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