
【医業の税務 後編】これからの医療法人・クリニックの経営に求められることとは
岸川祐次税理士事務所 代表 岸川祐次氏年代で分かれるDXへの取り組みの意識
――企業活動におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が課題となっています。医療業界の現状は、どのように感じていますか?
岸川 会計まわりをはじめ、DXの進展はまだまだというのが実感です。ただ、この点は、お客さまの年代による差もあって、若いお医者さんは、例えば「クラウド会計を導入すれば、こんなメリットがありますよ」という話をすると、比較的「じゃあ変えてみようか」という話になりやすい傾向はあるように思います。私は今56歳なんですけど、自分より上の年代の先生になると、「今までのやり方を変えたくない」という方が多い印象です。
――あらためてDXを進めるメリットを教えてください。

岸川 大きな話では、前編で診療報酬が伸び悩んでいる中での人件費の高騰などについて触れましたが、DXによって業務の効率化が図れれば、それだけコストを抑えられる可能性があります。
会計についていえば、例えばクラウド化して会計事務所とつながれば、紙の資料を郵送でやり取りするのに比べ、数字の報告をスピーディーに受け取ることができます。事務作業の手間やランニングコストの削減にもなるでしょう。
会計とは直接関係ないのですが、医療機関の場合は、診療そのものに関わるDXの重要性も指摘されています。例えば、外来の患者さんにとっての不満の一つは、とにかく待合室で長時間待たされること。そのわりに、診察は数分で終わってしまう。
――その点が強調されて、「3分診療」などといわれます。
岸川 そのストレスをできるだけ解消するために、ネット予約の仕組みを取り入れる病院やクリニックも徐々に増えています。大まかな待ち時間がわかるので、それに合わせて出かければ、時間のロスを少なくできるわけです。
厳しい状況の下で利益を確保していくために、使える技術は使って、より多くの患者さんに来院してもらえる環境を整備するというのは、意味のあることだと思います。
国の政策としても、遅くとも令和12年(2030年)にはおおむね全ての医療機関において電子カルテの導入を目指す方針が示されていますし、令和8年度(2026年度)の診療報酬改定でも、ベースアップ評価料の拡充に加えて、医療DXに関連する評価も拡充されました。国全体としてその方向に進んでいるので、早めに対応しておいて損はないと思います。
――そうしたことも、重要な経営努力ですね。
認定医療法人制度が3年延長された
――医療機関が地域医療などに貢献していくという点では、事業承継も大きな課題です。先生は、承継案件に関わったことはありますか?
岸川 担当していた医療法人の理事長の代替わりなどを経験したことが、何度かあります。
これは一般の中小企業の事業承継にも通じるところがあると思いますが、引き継いだ院長・理事長と、中で働く職員との関係がかなり重要なポイントになりますね。ずっと先代の下で働いてきた人からすると、「お坊ちゃん」「お嬢ちゃん」と呼んでいた人が上に立って、新たなカラーを発揮したりするわけですから。そこの調整がうまくいけば、わりとすんなり進む印象です。
――経営を引き継ぐ立場の人は、そうしたことにも気を配る必要があるということですね。医療法人の事業承継では、出資持分(※)の移転が問題になることがあると聞きます。
※医療法人の持分:「定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻し又は残余財産の分配を受ける権利」(厚生労働省)のこと。
岸川 社団医療法人には、「出資持分あり」と「持分なし」の2種類があり、前者の場合、事業承継の際に資金面でのネックが生じることがあります。平成18年(2006年)に成立し、平成19年(2007年)4月に施行された第五次医療法改正以降、「持分あり」の医療法人を新しく設立することはできなくなりました。それでも、医療法人のうち持分ありの法人はしばらく多数を占めていましたが、厚生労働省の統計によると、直近の令和8年3月末時点(2026年3月末)では59%程度まで減ってきています。
医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、利益が蓄積されやすく、それに従って出資持分の価格(評価額)も上がっていきます。例えば、相続でそれを引き継げば、多額の相続税が発生します。後継者が納税資金の調達に困るような事態も、実際に起こっているわけですね。
そこで、持分ありから持分なしへスムーズに移行できる「認定医療法人制度」が設けられました。この制度を使えば、当該持分に対応する相続税や、出資者間の持分の増加にかかる贈与税の納税が猶予され、一定の要件を満たして持分を放棄した場合には免除されます。また、持分を放棄したことに伴って医療法人自体にかかるみなし贈与税についても、要件を満たせば非課税となります。
当然、認定を受けるためにはいろんな要件もあって、例えば社会保険診療等に係る収入金額が全体の収入の8割超ないと、この制度は適用されません。ですから、自由診療の比率が比較的高い歯科などには、適用のハードルが高い制度だといえます。
なお、この制度は平成26年(2014年)に創設された当初、個人(出資者)の相続税・贈与税の猶予にとどまり、持分放棄に伴って医療法人自体に課されるみなし贈与税を非課税とする措置はありませんでした。平成29年(2017年)の見直しでこの非課税措置が新設されるとともに、役員の同族性に関する制限などの認定要件も緩和され、利用が大きく増加しています。移行期限についても複数回の延長が重ねられ、直近の期限だった令和8年(2026年)12月末からは、令和8年度(2026年度)税制改正でさらに、令和11年(2029年)12月31日まで3年間延長されることになりました。
――制度を使える場合、出資持分という「財産権」は持てなくなるけれど、事業承継にとってはメリットが大きいといえそうです。
岸川 ただ、中には、持分がなくなる法改正の前に、駆け込みで法人化したケースもありました。当時は、持分ありの法人には将来“プレミア”がつき、M&Aで高く売却できる、といった話もけっこう広まったんですね。現実には、あまりそうした現象は起こっていませんが。
私の知るお医者さんにも、子どもに資産として残したいという気持ちから、持分ありの法人を設立した方がいます。しかし、留保利益が重なり、持分の評価が上昇するのを実感して、結局持分なしに移行する道を選びました。
持分なしへの移行は、強制ではありません。ただ、特に持分の評価が高額になりそうな場合には、認定制度を活用して持分なしの法人にしたほうが、事業承継が円滑に進むのは確かだと思います。
ただし、いいことばかりでもありません。認定を受けたあとも、移行完了から6年間は運営に関する要件(役員報酬の適正化、遊休財産の保有制限、社会保険診療等の収入が8割超であることなど)を維持し続ける必要があり、毎年、厚生労働大臣に「運営の状況に関する報告書」を提出する義務もあります。その間に要件を満たせなくなって認定が取り消されると、猶予されていた税額の納付が必要になるので、そこは覚悟しておく必要があります。
なお、社会医療法人などと違って、役員の親族要件(同族制限)は課されていないので、同族経営を維持したまま移行できるのは、この制度のメリットの一つでもあります。
――事業承継といえば、令和8年(2026年)4月からは、新しく院長になる方の要件自体も変わったとうかがいました。
岸川 そうなんです。改正で、令和8年(2026年)4月1日から、保険医療機関の管理者には、原則として保険医であることに加え、一定の診療経験などが求められるようになりました。具体的な経験要件は、同日時点で臨床研修を終えているかどうかなどで扱いが異なります。
例えば、同日時点で臨床研修を終えていない方は、原則として臨床研修修了後に3年以上の保険診療経験が必要です。一方、同日時点ですでに臨床研修を修了している方には経過措置があり、臨床研修期間を含めた3年以上の経験で要件を満たせる場合があります。実務上は数年の診療経験を積んでから承継するのが一般的ですから、それほど大きな支障になることは少ないと思います。
ただ、想定より早いタイミングでの承継を考えている場合には、この年数要件も踏まえてスケジュールを考える必要がありますね。なお、同日時点ですでに管理者になっている方については、同じ保険医療機関の管理者である限り、3年間は要件を満たさなくても管理者を続けられる経過措置もあるので、そのあたりも含めて確認しておくとよいと思います。
医療機関の経営判断に必要な情報とは
――長年、医療法人やクリニックのお客さまと対応されてきた先生からみて、これからの医療機関の経営に求められるのは、どのようなことだと思われますか?
岸川 その地域でどのような医療を提供できるのかを追求するのは、もちろん大事です。でも、それだけを考えていれば経営を存続していける時代ではなくなってきていると思うのです。
前編でもお話ししましたが、医療はどうしても国の政策に左右されますから、関連する議論の動向などの“大局”を把握することが、ますます重要になっています。その部分で感覚のずれが生じていると、気づいたらピンチに陥っていた、といった事態を招くかもしれません。
具体例を挙げると、社会保険診療報酬の所得計算の特例、いわゆる「四段階税制」と、社会保険診療報酬にかかる事業税の非課税措置があります。これは別々の制度ですが、いずれも税制改正をめぐって、そのあり方が繰り返し検討課題になっている論点です。今すぐどうこうという話ではありませんが、こうした診療報酬以外の税制の動向にも目を配っておく必要があると思います。
――お医者さんにも経営者としてそういう認識を持ってもらいたい、ということですね。
岸川 1つ具体例を挙げると、クリニックの開業規制があります。令和8年(2026年)4月からすでに始まっているのですが、都市部などの「外来医師過多区域」で新たに無床診療所を開業する場合、開業6か月前までに地域外来医療の提供に関する意向などを都道府県へ事前に届け出る必要があります。その内容を踏まえ、地域で不足する医療機能の提供を都道府県から要請されることがあり、応じない場合には協議の場などで理由の説明を求められ、さらに勧告や公表につながることがあります。
こうした要請・勧告に従っていない場合には、保険医療機関の指定について、通常6年のところ3年以内の期限付き指定となることもあります。すでに開業しているクリニックには基本的に関係ありませんが、医師免許があればどこでも開業できる「自由開業制」に規制が設けられるような大きな流れには、注意を払う必要があります。
今は、インターネットをはじめとして情報収集の手段がいろいろありますから、しっかりアンテナを張って、経営判断に生かすべきでしょう。私自身も、お客さまに対していち早く必要な情報提供ができるよう努めていますが、顧問税理士をはじめとする専門家の力を借りることも大事だと思います。
――お話になった業界特有の会計や税務の処理の仕方なども含めて、やはり医療分野のことをわかっている税理士に相談することの重要性を感じます。
岸川 税理士は、「使い方」が大事です。「適切なアドバイスをくれない」とおっしゃる経営者の方はけっこういらっしゃるのですが、アドバイスを待つのではなく、「ここがわからないので、教えてください」と、折にふれてご相談されてみるのも、ひとつの方法かもしれません。

おっしゃるように、医療に関しては、ある程度業界がわかっていないと、適切な判断が難しいケースも多くあります。問題点を感じたら、事務所のチェンジも検討課題になると思います。
――本日は、医療分野を熟知した先生に、貴重なお話をうかがうことができました。最後に、貴事務所の今後の展望についてお聞かせください。
岸川 事務所を開設してまだ2年で、お客さまも新しい方ばかりですので、業務が落ち着くまでにもう少し時間がかかるのかな、とは感じています。現状は私1人の体制ですので、数をこなすというよりは、それぞれのお客さまに寄り添ったサービスの提供を基本に置きながら、将来的には他の税理士との連携なども視野に入れていきたいと考えています。
――今後ますますのご活躍を期待しています。
注:記載の「事例」に関しては、情報保護の観点により、お話の内容を一般化したり、シチュエーションなどを一部改変したりしている場合があります。
代表は、大手医薬品商社での営業を経て、複数の会計事務所で20年以上にわたり医業分野の実務経験を積み、令和6年(2024年)に独立開業。医療法人やクリニックなど、医業・介護分野の支援に大きな強みを持つ。
お客さまへの「最適解」の提供を信条としており、税務申告のみならず、DXを活用して効率化を図りながら中小企業・個人事業主の経営を支援する。
URL:https://youtaxsaver.wp-x.jp/

