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「相続対策のマンション購入」に最高裁が“NO” 相続税の節税に不動産は使えなくなる!?
2022年8月18日
生前に不動産を購入すれば、相続税が節税できます――。相続関連の書籍でもネット上でも、当たり前のように“指南”されている相続対策ですが、それを「否定」する最高裁の判決が出て、大きなニュースになりました。首都圏のマンションを相続し、既存のルールに則り相続税ゼロで申告した相続人に対して、3億円余りの追徴を課した国税庁の主張が認められたのです。いったいこの“対策”のどこに「問題あり」とされたのでしょうか?今後の節税対策への影響も含めて解説します。
不動産の購入が相続税対策になる理由
現金を不動産に替える
そもそも「不動産を活用した相続税対策」とはどういうものなのでしょうか?
この対策のポイントは、「不動産の相続税評価額」にあります。
被相続人(亡くなった人)の残した現金は、その金額がそのまま相続財産としてカウントされます。例えば1億円の預貯金があったら、相続税評価額は1億円で、それに相続税が課税されます。
一方、不動産の相続税評価額は、次に説明するような方法で計算されるため、時価(実勢価格)よりも低くなります。被相続人が生前に1億円で購入したマンションが7,000万円と評価されれば、現金よりも相続財産を3,000万円減額し、相続税額を下げることができます。相続時の時価が1億円のままだと仮定すると、不動産を受け継いだ相続人は、現金より安い相続税で、同額の資産を手にしたことになります。もちろん相続後に売却することにより、現金化も可能です。
不動産の評価方法は?
では、不動産の相続税評価額はどのように算出されるのでしょうか?
評価は、「土地」と「建物」について別々に行われ、一般的な評価の仕方は以下の通りです。
■市街地の土地
相続税評価額=相続税路線価×面積×補正率
相続税計算の際の土地の評価額は、その土地が面している道路ごとに付けられた1㎡当たりの金額(相続税路線価)をベースに計算されます(「路線価方式」と呼びます)。路線価は、毎年1月1日を評価時点とし、7月1日に公表されます。
この路線価は、その土地の周辺の時価として公表されている「地価公示価格」のおよそ80%に設定されます。つまり、土地の相続税評価額は「時価の2割安」となるのです。実際には、土地の現況や時価の変動などによって、両者の差がさらに拡大する(相続税評価額がさらに割安になる)ケースも珍しくありません。
■建物
相続税評価額=固定資産税評価額×1.0(賃貸物件の場合は、さらに×0.7)
建物の固定資産税評価額は、新築時で建物価格の50~60%となっており、建物を建てることには、やはり節税効果があります。
購入資金の借り入れも「節税対策」に
また、不動産の購入資金として金融機関から借金をすることも、相続税の節税につながり、この点も今度の裁判で問題になりました。被相続人に借金やローンなどの「マイナスの財産」がある場合には、「プラスの財産」からその分を差し引いて遺産(相続財産)を計算することができるからです。
もともとの遺産総額3億円の人が、1億円借金して同額の不動産を購入し、その不動産の相続税評価額が7,000万円だったとすると、相続財産は「3億円-1億円+7,000万円=2億7,000万円」で、3,000万円の減額になります。
ただし、全額自己資金で同じ買い物をしたとしても、節税効果は変わりません。上のスキームについては、「相続税対策として不動産を購入したくても資金が足りない場合には、借金すればOK」というふうに考えてください。
3億円の追徴はなぜ認められたのか
問題となった相続税対策の概要
本題の最高裁判決について見ていきましょう。
この訴訟は、不動産を相続した相続人(共同相続人2名)が、税務署に3億3,000万円の追徴課税を課せられたことを不服として、その取り消しを求めたものでした。2019年8月の一審(東京地裁)判決、20年6月の二審(東京高裁)判決とも相続人側敗訴となり上告していましたが、今年4月19日に最高裁がその訴えを棄却し、国側の勝訴が確定しました。
国税当局が目をつけた「相続税対策」の経緯は、次のようなものでした。
2009年1月30日(被相続人90歳) | 被相続人が本人名義で東京・杉並のマンションAを8億3700万円で購入:金融機関から6億3,000万円の融資 |
同年12月21日(同91歳) | 被相続人が本人名義で川崎市のマンションBを5億5,000万円で購入:金融機関から3億7,800万円の融資 |
2012年6月17日(同94歳) | 被相続人が死亡 |
2013年3月7日 | 相続人がマンションBを5億1,500万円で売却 |
同年3月11日 | 共同相続人が「0円」で相続税申告 |
2016年3月10日 | 国税庁長官が国税局長に対し、「財産評価基本通達」第6項(後述)に基づき、不動産鑑定によって評価するよう指示 |
「相続税ゼロvs.3億円の追徴」それぞれの主張
相続人が譲り受けた2棟のマンションの購入額は、計13億8,700万円に上ります。相続人が「相続税ゼロ」で申告したのは、前段で説明した「相続税対策」をフル活用した結果でした。
路線価方式で算出したマンションの相続税評価額は、杉並の物件が2億円、川崎の物件が1億3,000万円で、計3億3,000万円となりました。購入金額に比べると、1/4以下のレベルまで減額されたことになります。
さらに、相続時点で金融機関への10億円程度の借り入れが残っていました。今のマンションの評価額も含めたプラスの財産からこれを差し引き、最終的な相続財産は2,826万円に。相続税には基礎控除額(3,000万円+600万円×相続人の数)があり、その金額までは税金がかかりません。今回は、相続人2人ですから基礎控除は4,200万円で、相続税は発生しないというわけです。
しかし、国税庁はこの申告を認めませんでした。ざっくりいうと、この相続においては、不動産を「路線価方式」ではなく「不動産鑑定」により評価すべきだとしたのです。その結果、相続税評価額は、杉並のマンションが7億5,400万円、川崎の物件が5億1,900万円の計12億7,300万円にハネ上がりました。
こうなると当然、「相続税ゼロ」というわけにはいきません。相続財産は8億8,874万円と算定され、これを基に相続税の「未払い分」や加算税などを合わせて約3億3,000万円の追徴課税とされたのです。
国税当局が“伝家の宝刀”を抜いた
今回の事例は、「相続人は通常のやり方(路線価方式)で不動産を評価し申告したにもかかわらず、国税庁がそれに待ったをかけ、さらにその処分を裁判所が認めた」という構図です。なぜこのようなことになったのでしょうか?
少し複雑なので、順を追って説明します。
● 相続財産は「時価」の評価が原則
相続財産の評価において、現金はそのままの金額をカウントすればいいので、計算上は楽です。しかし、それ以外の財産は、現金に換算した評価額を確定させる作業が必要になります。
それに関して、相続税法22条では、「相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により(略)」評価する、と定められています。実は時価が原則なのです。
● 「財産評価基本通達」の定め
ただ、現実的には、例えば上場株式の株価などと違って、不動産の時価評価は簡単ではありません。全てに不動産鑑定などの個別評価を求めていては、納税者にとって負担なだけでなく、恣意的な評価をチェックする税務署の作業も膨大なものになるでしょう。
そこで、国税当局は、「財産評価基本通達(以下「評価通達」)」という1つのモノサシを設け、それによる評価を実質的なスタンダード(「時価」は評価通達の定めによって評価した価額)としているのです。評価通達では、土地に関してはさきほどの「路線価方式」などで評価を行うよう求めています。
● しかし、例外規定がある
ところが、この評価通達には、最後に「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」(第6項)とする規定がありました。
要するに、評価額の基準となるモノサシはあるけれど、国税庁長官が「それは不適当」と判断したら別のモノサシを使ってください…ということです。
今回は、この6項に基づいて不動産鑑定が実行されました。多くのメディアが「国税庁が伝家の宝刀を抜いた」と報じたのは、このことです。
● 争われた「評価における平等原則」と「租税負担の公平」
これに対して相続人側は、評価通達(路線価方式)に沿って評価したのに国税当局が否認するのは、「相続税評価における平等原則に反する」と主張しました。一般的に認められている評価法が今回だけ“NO”とされるのはおかしい、ということです。
この主張に対する反論として最高裁が判決で論じたのは、「租税負担の公平」でした。これに反する「事情」がある場合には、たとえ評価通達の定めた画一的な評価(路線価方式)によるものでなくても(不動産鑑定によるものであっても)、評価における平等原則に反するものではない、と述べたのです。
● 結局何が問題だった?
では、租税負担の公平に反する「事情」とは、いったいどんなものだったのでしょう?
判決前から注目されたのは、相続した不動産の3億3,000万円(相続人)と12億7,300万円(国税当局)という評価額の大幅な乖離を最高裁がどう判断するのか、ということでした。しかし、今回の判決では「このこと(評価額のズレ)をもって上記事情があるということはできない」とされました。つまり、“評価額の乖離自体が問題の本質ではない”ということです。
最高裁の指摘を端的にいえば、「相続間近の短期間に税負担の軽減を意図した高額の不動産の購入、借入が行われた。これに対して評価通達の定める画一的な評価を行うことは、同様の行為をしない、またはできない納税者との間に見逃せない不均衡を生み、租税負担の公平に反する」というものでした。具体的に問題にしたのは、以下のような事柄だったものとみられます。
① 相続対策を実行した被相続人が高齢だった
被相続人が、借り入れをした信託銀行に事業承継、相続税対策の相談に行った当時、すでに90歳になっていました。相続の時間が迫る中で、高額不動産の購入などあからさまな租税負担の軽減を図った、とみられたのでしょう。
② 相続税対策のための借金だった
被相続人は、不動産購入のために10億円超の借り入れを行いましたが、いずれも銀行の稟議書には「相続税対策を目的」と記載されていました。この点からも、100%相続税対策のための不動産購入だったことがわかります。
③ 経済合理性がない
今の話と裏腹ですが、当時高額の借り入れをしてまでマンションを購入することには、投資で利益を上げるためといった相続税節税以外の経済合理性が認められませんでした。
④ 相続人が、取得した不動産をすぐに売却した
川崎のマンションは、相続開始から9ヵ月後に売却、現金化されました。
「不動産を活用した相続税対策」の今後
新たな基準が提示されたわけではない
今回の最高裁判決を受けて、相続対策の柱の1つだった生前の不動産購入による節税は難しくなるのでは、という見方があります。実際はどうなのでしょうか?
今、最高裁が相続人の上告を棄却した根拠になったと思われる行動を列記しました。ただし、相続対策として高額の不動産を購入したり、そのために借金したりすることが法律で禁じられているわけではありません。あえて付け加えれば、さきほどの「評価通達」も、あくまでも国税当局内の通達であり、国民を拘束するものではないのです。
判決の意味を突き詰めれば、「節税のみを目的とした、行き過ぎた相続対策は認めない」ということになるでしょう。問題は、何をやったら“行き過ぎ”なのかということですが、これについては、「実勢価格から○%以上乖離した評価額は不適当」といった判断は示されませんでした。要するに、今後も“ケース・バイ・ケース”で、評価通達に示された評価方法以外の個別評価が認められる可能性を示す司法判断が下された、と理解すべきでしょう。
最高裁のお墨付きを得たことにより、特に富裕層が行う高額不動産の購入による相続税の節税に対しては、今まで以上に国税当局が厳しい目を向けるようになると考えられます。今回は、購入資金を融資した信託銀行が主導して、不動産を活用した節税策が実行されたものとみられます。今後は金融機関や不動産デベロッパーなどによる同種のスキーム(例えば相続対策をうたった販売)の提案は、しにくくなるかもしれません。
同時に、“伝家の宝刀”とは言い得て妙で、そう頻繁に抜くわけにはいきません。例外が恒常化したら、評価通達の意味が問われることになってしまうからです。国税当局が、「第6項」の適用を乱発するようなことはないでしょう。
どう対処すべきなのか?
注目の判決を受けて、これからの相続対策はどう考えればいいのでしょうか?
結論から言えば、「できるだけ早く着手する」というのが、この対策の“王道”です。資産家ならばなおさらなのですが、今回の事例でも「相続間近になってから手を打った」ことが致命的でした。時間が短いとできることが限定され、いきおい無理をしがちになってしまいます。財産を譲る人が元気なうちから、贈与なども含めて計画的に進めることが重要になります。
そのほか各論としては、今回の事例も反面教師にしつつ、次のような点に注意すべきでしょう。
● 不動産の購入目的について、節税オンリーではなく、投資など経済合理性追求の説明ができるかどうか検討する
● 相続した不動産の早期の売却は、できるだけ避ける
まとめ
不動産を活用した相続対策について、国税当局の追徴は不当だとする相続人の訴えが最高裁で棄却されました。ただ、対策のどこからが「行き過ぎ」なのか、明確な基準は示されていません。税務署に申告が否認されるようなことにならないために、相続に詳しい税理士などの専門家のサポートを受ける意味は、今まで以上に大きなものになっているといえるでしょう。