税理士にも専門分野がある
税理士は税のエキスパート。でも、「税」にもいろいろなものがあります。1人の税理士がそのすべてを熟知して、それぞれの案件に対応している(対応できる)わけではありません。弁護士に、刑事、民事、企業法務、国際法務といった専門分野があるのと同じことです。
税理士の関わる専門分野は、大まかに法人(法人税、事業税、消費税など)と、個人(所得税、資産税、相続税など)に分かれます。実際には、法人の顧問税理士が社長の相続を担当したり、あるいは会計事務所が法人と個人の部門を持っていたりすることもありますが、基本的には「法人税」や「所得税」と、「資産税」「相続税」は別の世界。毎年の税務申告をベースに仕事をしている税理士は、相続税などほとんど勉強したこともない、といったことが珍しくありません。
実は、世の中にはそうした「相続税に詳しくない税理士」が意外と多いのです。相続を経験したことがある税理士は、皆さんが思っているよりも少ないという事実を、まずは知って欲しいと思います。
どんな相続で税理士を探すべき?
税理士に依頼すれば、当然コストが発生します。「どんな税理士を選ぶか」の前に、そもそも「どんな相続で税理士に頼むべきか」について確認しておきましょう。
遺産の総額が「基礎控除額」を上回っている
税理士に依頼するのは、相続税の申告、節税がメインです。その相続税には、「基礎控除」があり、これを超えなければ納税の必要はありません。基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算します。自らのケースに当てはめて、遺産(相続財産)がこれを上回るようなら相続税がかかると考えてください。
相続税の申告は、もちろん自分ですることもできます。ただし、特に遺産額が大きい場合や現金以外の相続財産が多い場合などでは、間違いのない申告を行うのは、かなりハードルの高い作業です。節税が難しいだけでなく、万が一「申告漏れ」があった場合、相続財産が大きいほど加算税などのペナルティも高額になってしまいますので、注意が必要です。
「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減」を適用したい
「小規模宅地等の特例」と「配偶者の税額軽減」の2つは、相続税軽減の“切り札”とも言える特例です。ただし、前者には厳格な要件があり、後者は一次相続(例えば両親のうち父親が亡くなって発生した相続)で母親が使い過ぎると、二次相続(母親の相続)で子どもに課税される税が高額になる、といった問題の起こることもあります(後述)。上手に使うためには、やはり税理士のサポートを受けるべきでしょう。
相続財産の価値算定で専門知識が必要
現金以外の財産、中でも土地などの不動産や、会社を経営していた場合の自社株などをいくらに評価するかは、容易ではありません。しかし、その評価額が相続財産の総額、すなわち支払う相続税の金額(あるいは納税の必要があるのかないのかの判断)に大きく影響するのです。こうした財産がある場合には、専門知識を持ったプロに相談するのが「必須」といえます。
納め過ぎた税金の還付を受けたい
相続税に限らず、税金を納め過ぎたことに気付いた場合には、税務署に還付(納め過ぎた分を返してもらうこと)を請求することができます。ただし、この手続きも簡単ではありません。確実に取り戻すためには、税理士に依頼するのがいいでしょう。
「“争続”になっていない」ことが重要
税理士に相続を依頼する大前提として、相続人同士が「揉めていない」ことが大事です。相続人に対して税理士が行えるのは、申告や節税のアドバイスで、すでに争いがある遺産分割協議に介入してまとめようとすることは、認められていません(弁護士の「独占業務」)。特定の相続人に有利になるよう働くことも禁止されていますから、誤解のないようにしましょう。
「相続に詳しくない税理士」に頼むと起こる、こんな悲劇
相続の際に、特に問題になりやすいのが不動産です。値が張るうえに、現金などと違い、相続人同士で分けにくいからに他なりません。
だからこそ、相続に強い税理士の出番なのですが、依頼した税理士がそうでなかったばかりに起こった「失敗事例」を、2つ紹介しましょう。
事例1:小規模宅地等の特例
母親が亡くなり、相続に。相続人は、実家を出てそれぞれに家庭を持つ息子3人でした。遺産は実家の土地・建物と、いくばくかの現金。結局、実家は売却して、そのお金を3人で分けたのですが、土地の評価額が数億円に上ったため、高額の相続税を支払わなくてはなりませんでした。
自宅の相続には、一定の要件を満たせば、その評価額を8割減額できる「小規模宅地等の特例」があります。要件をごく簡略化すると、被相続人(亡くなった人)と同居していた人や、持ち家に住んでいない人が、自宅を相続する場合。このケースでは、3男のみ貸家住まいだったので、彼が相続すれば「特例」の対象になりました。
とはいえ、1人が家を丸々もらったら、たとえ無税になって、少しの現金をもらったとしても、他の2人は納得しがたいかもしれません。その時には、いったん3男が「特例」を受けて家を相続した後に、それを売却して3人で分ける、というやり方もありました。案件を担当した税理士が、「小規模宅地等の特例」を理解していなかったために、兄弟は大きな負担を強いられることになってしまったわけです。
事例2:不動産と代償分割
やはり、親の残した不動産と現金を3人の子どもで分けることに。このケースでも、遺産額の多くは、不動産が占めていました。土地は売却がしづらい、3人で公平に分割するのも難しい。結局、現金は3等分、不動産は3人の共有名義にすることでまとまったのですが。
共有は「平等」のイメージですが、それぞれの「単独行動」には、制限がかけられることを覚悟しなくてはなりません。例えば、その不動産の持ち分を売却したり、建物を改築したりするには、共有者全員の同意が必要になるのです。
問題は、それだけではありません。共有に名を連ねる人が亡くなれば、その持ち分は、子どもなどに相続されることになります。そうやって、共有者がどんどん増えていく。将来、顔も知らない人間同士が共有者となり、名義はあれど誰もその不動産に手を出せないという状況を招くかもしれません。
相続を知る税理士ならば、仮に相続人の側から共有の話が出たとしても、そうしたリスクについて、きちんと説明するでしょう。今のケースでは、誰か1人が不動産を取得し、他の2人に対して「足りない分」を現金で支払う、「代償分割」という方法があることなどを説明し、協議を進めたはずです。
相続に詳しい税理士に依頼するメリット・デメリット
では「相続に詳しい税理士」のサポートを受けるとどのようなメリットが期待できるのでしょうか。
メリット①申告作業の時間や手間を省ける
相続税の計算は、「相続した財産の金額に税率を掛ける」といった単純なものではありません。申告書の作成にも非常に手間がかかります。先ほど説明したように、財産の評価をどうするかという難問もあります。税理士にそれらを依頼することで、作業に費やす時間も手間も省くことができます。
メリット②適切な節税が期待できる
当たり前のことですが、節税のためには税金や税制についての深い知識が必要です。様々な事例に対応してきた経験も、ものをいいます。財産の評価や特例の使い方などにより納税額に差の出る「相続税」に関しては、税理士に依頼することに大きなメリットがあると言えるでしょう。
メリット③申告ミスを防ぐことができる
申告にミスがあると、払う必要のない税金を支払うことになったり、逆に申告漏れを指摘されてペナルティの対象になったりすることがあります。労力をかけたのに残念な結果になってしまうことは、実は少なくありません。税理士に依頼すれば、正確な財産評価も含めて、ミスのない申告が行えます。
メリット④“争族”にならないようにフォローしてもらえる
「税理士は遺産分割協議の争いに介入できない」と先ほど述べましたが、相続人みんなが納得できる節税対策(遺産分割の仕方)を提示することなどにより、争いを未然に防ぐことは可能です。税理士は、誰か1人の代理人となる弁護士と違い、第3者として相続全体に関与できるのです。
メリット⑤税務調査に立ち会ってもらえる
相続税は、申告後の税務調査(※)の多い税目でもあります。税理士に調査に立ち会ってもらうことで、調査官の言いなりに追徴されるといったリスクを避けることができるでしょう。
メリット⑥二次相続まで見据えた節税ができる
一次相続では、「配偶者の税額軽減(配偶者控除)」が使えます。この配偶者控除は、相続財産の「1億6,000万円まで」と「自分の法定相続分」のいずれか高いほうまで“無税”で相続できるという制度です。
ここでつい「できるだけ母親に相続してもらって、税金を下げよう」ということになりがちです。しかし、そうやって母親が相続した財産を、二次相続では子どもが引き継ぐことになり、そこで高額の相続税が発生します。トータルで考えると、一次相続の際に、ある程度子どもに相続したほうが有利なケースも多く、節税のためには先を見通した戦略・シミュレーションが必要になるのです。相続財産が多額の場合には、やはり専門家に相談すべきでしょう。
ここまでメリットを挙げていきましたが、一方で、相続を税理士に依頼するデメリットも2点あります。
デメリット①費用がかかる
税理士に相続を依頼するときには、基本的に遺産総額に応じた報酬を用意しなくてはなりません(報酬の相場は後述の通りです)。
デメリット②相続に詳しくない税理士に依頼してしまった場合、リスクがある
繰り返しになりますが、上記のメリット一覧は「相続に詳しい税理士に依頼する」という前提での話になります。相続に詳しくない税理士に依頼した場合、費用をかけたうえに十分な節税ができなかった、申告にミスがあった、税務調査で納税者の味方になってもらえなかった…といったことが十分に起こり得ます。
相続に詳しい税理士に依頼する
相続に詳しい税理士とは?
メリット・デメリットを踏まえて、税理士の選び方に話を進めましょう。「相続に詳しい税理士」とは、次のような人・事務所を言います。
相続税の専門である
今まで説明してきた通り、相続税は申告の仕方により支払う税額が大きく変わります。税務調査の対象になりやすいこともあり、税理士が関わっていながら“払い過ぎ”の事例が多い、難しい税金でもあるのです。そうである以上、「相続についての知識と経験を蓄積したスペシャリストである税理士」と、例えば「会社の顧問などをしながら相続にも対応するというスタンスの税理士」とでは、差が出て当然といえるでしょう。税理士事務所に関しては、相続税に専門特化しているか、あるいは相続専門の部署を持っているかが、1つの選択基準になるでしょう。
相続の申告実績が豊富
節税の鍵を握る「財産評価」では、知識もさることながら経験と実績が重要な意味を持ちます。例えば、ひとくちに土地といっても、さまざまな立地や形状のものがあります。税理士が過去に数多くの申告を行い、経験を蓄積していれば、それだけ適切な評価をしてもらえる可能性は高まるでしょう。その点で自信のある事務所は、年間(累計)の相続税申告数、税の還付件数や金額、具体的な事例といった実績を、ホームページで堂々と公表していたりするはずです。
ただし、注意点が1つあります。どんなに実績のある事務所でも、担当税理士の経験が浅くては「相続に詳しい」とは言えません。担当してくれる税理士個人にどれくらいの実務経験があるのかは、きちんと確かめる必要があります。
担当となる人が税理士資格を保有している
先ほど担当税理士の話をしましたが、それ以前の話として、特に大手の事務所や税理士法人の場合は「税理士資格を持たないスタッフ」が担当につくこともあります。知識や経験の深さは必ずしも資格の有無とリンクはしませんが、相続という重要な業務を任せるのはやはり不安になります。また、仮に申告後に税務調査になったような場合、無資格のスタッフでは税務署に対応できません。この点も契約前に確認が必要です。
相続の中でも特化している分野がある
相続にもさまざまな形があり、実はニーズに合わせた事務所の専門特化も進んでいます。土地などの不動産が相続財産の多くを占めるような場合には、「不動産の相続に詳しい税理士」がいます。また、経営している会社を相続させる(自社株を渡す)場合、やり方を間違えると経営自体が危うくなるような状況も起こり得るため、「自社株の相続に詳しい税理士」に依頼すべきでしょう。このように、自らの強みを明確にしている税理士は、信頼が置けます。
税務調査の実施率が低い
税務署側もコストと時間をかけて税務調査に入るわけですので、“確実に追徴できる案件”をターゲットにします。その判断基準の1つが、「どの税理士が申告したのか」だといわれています。平たく言えば、「この税理士(事務所)が申告書を作成したのなら、調査に入っても無駄だろう」というバリアになる…ということです。この税務調査率についても、ホームページなどで公開している事務所もあります。
二次相続の提案がある
さきほどのメリット紹介で触れたように、一次相続の際に二次相続まで含めた提案をする税理士は、納税者のことをよく考えてくれているプロだといえるでしょう。
相続人の不安に寄り添ってくれる
「税金が思いのほか高額になったらどうしよう」「税務調査は大丈夫か」など、相続人の不安は尽きません。先ほど述べたような技術面のフォローに加えて、そうした依頼人の気持ちに寄り添うことができる税理士かどうかも大事なポイントです。相続税については、正式な契約の前に事前に相談に乗ってくれる事務所も多いので、そうした場も活用して確かめてみるのがおすすめです。
「相続に強い税理士」を見極めるには
「相続対策は、相続に強い税理士に依頼する」のが鉄則です。誰が専門なのかは、ホームページの記載が参考になります。ただし、注意したい点も。
2015年の税制改正で、相続税の基礎控除額が、4割引き下げられました。「遺産額がこの水準から上は、相続税がかかります」というハードルが大幅に下げられた結果、「納税者」つまり税理士からすると「お客さま」が増えました。それを見込んで、実力が伴わないのに「相続に対応できます」という看板を掲げる事務所もあると聞きます。
相続の実績は事前に要確認
判断のポイントの1つは、「相続税対策」が本当にメインに位置づけられているかどうか。
「法人税の申告」といった他の税務などと併記されている場合には、専門性が低い可能性もあります。相続税の申告実績、税の還付実績などが示されているか、それが他の事務所と比べて多いか少ないかも、見極めの指標になると思います。
税理士紹介会社には、相続に詳しい税理士が登録されています。例えば「不動産の相続に強い税理士を」といったニーズを伝えて、それに合うプロを選んでもらうのもいいでしょう。
相続に詳しい税理士に依頼した場合の費用・報酬
税理士に相続税の申告を依頼する場合、どのくらいの費用がかかるのでしょうか?
税理士に支払う報酬は、(1)「基本報酬」+(2)「加算報酬」の“2階建て”となっているのが普通です。
(1)相続財産額によって決まる「基本報酬」
相続財産の額が大きくなるに従って、税理士の報酬も高額になります。相続財産が大きいほど、財産の評価が大変になることなどから、そうした料金体系になっているのです。
料金の目安は、大体以下の通りです。
相続財産額 | 基本報酬相場 |
---|---|
~5,000万円 | 15~50万円 |
5,000~7,000万円 | 25~70万円 |
7,000万~1億円 | 35~100万円 |
1億~1億5,000万円 | 50~150万円 |
1億5,000万~2億円 | 60~200万円 |
2~3億円 | 80~250万円 |
3~5億円 | 100~300万円 |
5億円~ | 要相談 |
ただし、実際の金額は、事務所によってかなりの差があります。報酬が高ければそれだけ質の高いサービスが受けられる、と言い切れないのは悩ましいところですが、相場よりも高かったり、逆に安めに設定されたりしている場合には、注意が必要といえます。そもそもホームページなどで、きちんと報酬を公開しているかどうかも、選ぶ基準になると思います。
なお、これはあくまでも当初の目安です。作業を進めるうちに相続財産が増えたり減ったりすれば、それによって報酬も変動すると考えてください。
(2)「加算報酬」とは?
これに加えて、次のような作業が必要になる場合には、個別に「加算報酬」というコストがかかります。
土地の評価
1利用区分につき5~6万円が相場とされます。土地の形状が複雑で、不動産鑑定士の鑑定が必要になる場合には、その費用がさらに加算されます。
自社株(非上場株式)の評価
会社の規模などにもよりますが、通常は10~15万円程度です。
相続人が複数いる場合
「基本報酬×10%×(相続人の数-1)」で計算します。旧税理士報酬規程で定められていたものですが、加算する事務所が多いようです。
このほか、物納や納税猶予を行う場合、あるいは申告期限が迫ってからの依頼などの際には、別途報酬が必要になる場合があります。
当初の目安から報酬が変動する可能性があると言いましたが、あえて基本報酬を安く設定し、終わってから高額の支払いを請求する事務所もありますので、要注意です。契約前に、報酬の加算についてしっかり確認するようにしましょう。必要に応じて、複数の事務所に見積もりを出してもらうのも、相場を確かめる意味で有効です。
相続で税理士への依頼を検討中の方へ
相続を頼むのなら、相続に詳しい税理士にしましょう。ホームページで専門性を見極めるとともに、必要に応じて税理士紹介会社を利用するのが、間違いのない方法です。