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認知症を疑われる人が書いた遺言書は必ず「無効」になるのか?
2022年12月6日
高齢化の進展とともに、認知症にかかる人の数も増えています。認知症の発症により、本人や家族に多くの「困ったこと」が起きるのですが、相続もその1つ。本人が望む遺産分割の意思を示すのが難しくなるのと同時に、遺言書を残していた場合には、その有効性をめぐって親族同士で争いになったりもします。一般的に、「認知症の人が書いた遺言書は無効」ともいわれますが、どんなケースでもNGなのでしょうか? 実際に、認知症の疑われる親が遺言書を残していたら? わかりやすく解説します。
問われるのは「遺言能力」?
“認知症=遺言は無効”ではない
2020年の65歳以上の高齢者の認知症有病率は、実に16.7%、約602万人に上り、この年代の6人に1人程度が認知症を患っているという現実があります(「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」)。「認知症の親が遺言書を書いていた」という状況は、決して他人事とはいえないでしょう。
まず押さえておきたいのは、こうした場合の遺言書の有効性は、「遺言能力」があったかなかったかで判断される、ということです。認知症と診断されていたとしても、遺言能力があったと認められれば、遺言書は有効。認知症であるなしにかかわらず、遺言能力がなければ無効。総論的には、そういうことになるのです。
遺言能力とは?
では、その「遺言能力」とは、どのようなものなのでしょうか? 法的には、次の2つの要件を満たす必要があります。
(1)満15歳以上であること
民法には、「十五歳に達した者は、遺言をすることができる」という規定があります(961条)。つまり、15歳未満の人は有効な遺言書を作成することはできず、15歳以上なら、未成年者であっても保護者などの同意を得ることなく、単独で遺言書を作ることができるのです。
(2)「意思能力」があること
「意思能力」とは、簡単にいえば、「遺言の内容や、その結果を十分理解できる能力」のことで、認知症の場合に最も重要となる問題のひとつです 。この意思能力の有無は、後で述べるような基準に従って、個々の案件ごとに判断されることになります。
なお、民法では、成年被後見人(成年後見人※がついた人)となった場合でも、一定程度遺言能力を回復した状態にある場合には、医師2人以上の立ち合いを条件として遺言書を作成することを認めています(973条)。遺言能力としての意思能力は、通常の法的な取り引きなどに比べ、低いレベルでも認められるわけです。
※成年後見制度…精神上の障害により、判断能力の十分でない人が不利益を被らないよう、家庭裁判所が選任する成年後見人が、財産管理や身上監護を行う制度。家庭裁判所が後見人を選任する「法定後見制度」と、本人との契約により後見人が選ばれる「任意後見制度」の2種類がある。
公正証書遺言書なら問題なし?
ところで、法的に有効な遺言書には、自分で書く「自筆証書遺言書」、公証役場で公証人に作成、保存してもらう「公正証書遺言書」などがあります。公正証書遺言書は、公証人が遺言者の意思や遺言能力を確認して書くうえ、作成には2人以上の証人の立ち合いが必要です。ということは、この形の遺言書ならば、無効にはならないと考えていいのでしょうか?
実は、必ずしもそうは言いきれないのです。例えば、子どもが自分に有利な遺言書を作成してもらうために、認知症の親に公証人に対して「はい」とだけ答えるように言い含めて公証役場に連れていき、自分は証人になるようなケースがないとはいえません。遺言者の死後、遺言書の内容などに問題が見つかれば、公正証書遺言書であっても無効になることがあり、裁判でそういう内容の判決が下った事例もあります。基準は、あくまでも書いた人に意思能力があったのかどうか、なのです。
意思能力の有無は、基本的に次のような状況を総合的に考慮して判断されます。
カギになる意思能力の判断基準
遺言者の認知機能のレベル
ひとくちに認知症といっても、症状、進行度合いには差があります(例えば子どものことが認識できる・忘れている)。当然、認知機能の衰えが進むほど、意思能力が認められる可能性は低くなる傾向にあります。ただし、法律的な意思能力は、そうした医学的な判断に加え、後述する遺言書の内容などとの関係も含めて、相対的に決定されるものであることを押さえておいてください。
認知症における認知機能レベルの標準的な測定方法に「長谷川式認知症スケール(HDS-R)」があります。9つの質問に答える簡易テストで、30点満点で20点以下の場合は、認知症の疑いが強いとされています。遺言者の認知機能を判断する指標にも使われ、特に10点以下の結果だと、意思能力なしと判断される公算大といえるでしょう。
しかし、10点以下のケースでも、遺言の中身が妥当だとして、意思能力を認めた判例もあります。逆に10点以上で認められなかった裁判例もあるのです。遺言者の意思能力は、「スケール」の点数で単純に決められるものではありません。
遺言者の意思能力が問われるのは、遺言書を作成した当時の状況です。実際には、書いてから日にちが経っていることも少なくないわけですが、そうした場合には、当時の診断書、介護記録、看護記録などが「証拠」になることもあります。
遺言者が理解可能な遺言書か?
例えば「全財産を妻に譲る」という遺言と、財産ごとに複数の受遺者(遺産を譲られる人)を指定した遺言とでは、どちらのほうが遺言者にとって「遺言の内容や結果を理解しやすいか」は明白です。一般的に、単純な内容の遺言であるほど意思能力を認められる可能性は高くなり、認知症であるにもかかわらず複雑な遺言書を残した場合には、問題になることが多くなるでしょう。
この点に関しては、信託銀行の原案を基に作成された公正証書遺言書が、多数の不動産などを複数の人間に相続させるなど、中程度以上の認知症患者のものにしては複雑すぎるとして、「無効」とされた判例があります。
遺言内容などに不自然な点はないか?
仮に「全財産を妻に譲る」という単純な遺言内容だったとしても、遺言者と妻が生前不仲で、妻が遺言者の介護を他人任せにしてずっと別居生活を送っていた、というような場合には、遺言能力が疑われる理由になるでしょう。このように、遺言の「合理性」も判断材料になります。
遺言書が何度も書き直されている、筆跡が乱れている(自筆証書遺言書の場合)といった「状況証拠」も、遺言能力を否定する材料になり得るのです。
遺言書の有効性が問題になったら
有効性に答えが出ないと、遺産分割できない
では、遺言者が、このような「有効性に疑問のある遺言書」を書いていたら、どう対処したらいいのでしょうか?
たとえ遺言書の意思能力が疑われる場合でも、その遺言書の内容を相続人全員がOKするのならば、基本的にその通りに遺産を分けて問題はありません。反対に全員が無効と考えるのならば、相続人全員で遺産分割協議を行い、遺言内容とは異なる分け方をすることができます。しかし、「有効」、「無効」で意見が分かれた状態では、協議を前に進めることができません。
このような場合、当事者のスタンスは、「無効を主張したい」(認知症のせいで、不当に自分に不利な遺言になっている)、「有効であることを証明したい」(遺言書の作成時、遺言者は十分な意思能力を持っていた)のどちらかになるでしょう。
前者のケースから説明します。
遺言無効の調停を申し立てる
遺言書の無効を主張したのに、有効性を譲らない相続人がいる場合には、家庭裁判所に遺言無効調停を申して立てて、解決を図ります。調停委員という第3者が間に入って当事者同士が話し合います。
こうした家事事件(家庭内の事件)については、訴訟の前に家庭裁判所に調停を申し立てるのが原則です(「調停前置主義」)。ただし、相続人同士の事前の話合いで遺言の無効の合意が得られなかった以上、調停による解決は期待薄と考えられるため、実際には最初から次の訴訟を提起するケースも多いようです。
遺言無効確認訴訟を提起する
裁判所に遺言無効確認訴訟を提起すれば、遺言書の無効を公に認めてもらうことが可能です。ただし、裁判では、必要に応じて遺言書作成当時の診断書や介護記録などを揃え、遺言者に意思能力がなかったことを具体的に立証する必要があります。
「遺言は無効」という判決が出た場合には、遺言書はなかったものとして扱われます。相続人は、そこからあらためて遺産分割協議を開始して、分け方を決めていくことになります。
遺留分侵害額請求を行う
法定相続人には、相続において最低限受け取れる遺産の割合(遺留分)が認められていて、たとえ被相続人(亡くなった人)の遺言書があっても、その内容に優先します。原因が認知症であるかどうかに限りませんが、例えば「遺産は全て長男に譲る」といった内容の遺言書があり、その有効性が認められた場合にも、長男に対して遺留分を請求することができます。
有効な遺言書を残してもらうには
一方、遺言書の有効性を主張するためには、「無効とされない遺言書」を作成してもらうことが、最も重要な対策になるはずです。認知症を発症する前に書いてもらうのがベストですが、発症後であっても、意思能力が問題とされない遺言内容であれば、有効性が認められる可能性は高まります。その際、医師の診断書などの客観的な証拠を取得しておくことが必要なのは、いうまでもありません。
また、のちのち認知症による意思能力が問題になりそうな場合には、やはり公正証書遺言書の形にしておくのがベターといえます。
ただし、遺言書は何度でも書き換えることが認められており、最も日付の新しいものが有効とされます。他の相続人の働きかけなどによって、後日、新たな遺言書が作成されるリスクは認識しておきましょう。
まとめ
認知症の人が残した遺言書の有効性は、意思能力の有無がポイントになります。明らかに不利な遺言が行われている場合には、裁判所に遺言無効確認訴訟を提起して、無効を勝ち取る道があります。有効な遺言書を確実に残してもらうためには、認知症になる前に作成してもらうなど、遺言書作成時の対策が重要です。