「1円起業」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。昔と違って、資本金1円で会社がつくれる=“会社は簡単に設立できる”ということを象徴的に表現したものです。実際には、資本金以外にもお金は必要なのですが、そのハードルが低くなったのは事実。ただし、先々の見通しもなく実行すれば、痛い目に遭うことも。今回はあえて会社設立の「デメリット」にも目を向け、会社設立をするタイミングについても見ていきましょう。
目 次
「とりあえず会社を作ろう」の前に、メリットデメリットを考慮する
かつての「起業ブーム」の頃には、会社をつくること自体を目的にした「社長さん」が、けっこういました。
逆に、勤めている会社を辞めて自分の会社をつくることで、退路を断ってやりたいことをやる、というタイプの人もいます。
起業に“想い”は必要ですが、それだけで会社を設立するのは、賢明とは言えません。
法人には、個人事業主とは違うかたちで税金がかかってきます。法人特有のさまざまな経費も発生します。事業が軌道に乗り、それらをカバーしつつ利益を上げられればいいのですが、自分の思いが先行していると、計画も甘くなりがち。結局、財務面で行き詰まり、何年ももたずに廃業という例が、珍しくないのです。
起業には、個人事業から始める、という選択肢もあります。
初めから会社をつくったり、個人事業を法人化したりするのは、それに「必然的な理由」がある場合のみ、と考えるべきでしょう。
会社を作るメリットとは?
会社を設立する・法人化をする主なメリットは、「節税」と「信用力のアップ」です。
メリット:節税効果が期待できる
個人事業主の主たる税金は「所得税」、一方法人は「法人税」です。所得税は、所得が上がるほど税率も高くなる「累進課税」(最高税率45%)ですが、法人税の税率は、一定です(資本金1億円以下の中小企業の場合、課税所得金額が800万円以下は15%、それを超える金額は23.2%)。所得が一定水準を超えた場合には、法人にしたほうが節税になります。
また、法人にすると、社長である自分は、会社から役員報酬を受け取ることになります。その一定額は、課税のベースとなる所得から差し引くこと(所得控除)ができるので、そこでも節税効果が生まれます。出張した際の「旅費」や「生命保険料」など、売上から差し引ける経費の幅も、個人事業主に比べて広がります。
メリット:社会的な信用力が高まる
わざわざ資本金を積み、設立登記まですることの大きな意味は、「社会的な信用力が高まるから」です。業種や相手先によっては、会社でなければ取引してもらえない場合もあります。人を雇おうと思ったときにも、「個人事業」よりも「株式会社」のほうが募集しやすいでしょう。
金融機関に融資を頼む際にも、個人事業主よりは会社のほうが有利だとされています。法人は、決算で必ず損益計算書とともに賃借対照表を作成するため、金融機関が財務内容を把握しやすいのです。
会社設立前に考えるべきこと・デメリットとは?
しかし、会社設立はお得なことばかりではありません。
会社設立には登録免許税などの法定費用だけで、約20万円(株式会社の場合)の費用負担が発生するのですが、会社設立後にも次のような問題もクリアしていかなくてはなりません。
デメリット:社会保険への加入が義務づけられる
法人になると、たとえ社長が1人の“個人会社”であっても、健康保険、厚生年金保険などの社会保険への加入が義務づけられます。
従業員を含めて、その保険料の半額は会社負担になりますから、特に人を雇う場合には、かなりの重荷になるのです(個人事業の場合は、原則として5名までは社会保険への加入は自由です)。
この会社の負担は、たとえ赤字になったとしても免除はされません。
デメリット:赤字でも納める住民税の負担が生じる
法人も、個人と同じように「住民税」を納める必要があります。この法人住民税には、所得にリンクする「所得税割」と、それと無関係に課税される「均等割」があり、後者については、やはり赤字でも納税しなくてはなりません(東京都の場合は年7万円)。
さらに、法人には、「法人事業税」という地方税も課税されます。
デメリット:経営を維持するための事務量、コストが増加する
登記を行い「公」の存在となった以上、例えば事業内容を改めようと思っても、個人事業のように簡単に方向転換はできません。もし方向転換をしようとするなら、定められた手続きに従い、登記内容の変更を行う必要があるのです。こうした場合には、司法書士などの専門家に作業を依頼することになるでしょう。
法人税の申告も、所得税より複雑です。本業に専念しようと思ったら、日々の帳簿付けなども含めて、税理士などに頼むしかありません。そして、そこにもコストは発生します。
こうしたコストは、経営を円滑に進めるために必要な経費です。しかし、会社をつくる前にきちんと織り込まれていないと、「思わぬ出費」になって、経営の足を引っ張りかねないわけです。
デメリット:会社のお金は会社のもの
個人事業主の場合は、納税を済ませて手元に残ったお金は、事業のためにも自分のためにも、自由に使えます。
しかし、法人化したらそうはいきません。社長といえども、会社のお金に手を付けるのは絶対にNGです。必要になった場合には、会社と賃貸借契約を結んで、利子も支払わなくてはならないのです。
デメリット:報酬には所得税がかかる
はじめに、「法人化で所得税→法人税に切り替える節税」の話をしました。さらに、「自分の受け取った報酬が控除できるメリット」についても説明しました。ただし、ここでもう1点、計算に入れるべきことがあります。
「会社から受け取った報酬には、所得税や住民税がかかってくる」ということです。
つまり、節税効果を高めるためには、上の3点を踏まえて、総合的に検討する必要があるのです。節税や所得控除のメリットばかりに目が行って、報酬を多く受け取り過ぎたりすると、トータルの納税額が増えることも十分にあり得ます。
会社を作るなら、タイミングが重要
このように、会社設立にはそれぞれメリットデメリットがあります。
起業に対する熱意も重要ですが、まずは冷静に上記の点を確認し、本当に会社を設立すべきかをよく考えるべきでしょう。
起業をするなら、始めやすい個人事業主から
起業をするなら、まずは個人事業で始めてみるのがおすすめです。副業(週末起業)で、始めたい事業を少しずつ試してみるのも良いでしょう。
そして、個人事業主として仕事が軌道に乗ってきたら、会社設立(法人化)を行う準備を開始するべきです。
会社設立のベストタイミングは?
では、個人事業主として仕事を始めたら、いつぐらいに会社設立(法人化)をした方がいいのでしょうか?
法人化をするべきタイミングの指標は2つあります。
売上が1000万円を超えたら
個人事業主でも法人でも、売上が1000万円を超えたら、その2年後から「消費税課税事業者」となり、消費税を納めなくてはなりません。
しかし、売上1000万円を超えたその翌年で会社設立(法人化)をした場合、最低2年間、消費税の納税が免除されるのです。
ただ、消費税免除だけを目的に法人化をするのはおすすめできません。
所得が800万円~900万円になったら
個人事業を法人化すべきかどうかの最低限の指標は、“所得”です。支払う税金の金額が、この“所得”によって異なるためです。
先述の通り、個人事業主の場合、所得に課される税金は「所得税」です。所得税は累進課税制度(※)を採用しているため、所得金額が大きくなればなるほど、所得税の税率も高くなります。
一方で、法人の場合、所得に課される税金は「法人税」です。こちらの税率は、所得金額によってあまり左右されないのが特徴です。
法人の種類にもよりますが、資本金1億円以下の中小企業の場合は、所得金額が年800万円以下場合の税率は15%、所得金額が年800万円超の場合の税率は23.2%です。
つまり、所得金額がおおよそ800万円~900万円のラインに入ったら、法人化をした方が逆に税金を抑えることができるようになります。
会社設立で税理士への依頼を検討中の方へ
ややネガティブな事柄を並べましたが、事業を大きくしていくうえで、会社が重要な「器」であることは、言うまでもありません。問題は、会社設立のタイミングを誤らないこと。
法人化すべきかどうかについては、第3者の意見を聞くのも大事です。設立前に、起業に詳しい税理士などの専門家のアドバイスを受けてみてはいかがでしょうか。