個人事業主が税金について考える事のひとつに「いかに節税するか」ということがあります。国外中古建物の取得も節税方法のひとつでしたが、「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」が創立され、節税しにくくなりました。
そこで、この記事では国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例について解説します。
国外中古建物を用いた節税スキーム
国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の説明の前に、まずはこの特例の創設の原因となった、国外中古建物を用いた節税スキームについて解説します。
国外中古建物を用いた節税スキームとは、国外の投資用中古不動産を購入し、所得の損益通算を行うことにより、所得金額や納める税金を減少させるものです。
実は、個人の収入は給料や不動産の賃貸収入など、収入の種類によって、所得を区分し、それぞれの種類により所得金額の計算方法が異なります。例えば、給料は給与所得、不動産の賃貸収入は不動産所得になります。
給与所得の場合は、収入金額に応じた一定の給与所得控除があるため、原則、経費を計上することができず、赤字になることはありません。しかし、不動産所得の場合、事業に関係するものであれば経費にすることができるため、経費が多くなると赤字になることもあります。
給与所得が黒字で不動産所得が赤字の場合、これらを合算することができます。これを損益通算といいます。例えば、給与所得300万円、不動産所得△100万円の場合では、損益通算することで200万円の所得となります。
すでに、毎月の給料支払い時に、給与所得300万円分の所得税が源泉徴収されているため、損益通算することで200万円の所得になれば、差額100万円分の所得に対する税金が戻ってきます。
事業に使う不動産は、取得価格を複数年(耐用年数)に渡って減価償却費で経費計上します。実は、海外の不動産では、中古住宅と新築住宅との価格の差があまりありません。
しかし、日本の税法では新築住宅に比べて中古住宅の方が耐用年数が短く、大きな金額を減価償却できます。このことを利用して、国外の中古物件を購入して減価償却をすることで不動産所得をマイナスにし、所得金額や納める税金を減少させるのが、国外中古建物を用いた節税スキームです。
国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例
ここまでは、国外中古建物を用いた節税スキームを見てきました。ここからは、2020(令和2)年度の税制改正で創設された、国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例について解説します。
国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の内容
国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例とは、国外中古建物の減価償却費を使った「不動産所得の損失をなかったものとする」法律です。国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の詳細は、次のとおりです。
- 国外中古建物から生ずる不動産所得がある
- 国外中古建物の減価償却費の計算を簡便法で行っている
- 国外不動産所得の損失の金額がある
上記すべての要件に該当する場合は、国外不動産所得の損失の金額は、生じなかったものとされます。
減価償却費の計算における簡便法とは、中古資産の耐用年数を次の方法で求める方法のことです。
- 法定耐用年数の全部を経過した資産の場合
耐用年数=法定耐用年数×20% - 法定耐用年数の一部を経過した資産の場合
耐用年数=(法定耐用年数-経過年数)+経過年数×20%
例えば、法定耐用年数20年で経過年数10年の中古資産の場合の簡便法による耐用年数は、次のようになります。
なお、国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例は、令和3年分の所得税から適用されます。
国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の具体例
ここでは、国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の具体例を見ていきます。
例)国外中古資産を購入し、賃貸収入を得ている。1年間の収入は1,000万円、減価償却費1,500万円だった。減価償却費の計算における耐用年数は簡便法で計算している。便宜上、減価償却費以外の経費はないものとする。なお、別に給与所得が500万円ある。
- 国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の施行前
この場合の不動産所得は、収入1,000万円-減価償却費1,500万円=損失500万円です。給与所得と不動産所得の合計所得は、給与所得500万円+不動産所得△500万円=0円になります。 - 国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の施行後
不動産所得は、収入1,000万円-減価償却費1,500万円=損失500万円ですが、500万円の損失は全て減価償却費から生じているため、損失がなかったことになります。そのため、不動産所得は0円です。
給与所得と不動産所得の合計所得は、給与所得500万円+不動産所得0円=500万円になります。
この例では、国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の施行前か施行後かによって、所得金額に500万円もの差がでます。
国外中古建物を譲渡した場合の処理方法
国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例では、国外中古建物による不動産所得の損失がないことになります。しかし、この特例の影響は毎年の不動産所得だけではありません。実は、国外中古建物を売却した場合にも影響があります。
そこで、ここからは国外中古建物を譲渡した場合の処理方法について解説します。
国外中古建物を譲渡した場合の処理
事業で使っていた資産を売却した場合には、譲渡所得に譲渡所得税が課されます。譲渡所得は、次の計算式で計算します。
取得費は、不動産の購入価格や購入時にかかった費用のことです。譲渡費用とは、仲介手数料などの不動産の売却時にかかった費用のことです。
ここで問題となるのが、建物の取得費です。建物は、取得してから劣化が始まるため、時の経過とともに価値は下落していきます。そのため、売却時の建物の取得費は、建物の購入金額から売却までの減価償却費の累計額を差し引いた金額となります。これは、国外中古建物も同じです。
しかし、国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の施行後における国外中古建物では、毎年の所得金額の計算時に、減価償却費から生じている損失はなかったものとされています。
そのため、毎年の所得金額の計算時になかったとされた減価償却費は、不動産売却時に建物の購入金額から差し引く減価償却費の累計額にも、含めないことになります。
国外中古建物を譲渡した場合の具体例
ここでは、国外中古建物を譲渡した場合の具体例を見ていきます。
例)所有している国外中古資産を売却した。売却金額は5,000万円、国外中古資産の取得価格は4,000万円、売却時までの減価償却累計額は1,000万円だった。ただし、減価償却累計額には、毎年の所得金額の計算時になかったものとされた、減価償却費の累計を600万円を含んでいる。便宜上、取得費以外に、取得費や譲渡費用はないものとする。
この場合の譲渡所得は、次のとおりです。
この具体例が一般の不動産の場合、譲渡所得は次のとおりです。
譲渡所得が高いほど、納める税額は高くなります。このように、売却時には、国外中古建物のほうが有利になります。
まとめ
ここまで解説してきたとおり国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の創設により、国外中古建物を使った節税は難しくなります。
売却時には、国外中古建物のほうが有利になりますが、普段の管理費などのことを考えると、国外中古建物所有のメリットは少なくなるでしょう。
今後、国外中古建物の購入を考えている場合には税金面について、より注意が必要となるでしょう。