会社員として数年勤務し、技術も人脈も身についてきたころ、周りでチラホラ聞こえてくる「アイツ、独立したんだって」の声。このまま勤務するか思い切って独立するか、お悩みの方も多いでしょう。この記事では、税金や社会保険などの観点から、会社員を続けながら個人事業を始めることをおすすめします!
会社員と個人事業主の両立をおすすめする理由(税金編)
パターン1 個人事業が赤字の場合
青色申告をしている事業所得が赤字だった場合には、その年の給与所得から、事業所得により発生した赤字を差し引いて税金の計算をすることができます。会社員を続けながら個人事業を始めることで、初年度から順調に黒字になればお小遣いが増えますし、赤字になってしまったとしても給与にかかる税金が安くなるなんて、どちらに転んでもいいことづくめだと思いませんか!?
けれども、注意しなければならないこともあります。この方法を使った場合、翌年の6月から翌々年の5月まで給与から源泉徴収されている住民税が安くなるため、勤務先に兼業をしている事実や個人事業が赤字だということを知られてしまう可能性があります。
また、2013年にはこの方法を悪用し、架空の副業で赤字が出たことにして、給与所得から源泉徴収された税金を取り返すという手口の脱税を指南した経営コンサルタントが逮捕されています。個人事業といっても趣味の延長だったり、お小遣い稼ぎほどの規模だったりした場合、この方法を認められないこともあります。判断が難しい事例が多いので、不安な場合は税務署や税理士にきちんと確認しましょう。
パターン2 個人事業が黒字の場合
会社から給与をもらっている場合、その全額が給与所得として課税されているわけではありません。「会社員の方の場合、仕事に必要な経費を、給与からこれくらい使っているんじゃないか?」という金額を給与の金額から差し引いて税金を計算する制度があります。これを「給与所得控除」といいます。
一方、青色申告をしている個人事業主の方の場合、本格的な帳簿を作成する義務を負う代わりに、その年の利益から最大65万円を差し引いて税金を計算する制度があります。これを「青色申告特別控除」といいます。
この「給与所得控除」と「青色申告特別控除」、どちらか一方しか使えないと思いこんでいる方もいるようですが、給与所得と事業所得がある人の場合、この2つの制度を同時に利用することが可能です!
さらに、事業所得の種類によりますが、一般的に自宅を事務所として使う場合の家賃や水道光熱費、自家用車やPCなどの備品に支払った費用など、個人事業を営んでいなくても生じる支出の一部を個人事業の費用として計上できます。
また、他の仕事をしていることを勤務先に知られたくない会社員の方もまだまだ多いはずです。よく「複数の仕事をしている場合、確定申告書の住民税の欄に「自分で納付」と印をつけておけば、住民税の金額から他の仕事をしていることを会社に知られることはありません」というアドバイスがあるようですが、これは必ずしも事実ではないので注意が必要です。
会社員以外の仕事、いわゆる副業は、他の個人や会社に雇用されてお給料をいただく「給与所得」に該当するものと、自分で事業を営んだり他の個人や会社から業務を委託されて報酬をいただく「事業所得」に該当するものの2種類に分けられます。
けれども、このアドバイスは、副業が「給与所得」「公的年金等にかかる所得」以外の所得であれば正しいのですが、「給与所得」の場合には本業の会社に通知されて、住民税が給与から源泉徴収されてしまいますので、勤務先に知られてしまうことがあります。個人事業を営む場合には住民税を自分で納付することができますので、住民税の金額から他の仕事をしている事実や、他の仕事でいくら稼いでいるか会社に知られてしまうことはありません。
会社員と個人事業主の両立をおすすめする理由(社会保険編)
会社員と個人事業主の健康保険・年金比較
税金と比較して、社会保険料の金額に気をつける方は多くないようです。しかし、金額的にも税金と同じくらいか、場合によってはそれ以上の負担となりますし、税金と同じく強制的に徴収されるものです。ここでは、会社員と個人事業主がそれぞれどの程度の社会保険料を負担しているのか比較してみます。
・健康保険
会社員の方は会社が手続きをすることで協会けんぽに加入しています(一部の大企業などの場合には異なることがあります)。一方、個人事業者の場合には国民健康保険に加入することになります。どちらも、所得に比例して掛金が増えていきます。
2つの制度にはいくつか異なる点があるのですが、最大の違いは協会けんぽの場合には扶養している家族の人数や世帯年収が増えても保険料が変わらないのに対して、国民健康保険の場合には扶養している家族の人数や世帯年収が増えるにつれて保険料も増えることです。
ここでは、年収100万円の奥様とお子様2名と同居している年収450万円(30代男性の平均年収)の東京都渋谷区にお住いの男性をモデルに、協会けんぽと国民健康保険を比較してみましょう。
会社員の方の場合、協会けんぽの保険料は会社と折半することになっています。保険料を計算すると月総額が37,620円。この金額は会社と折半するため、ご自身の負担額は毎月18,810円となります。一方、その方が独立して個人事業主として同じく450万円の事業所得を得たとすると、毎月44,542円の健康保険料を負担することとなり、その差額は毎月25,732円にもなります。
なお、国民健康保険の代わりに、同業者団体などで組織される「健康保険組合」に加入する方法があります。一般に国民健康保険よりも健康保険組合の方が条件が良いのですが、地域や業界により健康保険組合がない場合もあります。また、条件が組合ごとに異なりますので、ここでは制度の紹介に留めます。
・年金
会社員の方は、会社が手続きをすることで厚生年金に加入しています。厚生年金に加入して掛金を支払っている場合、国民年金にも同時に加入して掛金を支払っている形になるため、将来は厚生年金と国民年金の両方を受け取ることが可能です。一方、個人事業者の場合には国民年金に加入することになります。
厚生年金に加入している方の配偶者の所得が一定額以下の場合、いわゆる扶養に入ることができ、掛金を増やすことなく、その配偶者が国民年金に加入しているものとみなしてもらえます。しかし、国民年金の場合にはそのような制度がなく、配偶者の方の所得が低くても配偶者ご自身が国民年金の掛金を支払わなければなりません。
国民年金の掛金は16,340円と一定額です(平成30年度)が、厚生年金は所得に比例して掛金が増えていきます。ここでは、健康保険のときと同じモデルを使って国民年金と厚生年金の掛金を比較してみましょう。
会社員の方の場合、健康保険と同じく厚生年金の保険料も会社と折半することになっています。保険料を計算すると月総額が69,540円、会社と折半するためご自身の負担額は毎月34,770円となります。
一見、国民年金の掛金16,340円と比較して高額だと思われるかもしれませんが、34,770円にはご自身の国民年金の掛金が含まれていますし、配偶者の方も掛金を支払うことなく国民年金に加入できます。そのため、2名分の国民年金の掛金が含まれているようなものです。つまり、実質34,770-(16,340×2)=2,090円で厚生年金に加入しているのと同様です。
国民年金は1ヵ月16,340円の掛金を支払うと、将来老齢基礎年金を1ヵ月5.5万円(全受給者平均)もらうことができます。それに対して、このケースを例にとると、厚生年金は実質1ヵ月2,090円の掛金を支払うことで、将来老齢厚生年金を平均1ヵ月15万円(全受給者平均)もらうことができます。この例を見ておわかりいただけるように、厚生年金に加入することでとても有利になります。
会社員と個人事業主を両立した場合のメリット
このように、個人事業主として国民健康保険・国民年金に加入するより、会社員として社会保険に加入する方が一般的には有利であるといわれています。しかし、会社員として働きながら個人事業主として事業を行うと、さらに有利に社会保険に加入することができるのです。
会社員として社会保険に加入している方、その扶養に入っている方は、あらためて国民健康保険・国民年金に加入する必要はありません。また、社会保険は健康保険も年金も、ご自身の給与所得のみを合算して掛金を算定します。つまり、個人事業主としていくら所得があったとしても、社会保険の掛金には反映されないのです。
先ほどと同じく、所得が30代の平均年収である450万円、年収100万円の奥様とお子様2名が扶養に入っている男性をモデルに考えてみましょう。ただし、先ほどと異なり450万円の年収のうち200万円を会社員として、残りの250万円を個人事業主として得ていることとします。
このケースで掛金を計算すると、健康保険のご自身の負担額は毎月8,415円、厚生年金のご自身の負担額は毎月15,555円となり、健康保険と厚生年金の合計額は23,970円となります。450万円を会社員として得ている場合には、毎月18,810円+34,770円=53,580円の負担でした。そのため、会社員と個人事業主を両立すると毎月29,610円もの社会保険料を節約することができます。
会社員と個人事業主の両立をおすすめする理由(将来編)
「社会保険料が減るのはいいけれど、なにかデメリットがあるんじゃないの?」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、健康保険については、ケガをして会社に行けなくなってしまった場合に支給される「傷病手当金」などが減額されること以外、基本的に損をすることはありません。厚生年金については、将来もらう老齢厚生年金のうち「報酬比例部分」が少なくなってしまいますが、高い掛金を支払っても年金額に反映されにくい仕組みですので、掛金が減るというメリット以上のデメリットではありません。
ところで、最近は高齢になっても元気に働き続ける方が増えていますが、老齢厚生年金をもらいながら給与所得を得る場合、年金と給与の合計額が一定額を超えると厚生年金が減額されたり、1円ももらえなくなったりしてしまいます。しかし、老齢厚生年金をもらいながら事業所得を得た場合は、厚生年金が減額されたり、もらえなくなってしまったりすることはありません。高齢になり、老齢厚生年金が減額されると知ってから慌てて個人事業を始めるより、若いうちから着実に個人事業の基盤を築いておいてはいかがでしょうか。
また、会社員を辞めて個人事業者になろうと考えたとき、思うように売上が上がらないかもしれない、不測のトラブルにより資金繰りが悪化するかもしれないなど、万一のことを考えて躊躇してしまう方がいるかもしれません。しかし、会社員と両立しながら開業すれば、会社から毎月決まった給与を得ることができたり会社の福利厚生制度を利用できたりと、安定した労働者としての権利を享受しながら開業することができます。一方、個人事業主として所得を得る手段を確立していれば、なんらかの理由により会社員を続けられなくなってしまっても生活に困ることはありません。
まとめ
会社員の方が独立を検討する際、会社員を辞めて個人事業主として働いていくか、それとも個人事業主となるのは諦めて会社員として働き続けるか、二者択一の考え方をされている方がまだまだ多いかもしれません。
しかし、上記のように会社員と個人事業主を両立することで享受できる多くのメリットが存在します。皆様も、一度会社員と個人事業主の両立を検討してみてはいかがでしょうか。