同業の仲間と「みんなで事業を立ち上げないか?」という話題になったとき、具体的にどんな方法で個人事業を共同経営したらいいのか誰もわからない……
そんなことになってしまったら、まとまる話もまとまりませんよね。
この記事では、個人事業を共同経営するにはどんな方法があるのか、確認してみます。
パターン1 全員が個人事業主になる方法
売上・経費を完全に按分する方法
最初に思いつくのは、共同事業を行う人全員が個人事業主となり、売上・経費をみんなで決めた方法で按分する方法です。
この方法が一番シンプルで、最良の方法だと思われるかもしれませんが、現実的には以下の理由から実現できる可能性が低く、おすすめできません。
(1)ひとつの取引に対して按分した請求書を受け取り、バラバラに入金するという面倒な取引に取引先が対応してくれる可能性が低いという理由が挙げられます。
例えば、150万円の売上が生じ、10人で按分してひとり15万円の請求書を10通発行したとして、15万円の請求書1件1件を確認して、個別に振込をするのは取引先にとって負担が大きいでしょう。
(2)事務所や店舗となる不動産を契約したり、備品のリース契約をしたりする際、複数名の連名で契約することに相手方が対応してくれる可能性が低いこと。
仮に複数名の連名で契約を結ぶことを実現したとして、ひとりでもその事業から撤退してしまった場合には全ての連名契約が無効となり、再度契約を結び直さなければなりません。もし、相手が再契約に同意しなければ、事務所や店舗を閉鎖したり、リースを受けている備品を返還したりしなければなりませんから、業務遂行に重大な影響を及ぼしてしまいます。
(3)事実上ひとつの契約を複数に分割して収益・費用として計上することに対し、必ずしも税務署からの理解を得られないこと。
税額を低く抑えるためにそのような取引を形式的に行ったと税務署が判断するリスクがあるため、事業を続ける間税務署とトラブルになる可能性がずっとつきまといます。
(4)これは事業を共同経営する際に共通するリスクであり、この方法だけのトラブルとは必ずしも言い切れませんが、売上や経費を按分する方法について、共同経営しているメンバーとトラブルになる可能性があること。
さらに、他の方法と比較して「売上・経費を完全に按分する方法」に特有の問題があります。それは、按分方法に関するトラブルが取引先にまで波及してしまうことです。
他の方法であれば、按分方法についてトラブルになったとしても、共同事業の代表者と取引先が有効な契約を結ぶことができるので、按分方法のトラブルはあくまで共同事業のメンバー内に留まります。しかし、「売上・経費を完全に按分する方法」はメンバーのそれぞれが取引先と契約を結びますから、それぞれのメンバーが各自の言い分で勝手に取引先に請求書を発行したり、取引先と契約を結ぶことを拒否したりする可能性があります。
そのようなトラブルが一度発生してしまうと共同事業をコントロールできる人がいなくなってしまうので、事業自体が成立しなくなってしまいます。
代表者を決めて、それ以外が下請になる方法
「売上・経費を完全に按分する方法」と同様に全員が個人事業者となりますが、あらかじめ決められた代表者ひとりが取引先と契約をして、それ以外の共同事業のメンバーは代表者の下請業者となって業務を遂行する方法もあります。
「売上・経費を完全に按分する方法」で示したように、契約を結んだり、税務申告をしたり、また共同事業のメンバー同士がトラブルになってしまった際などの障害は発生しにくいのですが、やはり以下のような理由から実現性が高いとは言えません。
(1)共同経営であるにも関わらず、代表者とそれ以外という上下関係ができてしまうこと。
年長であったり、業界経験が長かったりという理由で、メンバーの誰もがリーダーと認める方がいればいいのですが、そのような人がいない場合には上下関係がある方法をメンバー全員が受け入れることができるか、受け入れるとして誰が代表者となるのかといった事業以前の議論で話がまとまらなくなってしまうかもしれません。
(2)下請の人には、代表者に突然契約を打ち切られたり、報酬の金額を下げられたりしてしまうリスクが付きまとうこと。また、取引先と契約を結んでいるのは代表者ですから、業務上他人に損害を与えてしまった場合の責任は代表者が取らなければならないこと。
下請の人も代表者も「自分だけがこのようなリスクを取っているのに、このような売上・経費の按分方法では割に合わない」と言い出してしまう可能性もあります。
したがって、「売上・経費を完全に按分する方法」以上に、按分方法についての話し合いがまとまらなくなる可能性が高まるのです。
(3)共同事業とはいえ取引先・仕入先は代表者個人と契約をしていますから、もし代表者がなんらかの事情により事業から手を引いた場合、取引先・仕入先と契約を結び直さなければならないこと。
「売上・経費を完全に按分する方法」と同様に、事務所や店舗となる不動産を契約したり、備品のリース契約をしたりしている場合には、相手方が再契約に同意しなければ、事務所や店舗を閉鎖したり、リースを受けている備品を返還したりしなければなりませんから、業務遂行に重大な悪影響を及ぼします。
そもそも、共同事業のメンバーそれぞれの方の専門分野や担当分野がはっきりしていればいいのですが、業種や業態によってはそもそも下請という形態になじまないこともあります。
パターン2
代表者のみが個人事業主となり、他の方は従業員になる方法
共同経営なのに残業代!有給!労働三法の高いハードル
代表者のみが個人事業主となり、他の人は代表者の事業の従業員となる方法もあります。「代表者を決めて、それ以外の人が下請になる方法」に出てきた「下請という形態になじまない場合」には有用な方法ですが、そのほかに以下のようなデメリットがあり、実現性がより低くなってしまいます。
(1)従業員となった人にだけ労働三法上の権利が保障されますから、代表者とは全く異なる労働条件で働くこと。
したがって、代表者と従業員となった人の間に不公平感が広がってしまうことがあります。
(2)従業員となった人にだけ労働保険・社会保険に加入する権利が発生することにより、不公平感が広がってしまうと同時に、その費用負担をどのように平等に按分するのか、議論をまとめることが困難なこと。
この方法を採用する場合、あくまで代表者の方が主体となって事業を行い、他の方は一従業員として働くことにメンバー全員が納得する必要があります。
計算方法が全く違う!代表者に有利な税制
この方法は、代表者と従業員の間で労働三法上の扱いが異なるだけではなく、税法上の取り扱いも全く異なります。代表者は個人事業主として事業所得を申告することになりますが、従業員となった方は給与所得に対して課税されることとなります。
したがって、単純に売上や経費を均等に按分した場合、代表者の方の税負担が極端に軽くなることが予想されますので、税金の面からも不公平感が広がってしまう可能性が高いでしょう。
パターン3 有限責任事業組合(LLP)を設立する方法
聞いたことある!?有限責任事業組合(LLP)
有限責任事業組合(LLP)とは、ある事業を遂行するために、特別な法律を元に設立する組合です。今回のテーマのように、事業を共同経営しようとする場合などに活用できます。
大雑把な言い方になってしまいますが、最も本格的な会社組織が株式会社だとすると、より柔軟で制約が少ない会社組織が合同会社、さらに柔軟で制約が少なく、会社ですらない組織が有限責任事業組合(LLP)です。
有限責任事業組合(LLP)の特徴
有限責任事業組合(LLP)は合同会社や株式会社と比較して、以下のような特徴があります。
・パススルー課税
有限責任事業組合(LLP)の最大の特徴はパススルー課税を採用していることです。パススルー課税とは、一言で言うと法人税が課せられないということです。
・有限責任であること
有限責任事業組合(LLP)は、法人と同様に有限責任が認められています。通常の個人事業主の場合、万一仕事上のトラブルで他の人に損害を与えてしまった場合、個人の財産で損害賠償を支払わなければなりません。つまり、最悪の場合は全財産を引き渡してもまだ足りない……という可能性が付きまとうのです。しかし、有限責任事業組合(LLP)の場合には、最初にその事業に出資した金額以上の責任を負う必要はありません。
・設立が比較的簡単
有限責任事業組合(LLP)は、株式会社における定款に相当する「有限責任事業組合契約書」を締結し、出資金の払込が完了して、「有限責任事業組合契約書」に記載された期日が到来した時点で成立します。したがって共同事業のメンバーが「有限責任事業組合契約書」の内容に納得していれば、簡単に有限責任事業組合(LLP)を設立することができます。
さらに、必要に応じて有限責任事業組合(LLP)を登記することもできます。有限責任事業組合(LLP)を登記することにより、有限責任事業組合(LLP)が実在することを第三者に証明することができますので、法人と同様の信用力を獲得できます。
・株式会社や合同会社に組織変更できない
株式会社を合同会社に、合同会社を株式会社にすることは比較的簡単にできますが、有限責任事業組合(LLP)を株式会社や合同会社に変更することはできません。どうしても変更する必要が生じた場合、有限責任事業組合(LLP)を清算し、改めて株式会社や合同会社を設立する必要があるのです。
・設立事例が少ない
有限責任事業組合(LLP)を利用する際の最大のデメリットは、まだ有限責任事業組合(LLP)の設立事例がとても少ないことです。設立事例が少ないということは、なにか疑問点が生じた場合の情報が少ないことに加え、実務に精通した専門家も少なく、役所(特に税務署や法務省)の見解がいまだに確定していないということです。
特に、実務を行う上で役所の見解が確定していない場合「このような税務申告をして税務署とトラブルにならないか」「本当にこのような手続が法律的に有効なのか」という疑問を常に抱えてしまうことになります。また、専門家に相談しても「私はこのように考えますが、役所がどのような見解を持つのかわかりません」という回答しか期待できません。
・会計処理が煩雑
有限責任事業組合(LLP)の会計処理は法人と同じくらい複雑なので、共同事業のメンバー内によほど専門的な知識を持つ人がいる場合を除き、内部で会計処理を行うことは現実的ではありません。また、共同事業のメンバー全員が所得税の確定申告をする必要がありますが、その処理方法が複雑ですし、まだ税務署の見解が確定していない点も多いため、専門家の助言が不可欠です。
有限責任事業組合(LLP)の会計処理や、そのメンバーの税務申告に精通している税理士は首都圏でも極めて少ないのが現実です。地方にお住いの場合、そのエリアに有限責任事業組合(LLP)の税務に対応できる税理士がいないケースも十分に想定できます。
有限責任事業組合(LLP)の利用を検討する場合、助言を受けられる専門家が身近にいるのかどうか、まずは十分に検討しましょう。
まとめ
これまでご紹介したように、個人事業を共同経営する方法はいくつかありますが、実行するのは簡単ではありません。法人を設立する方法も含めて、いずれの方法も「代表者とその他のメンバー」という形になってしまうことを避けられません。メンバー全員が平等の立場で共同事業を営もうとする場合には、じっくり考えて慎重に決断することをおすすめします。