個人事業主になるケースで多いのは、会社を退職して個人事業を始める場合です。勤めていた会社から退職金が支給される場合、退職金も所得税の課税対象になります。では、この退職金について何か処理をする必要があるのでしょうか。今回は、会社を退職して、個人事業主になった場合の退職金の処理について解説します。
会社を退職して、個人事業主になったら確定申告をしよう
確定申告をする理由① 個人事業は原則確定申告が必要
会社を退職して個人事業主になったら、確定申告をしましょう。それには、さまざまな理由があります。
1つ目の理由としては、個人事業主は原則、確定申告が必要だからです。わが国では、自分で1年間の収入や所得、税金を計算して、国に申告・納付する申告納税制度を採用しています。サラリーマンの時は、給料を把握している会社が年末調整を行い、従業員に代わって申告・納税をしていました。しかし、個人事業主の場合は、その人しか1年間の収入や所得が分からないので、自分で確定申告をする必要があります。ただし、個人事業主であっても、納める税金がない場合は確定申告をしなくても良いこととなっています。しかし、65万円控除や赤字の繰り越しなど青色申告の特典を受ける場合は、納める税金がなくても確定申告が必要です。
確定申告をする理由② 年末調整が未済
会社を退職して、個人事業主になった初年度は、青色申告をせず、しかも赤字ということも少なくありません。この場合は納める税金がないので、確定申告は不要です。しかし、確定申告をした方がいいケースも多いです。それは、サラリーマン時代の給料の年末調整が未済であるからです。サラリーマンの時に、毎月の給料から天引きされていた源泉所得税は、1年間毎月同じ給料であることを前提として計算されています。そのため、年の途中で退職して個人事業主になった場合は、源泉所得税が徴収されすぎになっていることがあります。この場合、確定申告をすると、徴収されすぎになっている税金が戻ってきます。
確定申告をする理由③ 退職金の所得税の還付がある場合も
実は、退職金も支給された金額や手続きの違いなどにより、所得税が徴収されている場合があります。その場合は、確定申告をすると徴収された所得税が戻ってくる可能性があるため、確定申告を検討しましょう。
退職金は、所得税の分離課税制度の対象
所得税の分離課税制度とは
ここでは、所得税の中で退職金がどのような取り扱いになるのかを見ていきましょう。
退職金は、事業所得などの総合課税とは異なり、分離課税制度の対象となります。個人の1年間の収入は、事業所得や給与所得、雑所得など10の所得に分かれます。そのうち不動産所得、事業所得、給与所得、一時所得、雑所得、総合譲渡所得などは総合課税です。総合課税とは、簡単に言うと、すべての所得を合計し、その合計所得金額に対して所得税率をかけて税金を計算する方法です。
これに対し、土地や建物、株式などの譲渡所得や山林所得、退職所得は分離課税です。分離課税とは、一定の理由により総合所得と切り離して計算を行った方が良い、いわば例外的な所得の課税方法です。退職所得の場合は、老後の生活を保障する性格のため、税負担の緩和をはかるために分離課税となっています。
退職所得の受給に関する申告書の提出があれば、申告不要
退職所得を支払う勤務先は、支給する退職所得から所得税を徴収しなければなりません。
勤務先が退職所得から差し引く所得税の計算方法は、退職する人が会社に「退職所得の受給に関する申告書」を提出しているかどうかで、次のように変わります。
①「退職所得の受給に関する申告書」を提出している場合
退職金の金額に応じて、正しい計算をした所得税を差し引く
②「退職所得の受給に関する申告書」を提出していない場合
退職金の金額にかかわらず、一律20%の所得税を差し引く
退職所得の受給に関する申告書を提出している場合は、既に正しい計算をした所得税が差し引かれているので、退職所得について確定申告をする必要がありません。「退職所得の受給に関する申告書」は通常、退職時に会社が用意したものに記載するため、自分で用意する必要はありません。ただし、会社によっては申告書を用意していない場合もあります。そうしたケースでは、退職後に自分で確定申告をする必要があります。
退職金の税金の計算方法
まずは退職所得控除を求めよう
「退職所得の受給に関する申告書」を提出していない場合などで、退職金について確定申告をする場合は、退職金の税額を自分で計算する必要があります。ここでは、退職金の税金の計算方法を見ていきましょう。
そもそも退職金は、会社を退職後の生活を保障するために必要なお金です。そのため、税金を課すのはおかしいという考え方もあります。そこで、一定の金額までは税金を課さないための退職所得控除を設けています。退職金の税金を求める場合は、まず退職所得控除を計算し、そもそも税金がかかるのかどうかを確認します。
退職所得控除は以下の計算式で求めます。
退職所得控除の計算式
勤続年数 | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円 × 勤続年数 (80万円に満たない場合には、80万円) |
20年超 | 800万円 + 70万円 × (勤続年数 - 20年) |
退職所得控除の金額は、勤続年数が20年以下か20年超かによって異なります。
例えば、勤続年数が15年の場合は、40万円×15年=600万円です。退職金が600万円以下の場合は所得税はかかりません。
勤続年数が30年の場合は、800万円+70万円×(30年-20年)=1,500万円です。退職金が1,500万以下の場合は所得税はかかりません。
退職金の税金の計算方法
退職所得控除を計算して、所得税がかかることが分かれば、いよいよ税金の計算です。
退職金の税金は、退職所得×税率で計算します。そのため、退職金の税金を計算するためには、退職所得と税率を求める必要があります。具体例を基に見ていきましょう。
例)20年勤めた会社を退職し、退職金1,000万円が支給された。
①退職所得
退職所得は次の算式で求めます。
具体例の場合、退職所得控除額は、40万円×20年=800万円です。
退職所得の金額は、(退職金の金額1,000万円-退職所得控除額800万円)×1/2=100万円です。
②税率
退職所得は分離課税です。そのため事業所得や給与所得などの総合課税とは別に税金を計算します。しかし、少しややこしいのですが、税率は事業所得や給与所得などの総合課税と同じ税率を使います。所得税では、所得が高くなれば高くなるほど税率も高くなる、累進課税制度を採用しています。所得税率は次のとおりです。
所得税の速算表
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円を超え 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円を超え 695万円以下 | 20% | 427,500円 |
695万円を超え 900万円以下 | 23% | 636,000円 |
900万円を超え 1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
1,800万円を超え4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
具体例の場合なら、退職所得の金額は100万円であるため、税率は5%になります。
③税金の計算
退職所得金額と税率が分かれば、最後に税金の計算をします。
退職金の税金は、退職所得100万円×税率5%=5万円です。
もしも、今回のケースで、「退職所得の受給に関する申告書」を提出していない場合は、
退職金1,000万円から税率20%の200万円の税金が差し引かれています。本来は5万円で良いため、確定申告をすると、195万円の還付になります。
※平成49年12月31日までの間に支払を受ける退職金には、0.42%の復興特別所得税が別に課されます。
まとめ
個人事業を開業するために、会社を退職した場合で退職金の支給があった場合は、所得税の処理に注意が必要です。特に会社に退職所得の受給に関する申告書を提出していない場合は、必要以上の税金を差し引かれている場合も多いので、忘れずに確定申告をして還付を受けましょう。