不動産の買い替えをする場合、元々所有していた不動産の売却に伴い売却益が生じ、所得税や法人税を納税しなければならなくなることがあります。それが原因で新しい不動産の購入資金が不足してしまうケースを防止するための制度が設けられていますので、ぜひ活用しましょう!
不動産を買い換えると資金繰りが悪化する理由
不動産を売却した場合に課税されることに注意
不動産、特に減価償却をしている建物を売却すると売却益が発生することが多いため、所得税(譲渡所得)や法人税の納税をしなければいけません。
不動産が不要になったり、新しく不動産を取得したりしたために売却を行ったのであれば、売却により得た資金で納税できますから問題ありません。しかし、売却して得た資金で同種の不動産を新たに購入しようとしている場合には納税資金が不足したり、逆に不動産の購入資金が不足したりしてしまいます。
老朽化した建物を売却する場合、減価償却により帳簿価額が減価していることを失念してしまい、古い建物だから売却益など発生しないだろうと安易に考えてしまうケースが多く見受けられます。
ひいては、つい不動産を高値で売却することにばかり気を取られてしまい、納税しなければならないことをすっかり忘れてしまっている経営者の方が多いようです。
しかし、不動産は高額ですから売却益と納税額が多額になります。さらに、法人の場合には売却益の額によって適用される税率が上がる可能性もあり、想像以上の納税額となってしまうケースが見受けられます。
中間納税に備えて資金手当を!
<法人の場合>
気をつけなければならないのは年度末に支払わなければならない本税だけではありません。本税が一定以上の金額となった場合には、その年度末と翌年度末の間に中間納税を行わなければいけません。
中間納税の税額を決定する方法は、予定申告の方法と仮決算を行う方法の2つあります。
通常は、前回の本税の約半額を納税する予定申告の方法を採ることが多くなっています。仮決算を行う方法は当然ですが手間がかかりますし、経理の方の残業代や税理士報酬などのコストもかさんでしまいます。
また、中間納税はいわば税務署に預けているお金です。次の年度末に計算される本税が中間納税した金額よりも多ければ差額を納税すれば良いですし、少なければ差額を還付してもらえます。したがって、予定申告の方法でも仮決算の方法でも最終的な納税額は変わりません。
しかし、前年度に不動産を売却した場合には納税額も多額だったことでしょう。その税額の約半額を中間納税するのが資金繰りの観点から難しい場合には、仮決算の方法を採ることも検討しましょう。
なお、中間納税に関する申告は義務ではありません。もし期限までに申告をしなかった場合には、税務署から通知された予定納税額で予定申告を行ったものとみなされます。これをみなし申告といいます。
もし予定申告を行う予定で、税務署から通知された予定納税額に異議がない場合には、わざわざ予定申告を行うことなく、みなし申告の方法で納税してしまうのも一案でしょう。
<個人事業主の場合>
個人事業主の場合には、不動産の売却は譲渡所得として課税対象となります。譲渡所得には中間納税の制度がありませんから、個人事業主は中間納税の心配をする必要がありません。
不動産を買換えた場合の課税の特例
この特例を利用すると課税を繰り延べることができる
不動産を買い換える際に、元々の不動産を売却することで課税され、新しい不動産を購入する際の妨げになってしまうケースがあることは既にお伝えしました。
このような事態を避けるために、一定の要件のもとで不動産を買い換える場合には納税の時期を先送りにすることができる「特定資産を買換えた場合の圧縮記帳」という制度があります。
この制度を利用したからといって納税額が減少するわけではありませんが、納税の時期を先送りにすることができますので資金繰りに余裕を持つことができます。
この特例を利用するための要件
この特例を利用するためにはさまざまな要件が定められています。会計処理も複数の方法が認められていますから、必ず専門家のアドバイスを受けましょう。この記事では、細かな要件に触れることなく、概要について解説したいと思います。
この特例は、簡単に言うと一定の要件を満たす不動産を売却して新しい不動産を購入した場合、売却したときの売却益の80%(一定の例外があります)の金額を、新しく購入した不動産の帳簿価格と相殺できるというものです。
この制度を利用すると、例えば、1,000万円の売却益が発生し、3,000万円の不動産を新たに購入した場合、1,000万円のうち800万円分の売却益はなかったことにするとともに、2,200万円で不動産を購入したものとみなされます。
この特例を利用することにより、当面は売却益の20%にしか課税されませんから、資金繰りの面ではかなり有利になります。しかし、その分将来の減価償却費が減少したり、売却した際の売却益が多額になったりしますから、長期的に見ると利益の額や税額に影響はなく、あくまで税金の支払いを先送りにできる制度であることに注意しましょう。
なお、この制度には以下のような制約があります。
(1)制度を利用できる資産が決まっている
法令によって定められた8種類の資産のいずれかに該当する場合に、この制度の利用が認められます。そのうち7種類は不動産で、残りの1種類は船舶です。しかし、通常の個人事業主・法人が船舶を保有しているケースは多くないでしょう。
不動産を売却する場合の7種類のうち、航空機の騒音がひどい区域の不動産を売却して他の区域の不動産を購入するケースなどの特殊なものが6種類を占めていますから、一般の個人事業主・法人が利用するのはほとんどの場合「継続して10年保有している不動産を売却して新しい不動産を購入する場合」ではないでしょうか。
なお、売却する不動産の所有権を持っている必要はなく、地上権や賃借権でもこの制度を利用できます。
(2)資産を買い換えるタイミングが決まっている
個人事業主や事業年度が1年間の法人の場合には、やむを得ない場合を除き不動産を売却した日が属する事業年度か、その前事業年度か翌事業年度に新しい不動産を購入しなければいけません。
不動産を売却したのは良いけれど魅力的な代替物件がない、魅力的な物件を見つけたけれど不動産の買手がつかないというケースは実務上もよく耳にします。
(3)時限立法なので、期限が決まっている
事業用資産の買換の特例制度は時限立法なので、期間限定の措置となっています。実際には期限が近づくと毎回延長されているのですが、次回も延長される保証はありません。現在のところ、平成32年12月31日(制度の一部は平成32年3月31日)までの期間限定の措置となっています。
個人事業主の場合の注意点
かえって不利になるかも?利用には慎重な検討を
個人事業主の方がこの制度を利用する場合でも資金繰りの改善などの面では大きなメリットを受けることができますが、長期的な視点ではかえって損をしてしまうことも考えられます。
個人が5年超保有している事業用の不動産を売却した場合、長期譲渡所得となりますから概ね売却益の20%の所得税・住民税が発生します。
この制度は不動産の取得原価を減額することで減価償却費を少なくしたり、将来の売却益を大きくしたりするものでした。
減価償却費が少なくなる場合には毎年の事業所得が増加しますが、事業所得を含む所得税は累進課税の制度を採用していますから、所得が増加するとともに税率も上がっていきます。平均的な所得の方の所得税・住民税の税率は概ね30%です。
したがって、不動産を売却した場合に一括して税金を支払っていれば約20%の税率で済んでいたはずが、この特例を利用したことで約30%の税率となってしまうのです。
また、入手してから5年超経過した不動産を売却した場合には長期譲渡所得として約20%の所得税・住民税が課税されますが、入手してから5年以下しか経過していない不動産を売却した場合には短期譲渡所得として約40%の所得税・住民税が課税されます。
この制度を利用して取得した資産を5年以内に売却した場合には、取得原価を圧縮していますから大きな売却益が生じ、その売却益に対して約40%の所得税・住民税が課税されてしまいます。このケースでも、本当は約20%の税率で済んでいたはずの売却益に対して、結果的に約40%の課税がなされてしまいます。
このように、個人事業主の場合には発生した利益の種類や金額によって税率が大きく異なりますから、この制度を利用するにあたっては法人以上に慎重な検討をする必要があります。
まとめ
事業用資産の買換え特例制度は現在のところ、あまり積極的に利用されていないようです。その原因は制度が広く知られていない上に、この制度を利用した経験のある税理士が少ないからだと思われます。しかし、有効に活用すると資金繰りが大きく改善しますから、ぜひ積極的に活用することをお勧めします。