どの企業においても必要な給与計算ですが、その煩雑さから外部に委託(アウトソーシング)することも少なくありません。そこで給与計算を実際するにあたり、必要な準備やアウトソーシングのメリット・デメリット、実際に起こりうる給与計算にまつわるトラブルを紹介していきます。そのうえで、最終的にどのような企業がアウトソーシングに向いているのか、はたまたインハウスで行うべきなのかについて、まとめていきたいと思います。
アウトソーシング…業務を外部に委託すること
インハウス…業務を自社内で完結すること
給与計算の代行(アウトソーシング)とは?
昔の企業は、事業を遂行するために必要な業務をすべて自社でまかなうのが、普通でした。ただ、特に管理部門の業務は、直接利益を生まないにもかかわらず、専門知識が必要で、人件費やシステムの維持費などもかさむ点が、経営上のネックとして意識されるようになりました。
「アウトソーシング」とは、こうした管理部門などに関わる業務や機能を、その分野を得意とする外部業者へ委託することを指します。アメリカの企業が他社との競争優位性を確保するために導入したことが始まりといわれていますが、日本でも2000年代に入ったころから、広く採用されるようになりました。
なお、業務を自社以外(の人)に頼むという点で、似た機能に「派遣」があります。アウトソージングサービスが「業務を受託し、委託企業から業務に関する指示を受ける」のに対し、派遣は「人材を派遣し、派遣先企業から業務の指示を受ける」という点に、両者の違いがあります。
では、「給与計算のアウトソーシング」についてみていきましょう。
給与計算のアウトソーシングで依頼できる業務
1.給与計算アウトソーシング
従業員一人ひとりの毎月の給与の計算を代行します。タイムカードなどから出退勤のデータを収集し、人事異動などの情報も反映させて、給与計算を行います。
毎月変動する残業代や社会保険料、雇用保険料、所得税、住民税などの計算を行うほか、給与明細の作成や印刷、明細データの配信などを行うサービスもあります。また、従業員からの問合せなどに対応しているケースもあります。
毎月の給与のほか、賞与計算についても併せて委託するのが普通です。
2.振込・納税アウトソーシング
1による給与振込データの作成・納品とともに、実際の従業員への振込、源泉徴収した税金の納付を依頼することができます。すべての業者が対応しているわけではないので、この業務まで依頼したい場合には、それが可能なアウトソーサーを選ぶ必要があるでしょう。
3.年末調整アウトソーシング
給与計算の中でも、特に業務が煩雑なうえに、ただでさえ多忙な年末の時期に重なるのが、年末調整です。控除申告書類の取りまとめや申告書内容のチェック、従業員からの問合せ対応、市町村や税務署へ届け出る給与支払報告書、法定調書といった各種必要書類の作成などの業務を、短期間に行わなくてはなりません。このため、通常期に給与計算業務を依頼していない企業が、この年末調整のみ限定で依頼するケースもあります。
4.住民税更新アウトソーシング
住民税は、前年の所得に基づいて決まるため、毎年5月から6月に更新作業が必要になります。市区町村から送られてくる特別徴収額通知書に従って、毎月徴収する住民税額を更新します。年末調整と同様、年に1回業務が集中することから、やはり給与・賞与の計算は自社で行っていても、住民税の更新はアウトソーシングする企業が多くあります。
給与計算をアウトソーシングするメリット・デメリット
給与計算をアウトソーシングするメリット
このような給与計算のアウトソーシングを利用するメリットには、次のような点があります。
(1)コストの削減ができる
最大のメリットは、給与計算に関わるコストを減らせることです。逆に言えば、外部委託先に支払う報酬が、従来の社内でのやり方によるコストを上回るようでは、わざわざアウトソーシングする意味は薄れます。
ただし、「コスト」をどう捉えるかには、注意しなくてはなりません。給与計算で発生するコストには、人件費と関連するシステムの導入や維持に必要になる費用の2つがあります。前者には、専門スキルを持った人材の採用コストだけでなく、最新の知識をインプットするためなどの教育のコストもカウントする必要があるでしょう。また、システムを運用するためには、通常の利用料やメンテナンス料金などのほか、頻繁に行われる法令や税制の改正に対応するための費用(例えばソフトウェアの更新料)もかかってきます。アウトソーシングとの比較は、こうしたトータルコストを理解したうえで行う必要があるのです。
(2)最新情報を備えた専門家に対応してもらえる
今の話と重なりますが、間違いのない給与計算を行うためには、常に勉強が必要です。法令改正などの最新情報を収集し、その都度社内の仕組みに対応させていく能力も要ります。コストをかけたとしても、社内にそうした人材を確保するのは、簡単なことではないでしょう。
専門知識を備えたアウトソーサーに委託することで、さまざまな変化にも対応した適切な給与計算が保障されるはずです。法令違反などのリスクを減らせるのもメリットです。
(3)本来の事業に資源を集中できる
給与計算は、会社にとって必要不可欠な業務であり、専門知識も必要になりますが、それ自体は利益を生みません。業務の中身も、タイムカードを基にした集計、計算作業、給与明細の発行といったルーティンワークが大半を占めます。
この部分を外注化すれば、会社の定型的な業務への負担は軽減され、より利益に直結する戦略的、創造的な分野に人員や予算を集中することが可能になるでしょう。経理担当者は、ルーティンワークから解放されることで、例えば管理会計(経営に活用するための社内的な会計)的なものへの関与など、より付加価値の高い仕事に従事することが可能になります。
(4)適正人員を保てる
説明したように、給与計算業務には年末調整、住民税の更新という繁忙期があります。こうした時期に、臨時のパートやアルバイトを雇おうと思っても、スムーズに確保できなかったり、「質」に問題が生じたりすることがあり得ます。だからといって、常時人員を確保しておこうとすれば、人件費が問題になるでしょう。
給与計算のアウトソーシングを行うことで、こうしたリスクを回避しながら、適正人員を保つことができます。
給与計算をアウトソーシングするデメリット
一方、給与計算のアウトソーシングには、次のようなデメリットもあることを認識しておきましょう。
(1)すべてを外注できるわけではない
会社の規模や状況、契約の仕方にもよりますが、給与計算をアウトソーシングしても、基本的に関連業務をすべて”丸投げ“できるわけではなく、ある程度は社内でこなす必要があります。例えば勤怠管理などについては、外注はしづらいでしょう。
また、アウトソーサーと社内の担当者とのやり取りや、システムの連携に手間がかかったりして、コストは下がっても作業量が増えた、などということもあります。アウトソーシングする場合には、社内処理よりも早めにデータなどを準備して送る必要がある点も、考慮しておかなくてはなりません。
(2)自社に関連するノウハウが蓄積されなくなる
それまで社内で行っていた給与計算をアウトソーシングした場合には、給与に関連する労務事項や社会保険、税制などの専門知識を持つ人が、社内からいなくなる可能性が大です。社内でこれらに関する疑問などが生じたときに、即座に対応する体制がなくなる(問題解決のスピードが低下する)リスクがあることなどは、認識しておくべきでしょう。
アウトソーシングすると、給与計算そのもののノウハウも、社内には蓄積されないことになります。もし、外注先に何か問題が起こって委託が継続できなくなった場合、もはや会社では対応することができず、新たなアウトソーサーに依頼するしかなくなります。
(3)データ漏洩のリスクがある
アウトソーシングするのは、従業員の個人情報です。外注先の情報管理に甘さがあって、それらが外部に流出したりすれば、取り返しのつかないことになってしまいます。
業者によっては、現場作業をアルバイトなどに任せていたり、別会社にさらにアウトソーシングされていたりすることもあります。データ管理の安全性については、詳しく確認を行うべきでしょう。
(4)満足できるレベルではないことも
ネット上でも、「アウトソーシング先に計算ミスが多い」といった声が散見されます。さきほど述べたメリットが期待できるのは、「専門性を備えて、誠実に仕事をするアウトソーサー」の場合です。契約の際には、コストのみに目を奪われることなく、ニーズを満たす業者なのかどうかをきちんと見極める必要があります。
給与計算に必要な準備とは?
実際によくみられる給与計算にまつわるトラブルやリスクと、それらを回避するために必要な準備を紹介していきます。経営者の方は必読な内容です。
給与計算にまつわるトラブル・リスク
①不正データ入力
存在しない社員やスタッフが登録され、いわゆる幽霊社員に給与を支払うことで架空人件費がかかるリスクがあります。特に居酒屋やアパレルなど多くのアルバイトを雇っている企業は、この不正が発覚しにくいといえます。
また、事実とは違うデータが入力される場合もあります。例えば、住所変更を届け出ず、前の住所からの通勤交通費を請求してくるリスクにつながります。
②不正勤怠申請
実際に行っていない残業について申請するといったリスクです。特に、自由に出退勤時刻を書き替えられる企業などは要注意です。タイムカードを導入していても、他人に代わりに打刻してもらうことで不正請求が可能になってしまいます。
③計算ミス
一般的に最も多いトラブルとして、計算が合わず本来の給与よりも少なく、もしくは多く支払われる、というものが挙げられます。残業代や有休休暇の対応ミスなども多くみられます。
また、頻繁に行われる法改正についていけず、意図せずとも法律に引っかかってしまうというリスクもあります。そういった場合、税務リスクを引き起こしかねません。
④支払い
銀行の給与振り込みシステムを利用している場合、給与データを作成した担当者が振り込み承認も行える状態であると不正な振り込みができてしまいます。さらに、給与振り込みシステムを利用していない場合でも、他の従業員に間違った従業員の給与が振り込まれてしまうといったトラブルが発生しやすくなります。
⑤責任者の不在
給与計算において様々な法律や保険に関する知識が必要なので、一人の担当者に給与関連の仕事をすべて任せていると、その担当者が退職などで不在となってしまったときに誰も対応できなくなってしまいます。
⑥情報漏洩
担当者が社内の人間だと、ふとした時の会話で従業員個人の給与データが漏れてしまったり、「◯◯さんは全然仕事できないのにあんなにもらってるらしい」など人間関係の悪化に繋がったりする恐れがあります。
必要な準備
上記で紹介したリスクを回避するために必要な準備とは何なのでしょうか。最低限準備しておきたいものは以下の通りです。
● 就業規則や賃金規程
労働基準法により、従業員が常時10人以上の事務所は、就業規則を作成し届け出なければなりません。その中に賃金に関する事項は不可欠であり、詳細な記載が必要となる賃金に関しては別途、賃金規定を設けている企業が多くあります。ここに記載する内容に関しては後で詳しく説明します。
● 従業員名簿と賃金台帳
給与計算をするには、従業員の基本情報が必要です。扶養控除や、様々な手当に関する書類も一緒に用意してください。ただしここで気を付けておきたいのは、「給与計算にまつわるトラブルやリスク」の①でも紹介した通り、嘘の情報を登録している従業員がいるかもしれないという点です。一定期間がたったら、従業員名簿をきちんと見直してみる必要があります。
また、給与は勤続年数や役職などによって変わるため、それぞれがいくらの給与になるのかを記した賃金台帳もあわせて用意しておきましょう。
● タイムカードor出勤簿
従業員の労働時間がわかるものが必要です。時間外労働に対する賃金や、パート・アルバイトで働く従業員の給与を計算するのに用います。
● 給与計算ソフト
実際に必要な書類や情報が作成・集計できたら、それらを計算してくれるソフトを用意しましょう。すべて人の手で計算するとなると、計算ミスを起こす心配に加え、多大な人件費、労働時間を要することとなり、非常に効率の悪い作業になってしまいます。最近では、無料の給与計算ソフトもあるので、ぜひ活用してみてください。
就業規則には、賃金に関する事項について記載しなければならないという決まりがあります。そして、これらについて別途まとめたものを賃金規程と呼びます。もちろん賃金規程として特別にまとめず、就業規則の中で完結させてもかまいません。賃金規程に記載しなければならない事項は、大きく分けて二つ、「絶対的必要記載事項(必ず記載しなければならないもの)」と、「相対的必要記載事項(定めのある場合は、記載しなければならないもの)」に分けられます。
★ 絶対的必要記載事項
- 賃金の決定、計算及び支払いの方法
- 賃金の締め切り及び支払いの時期
- 昇給に関する事項
★ 相対的必要記載事項
- 臨時の賃金等及び最低賃金額に関する事項
- 労働者に負担させる食費、作業用品その他に関する事項
- その他当該事業場の労働者のすべてに適用される事項
社内で給与計算を行う場合、どうしても情報漏洩のリスクやデータの入力、支払いミスなどのリスクが伴います。会社基盤がしっかりと整備されていないスタートアップ企業や中小企業の場合は、本業に専念しつつ会社組織を整えるために、給与計算を税理士などの専門家にアウトソーシングするのも一つの手段かもしれません。
給与計算アウトソーシングの料金相場
給与計算代行(アウトソーシング)を依頼する場合、社員の人数によって料金は変わってきます。料金相場はだいたい下記のようになります。
人数 | 月額 | 10名程度 | 30,000円前後 |
---|---|
50名程度 | 50,000円~75,000円 |
100名程度 | 100,000円~150,000円 |
代行料金は基本料+1人あたりの金額×人数で計算しているところが多いようです。
住民税の計算などは給与計算業務に含まれますが、年末調整や、勤怠管理で時間計算や残業計算も依頼する場合は別途料金がかかってきます。
●年末調整の場合
種類 | 価格帯 |
---|---|
基本料金 | 1万~3万円 |
従業員1人あたりの手数料 | 1,000~3,000円 |
会社の状況に応じて判断する
「自社で給与計算をするコストと、アウトソーシングをするコストと、どちらが多くかかるかの見分け方」についてお伝えします。どういった企業がアウトソーシングにするべきなのか、インハウスで行うべきなのか、自社の状況と比較してご覧ください。
給与計算をアウトソーシングにした方がいい会社とは?
従業員数に伴って業務量は増えます。正確な給与計算が必要となるため時間が取られ、主要業務がおろそかになってしまう可能性があります。また、そのために専任の社員を雇うと人件費が発生してしまい、金銭的コストが増えてしまいます。従業員が増えてきたタイミングがアウトソーシングを考える一つの目安になるでしょう。
また他にも、給与計算を外部に任せた方がいい企業は以下のような特徴があります。
- 給与計算をインハウスで行うことで主力業務がおろそかになっている
- 主力業務をおろそかにせず、給与計算を行える人材がいない
- 給与計算の担当者が急に休職した場合、代わりに行える者がいない
- 成長の著しい中小企業であり、現在のリソースで給与計算をインハウスで行うには仕事量が多すぎる
- 給与計算の制度化が未熟
アウトソーシング会社の選択ポイントは?
アウトソーシングの検討の際には、いくつかのアウトソーシング先を比較することになります。どんな点に注意すればいいのでしょうか。
●柔軟性とスピード
給与計算や納税にはそれぞれ締め切りがあります。それに対応できるスピード、柔軟性があるか事前での確認が必要です。
●実績・信頼のある会社
過去にどれだけの企業が依頼しているかの実績を確認しましょう。過去の実績が多ければ、多くの企業の信頼を得ていることになります。
また、情報管理などのセキュリティがきちんと守られているということも大事なチェック項目となります。
●専門性が高く、コストが低い良心的な会社
安ければいいというものではありませんが、見合わない高い料金の委託先を選んでしまうとコストが増えてしまうことになってしまいます。給与計算の専門知識が豊富な委託先を選びましょう。
アウトソーシング会社の他に、社会保険労務士事務所、税理士事務所という選択肢もあります。
社会保険労務士は、労務管理に精通したプロですので、給与計算から派生する労務手続まで行ってもらえるメリットがあります。毎年改正される法令にも十分な知識がありますので安心して任せることができるでしょう。
また、税理士は給与計算の他に年末調整(年間の給与金額、源泉徴収税の集計)まで含めた一貫処理が可能です。小規模な会社であれば税理士に依頼することが多いようです。顧問契約を結んでいるのであれば顧問料の範囲内で給与計算までやってもらえる場合もあります。
給与計算をインハウスで行うべき会社は?
一方、給与計算を自社内(インハウス)で完結させた方がいい企業の特徴は以下の通りです。
- 給与計算を担っていても主力業務がおろそかにならない
- 主力業務をおろそかにせず、給与計算を行える人材がいる
- 給与計算の担当者が急に休職した場合でも、代わりに行える者がいる
- 立ち上げたばかりの企業で、社員の人数も少なく、自社でやった方がコストはかからない
- 規模が大きくなり、アウトソーシングした場合の費用が多くかかる
- 給与計算の制度が整っている
- 上場する予定のある企業(ただし、アウトソーシングしている=上場NGとなるわけではなく、委託先の信頼性やインサイダー取引規制への対応、委託先の定期的な評価管理など、いくつかの条件をクリアすれば、アウトソーシングしていてもOKです。)
給与計算をアウトソーシングした場合の費用に関しては、一度無料で見積もりしてもらい、その結果をみて費用対効果が少しでもプラスに転じるのであれば、アウトソーシングをすることをお勧めします。
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まとめ
給与計算で悩んでいる中小企業の方は少なくないはずです。「これまで自社内でやってきたけれど、計算ミスも起こるし社内でさばけるだけの従業員数でなくなってきているな…」という企業の方は、ぜひ一度アウトソーシングを考えてみてはいかがでしょうか。