個人事業から法人へ。そのメリットとして第1に挙げられるのが、所得税から法人税に「切り替える」ことによる税金の軽減です。しかし、一方で、法人化したときの社会保険料負担の重さを心配する声もあります。実は法人化に伴う「お金まわり」の問題は、それだけにとどまりません。「未来の経営者」として、どこまで考えておく必要があるのか、考えてみましょう。
所得が増えるほど、税金面では法人が有利になる
個人事業を法人化すべきかどうかの「最低限の指標」は、所得になります。最初に言っておくと、「所得」は収入から事業に関わる、例えば事務所の家賃といった経費(必要経費)を差し引いた金額のこと。この場合に問題になる数字は、「収入」「売上高」ではなく、あくまでも「所得」であることに注意しましょう。
なぜ所得が指標になるのかといえば、支払う税金の金額が、それによって左右されるからにほかなりません。個人の所得にかかるのは所得税。これは累進課税と言って、所得が大きくなるほど、税率が上がっていきます。ちなみに、2017年分以降の所得税率は、〈表〉の通り。5%(195万円以下)からスタートして、4000万円超にかかる最高税率は45%となっています(税率5%を除き、税額から差し引かれる控除額があります)。一方の中小法人の法人税は、年800万円以下の部分は19%、それを超える部分は23.2%(※1)です。
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円を超え 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円を超え 695万円以下 | 20% | 427,500円 |
695万円を超え 900万円以下 | 23% | 636,000円 |
900万円を超え 1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
1,800万円を超え 4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
ひとことで言うと、所得の低いうちは個人で所得税を支払うほうが税率は低いけれど、ある一定レベルになると、逆転して法人税のほうが低くなるのです。だから、所得がこの税率の損益分岐点を超えたら、法人化した方が有利。反対に、所得がそこまで達していないのに無理に会社をつくったりすれば、わざわざ高い法人税を支払うことになるでしょう。所得が「最低限の指標」と言ったのは、そういった意味になります。
では、「損益分岐点」は、いったいいくらなのか? 税理士の中にも、「所得が400~500万円になったら、法人化を勧めます」という積極派がいれば、「1000万円を超えたところで考えてみればいいのでは」という慎重派もいるようです。ただ、課税のトレンドとして、「法人税は軽減、所得税は強化」という方向にありますから、損益分岐点が下がる傾向にあるのは確かでしょう。
他にもある法人化のメリット
法人化による節税効果は、税率以外のところでも発揮されます。1つは、必要経費として認められる項目の範囲が広がること。例えば、生命保険の保険料は個人の場合には経費として認められませんが、会社の代表者だったらOKです。こうした出費を売上から差し引いて申告できるというのは、小規模の会社にとってはかなりありがたいものです。
家族を雇って給料を払えるというのも、法人のいいところ。個人でも、「青色事業専従給与」(※2)として届け出を行えば認められるのですが、法人の場合は、そういう縛りはありません。そのメリットは、「所得分散」ができること。法人化すると、社長は会社から給料をもらうことになります。そこには所得税がかかるわけですが、さきほど説明したようにそれは累進課税のため、社長1人で高額の所得を得ると、税率が上がります。しかし、家族で分け合うようにすれば、同じ金額を受け取っても、支払う所得税の総額を抑えることができるのです。
メリットは節税にとどまりません。金融機関から事業資金を借り入れようとしたら、個人と法人のどちらが有利なのか? 答えは、火を見るより明らかでしょう。融資以外の方法も含めて、本格的に資金調達を行おうとしたら、法人にするのがベターです。
青色申告事業者と生計を一にするなど、いくつかの条件を満たした配偶者や親族(青色事業専従者)に支払われる給与。
しかし、法人化で覚悟すべきこともある
一方で、法人化にはデメリットもあります。最近強調されるのが、法人になると必須の社会保険料の負担。「最近」と言ったのは、少し前まで、未上場の中小・零細企業の場合、社会保険に加入していなくても「お目こぼし」になるケースがけっこうあったからです。でも、今では保険に未加入の会社設立は、事実上不可能になりました(義務ですから、それが当然なのですが)。
法人になると、健康保険、厚生年金保険への加入が義務づけられ、その保険料の半額を会社が負担しなくてはなりません。給与が上がるほど、社員が増えるほど、会社の負担も大きくなっていきます。最初に法人化の「損益分岐点」の話をしましたが、正確な判定をするうえでは、この社会保険料の負担を無視することはできません。法人化したら、確かに所得税から法人税への「切り替え」による減税効果はあったけれど、会社の成長に従って社会保険料が膨らんで、結局トータルでは「益」にはならなかった――。そんな可能性も、ゼロではないのです。
事業をしていれば、想定外の事態が起こることもあります。不本意ながら赤字に転落してしまうこともあるかもしれません。それでも支払わなくてはならない税金があるのを、ご存知でしょうか?
まず、消費税。これは売り上げにかかる税金ですから、損益は関係なく納めなくてはなりません。ただ、これは、個人事業主であっても同じ。違うのは、法人特有の税金である「法人事業税」です。ここでは詳細な説明は避けますが、そのうちの「均等割」という部分は、やはり損益に関係なく支払わなくてはならないのです。課税額は、資本金1000万円以下、従業員50人以下の会社で、年7万円。「なんだ」と感じるかもしれませんが、利益が出ていないときの7万円は、けっこう痛手です。まして、その状況が何年も続いたら……。
業績が思うように回復せず、とりあえず会社の休眠届けを出したとしても、「年7万円」は払い続けなくてはなりません。意を決して会社を閉じようと思ったら、通常と同じ決算をした後、解散の登記を行い、債権債務の清算などを終えて「清算終了」という手順を踏むことになります。手間がかかる上に、このときの登記にもお金が必要になるのです。
初めから失敗することを想定して起業する人はいないと思いますが、万が一の場合、今の事業にさっさと見切りをつけて「店じまい」し、次の仕事の準備を始めることもできるといった身軽さが、個人にはあるのは事実です。
まとめ
所得が1000万円未満クラスの事業においては、法人化による経済的なメリット・デメリットは、単純には測れないようです。自らが抱く将来展望をベースに起きながら、迷ったら、起業に詳しい税理士などの専門家によるアドバイスを求めてみてはいかがでしょう。