企業などで働いている従業員が対象の労災保険は、加入することで業務上のケガなどで保険を受け取れます。実は、個人事業主の場合であっても、労災保険に入ることができる「特別加入」という制度があります。しかも、新たに3業種が追加される予定です。ここでは、労災保険の特別加入制度について解説します。
そもそも労災保険とは
労災保険の特別加入制度について見ていく前に、そもそもの労災保険の制度について見ていきましょう。
労災保険とは、正式名称を「労働者災害補償保険」といいます。業務中や通勤中などに従業員が負傷したり、病気にかかったり、障害や死亡したりした場合に従業員本人や遺族に必要な保険の給付を行う制度です。
労災保険は、従業員が1人でもいる(パートやアルバイトを含む)場合に強制で加入する必要のある制度で、事業所(会社)単位で加入することになっています(一定規模の農林水産の一部の事業は除く)。
労災保険は、あくまで労働者に対する保険であるため、法人の役員や個人事業主、その親族については、労働基準法上では労働者ではなく、労災保険の対象にはなりません。つまり、個人事業主などは、業務中や通勤中などでけがをしたとしても、労災保険の支給はないことになります。
労災保険の特別加入制度の手続き方法
労災保険は労働者に対する保険のため、労働者以外の人は加入することはできません。しかし、一定の場合では労働者以外の人も加入することができます。これを労災保険の特別加入制度といいます。
ここでは、労災保険の特別加入制度の概要や加入のための手続き方法について見ていきましょう。
労災保険の特別加入制度とは
労災保険の特別加入制度とは、労災保険の加入対象外となっている人のうち、労働者に準ずるとみなされる人に、一定の要件の下で労災保険に特別に加入することを認める制度のことです。
例えば、中小企業の場合では、従業員と同じ内容の仕事をしている役員も多くいます。同じ内容の仕事をしている以上、業務上のケガなどを負う確率は、他の従業員と同じです。また、例えば一人親方のように、従業員を雇わずに自分で現場に出て働いている人も、個人事業主という理由で労災保険に加入できません。
このように、業務の実態や災害の発生状況からみて、労働者と同様に労災保険で保護することがふさわしいと考えられる人については、労災保険の特別加入制度により、労災保険への加入を認めています。
労災保険の特別加入制度の範囲は、中小事業主等・一人親方等・特定作業従事者・海外派遣者の4つです。
労災保険の特別加入制度の要件と手続き方法
労災保険の特別加入制度の適用が受けられるのは、中小事業主等・一人親方等・特定作業従事者・海外派遣者の4つです。それぞれで、労災保険の特別加入制度の適用が受けられるための要件が定められています。それぞれの要件と手続きを順に見ていきましょう。
【労災保険の特別加入制度の適用が受けられるための要件】
・中小事業主等
- 雇用する労働者について保険関係が成立していること(労働保険に加入していること)
- 労働保険の事務処理を労働保険事務組合に委託していること
- 上記2つの要件を満たし、所轄の都道府県労働局長の承認を受けること
中小事業主等とは、労働者数が一定人数以下(下記の表を参照)である会社の事業主、事業主の家族従事者、役員のことをいいます。
業種 | 労働者数 |
---|---|
金融業・保険業・不動産業・小売業 | 50人以下 |
卸売業・サービス業 | 100人以下 |
上記以外 | 300人以下 |
・一人親方等
労働者を使用しないで次のいずれかの事業を行っている一人親方その他の自営業者およびその事業に従事する人であること
- 自動車による旅客または貨物運送(個人タクシー業者や個人貨物運送業者など)
- 工作物の建設や改造などの事業 つまり一般的な建設業(大工、左官、とび職人など)
- 漁船による水産動植物の採捕の事業
- 林業の事業
- 医薬品の配置販売
- 再生利用目的の廃棄物などの収集や運搬など
- 船員法第1条に規定する船員が行う事業
※一人親方等の団体(特別加入団体)の構成員である必要があります。
・特定作業従事者
特定作業従事者に該当する人は、労災保険の特別加入制度の適用が受けられます。特定作業従事者とは、次のいずれかに該当する作業従事者のこといいます。
- 特定農作業従事者
- 指定農業機械作業従事者
- 国または地方公共団体が実施する訓練従事者
- 家内労働者およびその補助者
- 労働組合等の常勤役員
- 介護作業従事者および家事支援従事者
※特定作業従事者の団体の構成員である必要があります。
・海外派遣者
海外派遣者に該当する人は、労災保険の特別加入制度の適用が受けられます。海外派遣者とは、次のいずれかに該当する人のこといいます。
- 日本国内の事業主から、海外で行われる事業に労働者として派遣される人
- 日本国内の事業主から、海外にある中小規模の事業に事業主等として派遣される人
- 開発途上地域に対する技術協力の実施の事業を行う団体から派遣されて、開発途上地域で行われている事業に従事する人
※派遣元の事業主が日本国内で行う事業について、労災保険の保険関係が成立している必要があります。
【労災保険の特別加入制度の手続き】
労災保険の特別加入制度の手続きは、原則、加入団体を通じて、申請書を所轄の労働基準監督署を通じて労働局長に提出します。また、初めて特別加入を申請する場合とそうでない場合で提出書類が異なります。
・中小事業主等
労働保険事務組合を通じて書類を提出します。初めて特別加入を申請する場合は「特別加入申請書」を、すでに特別加入が承認されている事業については「特別加入に関する変更届」を提出します。
・一人親方等
特別加入団体を通じて書類を提出します。新たに特別加入団体をつくって申請する場合は「特別加入申請書」を、すでに特別加入を承認されている団体を通じて加入する場合は「特別加入に関する変更届」を提出します。
・特定作業従事者
特別加入団体を通じて書類を提出します。新たに特別加入団体をつくって申請する場合は「特別加入申請書」を、すでに特別加入を承認されている団体を通じて加入する場合は「特別加入に関する変更届」を提出します。
・海外派遣者
派遣元の団体または事業主が、書類を提出します。初めて特別加入を申請する場合は「特別加入申請書」を、すでに特別加入が承認されている派遣元の場合については「特別加入に関する変更届」を提出します。
労災保険の特別加入制度に3業種追加へ
労災保険の特別加入制度は、個人事業主にとって安心して働くことができる社会保険の制度です。ただし、現状では、大きく4つの種類しか認められていません。他の業種でも、労災保険の特別加入制度に入りたい、労災保険の特別加入制度の拡大してほしいという声は多くありました。
そこで昨年12月、厚生労働相の諮問機関である労働政策審議会の部会で、新たに3業種を労災保険の特別加入制度に追加することを了承しました。追加される予定の3業種は「俳優などの芸能」「アニメーション制作の従事者」「柔道整復師」です。
上記3業種は、法令などの改正後、本年度中に追加することを目指しています。今後も、労災保険の特別加入制度の対象者拡大の流れは続くと予想されます。
まとめ
労災保険の特別加入制度は、本来対象ではない、企業の役員や個人事業主の一部にも労災保険の適用を認める制度です。現状では、大きく4つの種類しか認められていませんが、事業主などが安心して働ける制度のため、新たに3業種が追加されます。
また今後も、業種の追加があると予想されます。労災保険の特別加入制度の対象者拡大については、今後も注視していく必要があるでしょう。
▼参照サイト
- https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/faq_kijyungyosei15.html
- https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040324-5.pdf
- https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040324-6.pdf
- https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040324-8.pdf
- https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040324-7.pdf
- https://mainichi.jp/articles/20201208/k00/00m/040/190000c