2019年7月、海外に計5000万円を超える資産を保有する個人に義務づけられる「国外財産調書」を提出しなかったとして、大阪国税局が、国外送金等調書法違反などの罪で、京都市の家具輸入販売業者の社長を京都地検に告発しました。2014年の制度導入以来、初めてのこと。国税当局が、本格的に海外の「隠し財産」の洗い出しに乗り出す“狼煙”なのでしょうか? そもそも、告発の対象となった「国外財産調書」とは? あらためて海外資産について考えます。
「永住者」「5000万円超の海外資産」が要件
現金や不動産などの資産を海外に持ち(移し)、日本国内での課税を免れる。そうした不届きな行為の防止策の1つとして、2014年1月につくられたのが「国外財産調書」制度です。海外にある自分の財産を自ら記載・報告する調書で、次の2つに当てはまる個人は、翌年の3月15日までに、所轄の税務署に提出することが義務付けられています。
①永住者である居住者に該当すること
すなわち、非永住者(※1)や非居住者は提出する必要がありません。
②その年の12月31日における国外財産の価額の合計額が5000万円超であること
上記に該当する場合は、毎年「調書」を提出しなくてはなりません。
日本国籍を有しておらず、かつ過去10年以内に国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年以下の人。
「国外財産」とは? どう計算するの?
では、どんな資産が「国外財産」になるのでしょうか? 国税庁は、「(財産が)国外にあるかどうかについての判定は、財産の種類ごとに行うこと」として、次のような例を示しています。
- 「不動産又は動産」は、その不動産又は動産の所在
- 「預金、貯金又は積金」は、その預金、貯金又は積金の受け入れをした営業所又は事業所の所在
- 「有価証券等」は、その有価証券等を管理する口座が開設された金融商品取引業者等の営業所等の所在
ここで注意すべきは、預貯金や株式などの有価証券については、原則として口座が開設された「所在地」が判断基準になるということです。例えば、日本の株式であっても、海外支店の口座で管理されていたら、国外財産にカウントされるのです。
そうした国外財産の総額が「調書」の提出が必要になる5000万円を超えているのか・いないのかの判定は、毎年12月31日時点の時価が原則とされています。とはいえ、財産は、預貯金や上場会社の株のように時価が算出しやすいものばかりとは限りません。例えば、不動産や非上場株式のように、それが難しい場合はどうしたらいいのでしょうか?
国税庁は、そうした財産には「見積価額」を適応するとしています。「見積価額」とは、「その年の12月31日における国外財産の現況に応じ、その財産の取得価額や売買実例価額などを基に、合理的な方法により算定した価額」と定義されます。では、「合理的な方法」とは?……と考えていくと、「素人判断」にはハードルの高い世界であることが、わかってきます。
提出すれば「優遇」、しないと「ペナルティ」
この「国外財産調書」は、期限内に提出した場合には、「税の優遇措置」があり、しないと「ペナルティの加算」が課せられるという、ユニークな組み立てになっています。
具体的には、提出していた場合には、記載のある国外財産に関して所得税、相続税の申告漏れが生じても、その際課せられる過少申告加算税などが5%軽減されます。これに対して、提出されていなかったり、本来記載すべき国外財産が記載されていなかったりした場合には、同様の加算税が逆に5%上乗せになるのです。インセンティブとペナルティを組み合わせることで、「調書」の確実な提出を促しているわけです。
なお、虚偽の記載をして国外財産調書を提出したり、正当な理由なく期限内に提出しなかったりした場合には、1年以内の懲役または50万円以下の罰金という刑事罰が科される可能性があります。
「海外の資産は見つからない」が通用しない時代に?
ところで、この海外財産調書を実際に提出している人は、どれくらいいるのでしょう? 国税庁の発表によると、2017年分の提出件数は9551人、総財産額は3兆6662億円でした。国内で金融資産を1億円以上保有する富裕層が100万世帯を大きく超えると推定される現状からみて、かなり「控えめな」数字に感じられます。最初に説明した要件に該当しながら、「調書」を未提出の人=結果的に5000万円を超える財産を海外に隠し持っている人が、かなりの数に上るはずです。
実際、「海外に資産を移してしまえば、バレない」は、ある意味暗黙の了解だったようです。国税当局も、必ずしもそこに鋭く目を光らすというスタンスではなかった、国をまたぐため摘発したくてもできなかった、というのが実情でしょう。では、今後もそうした状態が続くのでしょうか?
どうやら、風向きは変わりつつあります。国税庁は、2014年に、富裕層の租税回避行為を監視する「重点管理富裕層プロジェクトチーム」を東京、大阪、名古屋の国税局に設置しましたが、17年には、それを全国12の国税局・事務所に拡充しました。
さらに重要な報道がありました。国は19年9月末までに、海外資産を“ガラス張り”にできる国際的な枠組みに加わる予定だといいます。OECD(経済協力開発機構)が策定する「CRS」(共通報告基準)で、これにより、非居住者が自国に持つ金融機関の残高や、利子、配当の受取額などの情報を、102ヵ国・地域の税務当局と自動的にやり取りすることが可能になります。つまり、日本人がどこかの国で開設した口座の中身を、国税当局が把握できる環境になるのです。
こうした「富裕層対策」は、実際に海外に資産を移動させるケースが増えていることに対応したものです。タックスヘイブン(※2)でのあからさまな「節税」が明るみに出たこともあって、富裕層によるそうした行為に、納税者の不満が高まっているという背景もあるのでしょう。放置すれば、税制そのものへの不信感につながりますから、当局もこれ以上看過できないということ。国外財産に対する監視強化は、「国策」です。
法人税、所得税などの税率がゼロか著しく低い国や地域のこと。租税回避地。
まとめ
海外に持つ財産は、今後「丸裸」にされると考えたほうがよさそうです。資産のカウントや、「国外財産調書」の記載方法なども含めて、不安、疑問のある人は、専門の税理士に相談しましょう。適任のアドバイザーを見つけるために、税理士紹介会社を利用する方法もあります。