事業主貸(じぎょうぬしかし)と事業主借(じぎょうぬしかり)は、法人の会計にはない個人事業に特有の勘定科目です。個人事業主は、事業主借勘定や事業主貸勘定を使って、プライベートと事業のお金をやり取りできます。
ここでは、この2つの勘定のうち、事業主貸について特に税金に焦点をあてて解説します。
個人事業主のみが使う事業主勘定とは
資本金の考えがない個人事業主
株式会社では、設立のときに会社の資本金を決めます。しかし、個人事業主には、資本金はありません。そこで「元入金(もといれきん)」勘定を使います。
個人事業主が新たに事業を始めるにあたって準備した開業資金は、元入金になります。この考え方は法人の資本金と似ています。
元入金は個人事業主としての事業と個人のプライベートな入出金とを分けるために設けられた勘定です。
期中は、個人事業主のお金が増えるときは「事業主借」勘定を使います。
また、個人事業主のお金が減るときは「事業主貸」勘定を使います。
そして決算のときに、事業主借と事業主貸を相殺し、事業主借が多ければ元入金に足します。また、決算時に事業主貸のほうが多ければ、事業のお金をプライベートに多く使ったこととなり、差額は元入金から減らします。
このように、期中は事業主借と事業主貸で把握したお金を決算時に元入金に加減し、翌期の元入金となるわけです。
したがって、資本金と元入金の根本的な違いは、資本金は基本的に一定額ですが、元入金は毎年金額が変動することです。資本金は株主のものですが、元入金は個人事業主のものだからです。
会計ソフトを使えば、年度の繰越処理は自動で元入金勘定に集約されるため、事業主借と事業主貸の相殺や元入金への加減の仕訳は実際には行いませんが、しくみは知っておきましょう。
事業主貸となるものはなにか?
事業主貸勘定には具体的にどのようなものがあるでしょうか?
「事業主貸」とは、事業主が事業のお金を「プライベートの事業主本人に貸す」という意味です。
例えば、事業用の預金から生活費として10,000円引き出したときの仕訳は、下記のようになります。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
---|---|---|---|
事業主貸 | 10,000 | 預金 | 10,000 |
所得税では従業員に支払う場合は給与勘定を使いますが、事業主に対しては給与や報酬という考え方がないため、事業用資金からプライベートの資金へ移したときに事業主貸を使用します。
また、店舗兼用居宅の家賃として100,000円支払ったときの仕訳は、下記のようになります。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
---|---|---|---|
家賃 | 100,000 | 預金 | 100,000 |
事業主貸 | 50,000 | 家賃 | 50,000 |
これは、例えば店舗と居宅を50%ずつで家事按分しているケースです。
一旦、すべての家賃を事業用で支払ってから按分してプライベートでの使用としています。
個人事業主の支払った費用で、1つの請求の中に事業用とプライベート用が混在している費用を「家事関連費」といいます。例えば、プライベートでも使う車のガソリン代、一部を店舗として利用している家の家賃、携帯電話の通信費等です。これらは、事業用として認められる分のみを必要経費として計上できますが、税法では、この家事関連費については、「業務上の必要、かつ、明らかに区分できるもの」が必要経費として認められます。
例えば車両を事業に利用するときには、運行記録表をつけるようにします。この記録表には利用日、行先、出発時間、帰着時間、走行距離(走行メータを記録)などを記載します。
そして運行記録表の1ヶ月の合計を計算し、事業とプライベートの走行距離の比を家事按分に利用する等の方法が考えられます。また、家賃であれば床面積按分、携帯代であれば最低2~3か月分の明細をとり、事業割合の平均値を求める等、事業主貸になる割合を明らかにしておきましょう。
個人事業主の税金の支払いは事業主貸?
税金によって使い分ける租税公課と事業主貸
個人事業主が支払う税金については、必要経費として「租税公課」勘定で処理できるものと、必要経費にできず「事業主貸」として処理するものとに分かれます。
個人事業主が税金を支払っても、すべてが経費である租税公課にはならないので注意しましょう。
【租税公課となるもの】(必要経費となるもの)
- 消費税
消費税は、税抜経理をしている場合には消費税を租税公課として計上しませんが、
税込経理の場合には租税公課となります。 - 個人事業税、固定資産税
事業に係わる税金は租税公課となります。 - 自動車税
事業とプライベートに利用している車両の場合、事業部分のみが租税公課となります。 - 印紙税、登録免許税、不動産取得税
これらも事業部分のみが租税公課となります。
【事業主貸となるもの】(必要経費とならないもの)
- 所得税(予納を含む)、住民税
所得税や住民税は事業主が確定申告を行った結果支払うものであり、事業主貸となります。 - 相続税、贈与税
所得税とは別に計算を行うものであり、事業主貸となります。 - 各種加算税、加算金、延滞税等、罰金、科料・過料、交通反則金
例えば、消費税について加算税が課せられた場合には、その加算税は事業主貸となります。 - 損害賠償金(事業に関連したものも含む)
業務に関連して支払った損害賠償金であっても、必要経費にはなりません。
必要経費にはできなくとも控除されるもの
国民健康保険税や国民年金保険料については、租税公課にはできません。
しかし、確定申告にあたっては社会保険料控除の対象となります。
確定申告の際の収支内訳書では事業主貸として処理するものの、確定申告書では社会保険料控除の金額を記載することによって所得が減ります。同じような支払には、確定拠出年金、付加年金、小規模企業共済などがあります。所得が減ると、所得税だけでなく住民税や事業税も少なくなります。
ふるさと納税とは、地方自治体(都道府県、市区町村)に寄付をすると、寄付金控除で所得税と住民税が還付ないし控除される制度です。ふるさと納税のために事業用口座を利用した場合には、事業主貸を使いますが、結果的には税金の軽減につながります。
事業主貸勘定の利用で気をつけたいこと
決算において元入金がマイナスとなる場合もあります。
元入金がマイナスになるのは、事業の赤字が累積している場合もありますが、事業主貸勘定の増加、つまり、プライベートでの現預金の使い過ぎによる場合もあります。
金融機関から事業用での借り入れをしている場合、元入金マイナスとなると、事業ではなくプライベートに資金を使ったように見えてしまいます。
期中で、「期首元入金 + 事業主借合計額 - 事業主貸合計額」が大きくマイナスにならないかを一度確認しておくとよいでしょう。
また、事業用口座の借入金が事業用(ビジネスローンなど)であるときは、借入金の支払利息は必要経費となりますが、同じ口座であったとしてもプライベートな借入金(教育ローンなど)に係る支払利息は事業主貸を使います。気をつけたいところです。
まとめ
最近は口座やクレジットカードだけでなく、電子マネーなどもよく使われます。
事業用とプライベートで電子マネーを利用し、ポイント還元があったときに家事按分等するのは考えるだけでも面倒です。できるだけ口座やカードや電子決済については、事業用とプライベート用を分けるようにしましょう。