東京都に4度目の緊急事態宣言が出される中、西村康稔経済再生担当大臣による「飲食店での酒類の提供」に関する2つの発言が、“炎上”しました。1つは、緊急事態宣言で再び酒類の提供停止を要請された飲食店が、それに応じるよう「金融機関からも働きかけを行っていただきたい」というもの。もう1つは、要請を拒む飲食店とは取引を停止するよう、酒類販売業者に求めるもので、批判の高まりを受けて、いずれも撤回されました。ところで、後者の“お願い”には、内閣官房に加え「国税庁酒税課」が名を連ねていました。そこには、どんな意味が込められていたのでしょうか?
「取引停止」を明記した文書
突然の「事務連絡」
西村発言のベースになったのは、7月8日に、内閣官房コロナ対策推進室と国税庁酒税課が、酒類業中央団体連絡協議会(酒造会社や卸売り・小売業者の組合で構成)宛に送付した「酒類の提供停止を伴う休業要請に応じない飲食店との酒類の取引停止について(依頼)」という「事務連絡」でした。要請に応じない飲食店を把握した場合には、「新型コロナウイルス感染症の拡大防止の徹底を図る観点から、そうした行為を助長しないよう、都道府県が要請を行っている期間中、当該飲食店と酒類の取引を停止するようお願いします」と明記されていたことから、現場に混乱や動揺が広がったわけです。
業界団体などは反発
しかし、関連業界は、「わかりました」と、すんなり国の方針に従う姿勢は示しませんでした。全国小売酒販組合中央会は、即座に「注文を拒否することは、長年にわたり培ってきたお客様との信頼関係を棄損する引き金となり得ます」という抗議文を、西村大臣らに提出しました。
酒販業者にとって、酒を提供する飲食店は「顧客」です。ただでさえ厳しい状況の時に、「国に言われたので取引できません」という対応を取れば、宣言が解除されても「こちらからお断り」ということになる公算大。取引停止は、酒を売る方にとっても死活問題だったのです。一方、たび重なる休業要請などで疲弊しきった飲食店からは、「ただでさえ休業協力金などの入金が遅れているのに、仕入を断つようなやり方をするのは許し難い」という強い反発が起きました。
このような措置は、昨年成立したいわゆる「コロナ特措法」にも盛り込まれておらず、法的根拠が不明なばかりか、憲法に保障された営業の自由を著しく侵害する、という指摘もありました。こうしたことから世論の批判も高まり、7月13日には依頼を撤回する文書が出されるという結果になったのです。
国税庁が乗り出した理由は?
税も免許も管轄
ただ、今回の件に、酒販店と飲食店の取引には無関係なはずの国税庁がわざわざ顔を出したことに対しては、唐突な印象を持った人も多いのではないでしょうか。そこには、国税庁が酒販業界にとって最も関係が深く、影響力も大きな役所だといういきさつが、深く関わっていました。
酒類には「酒税」が課税されます。この税を支払うのは、言うまでもなく酒類を購入した消費者です。ですから、例えば高税率でそのぶん価格も高いビールから、発泡酒などへのシフトが進んだりします。ただし、税額は商品価格に転嫁される仕組みになっていて、実際に国に酒税を納めるのは、酒造会社や酒類の輸入販売業者なのです(※)。彼らは、正しく納税が行われているのか、常に課税当局による指導、チェックを受けています。
また、酒類の製造や販売は、免許(製造免許、販売業免許)がなければできません。その免許を所管するのも国税庁です。つまり、いろいろな面で、酒類業界に「にらみが効く」立場にあるわけです。
東京オリンピックが開催され、パラリンピックを間近に控え、政府にとっては、今回の緊急事態宣言でなんとしても感染拡大を抑制することが、至上命題となりました。主要な感染源の1つとみなされる「飲食店ルート」をブロックするために、なりふり構わず国税庁まで「動員」した、というのが真相のようです。
税収規模は1兆円
ちなみに、2020年度の酒税の税収は、前年度比9.1%減の1兆1,133億円でした。国税の基幹3税といわれる所得税、法人税、消費税を除くと、相続税(2兆3,145億円)、揮発油税(2兆582億円)に次ぐ規模となっています。
酒類業界向けの「新型コロナ対応」も
一方、今回の事態を伝える報道の中には、「酒類業界にとって、国税庁は最も頭の上がらない役所である一方、助言や協力をしてくれる頼れる存在だっただけに、衝撃が大きかった」という趣旨の指摘もありました。国税庁は、新型コロナにより経営が悪化した酒類事業者に対しても、納税などに関して「広く相談に乗る」方針を示しています。
一例を挙げると、通常「納税の猶予」(要件を満たす場合に、原則として1年間、納税が猶予される制度)などを受けている場合には、酒類の製造免許や販売業免許の拒否要件である「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に該当します。しかし、「新型コロナウイルス感染症の影響を理由として納税の猶予等を受けている場合については、その金額、期間等を総合的に勘案し、酒税の保全に支障がないと認められる場合には、当該納税の猶予等の適用を受けていることをもって『経営の基礎が薄弱であると認められる場合』に該当しないこととして取り扱う」という姿勢を示しているのです。
まとめ
酒類業界は、納税と免許の両面で、国税庁に頭の上がらない立場にあります。「酒の提供停止に応じない飲食店とは取引停止を」という酒販店への要請は、そうした課税当局の隠然たる影響力をコロナ対策に利用しようとしたものだったようです。