平成18年の改正医療法に基づく医療法人制度改革により、平成19年度以降から持分の定めのある医療法人は設立できなくなりました。その一方で、「払い戻し」などの経営に与えるリスクが大きい持ち分ありの医療法人は、なかなか移行に踏み切れないところもあります。そこで、令和4年度の税制改正では、持ち分なしの基金拠出型医療法人へ移行する際に、みなし配当課税の納税猶予措置を行なうことが要望されています。これが実現すれば税制の負担が軽くなり、持ち分なしの医療法人へ移行しやすくなることでしょう。
この記事では、基金拠出型医療法人の基本的な知識、個人開業医の税負担、基金拠出型医療法人へ移行するメリット、要望されている措置などを解説します。
基金拠出型医療法人とは
基金拠出型医療法人の概要
基金拠出型医療法人とは、出資持分のない医療法人の一類型です。法人の活動の原資となる資金の調達手段として、「基金」の制度を採用しているところが該当します。平成19年度より施行された第五次医療法改正より導入されました。
基金の拠出者が医療法人に対して有する権利は劣後債権に類似したものだけです。平成19年度以降に医療法人を設立する場合、ほとんどが基金拠出型医療法人となっていると考えられます。
●医療法人の種類
医療法人には、基金拠出型医療法人のほか、以下のような種類があります。今回は社団法人に限定して解説します。
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- 出資持分のある医療法人:
平成19年度より新規設立は不可
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- 出資額限度法人:
出資持分のある遮社団医療法人で、社員の退社時に、出資持分払戻請求権、解散時における残余財産分配請求権が払込出資額を限度とする法人
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- 出資持分のない医療法人:
平成19年度以降、新規設立が可能となっている法人
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- 特定医療法人:
租税特別措置法第67条の2第1項に規定する特定の医療法人
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- 社会医療法人:
医療法人のうち、医療法第42条の2第1項各号に掲げる要件に該当し、都道府県知事の認定を受けたもの
なお、基金拠出型医療法人が特定医療法人、もしくは社会医療法人に移行したい場合は基金を一拠出者に返還し、定款から基金に関する定めを削除しなければなりません。
●基金制度とは
医療法人における基金とは、法人制度の成立にあたり拠出された金銭等の財産を指します。基金制度を取ると、法人は定款の定めるところにより拠出者に返還義務を負わなければなりません。また、基金の返還は定時社員総会の決議によって行なうことが義務づけられています。
●基金拠出型医療法人における持分とは
基金拠出型医療法人における持分は、出資持分のある医療法人における持分のように、出資者に払い戻し請求権がありません。法人は拠出者に返還義務を負いますが、基金の返還は拠出した当時の額が限度です。そのため、病院の利益が多くなっても過剰にお金を戻す必要はありません。
持分のリスク
●払戻請求権
払戻請求権とは、出資金を拠出した社員に与えられている権利です。社員資格を喪失したときに、出資金を返金するように医療法人に請求することができます。社員資格の喪失とは、退職のほかに社員が死亡したときも当てはまります。
ですから、高齢の社員複数で出資金を多めに出していた場合は、社員が亡くなってしまい払い戻し金で病院の経営が圧迫されることもあるでしょう。
なお、払い戻し金は出資額を限度とするもの、出資割合に応じたものがあり、どちらになるかは定款によって決まります。
●相続税などの税金の負担
出資金を拠出した社員が死亡によって社員資格を喪失し、払い戻し金を遺族が相続した場合、そこに相続税がかかります。払い戻し金の金額によっては額も大きくなるでしょう。
出資金を拠出した社員が院長や理事長など病院を経営する立場であり、相続する人間も同様だった場合、相続税などの税負担が病院の経営を圧迫することもあります。
基金拠出型医療法人における負担軽減措置の創設
厚生労働省は平成18年度より、出資持分のある医療法人を出資持分のない医療法人へ移行するように推奨していました。
しかし、持分のある医療法人から持分のない医療法人に移行する場合、出資持分の財産権を手放さなければなりません。これがネックとなっている法人も多かったのです。そのため、対応策として「金銭などの財産を基金として提出する」ことが挙げられます。資金調達を行う基金拠出型医療法人ならば、財産権を放棄せずに持分なしの医療法人へ移行が可能です。
しかしそれでも、基金として財産を拠出する際もその一部が配当所得とみなされて課税されたり(みなし課税の所得税)、基金の相続時には相続税も発生したりすることにより、円滑な移行が進みませんでした。
そのため、日本医師会などは厚生労働省や政府に令和4年の税制改正の際に、出資持分のある医療法人が出資基金拠出型医療法人へ移行する際、み 配当課税の納税猶予措置を行うことを要望しています。
これが認められれば、出資持分のある医療法人が出資持分のない医療法人へ移行がスムーズになると予測されます。
基金拠出型医療法人に移行するメリットはどんなものがある?
税金対策になる
現在、要望が出されている「みなし配当課税の納税猶予措置」が実施されれば、相続税や所得税の税金対策になります。医療法人において、社員が出資している資金は多額なことも珍しくありません。みなし課税として納税が求められる所得税だけでもかなりの金額になることもあるでしょう。
基金拠出型医療法人に移行して、 基金が払い戻されるまでみなし配当課税の納税猶予措置を受けられるようになれば、税金対策として有効となるでしょう。
医療法人における事業継承が行いやすくなる
前述したように、資金を拠出している医療法人の社員の中には、理事長や院長など病院の経営にかかわる人がいる場合もあります。事業継承を行う際、基金の相続時に相続税が発生すれば、病院の経営に影響が出ることもあるでしょう。これを恐れて事業継承がなかなか行われないこともあります。これも、現在検討されているみなし配当課税の納税猶予措置が実施されれば、 基金が払い戻されるまで課税を猶予されるので、事業継承を行いやすくなるでしょう。
個人開業医の税金の負担
すべての財産に相続税が課される
個人開業医の場合、自己資産だけでなく病院資産にも相続税がかかります。たとえば、小さなクリニックを建てて開業していた場合、土地・建物・医療器具まですべて財産とみなされ、相続税がかかるのです。立地や建物の大きさによっては相続税が莫大になることもあるでしょう。特に、都心の一等地だった場合は「相続税が病院の経営に重大な影響を及ぼす」ことも珍しくありません。そのため、「相続税が払えないので土地と建物を国に相続税として物納したので、閉院します」という可能性もあります。
事業承継の際に注意すべきポイント
事業継承は、院長が亡くなってから考え始めるようでは遅いです。対策をしておかなければ、莫大な相続税がかかる場合もあります。財産の名義人になっているのが院長の場合は、元気なうちに相続税対策をしておくことが重要です。
個人開業医が基金拠出型医療法人に移行するメリット
個人開業医が基金拠出型医療法人に移行すれば、税率が変わって大幅に節税になります。所得税はもちろんのこと、そのほかの税金も収入によってはかなり安くすることができるでしょう。
また、前述したように、財産を基金として提出すれば財産権を放棄せずに法人化できる上、みなし配当課税の納税猶予措置を受ければ、相続税の納税猶予も受けられます。その上、土地や建物をそのまま相続するより節税にもなるでしょう。
まとめ
今まで持分のある医療法人から持分のない医療法人に移行する場合、財産権を放棄しなければならないなどのデメリットがありましたが、基金拠出型医療法人であれば、そのデメリットがなくなります。また、みなし配当課税の納税猶予措置を受けることができれば、節税にもなるでしょう。詳しくは、税理士に相談するのがおすすめです。