滋賀県で、全国初となる「交通税」の議論が本格化しています。今後の状況によっては全国に波及する可能性もあるこの新たな課税は、一体どんなもので、背景には何があるのでしょうか?今回はそのポイントを解説します。
交通税とはどんな税なのか?
地方公共交通を支える
滋賀県の税制審議会は、4月20日、「交通税」の導入を求める答申を三日月大造知事に提出しました。知事は、早ければ2024年度からの導入を目指す、としています。
実現すれば”全国初”となるこの税の目的は、「地方公共交通を存続させるため」です。人口減少やコロナ禍に伴う生活スタイルの変化などに伴って、鉄道やバスなどの利用者が大幅に減り、地域の足である公共交通の経営は厳しさを増しています。そういった背景があり、「公共交通を使う人も使わない人もみんなで支えていこう」という考え方が、新たな課税には反映されているのです。
答申を受けた知事は、「国の税金や補助金に頼る、また利用する人たちだけが負担をする、民間企業の努力に頼る、ということだけではない新たな選択肢を私たち滋賀県民が持てるとするならば、地域の将来にとって希望の光を見出せるのではないか」と述べました。
「超過課税方式」を検討
では、具体的にはどのような課税が検討されているのでしょうか?
県の税制審議会が答申したのは、「交通税」という単独の税を新設するのではなく、すでにある税金に上乗せする「超過課税方式」という方法です。超過課税の対象として挙げられているのは、
①固定資産税などの資産課税
②個人県民税と法人県民税
③自動車税
の3つです。
ちなみに、固定資産税や自動車税が対象になるのは、これらが地方自治体が課税する「地方税」だからです。主な「国税」「地方税」には、次のようなものがあります。
〈国税〉
● 所得税
● 法人税
● 復興特別所得税
● 相続税・贈与税
● 登録免許税
● 印紙税
● 消費税
● 酒税
● たばこ税
● 揮発油税
● 自動車重量税
● 関税 など
〈地方税〉
● 住民税
● 事業税
● 不動産取得税
● 固定資産税
● 事業所税
● 都市計画税
● 国民健康保険税
● 地方消費税
● 地方たばこ税
● 軽油引取税
● 自動車税(環境性能割・種別割)
● 軽自動車税(環境性能割・種別割)
● 入湯税 など
審議会の議論では、税収の安定性や“県民全てで支えていく”という今回の課税の趣旨から、②の「県民税(住民税)」に賛同する声が多数だったといいますが、現状では結論には至っていません。
苦戦が続く地方の路線
ローカル線を公費で維持する時代に
滋賀県の場合、例えば県東部の生活・観光の足である近江鉄道は、1994年度以降28年連続の赤字が確実で、一民間企業では路線の維持が困難な状況に陥っています。そのため24年度には、鉄道施設や車両を自治体が保有する「上下分離」方式を採用することが決まっており、維持のコストを県と沿線の市や町が負担することになっています。
「交通税」の検討は、鉄道のローカル路線がそこまで追い込まれているという事実を、あらためて可視化したともいえるでしょう。
在来線の6割が「廃線基準」!?
もちろん、そうした状況は滋賀県に限った話ではありません。JR西日本は、4月に経営がより厳しい17路線30区間(輸送密度=線路1㎞当たりの平均利用者数が2,000人未満)の収支を公表しました。この区間では、17~19年度の平均で、営業損益は248億円の赤字だったそうです。あえて数字を公表したのは、「地元自治体などと不採算路線の存廃を含めた議論を進めたい」という意志の表れだと報じられています。
1980年に施行された国鉄再建法では、輸送密度4,000人未満が「廃線基準」とされています。20年度には、JR旅客6社の在来線の約6割の路線がそれに該当する状況だったといいますので、事態は深刻です。ただ、コロナ前はそれが約4割にとどまっており、観光客の急激な減少といった通常とは異なる要因も大きく影響を与えたようです。
昭和の時代まであった「通行税」
ルーツは日露戦争
ところで、先ほど「交通税は全国初」と言いましたが、実は少し前まで交通機関の利用者に関連する「通行税」という税金があったのをご存知でしょうか?
創設されたのは、1905(明治38)年。ロシアと戦った日露戦争の戦費を賄うための非常特別税で、汽車・電車・乗合自動車(バス)・汽船・航空機の乗客に対して課された国税でした。戦争終結後の1910年には非常特別税が廃止され、独立の通行税法が制定されたのですが、乗客からの不満が強かったこともあり、1926(大正15)年に廃止されました。
消費税導入まで存続
しかし、1938(昭和13)年に、今度は日中戦争の軍事費の財源として復活します。40年には独立の通行税法が制定され、再び恒久税化されることになりました。この通行税は、旅客運賃・特別急行料金・急行料金・寝台料金などに対して100分の10の税率で課税されましたが、当時の電車の二等車などの利用は非課税でした。
その後、数次の改正を経ながら、昭和の時代を通して通行税の課税は続きました。廃止されたのは、89(平成1)年4月。消費税の導入と引き換えに、役目を終えたのです。
「交通税」課税は全国に広がるか
時代を現代に戻しましょう。知事が審議会の正式な答申を受け取ったわけですから、滋賀では交通税の導入に向けて、前向きな検討が進むものと思われます。課税方法や税率をはじめ、知事が実現を目指すという24年度までにどのような形が提示されるのか、注目されます。
述べたように、鉄道を中心とする公共交通の維持は、過疎化の進む地方に共通する課題です。「滋賀モデル」が具体化されれば、同じ事情を抱える地域に導入を検討する動きが広がる可能性もあるでしょう。
まとめ
滋賀県で、全国に例のない「交通税」の検討が本格化しています。背景には、人口減少やコロナ禍により、地方公共交通の利用者が減り、その存廃がテーマに上るような危機的な現状がありました。具体的にどのような税になるのか、議論の行方が注目されます。