「報酬が期日通りに支払われない」「一方的に仕事を切られた」。そうしたフリーランスの労働環境が問題になる中、政府は新たな法律(いわゆる「フリーランス保護新法」)作りに着手しています。そこには、どのようなことが盛り込まれるのでしょうか?23年10月から導入される消費税のインボイス制度との関係は?
発注する側の中小企業の注意点なども併せて解説します。
増加するフリーランスの仕事をめぐるトラブル
そもそもフリーランスとは?
「フリーランス」というのは、「個人事業主」のような法令上の用語ではありません。そのため定義も様々なのですが、公には「実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者」とされています(引用:フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン【内閣官房など】)。
 
例えば、ITエンジニア、WEBデザイナー、翻訳家、ライター、カメラマン、フードデリバリーの配達員などが新法の対象となるフリーランスに該当するでしょう。
政府の試算では、フリーランスとして働く人は462万人(2020年)で、就業者全体の約7%とされますが、前述したように定義が曖昧なこともあり、実際には1,500万人超、全体の20%以上がこの働き方をしている、という民間の調査もあります。
多いトラブルは?
こうしたフリーランスが請け負う仕事は、多くの場合、企業が発注者となるため、彼らは相対的に弱い立場に置かれることになり、それに伴うトラブルが多発しています。内閣官房の「フリーランス実態調査結果」(2020年5月)によれば、事業者から業務委託を受けて仕事をする人のうち、37.7%が取引先とのトラブルを経験していました。
主なトラブル(複数回答)は、次のようなものでした。
「保護新法」の概要
臨時国会では「先送り」に
このような実態を改めることを目的に進められているのが、「フリーランス保護新法」作りです。実は、新法の法案は、22年秋の臨時国会に提出され、可決されるとの見方が有力だったのですが、「保護の在り方についてさらに議論を深める必要がある」などの理由で、提出は見送られました。政府は23年の通常国会提出を目指す、と報じられています。
そうした経緯もあって、具体的に何が規定されるのかは、現状では明らかではない面もありますが、内閣官房が22年9月に公表した「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」で提示された中身が柱になるものと考えられます。
そこでは、
- フリーランスの取引を適正化し、個人がフリーランスとして安定的に働くことのできる環境を整備する。
- このため、他人を使用する事業者(以下「事業者」という)が、フリーランス(業務委託の相手方である事業者で、他人を使用していない者)に業務を委託する際の遵守事項等を定める。
としたうえで、概要次のような方向性が示されました。
事業者が業務を委託する際に「守るべきこと」を明記
フリーランスに業務を委託する事業者は、次の事項を遵守する必要があります。
(ア)業務委託の開始・終了に関する義務
①業務委託の際の書面の交付等
業務委託の際には、「業務委託の内容、報酬額」などを記載した書面の交付、またはメールなどの電子データの提供をしなければならない。
また、一定期間以上、継続的に業務委託を行う場合は、上記に加えて、「業務委託に係る契約の期間、契約の終了事由、契約の中途解除の際の費用」などを記載しなくてはならない。
②契約の中途解約・不更新の際の事前予告
一定期間以上の間継続的に業務委託を行う場合に、契約を中途解除するとき、または契約の期間満了後にその更新をしないときには、原則として、中途解除日または契約期間満了日の30日前までに予告しなければならない。
フリーランスからの求めがあった場合には、事業者は、契約の終了理由を明らかにしなければならない。
(イ)業務委託の募集に関する義務
①募集の際の的確表示
事業者が、業務を受託するフリーランスの募集に関する情報などを提供する場合には、その情報等を正確・最新の内容に保ち、虚偽の表示・誤解を生じさせる表示をしてはならない。
②募集に応じた者への条件明示、募集内容と契約内容が異なる場合の説明義務
募集に応じて業務を受託しようとするフリーランスに対しては、上記(ア)①に準じた事項を明示しなければならない。
また、募集時と異なる内容で業務委託をする場合には、その旨を説明しなければならない。
(ウ)報酬の支払に関する義務
事業者は、フリーランスに対し、役務などの提供を受けた日から60日以内に報酬を支払わなければならない。
(エ)フリーランスと取引を行う事業者の禁止行為
フリーランスとの一定期間以上の間の継続的な業務委託に関し、①から⑤までの行為をしてはならない。⑥及び⑦の行為によって、フリーランスの利益を不当に害してはならない。
- ①フリーランスの責めに帰すべき理由なく受領を拒否すること
- ②フリーランスの責めに帰すべき理由なく報酬を減額すること
- ③フリーランスの責めに帰すべき理由なく返品を行うこと
- ④通常相場に比べ著しく低い報酬の額を不当に定めること
- ⑤正当な理由なく自己の指定する物の購入・役務の利用を強制すること
- ⑥自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること
- ⑦フリーランスの責めに帰すべき理由なく給付の内容を変更させ、またはやり直させること
(オ)就業環境の整備として事業者が取り組むべき事項
①ハラスメント対策
事業者は、その使用する者などによるハラスメント行為について、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じるものとする。
②出産・育児・介護との両立への配慮
フリーランスと一定期間以上の間継続的に業務委託を行う場合に、フリーランスからの申出に応じ、出産・育児・介護と業務の両立との観点から、就業条件に関する交渉・就業条件の内容などについて、必要な配慮を行うものとする。
違反があった場合には?
事業者が、説明してきた遵守事項に違反した場合には、「行政上の措置として助言、指導、勧告、公表、命令を行うなど、必要な範囲で履行確保措置を設ける」としています。
一方、フリーランスは、事業者による違反の事実があった場合には、その内容を国の行政機関に申告することができます。事業者が、その申告をしたことを理由に、フリーランスに対して業務委託を解除するなどの不利益な扱いをすることは認められません。
新法でどう変わる?
事業者が「小規模」でも対象に
現在、同種の法律に下請法(下請代金支払遅延等防止法)があります。ただ、これは基本的に「下請業者」を守るという企業間取引を想定したもので、親事業者の資本金が1,000万円を超えていることが適用条件となっています。
しかし、さきほどの「実態調査結果」によれば、資本金1,000万円以下の事業者との取引が収入の50%以上を占めるフリーランスの比率は4割弱に上り、このセーフティーネットからは漏れてしまいます。新法ができることで、形のうえでは、全てのフリーランスが法的保護の対象とされることになります。
インボイスによる「発注控え」の防波堤になるか?
ところで、23年10月から、消費税のインボイス制度が導入される予定になっていますが、それに伴って、免税事業者に対する「発注控え」や、課税事業者登録の強要などが多発するのではないか、と問題になっています。免税事業者はインボイスが交付できないため、発注者の側で仕入税額控除(仕入れにかかった消費税を差し引くこと)ができなくなるからです。
フリーランスの多くは、売上1,000万円以下の免税事業者ですが、新法ができることで、この問題に対処することはできるのでしょうか? 具体的な内容が提示されていない現状では明確なことは言えませんが、不利益な扱いに対しては、一定のブレーキになる可能性はあるでしょう。
ちなみに、下請法では、
- 免税事業者であることを理由にして、消費税相当額を支払わない行為
- 課税事業者になったにもかかわらず、一方的に単価を据え置く行為
- 「課税事業者にならなければ取引を打ち切る」などと一方的に通告する行為
などが禁止されています。
ただし、発注者が取引先として消費税課税事業者を選ぶことを禁じているわけではありませんから、「フリーランス保護新法」ができたら、免税事業者のままでも全く影響がない、ということではありません。
発注側も理解が不可欠
フリーランスにとっては、「労働環境改善」が期待できる新法ですが、彼らに仕事を発注する側からみると、「十分な対応が必要」ということになります。さきほど説明したように、「順守事項」に抵触すると、行政の指導や命令などを受ける可能性があります。小規模事業者にとっては経営上の一大事になりかねません。
今回、資本金1,000万円以下の中小企業も法の対象となることには、特に注意が必要です。あらためて、契約書の作成を徹底する、フリーランスの就業環境に留意し、要望に耳を傾けるスタンス、体制を確立する、といった対策を具体化すべきでしょう。新法の順守をアピールすることで、質のいい人材確保といったメリットが生まれるかもしれません。
まとめ
仕事上のトラブルが増加しているフリーランスの労働環境を改善するため、「フリーランス保護新法」の制定が進んでいます。発注者側による契約内容の明示、不当な報酬の減額や納品拒否の禁止などが盛り込まれる見込みですが、審議は23年の通常国会に持ち越されています。今後の動向に注目しましょう。