経営危機に陥っていたスイスの金融大手クレディ・スイスが、同国最大手UBSに買収されることになりました。2008年の「リーマンショック」以降、世界で初めての金融機関の大型買収ですが、政府が介入したスピーディーな統合は、今後に“火種”も残す結果になりました。さらに気になるのは、世界的な金融危機に発展する可能性はないのか、ということです。現時点での情報をまとめました。
なぜ苦境に陥ったのか
クレディ・スイスとは
クレディ・スイス(CS)は、1856年にアルプスを横断する鉄道網事業の開発資金を調達するためにスイス信用銀行として設立されました。1900年代に入ると、同じスイスのUBSなどとの競争もあり、リテールバンキング(小口金融)機能を強化、富裕層ビジネスで地歩を築いてきました。1988年には米ファースト・ボストンを傘下に収めるなど、投資銀行ビジネスでも世界有数の存在となりました。
現在は、世界の主要な金融センターにオフィスを構え、投資銀行業務、プライベートバンキング、資産運用などのサービスを提供。ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーなどと並ぶ世界9大「バルジ・ブラケット」(世界経済に大きな影響を与える投資銀行群)バンクの1つとされています。
相次ぐ不祥事+“シリコンバレー・ショック”
スイスでは、永世中立が成立する19世紀より前から、銀行が捜査当局を含む第三者への顧客情報の開示を拒むという伝統が堅持されました。秘密が守られる安心感から、CSやUBSは、世界の富裕層から多額の預金を集めてきたのです。
ところが、近年、CSではその信頼を裏切る不祥事が多発しました。ブルガリアの麻薬組織によるマネーロンダリング(資金洗浄)を巡る有罪判決、モザンビークでの汚職への関与、元従業員と幹部が関与したスパイ・スキャンダル、顧客データのメディアへの大量リークなど、どれも信じ難いものでした。
加えて、破綻した英金融ベンチャー、グリーンシル・キャピタルの創業者などとの不透明な関係が明らかになり、内部統制の甘さが浮き彫りに。この結果、多くの顧客がCSに見切りをつけ、2022年後半に前例のない規模の顧客流出が進む事態となりました。
こうしたことから、2022年12月連結決算では、1兆円強という2期連続の赤字を計上したのですが、さらに降りかかった災難が、2023年3月初めのシリコンバレー銀行などアメリカの3つの銀行の経営破綻という外部要因でした。銀行セクター全体の信頼が揺らぐ中、投資家などの注視の先が「弱り目」にあるCSに向いたのです。
3月15日には、筆頭株主のサウジ国立銀行が追加出資の可能性を否定したことから、株価は一時30%近くも下落し、上場来安値となってしまいました。この状況を受けて、スイス国立銀行(中央銀行)と同国金融監督庁が「必要があれば流動性を供給する」と、「支援」を表明。しかし、それでも事態は収まらず、結局UBSによる買収という形での決着となりました。
国が関与した「救済買収」
クレディ・スイスを「救った」理由
スイス金融最大手UBSによるCSの買収は、破綻寸前にあったCSという金融機関の救済にほかなりません。民間同士の統合でありながら、そこにはスイス政府、規制当局が介在したのです。
なぜ、そこまでして不祥事を繰り返すような企業を救ったのかといえば、「バジル・ブラケット」に数えられるようなCSがいきなり破綻した場合、世界の金融危機に発展しかねないリスクを孕むからです。実際、CSの株価が急落した際には、銀行株ばかりでなく、米国債、ユーロ債の利回りや、原油価格などが軒並み急落しました。
UBSへの手厚いフォロー
買収は30億スイスフラン(約4,100億円)規模の株式交換方式で行われますが、これは買収発表直前のCSの時価総額に比べ、半分以下の値段です。また、政府は買収したCSの資産から損失が生じた場合に、それを補填するための90億フラン(1兆2,400億円)の保証をUBSに約束しました。
政府が介入し、UBSに有利な買収劇が行われたのは、UBSに十分なデューデリジェンス(買収対象に対する詳細な調査)の時間を与える余裕がなかったことなどが、原因だとみられています。買収に慎重なUBSを納得させるために、CSは安値での買収を飲み、政府も手厚い保証を付けた、という図式です。
株主などには損失が発生
この買収により、CSの株主は、大きな損失を被ることになりました。今述べたように、買収は時価総額の半額以下の値段で行われることになりました。発表後、同社の株価はおよそ60%下落してしまいました。
また、政府保証の90億フランは、要するに「公的資金」です。もし、実際に損失が生じた場合には、金融機関救済のための国民負担が生じることになります。
2兆円が「紙屑」に
ただし、今回の買収劇で最も注目されたのは、CSが発行していた「AT1債(Additional Tier1債)」という債権の扱いでした。
AT1債とは
AT1債は、CoCo債ともいわれ、金融機関が発行する特殊な社債です。通常の社債や劣後債(債務の弁済順位が低い債券)に比べて金利が高い一方で、自己資本が減少した際には、元本が削減されたり、強制的に株式に転換されたりするリスクがあります。預金者に影響が出ないよう、いざという時には、この社債を買った投資家が損失を吸収する仕組みなのですが、低金利下で人気の「ハイリターン」商品で、多くの投資家に購入されています。
半面、説明したように「ハイリスク」商品でもあり、最悪の場合、「無価値」になります。CSに関しては、
- 株式など損失を吸収する資本が一定の水準を下回った場合
- スイス当局が破綻の恐れがあるとみなしたり、例外的な政府支援を行ったりした場合
の2つが、その要件とされていました。
そして今回、90億円の政府保証が②に抵触するとして、CSが発行していた160億フラン(2兆2,000億円)ものAT1債が、実際に無価値とされたのです。
株式より先に「価値ゼロ」に
投資家はリスクを織り込んで投資していますから、要件を満たして無価値とされたこと自体は、「仕方がない」ことでしょう。ただ、今回のCSの処理に関しては、従来の金融界の常識とは違うことが起きたため、世界に衝撃が走りました。
AT1債はハイリスクとはいえ債権ですから、弁済順位が株式より後になるということは、通常ありえません。ところが、今回は、株主は大幅な損失を余儀なくされるとはいえ、その資産の一部が守られるのに対して、AT1債の投資家は1フランも手元に残らないことになったわけです。
この処理に対して、一部の投資家が異を唱え、訴訟の動きも出ているようです。市場では、今後他の金融機関が同様の債権を発行する際のコストが上昇するのではないかとの連想が広がり、金融株が大きく売られる展開にもなりました。
一方、スイスの金融当局は、「契約条件が満たされたから実行した」と説明し、改めて今回の対応の正当性を主張しました。また、EUの金融監督当局は、「AT1債の保有者が損失を被るのは、株主に損失負担を求めた後のことだ」という趣旨の声明を発表し、CSのAT1債が無価値になったのは、あくまでもスイス特有の例外的な措置だと強調しています。それにより、ひとまず市場の動揺は収まりをみせました。
今後予想されること
買収のスケジュール
UBSは、買収に必要な手続きを2023年末までに完了させる予定だとされています。ただ、CS側に新たな問題が見つかるなどして、買収が破談になる可能性がゼロとはいえません。訴訟などの結果、AT1債の価値が「復活」する可能性も残されています。
日本への影響は?
金融庁によれば、国内の金融機関でCSのAT1債を大量に保有しているところは、今のところ報告されていません。また、国内の資産運用会社が手がける投資信託の中にAT1債を組み込んだものもありますが、いずれも保有比率では1%に満たないとされます。
一方で、同種の債権を発行している金融機関への影響を指摘する声もあります。日本では、メガバンク3行が「永久劣後債」という名前で、これまでに3兆円余りのAT1債を発行しています。CSの一件を受け、今後、リスクが強く認識されたAT1債の発行コスト、つまり資金調達のコストが増加するのは、避けられないかもしれません。
世界的な金融危機に発展することはないのか
アメリカの3つの銀行の破綻に続くCSの買収劇で、誰もが気になるのが、これらが世界的な金融危機の発端にならないのか、ということでしょう。今のところ、政府や金融当局、市場関係者の間では、「リーマンショックのような事態にはならない」という見方が支配的です。CSの株価下落から買収発表までの素早い対応も、市場に安心感を与えました。
とはいえ、金融不安が完全に払しょくされたわけではありません。3月半ばからは、ドイツ最大のドイツ銀行の株価も25%程度の下落を演じ、「破綻ドミノ」に対する懸念が広がりました(株価はその後反発)。しばらくは、銀行の株価や預金の状況などを注視せざるをえない状況が続きそうです。
まとめ
大幅な株価下落に見舞われたクレディ・スイスは、UBSによる買収という形での処理が決まりました。経営破綻による世界的な金融危機といった事態は回避されましたが、政府が介入したCSの処理は、国民負担の可能性やAT1債の扱いなどをめぐり、今後に“火種”も残すものとなりました。年末に向け、買収がスムーズに進むのかにも注目です。