勤労者の賃上げ率が、歴史的といってもいい高い水準になっています。それでも、消費がなかなか上向かず、多くの人が生活の苦しさを訴える背景には、「物価の上昇に賃金の伸びが追いついていない」という現実が。そんな中、2024年にはようやくその状況を脱却できるのではないか、という見方も出ています。物価と賃金、私たちの暮らし向きは今後どうなっていくのか、考えてみます。
※記事の内容は2023年11月末時点の情報を元に作成したものであり、現在の内容と異なる場合があります。
長引く実質賃金のマイナス
2023年は、ここ24年で最高の賃上げ率
厚生労働省の「賃金引き上げ実態調査」(2023年11月28日発表、有効回答があった従業員100人以上の1,901社の集計)によると、2023年の基本給など月額所定内賃金の全産業の平均引き上げ額は、前年より3,903円高い9,437円となりました。賃上げ率の3.2%と併せ、比較可能な1999年以降で過去最大となったそうです。ちなみに2022年の伸び率は、1.9%でした。
2023年内に賃上げを実施、または予定する企業自体、前年から3.4ポイント増の89.1%となり、特に建設業(99.7%)、製造業(97.4%)などの比率が高い結果となりました。厚労省は、こうした大幅な賃上げの要因として、コロナ禍からの経済回復、人手不足の中で働き手の確保を迫られたこと、などを挙げています。
しかし、本来これだけの賃上げがあれば家計に余裕が生まれ、消費も上向くはずなのに、現実はそうなっていません。原因は、賃上げを上回る物価の上昇にあります。
続く食料品の高騰
物価の指標に、総務省が毎月発表する「消費者物価指数」があります。2023年11月24日に発表された同年10月の指数は、前年同月比3.3%上昇し、前月比でも0.3%アップでした。
2022年以来、幅広い食品の値上げのニュースが相次ぎ、スーパーなどに買い物に行っても、値段の高さを実感すると思います。その実感通り、消費者物価指数を引き上げている原因の7割近くは、食料品の高騰です。
2023年は、少雨などの天候不順が野菜類の価格に影響しましたが、食料品高騰の根本原因は、2022年2月に始まったウクライナ戦争です。ロシア、ウクライナとも穀物の一大産地だったことで、その相場を押し上げたわけです。小麦は多くの食品の原料となります。また、トウモロコシは家畜の飼料に欠かせません。加えて、それらの自給率が低く、大半を輸入に頼らざるを得ない日本は、円安による輸入コストの上昇とのダブルパンチになりました。
進行するのは「悪いインフレ」
ちなみに、政府・日銀(日本銀行=金融政策を実行する日本の中央銀行)は、バブル崩壊以降のデフレ経済の長期化を背景に、2%という「インフレターゲット」(物価上昇率の目標)を定めました。企業業績が悪化し、給料が下がり、リストラが増えるという「負のスパイラル」からの脱却を目指したものですが、今のインフレは、残念ながら国の意図するそうした「良いインフレ」とは、性質が違います。
このところの消費者物価の上昇は、景気が回復し、賃金が増え、消費意欲が向上した結果ではなく、原材料やエネルギー価格の上昇がもたらしたものだからです。多くの企業にとっても消費者にとっても、「負担増」にほかならない「悪いインフレ」というべき現象です。
実質賃金は1年以上マイナス
さきほど説明した賃金は、実際にもらう給与など=「名目賃金」です。その伸び率がいくら歴史的な高水準になったとしても、物価がそれ以上上がったら、実際には「賃下げ」です。今起こっているのは、そういうことなのです。
このように、物価上昇分を加味した賃金を「実質賃金」といいます。具体的には、
・実質賃金指数=名目賃金÷消費者物価指数×100
で計算します。
厚労省の「毎月勤労統計調査」によると、2023年9月の同指数は、前年同月比2.9%のマイナスでした。2022年4月以降、実質賃金は18カ月連続で前年度比マイナス、というのが現状です。
気になる物価の先行きは?
食料品の値上げは一巡か
では、実質賃金のマイナス状況は、いつまで続くのでしょうか? 大きな影響を与える物価からみていきましょう。
帝国データバンクによると、主要食品メーカー195社における2023年通年の値上げ品目数は、累計で3万2,395品目に及び、1回当たりの値上げ率平均は15%でした。2022年の水準(2万5,768品目・同14%)を上回る、記録的な値上げラッシュの1年となったことがわかります。
ただし、2023年中旬にかけて、段階的な価格転嫁が浸透し、企業の採算性の改善が進んだほか、一部では値上げ後に販売数量が減少するといった消費者の拒否反応もあって、値上げの勢いは夏以降、鈍化傾向が顕著になりました。
2024年に関しても、2023年11月末時点での値上げ予定品目は1,596と、2022年の同時期に比べ、およそ8割減となっています。このところの値上げラッシュはとりあえず落ち着いた、とみていいようです。
輸入小麦の「政府売り渡し価格」も3年ぶりに下落
食料品の価格については、今後の値下げ要因となりうるニュースもありました。輸入小麦の政府売り渡し価格が、3年ぶりに引き下げられたのです。
海外産の小麦は、日本政府が商社を通じて買い付けて輸入し、製粉業者などに売り渡す「政府売り渡し制度」が実施されています。政府が流通に「介入」するのは、輸入に大きく依存する小麦の安定供給を確保するためです。
この価格は、毎年4月と10月の2回、見直しが行われるのですが、2023年10月から、主にパン用のカナダ産ウェスタン・レッド・スプリングなど5銘柄の平均で、1トン当たり6万8,240円と、前期より11.1%引き下げられました。売り渡し価格が引き下げられるのは、2020年10月以来、3年ぶりのことです。
小麦を使用する食品のすそ野は広く、すでに述べたようにその値上がりは、この間の価格高騰の大きな原因となっていました。小麦の政府売り渡し価格の改定に伴い、製粉企業が小麦粉価格を改めるのは、およそ3カ月後とされるため、2024年の年明け以降、順次製品価格に影響を与える可能性があります。
輸入小麦の政府売り渡し制度については「輸入小麦大幅値上げで気になる「政府売り渡し価格」って?」をご覧ください。
注目される2024年の賃上げ
一方、賃上げに関しては、2024年に2023年のような高い伸びを維持できるかどうかが、大きなポイントになるでしょう。この点でも、明るい兆しは見え始めています。
労働組合の中央組織である連合は、2024年の春闘で、基本給を引き上げるベースアップ相当分として3%以上、年齢や勤務年数などに応じた定期昇給分を含めて「5%以上」の賃上げを要求する方針です。3.6%と、春闘としては30年ぶりの高い賃上げを実現した2023年は「5%程度」でしたから、より高い目標で臨む、ということです。
迎え撃つ形になる経営側ですが、深刻化する人手不足もあって、ある程度の賃金のアップを認めざるを得ない状況にあるのは確かです。物価高騰で消費が落ち込んでいることや、大企業の内部留保が潤沢なことから、国や経済団体も企業側に高い賃上げを求めており、少なくとも以前のような1~2%台の低い水準に逆戻りすることは、考えにくいでしょう。
問題は、その結果、物価上昇を上回る実質賃金の上昇まで、到達することができるかどうかとなります。2024年は、多少なりとも家計に明るさが取り戻せるかどうかの、“勝負の年”になりそうです。
まとめ
ウクライナ戦争を要因とする食料品の値上げラッシュは、一巡したという見方が強いようです。長引く実質賃金の下落を上昇に転じることができるのか、当面は2024年の春闘に注目しましょう。