国税庁はこのほど、令和元年度の「査察の概要」を記者発表しました。「海外に不正資金を隠す国際事案、無申告ほ脱事案のほか、市場が拡大する分野や時流に即した社会的波及効果の高い事案」をはじめ、合わせて116件が検察庁に告発されています。「時流に即した脱税」の事例も紹介しつつ、最新の査察の実態をレポートします。
「マルサ」が入ると、告発率は70%超
最初に、「査察」について説明しておきましょう。税務当局が納税者の申告が正しく行われているかを目的に実施するのが、税務調査。その調査には、地域の税務署が行う「任意調査」(一般的に税務調査といえば、これのこと)と、国税局査察部(通称「マルサ」)が裁判所の令状を持って行う「強制調査」があります。査察は後者の強制調査のことで、拒否することも、税理士が立ち会ったりすることもできません。
前者の多くが、申告に間違いがないか帳簿などを調べるのに対して、強制調査は「大口かつ悪質な税逃れが行われている」という強い“クロ”の心証を得たうえで、その確実な証拠固めを目的にやってくるのです。つまり、査察に入られるというのは、よほどのこと。
それを踏まえて、令和元年度の全体状況をまとめました。まず、「調査の着手・処理・告発件数」などの状況から。
- 着手件数は150件(前年度166件、以下同じ)でした。
- この年度に処理したのは165件(182件)で、そのうち116件(121件)が検察庁に告発されました。つまり、査察に入ったうちの70.3%(66.5%)が、刑事告発されています。
- 国税庁が告発した脱税案件について、同年度に124件の一審判決があり、すべて「有罪」となりました。実刑判決の最も重いものは、査察事件単独の案件では懲役10月、他の犯罪と併合された事例では懲役9年が言い渡されています。
次に、「脱税額」などについて。
- 脱税額の総額は119億8,500万円(139億9,900万円)、そのうち告発分は92億7,600万円(111億7,600万円)で、1人当たりにすると80億円(92億円)でした。
- 告発された事案を税目別にみると、所得税17件(14件)、法人税64件(55件)、消費税32件(41件)、源泉所得税3件(10件)で、相続税に関してはゼロでした。
- 告発の多かった業種は建設業19件(28件)、不動産業19件(14件)、人材派遣10件(5件)で、このワースト3は、3年間「不動」です。
「経済社会情勢の変化に対応」
ところで、発表資料には、「国税査察官は、近年における経済取引の広域化、国際化及びICT化等による脱税の手段・方法の複雑・巧妙化など、経済社会情勢の変化に的確に対応し、悪質な脱税者に対して厳正な調査を実施しています。」という基本姿勢が示されています。こうした観点から「重点事案」に位置付けられたものについて、紹介されている事例とともに、個別にみてみましょう。
消費税受還付事案
資料には、「消費税の輸出免税制度などを利用した消費税受還付事案は、いわば国庫金の詐取ともいえる悪質性の高い事案であることから、引き続き積極的に取り組み……」とあります。令和元年度には、11件(16件)、3億2,300万円(19億900万円)の不正還付について告発を行いました。
〈事例1〉
架空の宝飾品輸出を装った消費税不正受還付(消費税の輸出免税制度を悪用し、取引実態のない宝飾品の輸出取引を装う手口により複数の法人で還付申告を行った消費税の不正還付事案を告発)
- Aは、貿易業を営むB社及びC社の実質経営者として業務全般を統括していたものですが、取引実態がないにもかかわらず、国内での宝飾品仕入を装い架空仕入(課税取引)を計上するとともに、香港法人への販売を装い架空輸出売上(免税取引)を計上する方法により、多額の消費税還付金額を記載した内容虚偽の消費税の確定申告を行い、不正に消費税の還付を受け、または受けようとしました(一部未遂)。
無申告ほ脱(脱税)事案
「納税者の自発的な申告・納税を前提とする申告納税制度の根幹を揺るがす無申告によるほ脱犯」については、過去5年間で最多の27件(18件)を告発しています。
〈事例2〉
競艇で得た多額の払戻金の無申告
- Dは、競艇選手と結託して勝舟投票券の払戻金による多額の収入を得ていたものですが、他人名義で勝舟投票券のインターネット投票を行うことにより所得を秘匿し、所得税の確定申告を一切せずに納税を免れていました。
〈事例3〉
芸能スタイリスト会社の単純無申告(※)
- E社は、大手芸能プロダクション等から衣装デザイン及びコーディネート等のスタイリスト業務を受注し、多額の利益を得ていたものですが、法人税及び消費税の申告義務を認識しながら確定申告を一切せずに納税を免れていました。
国際事業
「海外取引を利用した悪質・巧妙な事案や海外に不正資金を隠すなどの国際事案」は、25 件(20件)を告発しました。また、国外財産に係る課税の適正を図るため、平成26年に導入された「国外財産調書制度」に基づく同調書の不提出犯を初めて告発しています。
〈事例4〉
国外財産調書不提出に係る罰則を初適用(個人事業に係る売上除外資金を入金していた国外預金に係る国外財産調書の不提出犯を、所得税ほ脱犯と併せて告発)
- Fは、家具の輸入販売仲介業を営んでいたものですが、売上代金を他人名義の預金口座に入金するなどの方法で事業所得を除外したほか、同様の方法で所得を隠し、所得税の確定申告を一切しない方法で多額の所得税を免れていました。また、多額の売上代金が入金された国外預金を有していたにもかかわらず、正当な理由なく国外財産調書を提出期限までに提出していなかったため、国外財産調書不提出に係る罰則を適用して告発しました。
〈事例5〉
海外法人を利用して法人税を免れた情報商材関連会社を告発(外国との間で締結した租税条約に基づく情報 交換制度を活用するなどして、不正取引を解明し告発)
- Gは、投資目的の情報商材のプロデュースなどを行う法人3社を主宰するものですが、3社の業務に関し、請求書を偽造するなどして海外法人に対する架空支払報酬を計上し、法人税を免れていました。
その他
その他、「市場が拡大する分野や時流に即した脱税事案など、社会的波及効果が高いと見込まれる事案」としては、次のようなものを摘発しています。
〈事例6〉
投資用不動産販売等の関連グループ5社を告発
- Hは、投資用不動産の販売や賃貸借の仲介などを行うグループ法人5社を主宰するものですが、不正加担先と通謀し、虚偽の契約書を作成して架空の雑損失(違約金)を計上するなどの方法で法人税を免れていました。
〈事例7〉
福島原発の除染にからむ建設会社会社員による所得税事案を告発
- Iは、建設会社の従業員として勤務していたものですが、福島県の除染工事にからみ、複数の下請業者から多額の謝礼金収入を得ていながら、当該謝礼金を借名口座に振り込ませるなどの方法により申告から除外し、所得税を免れていました。
〈事例8〉
インターネット広告会社を告発
- J社は、インターネット広告業を行っているものですが、不正加担先と通謀し、同人に虚偽の契約書等を作成させ架空の外注費を計上するなどの方法で法人税を免れていました。
〈事例9〉
消費税還付コンサルにより多額の利益を得た税理士を告発
- Kは、税理士業を営むほか、コンサルティング会社2社を主宰するものですが、所得税の確定申告において架空の支払手数料を計上するほか、コンサルティング会社2社の売上高の一部を除外するなどの方法で所得税及び法人税を免れていました。
悪質性の高い無申告に厳正に対処するため、平成23年に創設された。
まとめ
令和元年度に国税庁が検察庁に告発した脱税事案は、116件でした。グローバル化を背景にした国際的な事案や、市場が拡大する分野、社会環境の変化を「利用」した脱税には、特に目を光らせているようです。