MBAは、経営の意思決定の模擬訓練の場
事業承継でもリスキリング(学び直し)が重要に
- 公開日:
- 2024/07/17
ハーバード大学ビジネススクールで「可能性を信じる 」大切さを知った堀義人学長が自ら創立したグロービス経営大学院。その経営研究科の君島朋子研究科長は「今までと同じ経験則で仕事をしていたら生産性は上がらない」とリスキリング(学び直し)の重要性を強調する。グロービスのMBAでは、理論を学ぶことに留まらず、「意思決定の模擬訓練の場」を提供している。2025年春にはテクノロジーの進化や多様な学びのニーズに対応するために、「テクノベートMBA」「エグゼクティブMBA」を新たに開講する。親などから事業を受け継ぐ事業承継者に対しては、「創造と変革のリーダーになってほしい」とエールを送る。
八木美代子(以下、八木)ビスカスは、オーナー経営様とのお付き合いが多い会社です。税理士先生をご紹介するだけではなくて、資産運用のご相談もあります。経営者ご自身や後継者の教育についてのご相談も承っています。
そして政府が立ち上げた「新しい資本主義実現会議」は、生産性向上のためにはリスキリング(学び直し)が重要であることを指摘。政府も企業も個人もリスキリングの重要性を再認識して動き出しました。
国内のビジネススクールでは最大の入学者数を誇るグロービスに、学び直しについてお伺いしたく。リスキリングの最前線におられて、どのような変化をお感じになりますか。
生産性向上のためにはリスキリングは必須
君島朋子(以下、君島)大きな捉え方としては、今までと同じ経験則で仕事をしていたら生産性は上がらないことを痛感するようになりました。日本企業はこれまでOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)によって、上司や先輩から仕事を学んできましたが、これは同じ仕事をすることが前提でした。
今は、これまで経験したことがない状況に突き当たっても、それを超えていけるような仕事の進め方でないと通用しなくなった。今まで経験したことがないデジタルスキルを持つ人材を育てなくてはいけない。それで、リスキリングの重要性が言われるようになったのだと思います。
八木企業の研修の中身は変わってきていますか。
君島従来だと同年次研修を実施したり、幹部社員になる人に課長研修や部長研修を実施していました。いまでは、将来のリーダーになる人向けの選抜研修や、会社として力を入れたい分野を重点的に学んでもらうテーマ別研修が増えています。
勉強の仕方も実践的です。実ビジネスで起きていることを題材に使いながら、これから必要になるスキルや考え方を学ぶ研修が増えています。
八木グロービスは、確かに実践的なイメージがあります。
君島グロービス経営大学院の特徴の一つは、入学するのに最低2年の就業経験が必要だということです。アカデミックな専門家を育てるのではなく、実務に長けた経営層を育てることに特化した学校なのです。カリキュラムは、実務に役に立つトレーニングを集中的に行います。
事業承継のためにグロービスに通う人も
八木どのような方が入学されるのでしょうか。
君島入学した社会人学生を年代でみると、20代から50代の方まで幅広く在籍しています。一番多いのは30代後半から40代前半の方です。
職業は非常に多岐にわたっています。経営者の方もいますし、これから会社を承継する方もいます。また、これから起業するスタートアップ系の方もいます。
また、直近の3年間の出願者に占める事業継承者の割合は8%〜9%※と、事業承継をスムーズに行うためにグロービスのようなビジネススクールに通ってくる方も増えました。
※出願時の設問による任意回答の集計結果
起業を希望されている学生ですと、まさに八木社長が創業されて会社を成長させたように、起業の実務をしっかり勉強したいとの希望で入学します。
堀学長は「自分の可能性を信じる」ことを体験してもらうために創立
八木グロービス経営大学院の学長をしている堀義人さんはなぜグロービス経営大学院を開校されたのでしょうか。学校経営は、とても労力がかかりますよね。
君島堀がハーバード大学ビジネススクールで学んだ時の体験が強烈だったからです。当時の日本社会では得ることができなかった「自分の可能性を最後まで信じて挑戦する」ことの大切さをハーバード大学で体験したことがグロービス創立の原点です。「日本でも同じような学びを提供したい」ということで1992年に設立したのがグロービスです。
堀は、エネルギーにあふれ、事業創造にチャレンジする人、時代に合わせて組織を変革させられるリーダーを育てたいという思いが強い。「経営に関するヒト・カネ・チエの生態系を創り、社会の創造と変革を行う」というビジョンを創業当初から掲げてきたわけです。
創業時に描いたビジョンの実現に取り組み続け、グロービス経営大学院は、日本だけではなく、アジアへと広がり、アジアの人たちも学ぶ学校になりました。現在は「テクノベート※時代の世界No. 1 MBA」を目指し国内外へと展開しています。
※テクノベート:テクノロジーとイノベーションを組み合わせたグロービスの独自造語
八木グローバルにリーダーを育てているグロービスの授業の仕方には、どんな特徴がありますか。
君島100%ではありませんが、多くの授業はケースメソッドです。ケースメソッドとは、実際のケース(企業事例)を学びの題材として、課題解決力を鍛える学習手法です。
将来の経営に役立てていただくのが目的ですから、実際の経営の意思決定の模擬訓練になるように「徹底的に自分の頭で考え抜く力」を鍛えることを重視しています。
ケースの事例は、ハーバード大学ビジネススクールが作ったケースを翻訳して使うこともあれば、オリジナルの国内事例も教材にしています。グロービスの現場教員が国内事例を取材してケースに仕上げているのは、大きな特徴です。中には、事業承継者の方向けに特化した「ファミリービジネス・マネジメント」という科目もあります。
八木ケースメソッドを用いながら授業はどのように行うのですか。
君島授業は1科目3ヵ月、隔週で全6回のクラスが基本です。1回の授業は3時間ですが、学生にはそれと同じぐらい、時に2倍程度の予習をすることをお勧めしています。次の授業で議論する企業事例について、事例の中身を説明した教材を事前に読み込んでもらいます。予習の際、「あなたが主人公だったらこの状況で何が課題だと思いますか」「あなたなら改善するためにどんな施策を実行しますか」などの問いに事前に考えてきてもらいます。
自らの意見や考えをしっかり準備いただくことがディスカッションや学びの質を高めることに直結しますので、予習がとても重要です。
そのうえで、授業当日は徹底したディスカッションをします。多様な業界業種・役職の学生が「この分析では足りないか」「打ち手は別のほうが筋がよい」などと議論をし合って、お互いに気づきを与え、学び合うのです。
ケースメソッドは、投資先の実例も教材にする
八木グロービスの投資先の実例から生まれるケースもあるのですか。
君島堀が代表パートナーを務めているグロービスが展開するベンチャーキャピタル事業の「グロービス・キャピタル・パートナーズ」では多くの企業に投資をしています。直近ではビジョナル株式会社、株式会社ヤプリ、株式会社メルカリなど、多数の有力上場企業を輩出しています。
その投資事例の中に学びがたくさんありますので、それをケースとして学ぶことも多いです。例えば、投資家は何を大事にしているのか、スタートアップにとって成長段階で大事にすべきポイントは何か、などです。それをグロービスの教員、職員が取材し、教材に仕上げます。
ほかには、グロービスは年間3300社以上の法人に対して企業研修や人材育成サービスを提供、年間約44万人のビジネスパーソンに受講・利用いただいている実績があります。その企業研修を通じて得られるビジネスの新しい知を教材づくりに生かすこともあります。
八木ビジネスの最先端の知見を教えるグロービスの教員は、どのような方が多いのですか。
君島グロービスの教員は全員がビジネスの第一線で活躍する現役の実務家です。マーケティングの担当教員は、例えば、エステーで宣伝部門の責任者をしていた方もいますし、コンサルティング会社でマーケティングコンサルタントのパートナーをしていた方もいます。財務会計のクラスでしたら、CFO(最高財務責任者)を経験された教員が授業を行っています。
世間でよくある話としては、教員がご自身の成功談などをしゃべり続けて、授業が終わってしまうことがありますよね。グロービスでは、授業内容の質を担保するために、卓越したファシリテーション力を有した外部教員の方々にグロービス独自の教育手法をお伝えして、ディスカッション中心の授業を展開しています。
八木経理や人事などある分野の専門家を育てるコースはあるのですか。
君島経理や人事などある程度の数の必修科目はあります。経理や人事、マーケティングなど最低限は知っておくべきものは学んでいただきます。しかし、ある特定分野のエキスパートを育てる学校ではありません。経営の定石であるヒト・モノ・カネに加えて、グロービス独自の創造・変革・志・テクノベートなど時代に合った経営人材を育てるために、体型的に学んでいただきます。
25年春に「テクノベートMBA」の新プログラムが誕生
八木グロービスは2025年春からテクノロジーを重視した「テクノベートMBA」を始めるそうですね。
君島「テクノベート」は、テクノロジーとイノベーションを掛け合わせた造語で、学長の堀がつくりました。テクノロジーは主にデジタル技術のことです。その意味合いは、デジタル技術を使っていろいろな産業にイノベーションを起こしていくことです。
八木生成AIなど学んでおくべきテクノロジーはたくさんありますね。
君島おっしゃる通りです。グロービス経営大学院は2025年から「テクノベートMBA」と「エグゼクティブMBA」の2つのプログラムに分けて開講していきます。
テクノベートMBAでは、経営スキルに加えてテクノロジーを事業に実装する力、テクノロジーをもとに創造性を発揮する方法など学びます。こちらは主に20代、30代のビジネスパーソンが中心の受講生になるかと思います。
一方、エグゼクティブMBAは、職務経験が豊富な主に40歳以上のリーダー向けのビジネススクールです。サイバーセキュリティやデジタルによるトランスフォーメーション戦略など、デジタル時代のリーダーが創造し変革を起こすためのプログラムを学びます。
デジタル技術を理解しなければ企業の成長はない
八木堀学長は、どんな体験からテクノロジーの重要性を認識され、新しいコースまで作ろうと考えたのですか。
君島グロービス・キャピタル・パートナーズを通して、これまで210社を超える会社に1800憶円を投資してきました。投資の金額が大きくなり、エグジット(株売却などの出口戦略)も大きくなっているのは、テクノロジーベンチャーばかりです。その中でも、デジタル技術、インターネットを使ったビジネスが大きく成長しています。
堀は世界経済フォーラム(ダボス会議)に参加したり、海外の経営者たちと交流する中で、テクノロジー分野、AIなどのデジタル技術が国や産業を変えていくことを痛感しました。そのため、旧来のMBAのカリキュラムを学ぶだけでは、今後の経営は成長できない。そう考えるに至って、テクノベートを中心に据えて「テクノベートMBA」と「エグゼクティブMBA」を展開していくことになりました。
スタートアップの企業などは、生成AIが第3の社員みたいな役割を果たすようになっていますので、テクノロジー理解はとても重要です。
八木堀さんがおっしゃることはすごくわかりますね。生成AIのことをしっかり理解し、使いこなせるようにしておかないと、私たち経営者が生成AIにやられてしまうリスクだってあると思います。
例えば、私どもは君島様のインタビューを掲載する「マネーイズム」という経営情報サイトを運営しているわけです。何千本という原稿を掲載していますが、外に依頼して書いてもらっている記事も多い。
原稿を書くときにChatGPTを使えば簡単に文章が出来上がる。しかし、その文章が著作権侵害をしていないか、正しい内容か、調べる術を私が持っていなければなりません。最近は、著作権違反などを見抜く生成AIも生まれていますので、使いこなすことが大事です。
君島生成AIの可能性、リスクについても知己を深めておく必要がありますね。それと同時に、デジタル技術を中心に据えた場合、成長を促すビジネスモデルも従来とは違ってきます。また、製品開発、プロダクトマネジメントも従来の常識では通用しません。そこで、「デジタル・プロトタイピング」や「テクノベート・プロダクトマネジメント」なども新しいカリキュラムとして盛り込んでいきます。
事業承継者に学んでほしい「創造と変革」の志
八木恐れずに申し上げれば、グロービスやMBAの大学院は、輝かしき学歴の人が行くところというイメージを抱いてしまいます。実際はいろいろなバックグラウンドの受講生がいるのでしょうけど、私どものお客様には、小さな会社を経営されていて、経営のスキルをもっと勉強したい人は多いです。
君島MBAに対するイメージは、おっしゃる通り、敷居が高いように見られてしまいがちですが、実際には違います。お父様から会社を継いだ後継者の方などもたくさん来ています。
堀がビジョンとして掲げる言葉に「創造と変革」があります。グロービスでは、企業規模などに関係なく、多様な仲間とともに2年間の大学院生活で志を醸成し、創造と変革のリーダーを育てることを最も大切にしています。
ある程度の事業規模の会社を引き継がれる後継者の方でしたら、先代、先々代が築き上げてきた組織や企業文化などが時間の経過とともに時代に合わなくなってきているかもしれません。そのとき、どのような「変革」を起こして、再び進化・成長させるかがポイントになります。
一方、事業を承継したとしても、新しい事業を起こさないと会社の発展が望めない場合がありますね。新しいビジネスモデル、新しい事業、新しい商品やサービスをどうやって生み出していくか、それこそが「創造」です。
企業規模に関係なく、自分の会社には「創造」が必要なのか、「変革」が必要なのか、という視点でグロービスでの学びにチャレンジしていただきたいです。
各業界のトップとの対談を通して”企業経営を強くし、時代を勝ち抜くヒント”をお伝えする連載「ビジネスリーダーに会いに行く!」。第15回目は、グロービス経営大学院研究科長の君島朋子様です。MBAと言えば、エリートの学校のイメージが強いですが、君島さんによれば、事業承継のために学び直しに来られる中小企業の後継者も結構いるそうです。印象的だったのは、ベンチャー投資先の成長過程も教材になっていることです。学長の堀義人さんが代表を務めるベンチャーファンドがスタートアップなどに投資していますが、投資先企業を大きくしていく過程での新しい知が、授業の素材になっているのです。まさに「生きた教材」づくりまで行っていました。