2024年から変わった生前贈与の仕組み
どう使えばいいのかは、家族ごとに違う【後編】
CEO 杉山信也氏、理事 長坂京氏、相続担当 小林弘展氏
- 公開日:
- 2024/04/24
前編は【こちら】
相続時精算課税で資産を早めに譲る
――生前贈与に当たっては、2つの制度を使い分ける視点を持つことが大事だ、ということがわかりました。
小林「相続時精算課税はこんな使い方もできますよ」という観点から、もう1つ事例をお話ししてみましょう。相談に来られたのはお母さんと息子さん。お母さんはマンションに一人暮らしだったのですが、その不動産を息子さんに相続時精算課税を使って贈与したいので手続きしてほしい、というご依頼でした。
――自宅を生前贈与するということですか。
小林相続になる前に、確実に財産を息子さんに移しておきたい事情があったんですよ。息子さんには妹がいたのですが、この方がいわゆる「金食い虫」で、細々と商店を営んでいた亡くなったお父さんからも、お母さんからも、お金の無心を重ねていた。結果的に、お母さんの預金は、子どもに多く譲れるほど残ってはいませんでした。自宅マンションは、家族に残った“虎の子”の資産だったわけです。
このまま相続になれば、その分け方をめぐって、兄妹の話し合いということになります。「あなたは、親にさんざんお金をせびっていたでしょう」という兄の言葉を、妹さんが素直に受け入れる保証はありません。そこで、兄が「マンションだけは自分がもらいたい」と直訴し、母親もそれに同意して息子への生前贈与を決めた、というのが事のいきさつです。
長坂相続で遺産分割協議ということになると、息子さんがマンションをもらうためには、妹さんのハンコが必要になります。でも、贈与であれば、当事者の2人が契約すればOK。そこも贈与のメリットなんですね。
原則論をいえば、特定の相続人のみが多額の生前贈与を受けていたようなときには、相続の際に「特別受益」として相続財産に戻したうえで、あらためて遺産分割協議を行うことになります。そうなると、妹さんの遺留分(※)が問題になるかもしれません。
※遺留分:民法で認められた、法定相続人が最低限受け取れる遺産の分割割合。
――息子さんだけがマンションの贈与を受け、相続になったら妹さんにはほとんど財産が渡らない、というのでは不公平になってしまう。
長坂ただ、この事例では、妹さんもご両親からお金を受け取っていたわけで、その金額にもよると思いますが。
小林先々、そうした問題が起こる可能性はありつつも、なにより1日も早く財産を手元に移して「保全」したいという気持ちが、特に息子さんには強かったですね。
ちなみに、お母さんが遺言書を書いて、相続で息子さんにマンションを渡すことももちろんできます。ただし、その場合は、妹さんに遺留分を請求される可能性が、さらに高まるかもしれません。
――このケースでは、財産を速やかに移動させるうえで、相続時精算課税が有効だったわけですね。
小林マンションの評価額は2,500万円を下回っていましたから、贈与税ゼロで息子さんに渡すことが可能でした。相続の際にも、お母さんの遺産は相続税の基礎控除額(※)の範囲内にとどまり、相続税は申告不要であることがわかっていました。税金のことを考えても、相続時精算課税の仕組みがぴったりはまった事例といえます。
まあ、うまくいったといっても、お母さんと息子さんにとっての話で、マンションが兄に贈与されていたことを知った妹さんがどんな感情を抱き、遺留分の件も含めてどんな行動を取るのかまでは、我々にもわからないのですが。
※相続税の基礎控除額:3,000万円+600万円×法定相続人の数。相続税は、遺産総額からこれを差し引いた金額に課税される。
相続に向けたプランニングが重要になる
杉山相続になって家族間の感情が露わになったりする、という話はよくあるのですが、今の例のように、生前贈与にもそうしたものが反映されることがあるわけです。私が手掛けたものでも、こんな案件がありました。
贈与者であるお父さんには、それぞれ子どもを持つ息子と娘がいたのですが、息子さんはすでに亡くなっていました。現状で相続になった場合には、相続人は妻と娘、そして息子の子どもが代襲相続、というパターンです。それだけでもちょっと複雑なのですが、問題はお父さんと亡くなった息子の嫁との関係が、芳しくなかったことでした。
――息子さんの配偶者は、相続人ではありませんから、直接お父さんの財産が渡ったりはしませんよね。
杉山長男の子、お父さんから見て孫が、まだ幼い未成年でした。孫に財産をやるのはいいけれど、自分と仲の悪い母親がそれを監督する立場にある。大丈夫だろうか、と。
――なるほど。その感情はわかるような気がします(笑)。
杉山お父さんは、不動産の収益物件をいくつか持っていましたが、それは「長男の嫁サイド」には、渡したくない。そこで、まずはそれらの不動産を、相続時精算課税を使って娘さんに贈与することにしました。こうしておけば、相続のときに税金の支払いは必要になっても、不動産の分割をめぐって相続人の争いになるようなことは避けられます。
さらに、ここでポイントになるのが、2019年に施行された改正相続法で、遺留分の侵害は「相続開始前10年以内の贈与」に限定された、ということです。贈与してから10年経てば、その財産について、他の相続人が遺留分を請求することはできなくなるのです。
――さきほどの特別受益のお話ですね。
杉山ひとことでいえば、相続時精算課税を利用して、課税を先送りにしながら早く財産を渡すことで、それを遺留分から除外するわけです。このお父さんはまだ60代で、相続まである程度時間があると思われましたから、お勧めしたテクニックです。そうやって不動産の行き先を定めたうえで、代襲相続の孫には、「これだけの現金を譲る」という内容の遺言書を残すことにしました。
このように、自分の財産を誰にどのように分けたいのか、というプランニングがはっきりしている方には、相続時精算課税はより有益で使いやすい制度だと思います。
大事になる家族関係
――制度の活用方法などを事例も含めて説明いただきましたが、あらためて生前贈与を円滑に進めるポイント、注意点を教えていただけますか。
杉山注意点としては、歴年贈与の持ち戻し分のチェックは我々にとっても大変だ、という話をしましたが、何よりそういうところを税務署につつかれたりしないことが大事です。例えば、通帳には、その都度「誰々への贈与」と記入しておく、とか。細かなことですが、そういう行動で間違いが防げますから。
小林通帳といえば、いまだに「名義預金」がけっこう多いのには驚きます。勝手に子どもや孫の名義の通帳を作っていて、そこにお金を積んでいる。
杉山今は他人名義の通帳の作成は難しいのですが、少し前までは、それができましたからね。相続になって調べてみたら、タンスの奥から子どもも知らない「自分の通帳」が出てきたり(笑)。
名義預金は、そもそも贈与とは認められません。そのまま相続財産に加算され、隠したりすると、申告漏れによるペナルティーが課せられる可能性があります。
――名義預金に関しては、税務署も特に目を光らせていると聞きます。
杉山「問題ない」と誤解している方も多いので、お客さまには「もしそういうものがあるのなら、子どもにきちんと話をして、今のうちに渡しておいてください」とアドバイスします。そういうことをきっかけに、贈与の話が始まることもあるんですよ。
長坂やはり、家族でしっかり話し合うというのは大事です。
杉山贈与とか相続対策のそもそもの肝は、税金や制度の前に、実は家族関係なんですね。特に財産を譲る側の考え方が重要だと思います。
例えば、節税できることはわかっているのに、子どもへの贈与をためらう方もたくさんいます。理由を聞いてみると、「渡したら散財してしまうのではないか」「生活が乱れたら困る」とおっしゃるわけです。年に100万円の贈与であっても、そういうことを心配されている。
――その気持ちもわかります。そういう方には、どんなお話をするのですか?
杉山これもケースバイケースですが、「子どもさんを信じて任せるしかないのでは」とアドバイスすることもあります。前提として必要なのは、やはり親子の話し合いで、「納税資金に取っておいてほしい」「先祖から引き継がれてきた財産だから」といった気持ちを、きちんと伝えることが大事なのではないでしょうか。
親の気持ちを伝えるという点では、遺言書も有効です。遺言書の付言事項には、家族への最後のメッセージを残すことができます。どうしてこのように遺産を分けたのか、といった思いを書いておけば、受け取ったほうの理解も得られやすいはずです。
同時に、遺言書を書くことによって、自分がどんな財産を持っているのかをあらためて整理できるのも、メリットです。そこから、「これは生前贈与しておこう」「相続時精算課税を活用しよう」といった選択肢も明確にできますから。
――事例も含めて、参考になるお話をありがとうございました。最後に、貴社の今後の目標をお聞かせください。
杉山当社は、「世の中からお金に関する不安と面倒をなくす」というミッションを掲げています。それを実現していくためにも、社員の規模でいうと100名規模へのステップアップが必要だと考えています。
長坂付け加えておけば、来ていただければお分かりになると思いますが、当事務所には柔らかく、フランクな感じで話ができるメンバーが揃っています。私も含めて相続に対応できる女性メンバーも3人いますから、気軽に相談していただければと思います。
――貴社の成長を期待しています。本日はありがとうございました。
注:記載の「事例」に関しては、情報保護の観点により、お話の内容を一般化したり、シチュエーションなどを一部改変したりしている場合があります。
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