中小医療機関にも求められる「経営」の視点
事業承継も見据えた運営を考える【前編】
- 公開日:
- 2024/05/01
クリニックや中小の医療法人では、本業に全力を注ぐなか、ともすれば日常の経理業務の遂行なども含めた経営の観点が疎かになりやすい傾向がある。当然、それは将来のリスクを生む原因ともなるだろう。東京・練馬区を中心に、医療機関のサポートに力を入れる松村洋佑税理士事務所の松村洋佑代表(税理士)は、顧客へのクラウド会計導入を推進したうえで、顧客のさまざまなニーズに対応している。経営者が気になる事業承継の現状や課題などと併せて、お話しいただいた。
記事では、「前編」で医療機関の「経理まわり」の問題点や解決策、「後編」で事業承継の課題などについてまとめた。
経験を生かし医療機関をサポート
――最初に事務所の概要からおうかがいします。まだ「若い」事務所ですね。
松村(敬称略)2つの税理士法人での勤務を経験して、独立したのが2年前なんですよ。現在は社員3名と、提携している税理士がいます。
顧問先は70件ぐらいで、メインは個人のクリニックや医療法人という医療系です。次に多いのはIT系でしょうか。以前勤めていた法人では、いずれも医療機関のお客さまのサポートに携わってきましたから、開業に当たっては、その経験も生かしたいという気持ちがありました。
医療系のお客さまに関しては、徐々に法人が増えてきて、現在はクリニックと半々といったところです。今も内科医院の法人化のお手伝いをしているのですが、そのあたりをカバーできる税理士は、わりと少ないと思います。
――普通の個人事業の法人化と、どのあたりが違うのでしょう?
松村株式会社ならば、法務局に設立登記の申請書を提出して終わりなのですが、医療法人はそうはいきません。まず設立登記の前に都道府県、保健所の認可が必要です。認可の書類を提出してからのやり取りも大変で、例えば引き継ぐ借入金は何のために借りたものなのかとか、テナントが長期で貸すという覚書を書いてくれるかだとか、細かなところまでチェックされるのです。そういうところで齟齬があると、一定期間保険診療ができなくなったりして、医療機関にとっては死活問題になる可能性もあります。
そこはけっこうデリケートで、絶対にミスが許されないわけです。税理士にある程度の経験値がないと、担当するのは難しい業種だとは思います。
現金の扱いに残る「昔のやり方」
――わかりました。今回は、そんな先生に、税理士から見た医療機関の経営課題などについてお聞きしていきたいと思います。先生は、お客さまに対してクラウド会計を勧めているとうかがいました。「普及率」はどのくらいなのですか?
松村お客さまにご協力いただいて、95%くらいは、インターネットバンキングやクレジットカード決済を連携させたクラウド会計システムを利用していただいています。自計化の割合が、そのうち4分の1くらいでしょうか。
――それは、かなりIT化が進んでいる印象です。
松村そうですね。お客さまに30代、40代の若い方が比較的多い、ということもあるとは思います。ただ、かつて法人で勤務していたときの経験も含めていうと、経理、会計に関して、かなりルーズな面の残る業界だという感じはします。
――そうですか。具体的には、どのようなところにそれを感じますか?
松村例えば、現金の扱いです。保険診療に関しては、患者さんの窓口負担以外の7割くらいは口座に振り込まれますから、まあいいのです。問題は近年増えている自由診療の「自費」です。クレジット決済でなければ、窓口で現金が支払われるわけですが、その分が“どんぶり勘定”になっていることが、少なくないんですよ。
よくあるのが、確定申告の際に、すごく利益が出ていて、当然納税額も大きくなっている申告書を先生にお見せすると、「こんなに儲けたはずがない」と言うパターン。何百万円単位の現金の行き先が、ご自分でわからなくなっているのです。
――実際には、どこに「消えて」いるのでしょう?
松村先生のポケット、というケースがほとんどです(笑)。現金をいったん銀行口座に入金するという習慣がなくて、自分の金庫に入れて財布代わりのようにしていたりする。そのようにして「使途不明金」がどんどん増えてしまうのです。せめて、従業員に出納帳のようなものにお金の出し入れを記入するように頼むとか、してくれればいいのですが。
――それもなさらないのですか。
松村他の業界と比べても、中小医療機関の現金の管理がかなり「おおらか」であることは確かです。多くの場合、ご本人に悪気はなくて、「昔からこうだった」という感覚なんですね。でも、そういう状況だと、例えば窓口にいる従業員にお金を抜かれ」ても、気づかないことがあります。この仕事を始めてまだ10年ちょっとですが、そんなケースを何件も見ました。
――ちょっと驚きですが、税務署の対応はどうなのですか?
松村そうした事業者は、当然税務署から目を付けられやすくなります。以前、税務調査があったクリニックが、ちょうどそんな感じでしたね。レジシステムの数字を見ると、月に数百万円の現金収入があるはずなのですが、クリニックには残っていないわけです。使途不明金がそこまで多いと、税務署に「そのシステム自体、正しいのか?」と疑われることにもなります。
結局、調査にはかなりの時間がかかったのですが、現金の行方はわからずじまい。最後は、「レジの売上は信じましょう」ということで、追徴課税を1,000万円以上支払って、終わりました。
もちろん、みんながずさんな現金管理をしているわけではありません。偶然にも同時期にあった税務調査で、申告にまったく問題がなく是認された例もありました。現金はきちんと銀行口座に預け入れがされていたので、税務署も売上はスルーして、経費のチェックのみ。結果的に追徴なども一切なしでした。
――非常に対照的ですね。でも、経営者がお金の行き先を把握していないというのは、税金の問題もさることながら、事業の将来などを考えると、かなり危ういと感じます。
松村そうですね。仮に今はよかったとしても、この先経営環境がどう変化するかもわからないですから。
「クラウド化」で可能になること
――先生の事務所の現状に話を戻すと、お客さまは大半がクラウド会計を導入しているということですが、そのメリットはどういうところにありますか?
松村私たち税理士事務所側のメリットからお話しさせていただくと、クラウドシステムに口座もクレジットカードも給与も経費精算も、諸々つなげていただくことで、単純に入力などに要する作業量が大幅に減ります。システムに乗っけてしまえば、こうした作業は属人化せず、誰にもできて、残高も必ず合うようになるのも、このシステムが優れているところです。
我々としては、そこに費やしていた時間やエネルギーを、お客さまに有益な資料作りとか、会計に関するアドバイスとかに回すことができます。月次売上などの推移表をエクセルで出力することも可能ですから、例えば実績をベースにヒアリングしながら年間の売上を予測し、賞与をいつこれくらい出そう、といった計画も立てやすくなるわけです。
――顧客にとっても、事務の省力化のメリットがありそうです。
松村そうですね。申告のために提出する資料はだいぶ減るのではないでしょうか。
同時に、重要なのは、お客さまの方からもログインして、自らの経営実態をリアルタイムで知ることができる点です。数字を見ながら、例えば今月売上が減った原因を分析して、経営に役立てている先生もいます。
とはいえ、日常的に数字をチェックしているような方は、まだそう多くはないんですよ。そのあたりの意義をどうアピールしていくのかは、1つの課題だと思っています。
同時に、さきほどお話しした現金の扱いについては、クラウド会計にしたからといって自動的に解決する問題ではありません。窓口で受け取った現金をシステムにつなげてもらえなければ、自由診療のウエートが高い場合などには、やはり実際の売上との乖離が生まれてしまいます。
――IT化が進んでも、そこはお客さまの対応次第ということですね。
松村そうなのです。ですから、「現金の管理はきちんとやりましょう」「いったん口座に入金してください」という、ある意味“ベタ”な決まりごとは、税理士の責務としてお願いし続けるしかないと思っています。
「後編」では、医療機関でもこれから増加が予想される事業承継の問題について、さらにお話をうかがいます。
後編は【こちら】
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