親は「リア王」になってはいけない
“公平な相続”のために考えるべきこと【前編】
- 公開日:
- 2024/06/12
土地や建物をはじめとする資産を多く所有する人の相続では、どんな相続税対策を実行するかによって、納める税金の額に大きな差が出る。同時に、そもそもそれらをどのように分けるのかにも、細心の注意が必要だ。「不公平」な分割を行うと、相続人同士の揉め事になったり、高額の相続税の支払いに困ったりする事態になりかねないからだ。今回は、富裕層の相続に40年近い経験を持つ下川・木地税理士法人の下川芳史代表社員(公認会計士、税理士)に、「あるべき相続」について事例を交えて話を聞いた。
インタビューでは、「前編」で相続税対策の実例について、「後編」では揉めないための方策を中心にうかがった。
相続税が最高税率75%だった時代がある
――最初に、事務所の概要を教えてください。
下川(敬称略)当事務所は、東京・中央区を地盤に約40年の歴史があり、今は税理士2名、スタッフを合わせて12名という体制です。顧問先としては、基本的に個人事業の顧客は扱わずに法人専門でやってきました。現在のお客さまは、二百数十件になります。
相続については、相続税対策や申告と納税だけでなく、納税資金調達のための不動産売却手続きなども含めて、トータルにサポートしています。税理士法人とは別に、築地・日本橋相続サポートセンターという相続専門の会社をつくっていて、私が代表取締役をやっているんですよ。
――今回は、そんな先生に、相続税対策やトラブルにならないためのポイントなどについて、うかがっていきたいと思います。相続に長く携わっていらっしゃるだけに、いろいろな事例をご存知だと思います。印象に残る事例をいくつか紹介していただけますか。
下川わかりました。父親も税理士だったので、私は「昔の相続」の大変さもよく知っています。かつての富裕層の方は、不動産のほかに会社をいくつも持っていても、本人以外誰も全容を知らない、なんていうことが普通でした。それで、みんなが大変な思いをした。
さらに言えば、現在、相続税の最高税率は55%ですが、昭和の終わりごろまで75%だった時代があります。先祖代々の土地を守るために何をしたかといえば、東京だったら、とにかく持っている土地に貸家をたくさん建てて貸し、集めた賃料には手を付けないで貯めておく。亡くなった時に、相続人の納税資金にするためです。
――涙ぐましい努力ですね。
下川そうでもしないと、資産が守れなかったのです。今親の世代になっている人の中には、自分の親や祖父などのそうした苦労を目の当たりにして、早いうちから相続税対策を実行する人も、けっこういらっしゃいます。
「親子で海外移住」という選択
――例えば、どんな対策を行っているのでしょうか?
下川最近お客様になった方で、数年前に子どもを連れてマレーシアに移住した人がいます。かなり思い切った選択ですが、この方には、とにかく自分の親がしているような相続の苦労を子どもには味わわせたくない、という強い気持ちがありました。
順を追って説明しましょう。この方のお父様は、現在都内でマンション暮らしをしていて、土地を含めた資産が40億円ほどあります。この資産の相続に関しても、当然さまざまな税金対策を行っている最中なのですが、この方のお父様は、既に数十億円の納税資金を用意しています。
――お客様は、相応の相続税の支払いを覚悟している。
下川そういうことです。しかし、今も言ったように、自分の子どもが相続するときには、そういう心配をしなくていいように、ということが目的の海外移住なんですよ。
日本の税法では、被相続人(亡くなった人)と相続人がともに海外に居住して10年経過している場合には、海外にある資産には日本の税制が適用されないことになっています。一方、マレーシアにはそもそも相続税という税金自体がありません。移住して10年経って相続になれば、子どもは無税で資産を受け継ぐことができるわけです。海外にいる子どもと孫には今後相続税はかからないようになります。
――日本を離れる決断をするほどに、相続税の負担が重くのしかかっているわけですね。
下川「マレーシアには相続税がない」といいましたが、逆に相続税があるのは、欧米や日本など世界で四十数か国です。今、マレーシアなどには、そういう国から移住してくる富裕層が増えているんですね。それで、けっこう平和で豊かな暮らしを満喫している。日本から移住する人も、これから多くなるのではないでしょうか。
ちなみに、この方の子どもは今小学生ですが、現地のインターナショナルスクールで学んでいます。親の相続が終わった後もマレーシアに永住すれば、子々孫々、相続税ゼロで財産を増やしていくことができるはずです。もし日本に帰りたければ、それもいい、と。家族はそういうスタンスだそうです。
マンションの2つの部屋の一体性を確保
下川相続税軽減のために、おそらく前例のない手段を講じたことがありました。相続対策の“切り札”ともいわれるものに「小規模宅地等の特例」があります。被相続人と同居していた、などの要件を満たせば、自宅の土地の評価額を8割減額できる制度です。その適用を確実に受けるのが目的でした。
――どんな方法なのですか?
下川自分所有のマンションの1室に住んでいたお母さんが亡くなって、相続になったんですね。もともとは、すでに亡くなった旦那さんが1棟丸ごと持っていたのですが、徐々に分譲し、複数の部屋をお母さんが譲り受けている、という状態でした。
その隣室には、相続の10年ほど前から長男が住み、母親の介護をしていました。しかし、部屋は別々ですから、母親の介護も十分に出来ず、そのままでは、特例の要件である「同居」とは認められない可能性が高かった。そこで、隣室との間の仕切りを取り壊して一つの居住用空間を作り、内部で自由に行き来ができるようにしました。
――確かにそれならば、同居性が確保されますね。しかも、母親を介護している実態がある。
下川その通りです。前例はないけれど、実態に合わせて、一体としての同居生活ができますので、それ以外の用途には使えなくなります。よくある家の介護用の改築と同じイメージです。
付け加えると、相続人は長男の他に兄弟が3人いて、マンション1階にある店舗は、4人の共有名義になっていました。相続時には売却して、相続税の納税資金にするためです。財産はほとんど不動産で、現金が少なかったために、お母さんはそこまで考えていたんですね。
私は宅地建物取引士の資格を持っているので、その売却も請け負いました。税理士がこうした不動産を含む相続をやる場合には、そこまでフォローすべき、というのが私の考えです。「申告して終わり」では、お客さまに迷惑がかかりますから。
遺言書の中身が「逆転」した
――相続に揉めごとはつきものだといいます。先生も経験したことがおありだと思うのですが。
下川遺言の内容があまりにも偏っていたために、揉めたことがありました。東京の都心にビルを持っている、やはり数十億円の資産を持つお客さまが大病を患い、いよいよ先が長くないと思われたのか、病床に私を呼んで遺言書を手渡すわけです。A4の用紙に、手書きでびっしりと不動産などの財産がリストアップされていて、「これを全て長男に譲りたい」と。
その方には次男もいたのですが、そちらの取り分はほとんどなし。法定相続人に認められる遺留分(※)の権利を侵害しているのは、明らかでした。
※遺留分 民法で認められた、法定相続人が最低限受け取れる遺産の分割割合。このケースでは、次男の遺留分は、法定相続分である1/2の半分の1/4となる。
――よほど長男がかわいかったのでしょうか。
下川どんな気持ちだったとしても、そうした内容で相続がまとまることは稀です。案の定、次男は「こんな遺言は認められない」と主張しました。で、どうなったかというと、結局次男が遺留分どころか、法定相続分を超える財産を受け取ることでまとまりました。相続人全員の合意があれば、遺言書とは異なる分割は可能ですから。
――それにしても、どうしてそんな結果に?
下川1つの原因は、銀行の関与です。実は、お父さんには、いくばくかの債務がありました。そのような場合、債権者である銀行が、相続に「口出し」してくることが少なくありません。彼らは、できれば債務を分割したりせずに、相続人の誰かにきちっと清算してもらいたいわけです。
そういうプレッシャーも受けた長男が、早めに折り合いをつけるために、大幅に譲歩したんですよ。しっかりした定職に就いていて、特に生活に困っていなかったために、親の財産にあまり執着していなかった、ということもあったと思います。
申告が終わった後、長男の方に、「よく承諾されましたね」と話をしたのです。「こうするのが一番よかった」というのが、答えでした。
――世の中には、いろんな相続があるのですね。
「後編」では、引き続き相続で争いを生まないためのポイントなどについて、お話をうかがいます。
注:記載の「事例」に関しては、情報保護の観点により、お話の内容を一般化したり、シチュエーションなどを一部改変したりしている場合があります。
後編は【こちら】
URL:https://shimokawa-kiji-and-co.jp/