長年築き上げてきた事業を息子に譲りたい――。しかし、そこには大きな“壁”がありました。安定的な経営に不可欠の自社株を後継者に譲るためには、多くの場合、多額の贈与税や相続税の支払いが必要になるのです。そうした問題を緩和し、事業がよりスムーズに引き継げるようにするため、今年、いわゆる「事業承継税制」の抜本的な拡充が行われました。従来の制度に比べて格段に「使える」ようになったといわれるこの税制はどういうものなのか、ベイヒルズ税理士法人の岡春庭先生に解説していただきました。
バツグンに使いやすくなった
「事業承継税制」という“強い味方”を活用しよう
2018/7/10
事業承継のネックになる自社株
先生の事務所では、事業承継の案件を数多く扱っていらっしゃいます。
リタイアを控えた中小企業の経営者にとって、事業を誰にどのようにして譲るのかというのは、重大、切実な問題です。できれば子どもに引き継いで欲しい、というのが本音だと思いますが、たとえ後継者にその能力ややる気があったとしても、「明日から頼む」と、ポンとバトンを渡せるものではないんですね。そこには、経験ある専門家のフォローも必要になります。
どこに気をつける必要があるのでしょうか?
特に問題になるのが、自社株です。次期社長が安定的に経営を担っていくためには、できるだけ多くの、できればすべての株を持ってもらわなくてはなりません。しかし、そのためには、生前贈与すれば贈与税、相続で譲ったら相続税がかかってきます。株価によっては、それらの税金が大きく膨らみ、結果的に事業承継を諦めざるを得ない、といった事態も起こり得るわけですね。
ちなみに、非上場企業の株式は、市場で売り買いされるわけではないので、「値決め」をすることになります。その方法には、ごく簡単に言うと、①事業内容の類似する上場会社の株価に比準して評価する「類似業種比準価額方式」、②その会社の純資産額をベースにする「純資産価額方式」、③配当額に準ずる「配当還元方式」――の3つがあって、できるだけ株価を抑えられるよう、工夫していくことになります。
ちなみに、非上場企業の株式は、市場で売り買いされるわけではないので、「値決め」をすることになります。その方法には、ごく簡単に言うと、①事業内容の類似する上場会社の株価に比準して評価する「類似業種比準価額方式」、②その会社の純資産額をベースにする「純資産価額方式」、③配当額に準ずる「配当還元方式」――の3つがあって、できるだけ株価を抑えられるよう、工夫していくことになります。
けっこう長い時間をかけて準備していく必要があるんですね。
それができればまだいいのですが、お父さんが急に亡くなってしまうようなことだってあるでしょう。いずれにしても、この問題で中小企業の事業承継がスムーズにいかず、最悪、利益を上げているのに廃業を余儀なくされるような状況は、日本経済にとって大きなマイナスです。
日本経済の底辺を支えているのは、数多くの中小企業ですから。
そこで政府の打ち出したのが、いわゆる「特例事業承継税制」なんですね。2018年の税制改正では、要件を満たせば、自社株の引き継ぎにかかる納税が100%猶予される10年間の特例措置が盛り込まれました。
自社株の贈与税、相続税が100%納税猶予される
実は、制度自体ができたのは、2008年なんですよ。中小企業の後継者が、先代経営者から自社株式を贈与、ないし相続した場合には、株式数の3分の2まで、贈与は100%、相続の場合は80%の納税を猶予する――という仕組みでした。ところが、利用者は年間200件にも満たない状況が続いたんですね。
何もない状況に比べれば、画期的な制度ができた感じもするのですが、利用者が伸び悩んだのは、なぜですか?
利用のための要件が厳しく、「使いたくても使えない」実態があったからです。最もネックになったのは、「相続から5年間毎年、雇用の8割以上を維持」するという条件です。
景気の変動などもあるでしょうし、中小企業の実情に照らすと、けっこうハードルが高いですよね。
そこで15年からは、今の要件を「5年間毎年」から「5年間の平均」に緩和したんですよ。でも、「もしその要件が未達の場合は、猶予されていた税金を全額納付」というのでは、やはり利用を躊躇する人が多く、困っている会社がこぞって使える制度からはほど遠いものでした。そうした状況を踏まえて実行されたのが、今回の抜本的な制度の拡充なのです。
主な改正点を教えてください。
まず、さきほど述べた、旧制度で「3分の2まで」とされていた、納税猶予の対象になる株式数の上限が撤廃されました。さらに相続税については、「80%」だった猶予割合も100%に引き上げられたんですね。従来は3分の2×80%=53%だった相続税の猶予割合が、一気に100%になったわけです。要するに、事業承継時の贈与税、相続税の現金負担はゼロになりました。
同時に、今お話しした5年間の雇用要件も、実質的に撤廃されました。理由の説明などは必要ですが、「平均8割」が維持できなくても、それで猶予が打ち切られることは、基本的にありません。
同時に、今お話しした5年間の雇用要件も、実質的に撤廃されました。理由の説明などは必要ですが、「平均8割」が維持できなくても、それで猶予が打ち切られることは、基本的にありません。
利用者にとっては、適用が受けやすくなり、そのメリットも拡大したわけですね。
その通りです。また、この税制が適用されるのは、従来は「1人の先代経営者から1人の後継者に、株の贈与、相続が行われる場合のみ」とされていたんですよ。父親から長男へ、といったケースだけに認められたわけです。しかし、改正後は複数の人間、例えば株を持つ同族関係者、配偶者、第3者などから、最大3人の後継者への贈与にも適用されることになりました。
親族などが分散して株を持っていることは、珍しくありません。より中小企業の実態に合致した手立てが講じられた感じがします。
今までの制度に比べれば、文字通りの抜本改正だと言っていいでしょう。
付言すれば、すでに今年度の公募は締め切られましたけれど、今年は「事業承継補助金」も新設されたんですよ。事業承継をきっかけとした経営革新や事業転換に対し、上限200万円を補助するというもので、事業所の廃止や既存事業の廃止・集約を伴う場合には、廃業費用として最大300万円が、それに上乗せになります。
付言すれば、すでに今年度の公募は締め切られましたけれど、今年は「事業承継補助金」も新設されたんですよ。事業承継をきっかけとした経営革新や事業転換に対し、上限200万円を補助するというもので、事業所の廃止や既存事業の廃止・集約を伴う場合には、廃業費用として最大300万円が、それに上乗せになります。
中小企業の事業承継に関して、現実的な制度がようやく整いつつあるようですね。今度は、それらを上手に使いこなしていくことができるかどうかが、問われることになりそうです。
制度を使い、専門家を使って、「第2創業」を成功させる
ところで、今お話しの新制度については、現場の社長さんたちはすでに十分理解なさっているのでしょうか?
いや、まだ知らない方が多いと思います。社長さんどころか、顧問の税理士でも、正確に理解している方は少ないのではないでしょうか。
そうなんですか。それでは、「宝の持ち腐れ」になってしまうかもしれません。
適用のハードルが大幅に下がったとはいえ、例えば、①2018年4月1日から23年3月31日までの5年間に「特例承継計画」を提出すること、②18年1月1日から27年12月31日までに贈与、相続により自社株式を取得すること――という要件を満たさなければ、特例を受けることができないんですね。そうしたことも含めて、「わかっている」専門家のアドバイスを受けることが大事になると思います。
事業承継の経験を積んだプロでないと、なかなか難しい面があるように感じます。
自社株問題で頭を抱えている会社は、積極的に特例税制や補助金の適用にチャレンジし、利用すべきでしょう。せっかく国を挙げて支援しましょうと言っているのですから、それに乗らない手はありません。そういうお手伝いを通じて、中小企業の事業承継という大問題に貢献していくのは、我々の社会的な使命だと認識しています。
同時に、個人的な考えを言わせていただければ、制度の拡充は、あくまでも「入口」なんですね。大切なのは、それを活用して会社をどうしていくのかということだと思うのです。
同時に、個人的な考えを言わせていただければ、制度の拡充は、あくまでも「入口」なんですね。大切なのは、それを活用して会社をどうしていくのかということだと思うのです。
納税猶予にほっとするだけではなくて、その先を見るべきだというわけですね。
事業承継は、企業にとっては、ある意味で「第2創業」ですよね。それを機に、あらためて将来を見据えたビジョンを固め、事業計画を具体化する。そうした経営革新に、我々専門家をどんどん使って欲しいんですよ。
- 税理士・税理士事務所紹介のビスカス
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