記憶もメモも証拠になる!
~不動産譲渡所得が生む「悲劇」・その3~

記憶もメモも証拠になる!  ~不動産譲渡所得が生む「悲劇」・その3~

2019/2/15

 
  • Facebookでシェア
  • Twitterでシェア
  • LINEでシェア

不動産を売ったので、譲渡所得を確定申告したい。ところが、その不動産を自分たちがいくらで買ったのか、証明となる売買契約書を失くしてしまった。もう高額な税金に目をつぶって、概算取得費で申告するしかないのか――。「そんなことはありません」と、不動産の税金に詳しい三園明先生(三園明税理士事務所)は言います。今回は、「悲劇のストーリー」を免れる術を語っていただきましょう。

まずは記憶に基づいて申告する

前回、売った不動産の売買契約書や領収書などが残っていなくても、実額法で申告することが可能だ、というお話がありました。どのようにするのか、具体的に教えてください。
前回のAさんが、同じように申告期限5日前に、私の事務所にいらしたとします。彼には「6000万円で買った」という記憶がありましたよね? 私は、とりあえずそれをベースに、実額法で申告を行います。
税務署も、「証明できる書類などが揃っていなければ、概算取得費の申告しか受け付けない」という杓子定規なことは言わないのですね。
はい。前回も言ったように、譲渡所得の申告は実額法が原則で、概算取得費はあくまでも任意のやり方ですから。でも、国税庁のホームページには、そういうふうには書かれていません。税務署の窓口で、そう指導されることもないでしょう(笑)。だから、多くの人が「契約書を失くしたら概算取得費で申告するしかない」と思い込んでしまう。
そこが「悲劇」の入り口になるわけですね。
そういうことです。で、Aさんのケースですが、一応、その記憶の金額に特殊事情はなかったのかなどについては、うかがいます。例えば、何らかの事情で買い急ぐ必要があって、売り主から「吹っ掛けられた」値段になってはいないか、とか。契約書などがあれば、吹っ掛けられていようが問題はないのですが、購入価格を推計計算で出す場合には、そうした当事者間の事情は省いた、客観的な「正常価格」にする必要があるのです。
 加えて、結果的に税務署から修正申告を求められて、追徴課税(※)の発生する可能性のあることも説明して、了解していただきます。
あくまで推計で取得費を決めるのだから、そういう可能性も否定できないでしょう。でも、仮に追徴されても、初めから概算取得費で申告するのに比べたら、傷は浅いですよね。
そうやって急ぎ申告を済ませた後、申告した取得費推計の根拠の作成を行います。

間接証拠を探し、不動産時価の変動率を推計し……

どのようなものが根拠になりうるのですか?
まずは、信ぴょう性が高いとされている間接証拠、要するに不動産の売買価格を補完できるような資料を探します。
 具体的には、売買時の預金通帳や振り込みの控え、借り入れの資料、住宅借入金特別控除の申告書。意外かもしれませんが、当時の日記や手帳のメモ、不動産会社のパンフレットなども「証拠採用」できる可能性があるんですよ。
なるほど。「売価はいくら」と載っているから。
そういう間接証拠が見当たらなくても、諦める必要はありません。不動産価格の変動率から計算するやり方があるのです。譲渡時の時価と購入時の時価、例えば路線価の変動率を求め、それを実際の譲渡額に掛けることで、購入額を推計するんですね。変動率の計算には、路線価のほか市街地価格指数、公示価格や基準地価などが使えます。
その数字には、かなり説得力がありそうです。
そのほか買った時の不動産会社に行って取引台帳が残っていないか調べる、融資を受けた銀行に稟議書が残っていないか調べる、さらには法務局で閉鎖謄本という公開の対象から外された古い謄本を取ることもあります。借り入れをした時に抵当権の設定登記をしていれば、その金額がわかりますから。銀行の抵当権の設定率は70~80%なので、それで割り戻せば、不動産の価格がわかるというわけです。
 買ったほうに記録がなくても、売ったほうにあるかもしれませんから、以前の所有者を直接訪ねることもあるんですよ。
状況証拠を積み重ねて裏を取る、刑事みたいな仕事ですね(笑)。
一度、こんな事例がありました。土地を購入したのは、すでに亡くなったお父さん。物件は、高度成長時代に郊外の山林を切り開いて造成予定中の大規模な宅地見込地の一角でした。
 さきほど説明した間接証拠は、一切ありません。購入時は市街化調整区域の山林のため、市街地地価指数は使えない、そんな場所だから路線価はなし、公示価格制度の実施前だったためそれも使えない。さらには、宅地を造成した業者も現存しない、という状況でした。
まさにないない尽くし。
そんな状況の中、唯一残されていたものがありました。お父さんが書いた土地の坪単価を記したメモです。さきほども言いましたけど、取引時のメモというのは、我々が想像する以上に信ぴょう性が高いのです。
ふつうはそうは思いませんよね。ねつ造を疑われそうで。
私もそれだけでは心配なので、いろいろと調べてみました。すると、申告期限直前になって、今はなきその宅地開発業者のことが国会で取り上げられていた事実を知ったのです。当時、いわゆる原野商法が社会問題になっていたんですね。
 その業者は関わっていなかったようなのですが、まさに問題の土地の価格が国会で議論され、議事録にバッチリ残っていた。お父さんのメモの金額と、大きな乖離はありませんでした。
それは動かぬ証拠です。でも、そこまで執念を持って証拠集めをしてくれる先生でなかったら、どうなっていたかわかりません。
不動産の譲渡所得、特に取得費が「不明」のケースの申告には、それなりの知識やノウハウが必要なのは確かです。
税務署の言いなりにならないためにも、申告期限が迫っていると焦らずに、この分野の専門家に相談してみることをお勧めしたいですね。

※追徴課税
申告漏れや脱税の目的で、本来支払うべき税金よりも納税した金額が少なかった場合に、追加で税金を支払うこと。加算税(過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税、重加算税)と延滞税がある。

  • Facebookでシェア
  • Twitterでシェア
  • LINEでシェア
全国の税理士を無料でご紹介しています
税理士紹介ビスカス