法人化するか個人のままか
「損得」は税金だけでは決まりません

法人化するか個人のままか  「損得」は税金だけでは決まりません

2019/12/5

 
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新しく事業を始めたい。個人で始めたビジネスが軌道に乗ってきた――。そのときに迷うのが、「会社にすべきかどうか」ということです。法人にしたほうが税金は得だと聞くけど、ほんと? あえて個人事業のほうがいい場合って、あるの? 数多くの会社設立の相談を受けてきた税理士法人シンクバンクの小杉一朗先生は、「どちらが得なのかを判定するためには、しっかりとしたシミュレーションが必要です」と話します。

法人にするメリットは?

今回は、会社の設立や事業承継などに詳しい先生に、「個人事業がいいか、法人にすべきか」というテーマでお話をうかがっていきたいと思います。個人と法人とで大きく違ってくるのは、払う税金の種類ですよね。
はい。個人が課税されるのは所得税、法人は法人税です。所得税は、累進課税と言って、所得が多くなるにつれて税率も上がります。その結果、一定の水準を超えると、法人税の税率を上回ることになります。
気になるのは、その「損益分岐点」です。所得がどのくらいになったら、法人化を考えるべきなのでしょう?
それが一言で言えたら楽なのですが、現実にはそうはいかないのです。「個人か法人か」は、後で説明するようなさまざまなファクターによって、結論が変わってくるんですよ。例えば、先ほどの個人と法人の税率の違い1つ取っても、法人から受け取る役員報酬には所得税率が適用されるため、法人化しても高額の報酬を受け取ればやはり税率は上がってしまいます。一方、役員報酬については「給与所得控除」というものが使えるため、実効税率を下げる効果もあります。

このように、税率という1つの論点についてほんの少し踏み込むだけでも話が複雑になってきます。なので、「損益分岐点はいくらか?」ということを一言で説明することは不可能です。しかしそれでは結局分かりにくいままですので、この数字が独り歩きするのは困るのですが、あえて1つの目安を申し上げれば、「所得2000万円」ということになるでしょうか。このラインを超えていたら、法人化しないことで損をしていないか検証してみたほうがいいかもしれません。反対に、会社をつくりたいと思っても、このレベル以下だったら慎重に――。そんな、一応の尺度だと考えてください。ちなみに、2000万円というのは売上ではなく、そこから経費などを引いた所得=利益であることに、注意してください。

社会保険料は、下げる方法もある

「所得で2000万円」というラインは、けっこう高い設定にも感じます。
所得税・法人税の税率比較だけで、損得が判断できない最大の理由は、法人化すると社会保険料の支払いが義務づけられるからです。サラリーマンの場合、社会保険料負担は原則として給与の約15%ですが、会社経営者となると、会社負担分のもう15%も負担する必要があります。役員報酬の30%が天引きされてしまうわけですから、その影響は非常に大きいものとなります。

ですから、少し前まで、社会保険に加入しない、という中小・零細企業も少なからず見受けられました。年金事務所の側も、社員数名の法人については社会保険への未加入を「黙認」するという現実もあったんですね。しかし、今は状況が違います。時々、「社保には入らなくても大丈夫だと聞いた」というお客さんもいるのですが、「それはNGです」というお話をさせていただきます。

法人化に当たっては、社会保険料が1つの壁になるわけですね。
ただ、社会保険料の負担を軽減する方法も存在します。例えば、よく紹介される方法は、月々の報酬を減らして、その分賞与を増額する、というものです。社会保険料には上限があるのですが、月額報酬よりも賞与の方が実質的な上限額が低くなっています。具体的には、厚生年金保険は月当たり150万円まで、健康保険は年間累計額573万円までが、保険料負担が発生する賞与の上限額となっています。例えば、東京の会社で40歳以上の社長が年間1200万円の報酬を受け取る場合の社会保険料負担(本人分と会社分の合計額)は、月々100万円ずつ受け取る場合は約273万円となるのに対し、月々10万円ずつプラス1回の賞与で1,080万円という形でもらえば約130万円で済みます。
そういう報酬のもらい方をしても、特に問題はないわけですよね?
法律上は問題ありません。とはいっても、月10万円では苦しいからと、会社からお金を前借りすることは避けるべきです。極端な例ですが、例えば、報酬は月10万円にする一方、毎月会社から90万円借りて、賞与で一括返済する、という方法を採った場合、「これは実質的に月額報酬を100万円もらっているのと同じ」ということで、社会保険料を追加で納めるよう指導される可能性が高いでしょう。
また、月額報酬が下がると、いざという時の障害厚生年金や遺族厚生年金の金額も下がってしまいます。そのようなリスクがあることも考慮しなければなりません。
社会保険料を下げることだけを優先するとリスクもあるということですね。
はい。それ以外の方法としては、個人事業で、設備とか建屋とかの資産がある場合には、法人化する時に工夫すれば、やはり社会保険料を節約することができます。それらの資産を会社に貸して、会社から賃料を受け取るのです。そうすれば、賃料の分、自分の報酬を減らすことができるでしょう。

このようにして、大きな負担となる社会保険料を減らせる方策を採ることができる場合は、さきほどの「所得2000万円」というハードルも下げることができるはずです。

「正確なシミュレーションなし」は危ない

ただし、いま説明したのは、「個人か会社か」の判断基準のサワリと言っていいでしょう。実際には、その他のいろんな条件によって、結論は変わりうるのです。
「いろんな条件」を具体的に教えていただけますか?
説明したもの以外で、私が必ずお聞きして、検討する項目を列挙してみましょう。

  • ・ご家族が役員報酬を受け取るか、その際非常勤扱い(社会保険未加入)にするか
  • ・事業以外の収入(不動産、配当、各種投資など)はないか
  • ・住宅ローン控除の適用を受けているか
  • ・小規模企業共済に加入するか
  • ・生命保険に加入するか
  • ・確定拠出年金(※)に加入するか

これ以外にも、その方の状況に合わせた節税策が実行できる場合もあります。ですから、「どちらが有利か」は、ケースバイケース。実際には、けっこう精密なシミュレーションが必要で、簡単に「こちらが有利」とは言えないのです。

そうした検討なしに法人を設立すると、痛い目に遭うこともあり得るわけですね。どちらか迷うレベルだったら、きちんとサポートしてくれるプロに相談してみるのがいいようです。
付け加えておくと、新しく法人を設立すると、一定の要件を満たせば最大2年間、消費税の支払いが免除されます。それも大きなメリットではあるのですが、「だから会社にする」という発想は、説明してきたような理由で、やめたほうがいいと思います。
※確定拠出年金
事業主や加入者が掛金を拠出し、加入者自らがその資産を運用し、運用の成果により将来の年金受取額が決まる制度。

小杉一朗(税理士)

税理士法人シンクバンク 代表社員税理士
税務会計に関する一流のサービスはもちろん、補助金申請、資金調達などの実務的なサポートから、財務戦略、マーケティング戦略、経営管理システム導入、事業戦略立案、事業承継まで、幅広い分野のワンストップサービスを提供している。
URL:https://thinkbank-tax.com/

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