個人事業から法人へ
そのとき考えるべき「引き継ぎ」のこと

個人事業から法人へ  そのとき考えるべき「引き継ぎ」のこと

2019/12/10

 
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個人で営んできた事業の業績が順調に伸びてきたので、税金対策のためにも法人化しよう――。当然の判断ではありますが、そのとき必要になるのは、会社設立の手続きだけではないことに、注意が必要です。今回は、「法人成り」の際に必要になる各種制度などの「引き継ぎ」について、税理士法人シンクバンクの小杉一朗先生にうかがいました。

許認可は自動的に引き継げる?

個人事業から法人成りを考える際に「盲点」になりかねないのが、いろんなものの「引き継ぎ」なんですよ。
何に気をつける必要があるのか、説明をお願いします。
直接仕事に影響を与えかねないものとしては、「許認可」があります。例えば、建設業を営むためには、許可が要ります。個人で建設業の許可を得て仕事をしてきた人が、法人を設立して社長になろうとしたら、その許可は、当然のように引き継げるのか?
許可が下りないのでは、法人化した意味もありません。この場合は、どうなるのでしょう?
この場合、個人事業主の許可を廃業届により抹消させたうえで、新たに法人が新規申請をして建設業許可を「取り直す」必要があるのです。勘違いして特に手続きをせず、そのまま法人が仕事を請け負ったりすれば、建設業法違反ということになってしまいます。許可が出るまでには申請後、一定の時間もかかりますから、法人としての仕事がスムーズにスタートできるように、きちんと準備しておかなくてはなりません。このように、許認可事業については、法人成りの際にどのような手続きを取るべきなのか、業法ごとに調べて、対応する必要があるわけです。

法人には引き継げない制度もあります。例えば、農業をしている個人が、経営改善のために積み立てる「農業経営基盤強化準備金」という制度があります。その積立額は、個人の場合は必要経費(※1)にすることができるのですが、法人には「持っていけない」んですよ。個人事業ではなくなった時点でいったん全額を取り崩し、そこに課税されることになってしまいます。

知らないで法人化すると、大きな損害になるかもしれません。
農水省のホームページでも「法人化するに当たっては、税理士等の専門家に十分相談することをお勧めします」と、わざわざ注意喚起しています。実際、積立額が大きい場合は、「法人化は、やめたほうがいいですよ」とアドバイスすることもあります。

また、中小企業退職金共済、小規模企業共済、倒産防止共済なども、法人成りの際には、引き継ぎのための手続きが必要になります。承継することは可能なのですが、結構面倒くさかったりもします。

その他では、従業員の退職金の問題があります。個人事業のときから働いていた従業員が、法人化した後に辞めた場合、基本的に個人事業時代からの勤続年数を通算して退職金を支給することが認められているんですね。それは、会社の経費に算入することができます。

ただし、「その退職が法人成り以後相当の期間が経過した後である場合」という条件付きです。ですから、例えば個人事業時代に10年働いて、法人化して1年で退職したような場合には、通算は厳しいかもしれません。「相当の期間」に、明確な定めはないのですが。

そのあたりも、怪しい場合は、専門家の判断を仰ぐべきですね。
※1必要経費
業務に必要だと認められる経費。所得税課税のベースとなる利益から差し引くことができる。

個人事業を承継するなら、法人化の前に

あと、テクニカルな問題としては、個人で活用していた事業用資産を、会社に売却するか、社長が会社に貸す形にするのか、という選択があります。

まず、法人成りに合わせて資産を売った場合を考えてみましょう。会社を設立しようというのですから、個人は売上1000万円超の消費税課税事業者になっているはず。売却額には消費税もかかってきます。他方、買った会社の方は、事業開始初年度ですから、一定の要件を満たしていれば消費税の免税事業者なんですね。それはありがたいのですが、この取引に関しては、高いお金を払って資産を買ったのに、仕入税額控除(※2)が受けられないことになってしまうのです。

免税事業者であることが、裏目に出てしまう。
そういうことです。では、資産を賃貸借にしたらどうか? 社長は、毎月会社から賃料を受け取ります。その分、役員報酬を減額することもできるでしょう。報酬にかかってくる社会保険料を節約するメリットも生まれるんですね。ですから、通常は、とりあえず賃貸借の形にするのが正解であることが多いです。なおその場合、資産を法人に売却するのは法人成りの2~3年後とするのが良いでしょう。個人が消費税免税事業者となる一方、法人が消費税課税事業者となるため、先ほどとは逆に、売買取引に係る消費税分だけ得をすることになります。買い

もう1つ、消費税課税事業者である親の営む個人事業を子どもが引き継ぐ場合には、個人事業のまま「社長交代」するのが理想です。
それはなぜでしょう?
さきほどの話でもあったように、新たに事業を始めたり、会社を設立したりした場合には、要件を満たせば最長2年間、消費税の課税が免除されます。子どもが新しい事業主になった時点で2年、さらにその先に法人化すれば、そこから2年、計4年間の消費税支払いが免除されることになるからです。

ただ、相続で事業を承継した場合には、原則として初年度から消費税が課税されます。この点について、平成29年度の会計検査院検査報告において「課税事業者の親の事業を相続で継いだら課税事業者、存命中に引き継いだら免税事業者、というのはおかしい」という指摘がされており、今後税制が改正される可能性もあります。
また、令和5年10月から段階的に「インボイス制度」というものが導入されるので、その後はこのような方法も採りにくくなります。

※2仕入れ税額控除
消費税の支払いの際に、仕入れにかかった税額を差し引ける制度。

小杉一朗(税理士)

税理士法人シンクバンク 代表社員税理士
税務会計に関する一流のサービスはもちろん、補助金申請、資金調達などの実務的なサポートから、財務戦略、マーケティング戦略、経営管理システム導入、事業戦略立案、事業承継まで、幅広い分野のワンストップサービスを提供している。
URL:https://thinkbank-tax.com/

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