2016年から相続税の基礎控除(※1)が大幅に引き下げられ、税金支払いの対象者が拡大されるとともに、税率もアップしました。「お父さんの相続は大丈夫?」という不安を抱く人も増えています。今回から、日本でも屈指の相続専門の事務所である税理士法人チェスターの荒巻善宏先生に、事例も交えながら「相続の勘どころ」について語っていただきます。まずは、土地のお話。
土地の再評価で、20億円の相続税を
10億円に!
2017/4/19
◆「揉めないこと」と節税、それが相続対策の両輪です
先生の事務所では、年間に何件ぐらいの相続を扱っていらっしゃるのですか?
昨年は、約700件やりました。まだまだご相談は増えています。
それだけの経験があれば、いろんな蓄積もされているはずです。そんな先生からみて、上手に相続をまとめるポイントは、どんなところにあるのでしょう?
私たち相続に携わる税理士の仕事は2つあって、1つは相続人同士が揉めないよう、円満に収めること。もう1つは、相続人の相続税の負担をできるだけ軽くすることだと考えています。総論的に表現すれば、この両輪がうまく回ったら、「いい相続」と言えるわけです。では、まず後者の税の軽減についてお話しすることにしましょう。 普通、相続財産には、現金の他に不動産や株などの債券といった、様々な種類があります。このうち、経験上最も相続税の軽減効果が大きいのは、土地をはじめとする不動産なんですよ。この評価額をどう設定するかで、払う税金の額に雲泥の差が出ることもあります。私たちの立場からすると、そこが腕の見せどころです。
50ヵ所に土地を持つ父親が亡くなった
言い方を変えると、税理士さんの腕によって、相続税の額が大きく違ってくることがある、ということですね。土地絡みの相続で、先生の印象に残る事例を教えてください。
数年前、東京近郊に大きな自宅と、なんと50ヵ所に分散した土地をお持ちだった方の相続をやったことがあります。お父さんの代には農家をしていたという地主さんだったのですが、土地は数が多いだけではなく、10平方メートルくらいのなんの変哲もないものから、3000平方メートルもある農地まで、さまざまありました。裏が山林だったり、片面が崖になっていたりといった、特殊な土地も多かったですね。まさに税理士の力が試される、「やりがいのある」案件でしたよ。 相続人は3人の子どもでしたが、実はすでに別の税理士さんに相談し、全体の相続財産から、税金もカウントしていました。出てきた数字が、およそ20億円。このお父さんは土地持ちでしたけど、現金はそんなに残していませんでした。ですから、とても払える金額ではない。「なんとかなりませんか?」とあらためて当事務所においでになったというのが、大まかな経緯です。 これは、「相続税を下げようと思ったら、土地の評価を動かすしかない」典型的なケースと言えるでしょう。当事務所は、過去の幾多の事例に照らし合わせることで、土地の図面などを見れば、机の上でだいたいの評価ができるだけのシステムを確立しています。でも、この案件には、相当複雑な土地がありそうだと考え、相続人様の軽トラに便乗させてもらって、50ヵ所すべてを実地検証することにしたんですよ。結論を言うと、その結果、相続税の支払い額は、当初の半額の10億円まで引き下げることができました。
まさに「雲泥の差」ですね。次に、どんなふうにしてそれを可能にしたのか、お話をうかがっていきたいと思います。
※1 相続税の基礎控除
相続税を支払うか・支払わなくていいのかのボーダーライン。2015年1月から、その基礎控除の額が4割引き下げられた。
相続税を支払うか・支払わなくていいのかのボーダーライン。2015年1月から、その基礎控除の額が4割引き下げられた。
「広すぎる土地」には、評価減が適用される
「相続税の減税効果が最も大きいのは、土地をはじめとする不動産である」という話をしました。土地は他の相続財産と違い、その特徴によっていろんな評価方法や特例が認められるのも特徴なんですね。今回も、さまざまな“合わせ技”を駆使して、以前の評価額を大幅に下げることができたのです。
具体的には、どんな手法を使われたのでしょう?
1つは「広大地」です。広大地とは、ごく簡単に言うと「広くて、使い勝手のあまりよくない土地」のこと。面積は1000平方メートル以上、ただし3大都市圏では500平方メートル以上と定められています。これが適用できれば、評価額は最大で65%も下げることができるんですよ。
もともと広い土地ですから、減額効果は抜群ですね。
そう、土地の評価の中でも1、2を争う効果があるのです。ところが問題は、そもそも「広大地であるか否か」の見極めが非常に難しいというか、微妙なケースの多いことです。立派な広大地であるにもかかわらず適用せずに申告すれば、多額の税金を無駄に支払うことになります。逆に広大地ではないにもかかわらず、それを適用して申告した場合、過少申告とみなされて、ペナルティも加えた多額の税の支払いを要求される可能性があります。税務調査で否認されることもけっこうありますから、その点には注意しなくてはなりません。
マンション適地は、広大地にはならない
広大地が適用になる条件は何ですか?
4つあります。まず、大規模工場用地に適さないこと。第2に、中高層集合住宅などの敷地用地に適している場合にも、広大地は認められません。工場用地やマンションの敷地として売却できるのなら、あえて評価を減額するような必要はないでしょう、ということですね。そして第3に、その地域における標準的な宅地の地積に対して、著しく面積が広大であること。第4に、例えば戸建ての宅地開発を行う際に、道路などの公共公益的施設を設ける必要があることです。道路は「潰れ地」といい、その部分を分譲して「稼ぐ」ことはできません。売却しようとした場合、マンション適地などに比べ、1平方メートル当たりの単価は明らかに安くなってしまいます。ですから、そういう土地の評価は、通常よりも下げようというわけです。 とはいえ、例えば「マンション適地かどうか」の判断も、簡単ではないのです。一般的には、マンションデベロッパーが積極的に買いたいと思わない土地、すなわち最寄駅から徒歩20分以上、その地域の容積率が300%未満、住宅地図で周辺にマンションがない――といった条件を満たせば、広大地の認められる可能性が高まります。ただし、それを満たせば100%OKというわけでもないし、逆に駅近でも広大地になる土地はあるわけです。
個別の状況によって、適用できたりできなかったり……。
ですから、今回の案件では50ヵ所を回り、この目で確かめたんですね。その結果、広大地が適用できる場所を複数確認し、申告しました。なお、この広大地については、2017年度の税制改正大綱で、土地の広さだけでなく、奥行き距離や不整形地といったその「個性」も加味した評価方法に改める方向で議論が進んでいることを、付け加えておきます。
家の裏手が崖だった
広大地の適用以外には、どんな“合わせ技”を使ったのですか?
評価減のできる土地の一つのパターンは、普通に宅地開発などをしようとしたときに、「ハンデ」が生じる場合なんですね。例えば崖。不動産用語では「崖地」と呼ぶのですが、宅地造成などによってできた人工的なものにしろ、自然の崖にしろ、斜面ですから宅地にはできません。土砂崩れ防止に補強されている場合も多くあります。このような場所を相続する際に、通常の土地と同様に評価するのは、明らかに不合理ですよね。 今回の事例では、家の裏手がこの崖地でした。そこで、土地の評価のベースとなる路線価(※2)に一定の補正率を掛けるやり方で、評価の減額を図りました。補正率は、崖の向いている方角と、総面積に占める崖地の割合によって選択する仕組みになっているんですよ。 また、今回の相続財産には、「市街地山林」も含まれていました。「宅地に隣接するような林」のイメージですね。このような土地の評価は、原則として「その土地が宅地とした場合の評価額-その山林を宅地に転用する場合の通常の造成費」という形で減額することが可能なのです。 こうお話ししてくると、単純作業のように聞こえるかもしれませんけれど、実際の土地の適用の可否を見定めたうえで具体的な評価額を弾き出すのは、けっこうハードルの高い仕事です。さきほどの広大地も含めて、こうした「難物」の評価に際しては、不動産鑑定士とタッグを組んで進めました。
以前に担当した税理士さんには、そうしたノウハウがなかったために、評価額に倍もの差がついてしまったわけですね。
土地の評価減の“切り札”=「小規模宅地等の特例」
さきほど、広大地適用の効果の大きさについて説明しました。土地の評価にはもう1つ「小規模宅地等の特例」という、いわば“切り札”があります。これを使えば、その評価は最大で80%減額されるんですよ。例えば、1億円の土地を1人で相続したとします。評価額から自動的に差し引かれる基礎控除が3600万円ですから、相続税は残りの6400万円に課税され、1220万円になる計算です。ところが、この特例を使えば、1億円の土地は2000万円に減額され、基礎控除の範囲内。すなわち、相続税の支払いはゼロで済むわけです。 適用されるのは、自宅(330平方メートルまで、減額幅80%)、事業で使っていた土地(400平方メートルまで、80%)、賃貸していた土地(200平方メートルまで、50%)の3つが主なものです。ただし、やはりそれなりの縛りがあって、例えば自宅については、被相続人の配偶者が取得、同居していた人が取得、両方いない場合には3年以上借家住まいの人が取得――というパターンが主に認められるケースとなります。今回のケースでは、亡くなったお父さんは賃貸アパートも持っていましたから、それらも含めてこの特例がフルに使えるよう、工夫して申告しました。
広大地などは、そもそも地主さん以外には無縁なのですが、この特例は少なくとも自宅を相続する人には、みんなにかかわってくるお話ですね。
そうです。ところが、相続専門外だと、それを知らない税理士さんもいますから、注意が必要です。
※2 路線価
毎年国税庁が公表する、道路に面する土地の1平方メートル当たりの評価額。
毎年国税庁が公表する、道路に面する土地の1平方メートル当たりの評価額。
相続すべき土地を選択する
ご説明いただいた相続のケースでは、たしか亡くなったお父さんの遺産は土地が大半で、現金などは僅かだったんですよね。子どもさんたちの相続税の支払いは、どうされたのでしょう?
大地主の方の相続では、今回のように「不動産の評価額に比べて、現金が少ない」というパターンが、とても多いのです。地主さんの宿命と言ってもいいほど。そうした場合には、まず「どうしても残したい土地と、手放してもいいところ」を色分けし、優先順位をつけていただくんですよ。
相続人からすると、「もらいたい土地と、そうではない土地」ということになるでしょうか。
そうですね。そのうえで、どうしても残したい土地を確実に相続できるように、手放してもいい土地については売却を進め、相続税の原資をつくるというのが、基本的な対処法になります。今回のケースでは、50あったうちの20ヵ所ぐらいの土地を売って、現金化したんですよ。結果的に、父親の持っていたかなりの土地を失ったわけですが、一般的に相続人がいらないと思うような土地は、そう高くは売れません。そこは、ある程度割り切っていただくことが必要になります。
相続税に充当するために、どの土地をどれだけ売却に回すのかというのも、税理士さんの腕の見せどころですね。
相続した後のことも考えてプランを立てる
なんとか親の不動産を相続して、税金も支払ってひと安心。でも、気づいてみたら、あんまり「使えない」土地ばかりだったというのでは、何のために相続したのか、という話になってしまいます。ですから、あくまでも受け継ぐ人のプラスになるように、我々は相続の後のことも考えてプランニングすることを、心掛けているんですよ。例えば、郊外にある広い土地を売って都心部に新たに土地を購入し、収益性の高い賃貸物件を建てて新たな収入源を確保するだとか。相続を機に、新たな資産運用をスタートさせるようなことも可能になるわけです。まあ、そのためにも、出来るだけ早い段階から専門家に相談なさるのがベターでしょう。
今回のケースでは、被相続人が亡くなって、すでに相続が発生した段階で相談を受けられたんですよね。相続税の申告期限は、被相続人が死んでから10ヵ月以内ですから、その間に複雑な土地の評価を行い、売却のプランを立てて実行するというのは、かなり困難な作業に感じられます。
そうですね。正直大変でしたが、中には「申告まで2週間を切っています」というような、駆け込みのお客様もいらっしゃいますよ(笑)。ちょっと広告っぽくなってしまうのですが、当事務所は「スピード申告」というキャッチフレーズを掲げています。相続専門で仕事をしているからこそ、それが確実にお約束できるんですね。法人のお客様が多い事務所さんだと、その申告の時期にはどうしてもそちらに手が割かれるわけですが、当事務所にはそうした問題はありませんから。 後は、やはり経験と、そこで蓄積されたノウハウですね。例えば、「これは重要かつ複雑な不動産だから、書面添付(※3)しよう」「こちらの評価は後回しで大丈夫」といった見極めをつけられますから、スピーディーに作業を進められるのです。
今のような具体的なお話をうかがうと、「税理士事務所にもいろいろあるのだ」というのが、実感できます。
※3 書面添付制度
税理士が、申告書に「その内容が正しいということを税務署に説明する書類」を添付し、申告を行う制度。
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