被相続人が、配偶者や子どもなどの相続人に対して、「財産はこう分けてほしい」という意思をしたためる遺言書。相続人が争いを起こさないためにも、しっかり書いておくことが推奨されています。とはいえ、「遺言書さえあれば大丈夫」とは必ずしも言えないことにも注意が必要です。税理士法人長沼税務会計事務所の長沼隆弘先生は、こんな事例を紹介してくださいました。
「娘に全財産を」と遺言書を残した母。ところが、親族からクレームが!?
2016/12/9
◆「あの土地には、私たちにも“持ち分”がある」
相続に争いはつきものです。先生の担当した案件で、「こんなことで揉めた」という事例があれば、教えてください。
自宅のほかに、けっこう広い土地を持っていた女性Aさんが亡くなり、相続になりました。相続人は娘さん1人で、「全財産を娘に譲る」という公正証書遺言書(※1)を作成していました。ところが、いざ相続の手続きを開始という段になって、Aさんの兄弟、娘さんからするとおじさん3人がやってきて、「あの土地には、私たちにも“持ち分”があるから、全部を相続することはできないよ」と言うんですよ。
土地が共有名義になっていたとか。
いえ、土地の名義人は亡くなったAさんに間違いありません。ところが調べてみると、ちょっとややこしい事情があったんですね。その土地というのは、その家が先祖代々受け継いできたものでした。しかしある時、Aさんのお父さんが、何を思ったか家族に無断で他人に売ってしまったのだそう。その事実を知ったAさん兄弟は、これはまずいと父親に買い戻させた。その際、買い戻した土地を、これまた理由はよくわからないのですが、長女であるAさん名義にしたのです。お金はお父さんが出したのだけれど、名義はAさんというパターンです。 ただし、そうした経緯もあって、Aさんはその土地を自分のものにしようというようなつもりはなかったようなんですね。「これは兄弟みんなの土地である」という文書を残していたんですよ。おじたちは、それをもとに、自分たちの取り分を主張してきたというわけです。
遺産の中身は、事前に話すのが望ましい
確かにややこしい状況に感じられます。
そんな事実を知らず、「あれはお母さんの土地」と思い込んでいた娘さんは、びっくり仰天です。とはいえ名義は母親単独なのだから、と一歩も引かない構え。おじさんたちとは、降って湧いたような相続争いになってしまいました。そこから先は我々税理士がどうこうできる世界ではなく、“弁護士マター”です。裁判をやるのか否かも含めて、まだ結論は出ていないんですよ。
公正証書遺言書があっても、その通りになるかどうかはわからない、ということですね。
遺言書の「全財産を……」という表現も、このケースに関しては、やや問題でした。「どこそこの土地を譲る」と明確に書いてあれば、また状況は違ったかもしれないのですけれど。いずれにせよ、今となっては亡くなったAさんの真意がどこにあったのかも、確かめるすべはありません。 故人の遺志を示す遺言書の重要さは、いうまでもないでしょう。でも中身が曖昧だと、その遺志が十分生かされなかったり、場合によっては誤解されたりすることもあるという事実も認識しておいてほしいのです。同時に、相続財産については、生前から子どもなどにちゃんと伝えておくことが大事だと思いますね。この事例でも、もし事前に母が娘に、紹介したような「土地の経緯」を伝え、おじたちも含めた話し合いの場を持っていたなら、「全面戦争」は避けられたかもしれません。
※1 公正証書遺言書
法的に有効な遺言書には、自分で書いて保管する「自筆証書遺言書」、公証役場で公証人に代筆、保管してもらう「公正証書遺言書」、自分で書いて公証役場に持参する「秘密証書遺言書」がある。
法的に有効な遺言書には、自分で書いて保管する「自筆証書遺言書」、公証役場で公証人に代筆、保管してもらう「公正証書遺言書」、自分で書いて公証役場に持参する「秘密証書遺言書」がある。
◆揉めないために、相続人には「数字の出し方」も工夫する
まずは「協議の中心になる人」に話す
先生の事務所は、関西屈指の高級住宅街である芦屋をカバーしていますよね。相続になれば遺産額もそれなりでしょうから、揉め事になることもけっこうあるのではないですか?
いえ、大きな争いは、このところあまり経験したことがないんですよ。阪神淡路大震災後に家を建て替えたりして財産自体が少なくなっているとか、区画整理がされて評価の難しい「ややこしい土地」が減ったとかの事情もあるのかもしれませんけど、相続はわりとスムーズに進みます。
とはいえ、泥沼になったりしないのは、そのために先生方が払われている努力のたまものという面が大きいのではないでしょうか。今日はそのあたりのお話をうかがいたいと思います。
そうですね。相続の場合は、当然「とにかく揉めないように」ということも視野に入れながら、事を運ぶようにしています。被相続人の遺言書がある場合には、それをベースに話を進めていきますが、そうでない時には、まずは最初に相談にいらっしゃった方のお考えを聞きます。たいていは土地や家を相続することになるご長男で、遺産分割協議でも“主”になることが多いものですから。
一番相続のことを心配している、それだけに「中心になって全体を引っ張っていかなければ」と考えている人と、まずはじっくり話をするわけですね。
はい。そのうえで、例えば「次男がたくさんほしいと言うかもしれない」というような話があれば、そうしたことも考慮した“軟着陸”の仕方を考える。基本は、そうやって作成した遺産分割案を基にご長男の方に話してもらいます。 場合によっては、ご長男の代わりにご説明をさせていただくこともあります。第3者が話すと耳障りも違ってきますから。
過度な期待を抱くのはNG
分割案を作る時に気をつけていることはありますか? 今の例だったら、次男に少し多めの金額が渡るようにするとか。
いや、税理士は遺産分割をしてはいけませんので一般論をお話します。ケースバイケースなのですが、ただ相続税額のご説明をする際に「法定相続分だとこうなります」というような不用意な説明の仕方はしません。それをすると、「法的には、最低5000万円もらえるんだ」といった数字が刷り込まれてしまいます。実際に、法定相続分で分けたら長男は土地と家以外に何も残らず、相続税の支払いにも窮するといった事態も、起こり得るわけですので、その辺りの事も考慮しながら一般論をまじえてお話しするようにしています。 今のは一例ですけれど、相続人に対しては、等しく「過度な期待を抱く状況を作らないこと」が大事だと思っています。期待を裏切られた時に意固地になるのは、人間の性ですから。
今のお話を相続人の立場に置き換えて冷静に考えてみると、「自分たちが過度な期待を抱かないことが、揉めない相続のポイントなんだ」ということに気づくはずです。あえて先生に「遺産分割のテクニック」をうかがう意義は、そこにもあると考えているんですよ。
◆遺産分割でキーになるのは、「手元に残るキャッシュ」
土地が欲しい長男、お金が欲しい次男
亡くなった親と長男夫婦が同居していた場合、その家と土地を長男が相続するのが普通です。そうした場合に、「では親の残した現金を兄弟間でどう分けるのか?」で、揉め事になることがけっこうあります。
そういうケースでは、長男は土地がもらいたいというか、当然自分が相続するものだと思っているわけですね。多くの場合は、だから現金など他の遺産については、兄弟に多く渡してもいいと考えている。一方他の兄弟のほうは、今さら親の土地を分けてほしいという気持ちはなくて、少しでも多くの現金がもらいたいと思っている場合がほとんど。ですから、そこの折り合いをどうつけるか、具体的には長男以外の兄弟の皆さんに、いくらで納得してもらうのかが、争いを防ぐポイントになります。 まず考えなくてはいけないのが、「不動産が絡むような相続では、完全に平等な遺産分割は困難だ」という事実です。そもそも、長男が相続した土地をいくらで評価するのかで、話は全然違ってきますよね。例えば相続税を軽減するために、「小規模宅地の特例」(※2)を使って、その評価額を下げることができます。しかし兄弟たちから、「それはあくまでも相続税の評価で、実際の土地の評価額は違う」とクレームが出るかもしれません。
「売ろうと思えばはるかに高く売れるのだから、そちらの金額で評価して、我々にはそれとバランスの取れる現金をください」というわけですね。
でも、長男はそこに住むために家を譲り受けたのであって、売ってお金を作るためではない。兄弟たちの主張を飲めば、相続税の支払いに窮するにとどまらず、借金までして「対価」を支払わなければならなくなるかもしれません。相続になったばかりに長男の家庭の生活が圧迫されるとしたら、それも「平等」とは言えませんよね。
経験も踏まえて提案し、説得する
争いを未然に防ぐために、先生が実行されている手立てはどんなことでしょう?
誤解を恐れずに言えば、相続においても、最後はやっぱりキャッシュがものをいうのです。私はこんな話し方をするんですよ。 「弟さん、確かに不動産の評価額などを考えると、遺産の相続額はお兄さんが1億3000万円で、あなたが8000万円かもしれません。でも、相続税を支払って手元に残るお金は、お兄さんにはほとんど残りません。弟さんには5000万円が残ります。お兄さんは、あの家と土地を売るつもりはないと言っておられます。仮に売ったとしても、所得税等のコストも必要になりますので、その辺りの事を考えると、自由に使える5000万円というお金は十分に価値があると思いますよ。」――。そんなお話で、「NO」と言った人は、今までいませんでした。
先生のお話を聞くと、「なるほど」という気持ちになりますね。円満に事が運ぶ気がします。
まあそこは、いろいろ経験も積んでいますから。うちの事務所でも、例えば相続をやり始めたばかりの若手に同じことをしろといっても、無理な部分はあるでしょう。そういう場合には、私がしっかりフォローしています。
相続は、相続に強い専門家に頼む。その大事さをあらためて感じます。
※2 小規模宅地の特例
相続人が親と同居しているなどの要件を満たした時に、不動産の相続税上の評価額を削減できる特例。
相続人が親と同居しているなどの要件を満たした時に、不動産の相続税上の評価額を削減できる特例。
◆「きちんと話の出来る人」が1人いれば、相続は揉めない
「しっかりした人」がいるかどうか
さきほどまで「揉める相続」についてお話しいただきましたが、反対に先生がご覧になって「揉めにくい相続」の共通点はありますか?
そうですね。相続人の中に遺産分割協議の“主”として全体をリードしていける人が1人いたら、話し合いはわりとすんなりいくように思います。おかげさまで、私が今まで担当した相続では、多くの場合そうした「キーマン」がいました。逆にそうした人が見当たらずに、みんながバラバラなことを言い合っているような相続は、円滑に進めるのが難しい。
前に、親から家を受け継ぐ長男が、多くの場合分割協議の“主”になるとおっしゃいました。
実際には、そういうケースが多いと思います。さきほど、長男以外の兄弟にどう納得してもらうかという話をしたと思いますけど、相続で揉めないためには、逆に長男の心構え、覚悟みたいなものも必要になるんですよ。「俺は長男だから、この家を継がなければならない。だから家の土地はもらうが、その代り他の遺産はお前たちで分けろ。ただし、申し訳ないが相続税の納税でこれだけかかるから、そのぶんだけは現金でもらいたい」というようなことが堂々と言える「兄貴」だったら、兄弟たちもたいてい「まあいいか」ということになるはず。そう言えるかどうかは、長男の生活状況などにもよるのだけれど。 ただ、中には「土地を売ってでも、法定相続分(※3)を渡してほしい」と主張する兄弟が出てくるケースもないわけではありません。かつて相続を担当した私のお客様には、とにかく兄弟間の争いに発展させないために、土地を相続したうえで「代償分割」に応じた人もいます。
長男が一人で不動産を相続すると、他の財産を分けても、兄弟の取り分は法定相続分に足りなくなる。そのぶんを現金で支払ったわけですね。
ご長男はそのために借金して、70歳近くなった今もその返済を続けていますよ。そこまでするかどうかは別に、“主”に確固たる気概みたいなものがあれば、私の経験上、相続は揉めません。まあそれ以前に、兄に借金までさせて自分の取り分を確保するというのも、あまりないケースではないかと思います。
「私はいらない」と言う人もいる
そんなふうに親の遺産に固執する相続人は、往々にしてちょうどお金が入用だったりするんですね。子どもの教育費がかさんでいるとか。
反対に、当事務所が最近担当した相続では、弟が遺産のすべてを姉に「譲った」事例がありました。「これから姪にお金がかかるだろうから」と。生活が苦しいところに、親の遺産が入るとなると、どうしてもそこに期待したくなるのでしょう。でもそんな中に、しっかり稼ぎがあって「私は我慢するから、みんなで分けてほしい。その代り争うのはやめよう」と言える相続人がいれば、やっぱり揉めたりはしないんですね。
分割協議を引っ張り、自ら「引いて」でも合意を作っていく。相続人の中にそんなリーダーが存在するかどうかで、相続の様相は大きく変わるということですね。
当然のことながら、「キーマン」任せにしたりはしませんよ。短い期間ですけれど、相続人の方たちとは信頼しあえる人間関係を築くように努力しています。
※3 法定相続分
被相続人の遺言書がない場合に、民法が定めた相続人の遺産の取り分。
被相続人の遺言書がない場合に、民法が定めた相続人の遺産の取り分。
◆遺産分割協議の「招かれざる客」=相続人の配偶者
「権利は行使すべき」と横やりを入れる
さきほど、姉の生活を慮って遺産を彼女に「譲った」弟さんの事例を紹介していただきましたが、私は同じような「美談」が、最後に覆った相続を知っています。「私は遺産はいらない」と言っていた次女が、遺産分割協議の土壇場になって「やっぱり法定相続分(※1)はもらいたい」と発言を翻した結果、ドロ沼の「争続」になってしまったんですよ。
どうして言うことが変わったんですか?
夫に「遺産を“放棄”するのはおかしい。もらえるぶんは、ちゃんともらうべきだ」と言われて、考えが変わったんですね。同じように、相続人の夫や妻の意見が分割協議に大きな影響を与えることは少なくありません。配偶者自身が、話し合いの場に乗り込んでくることもあります。そういう場合、先生ならどう対処なさいますか?
まずはっきりさせておくべきなのは、「相続人の配偶者は、相続人ではない」ということです。そういう人が分割協議に入ってくると、話し合いが混乱するのは目に見えています。仮に配偶者を連れてくるような相続人がいたら、そのことをしっかりお話ししたうえで、過去に配偶者が乗り込んできて協議が決裂しそうになった例なども引き合いに出して、「相続人だけの話し合い」に理解を求めますね。 私たち税理士は、遺産分割協議の中身を主導する立場にはありません。ですが、配偶者などの相続人ではない人が介入してきた結果、話がこじれるような気配を察した時には、「あらためて仕切り直しにする選択肢もありますよ」くらいのアドバイスをすることもあります。
遺産分割協議がまとまらないと……
仮に相続人の配偶者が話し合いに絡んだ結果、なかなか協議がまとまらないでいると、どうなるのでしょうか?
当面問題になるのは、相続税の支払いですね。相続税の申告期限は、被相続人が亡くなってから10ヵ月以内と決められています。もしこの期限内に話し合いがまとまらないと、「未分割」という状態で、いったん申告手続きをしなくてはなりません。税務署は待ってくれないんですよ。 「未分割」で申告すると、配偶者控除とか「小規模宅地の特例」(※2)のような特例は、一切使えません。例えば配偶者控除を使えば、配偶者は1億6000万円まで、またはそれを超えても法定相続分までは非課税になるはずが、しっかり課税されてしまうわけですね。相続人は、そんな高い税金を、それぞれの法定相続分に従っていったん納めなくてはならなくなるのです。相続した不動産の一部を売って相続税の支払いに充てるといったことも、その不動産が誰のものか決まっていないのですから、できません。遺産の額にもよりますけど、けっこうきついことになりますよ。
「あの人は私より相続に詳しいから」などと安易に夫に「代理」を頼んだ結果、分割協議を混乱させたら、その代償はことのほか大きいということですね。
相続で揉める理由はさまざまですけど、遺産分割協議の場に自ら火種を持ち込むようなことは、現に慎むべきです。
◆配偶者の遺産の“取り分”が「2分の1」から「3分の2」へ?
高齢の妻の生活を守るのが狙い
国が配偶者、具体的に言うと妻の法定相続分を増やす方向で議論をスタートさせました。
夫が亡くなって妻と子どもが相続人となった場合、今の法定相続分は妻が2分の1、子ども2分の1で、子どもは人数によって案分することになっています。この妻の“取り分”を3分の2まで引き上げようというわけですね。新聞などでは、「高齢化で相続時の年齢が高くなった妻らの生活を保護するなどの狙いがある」と報道されました。 また「試案」には、住んでいた家に妻が住み続けられる「居住権」の新設も盛り込まれました。なんでわざわざと思われるかもしれませんけど、土地と家の所有権を持っていた夫が亡くなると、遺産分割協議が終わり、それを誰が相続するのか決まるまで、法律上は「誰のものでもない」状態になります。協議の結果、もし妻以外の相続人が相続した場合には、その人が所有者ということになるわけですね。息子が相続して母親と同居するのなら問題ありませんが、新たな所有者に「出て行ってくれ」と言われる可能性は、ゼロではないでしょう。
お父さんが「自宅は愛人に譲る」という遺言書を残すかもしれない。
ですから、たとえ被相続人が遺言で第3者に贈与していたとしても、妻が引き続き自宅に居住できるようにして、その生活を守ろうというのが目的です。
「妻に手厚く」することの意味は?
妻の法定相続分を3分の2まで高めて、実際の相続で妻の相続額が増えれば、二次相続まで考慮した場合、相続税の税収は増える可能性が高くなるでしょう。国の狙いはそこにあるのではないか、という見方もありますね。
相続には、配偶者のどちらかが先に亡くなって発生する一次相続と、残ったほうが亡くなった二次相続があります。一次相続でお母さんが多くの遺産相続を受けても、配偶者控除(※4)が使えるから、相続税の節税効果は大きい。ところが二次相続では、今度はそのお母さんの引き継いだ遺産に、もろに相続税がかかってきます。結局一次相続で、ある程度子どもに厚めに分配するのに比べて、一次、二次相続トータルの納税額は大きくなることになるのです。国の立場に立てば、おっしゃるように税収はプラスになる。妻の法定相続分が拡大されれば、当然その傾向が強まるだろう、というわけですね。 確かに、国にはそうした考えがあるのかもしれません。ただそうした思惑はそれとして、妻の法定相続分を拡大する方向性には、個人的には賛成の立場なんですよ。
それはなぜでしょう?
一次相続で一番大事なのは、「お母さん」だと思うのです。なんだかんだ言って、亡くなったお父さんは、お母さんと苦楽を共にして、いっしょに子どもを育て、財産も築いてきたわけでしょう。子どもに対する思いももちろんあると思いますけど、家から巣立てば、独立した別の存在ですよね。高齢で、医療や介護も含めて、先々どれだけ入用になるかわからないということも含めて、遺産分割はまずお母さんを中心に考えるべき。それが私の基本的なスタンスです。
法定相続分の見直しは、そうした遺産相続の在り方を考えるいい機会かもしれませんね。
※4 配偶者控除
配偶者は、相続した財産が1億6000万円まで、またはそれを超えても法定相続分までは非課税になる。
配偶者は、相続した財産が1億6000万円まで、またはそれを超えても法定相続分までは非課税になる。
◆心したい「相続は“棚ぼた”である」
「私たちが半分もらう」
さきほど、お父さんが亡くなった一次相続(※1)の遺産分割では、何よりもまずお母さんへの分配をどうするかを最優先に考えるべきだとお話ししました。
それは、何十年もいっしょに生きてきたお父さんの遺志でもあるはず、ということでしたね。
なぜわざわざそんなことを言うのかというと、法定相続分(※2)に従えば、父親の遺産の2分の1は子どものものだから、当然子どもはそのぶんはもらいたい。これもさきほどお話ししたように、二次相続まで含めた相続税のことを考えたら、一次相続の時点である程度まで子どもに遺産を移しておいたほうが、トータルの納税額は少なくて済む、という読みもあるかもしれません。 あえて言っておけば、私も相続の専門家ですから、二次相続も含めた税金の説明は、きちんとします。「お母さんがあと何年生きられたとして、これくらいの出費があったら相続時に残る財産はこれくらい、その場合相続税はいくら」というシミュレーションを示して話をするのです。面白いのは、そういう具体的な数字を示すと、親子関係が割とくっきり浮かび上がるんですよ。「だったら、できるだけ子どもに渡します」という優しいお母さんもいるし、「税金のことはいいから、母親が困らないようにプランニングしてください」という子どもさんも、もちろんいないわけではありません。
でも、実際にはそんなものわかりのいい子どもは少数派でしょう。
こんな事例がありました。妻といっしょに商売を起こし、頑張って働いていたお父さんが亡くなって相続になったんですね。遺産は数億円ありましたけど、子どもたちは初めから「半分はもらう」気満々で、実際にそうなりました。ところが、相続税の支払いを済ませてみると、案の定お母さんの手元には、あまり現金が残らないわけです。そうすると、今後の生活に対する不安もさることながら、「夫とあんなに頑張ったのに、最後はこれなのか」という寂しさが募ってきた。 かわいそうなので、子どもには母親にお金を貸し付ける形にして、とにかく現金を彼女の元に置くようにアドバイスしたんですよ。どうしてそんなややこしいいことをするまでもなく、母親に多く相続させてあげないのかな、と思うのだけれど。
育ててもらった恩義で十分
どうしたら「ものわかりのいい」相続人になれるとお考えですか?
親から受け継ぐ遺産は、基本的に自分で稼いだものではないですよね。要するに“棚ぼた”なんですよ。そう考えれば、多少他の兄弟より少なかったりしても、「まあいいか」という気持ちになりませんか?
確かに、もらえるだけで感謝すべきものだと感じます。
親からは、すでに「育ててもらった」という「財産」を受け取っているわけですよ。その恩義だけで十分じゃないですか。“棚ぼた”が降ってきたばかりに骨肉の争いになったりしたら、こんなにつまらないことはない、と私は思うのですが。本来相続というのは、親が残してくれた財産を分け合って、みんなが幸せに暮らしていくためにあるイベントなのだから。
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