子どもの「争続」を助長する親の態度

子どもの「争続」を助長する親の態度

2016/1/19

 
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親が残した遺産をめぐって、残された子どもたちの間に揉め事が発生。こんな場合、最初の何気ないボタンのかけ違いから、どんどん亀裂が拡大し、気がついたら兄弟同士、骨肉の争いに発展していた、というのがお決まりのパターン。往々にして、本人たちもまったく想定していなかった“大事”になってしまうのです。そうした事態を防ぐ、あるいは収めるうえで、やはり親の責任は大きい、と税理士の土田義二先生は指摘します。

◆子が誤解する「どっちつかず」の対応

これまで、父親の残した土地と現金をめぐって兄弟が争った事例を紹介しました。結局、「被相続人が亡くなってから10ヵ月以内」という相続税の申告期限までに決着がつかず、遺産は「未分割」の状態で、納税だけはしなければならない状況になってしまったのでした。それにしても、「ここまでこじれる前に、どうにかできなかったのか?」と誰しもが思うはず。
 
亡くなった方には酷な言い方になるかもしれませんが、まず問われるのは、お父さんが遺言書を残さずに逝ってしまったことです。億を超えるような財産、とりわけ分割するのが難しい土地などの不動産のウエートが高い場合には、「財産は、このように分けてほしい」という遺言書を、必ず書いてほしいんですね。今のケースに照らせば、例えば「土地は妻と長男に、次男は現金で我慢してほしい」という遺言書があったなら、基本的に遺留分(※1)を侵害しない限り、相続人はそれに従うしかありません。次男は釈然としない気持ちを抱いたかもしれませんけど、「親父の遺志だから仕方ないか」と、それで諦めがついたかもしれないのです。
 
相続が始まってからの、お母さんの態度も、少し気になりました。前にお話ししたように、今回の遺産分割協議では、二人の息子が集まるたびに新しい提案をして、事態がなかなか前進しない、という状況が続きました。そのさ中、お母さんは、ある日は長男に賛成し、別の日には次男の肩を持ち、とまさに“右往左往”。 気持ちは、痛いほど分かるのです。まさか諍いを始めるなんて思わなかった息子たちが、目の前で言い争いをすれば、誰だって動揺するでしょう。どちらもかわいい息子だし、どちらからも嫌われたくないんですね。でも、親がそれでは、本当に歯止めがなくなり、お互いヒートアップするばかり、といった状況になりやすいのです。私は、「お母さん、もっと毅然と振る舞っていいんですよ」とアドバイスもしました。 私には、「前は、こんな兄弟じゃなかったのに」と話すお母さんの顔が、忘れられません。それが、相続の持つ怖さでもあるんですね。
 
そんな思いをしないためにも、相続に当たり親としてできることはやってほしい、時には心を鬼にして、言うべきことを言ってもらいたい、と思うんですよ。

「第三者」が入って変わることもある

おかあさんはまた、「とはいえ、先生という第三者が入ってくれたからこそ、曲がりなりにも話し合いの場が持てるようになりました。そうじゃなければ、ろくに口もきかない状態が、今も続いていたかもしれません」ともおっしゃいました。これも印象的な言葉でしたね。
 
特に、もつれ始めた話し合いの場に、当事者以外の人間が加わるのには、意味があります。「他人」の前では、あまりに自分勝手な主張は、しにくいはず。その話を聞いて、冷静になれることもあると思います。ただし、「第三者」は、相続に詳しいプロである必要があります。「争続」を避けたいのだったら、できれば親が元気なうちから、そういう人間に頼むのも手。今のケース、私だったら、お父さんに遺言書の作成を強く勧めたでしょう。家の財産の状況、家庭環境などに応じて、専門の税理士を活用してほしいと思います。

※1 遺留分
民法に定められた、相続人が最低限受け取れる遺産のこと。

◆あれこれ努力して作った「へそくり」が、どうして「夫のもの」なの!?

「主人は、1円もくれませんでした」

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こんな事例からお話ししましょう。旦那さんが亡くなって、相続になった70歳の女性から、納税についての相談を受けました。話の中で、旦那さんが息子さんに対して何年にも渡り贈与をしていたことが分かったので、「奥さんにはありませんでしたか?」と念のためうかがってみると、「主人は、私にお金をくれるような人じゃなかったわ」「生活費以外は、1円ももらってません」という答え。それで、夫から妻への資金移動はなし、と思っていたのですが、調べていくと、2000万円近い残額の奥さん名義の預金通帳が出てきたんですよ。 「このお金は、どうしたんですか?」という質問に対する彼女の説明は、こうでした。夫は、毎月、生活費を手渡しでくれていた。私は、それを自分名義の口座に入れて、そこから生活費を引き出して、使っていました。でも、主人が死んだ後の老後の生活を考えれば、貯蓄もしないと。いろいろ節約もした結果、残高は着実に増えた。「余裕」ができたから、そのお金で自分の服を買ったりもしたわ。だって、私が努力して「作った」お金なんだから、問題ないでしょう?――。
 
いいえ、残念ながら、「問題あり」なのです。2000万円の「へそくり」を作った努力は認めますが、これは「奥さんの財産」にはなりません。なぜなら、銀行口座の預金通帳は彼女名義でも、お金の出所は旦那さん。相続の際には、あくまでも「旦那さんの財産」とみなされてしまうのです。

税務署が目を光らせる「名義預金」

こうしたケースを「名義預金」といいます。夫の財産に対し、妻が名義を貸しただけ、という解釈ですね。名義預金には、親が子どもの名義で貯めておく、というパターンが多いようです。
 
生前贈与は、相続税対策の有効な手段の一つ。例えば、年に110万円を超えなければ、贈与税を支払わずに、お金を渡していくことができます。しかし、贈与には、する側の「あげる」、もらう側の「もらう」という意志表示が必要です。それを欠いている名義預金は、相続税対策にはならないんですね。
 
さきほども述べたように、名義預金は被相続人の財産。今回のケースは、2000万円が夫の相続財産にカウントされ、相続税課税の対象になりました。ちなみに、相続税の税務調査で当局が最も目を光らせるのは、この名義預金だといわれ、事実否認件数が最も多い項目なのです。それだけ、思い違いも多いということでしょう。 それにしても、「そのお金は、奥さんのものにはならないんですよ」とお話した時の、彼女の驚きようは印象的でした。「だって、友達もみんな同じようなことをしてるけど、『夫からもらった』なんて考えてるのは、一人もいないわよ」とおっしゃるのです。その反応には、今度はこちらが驚かされましたが、考えてみれば、一般の方にとってはその感覚が普通なのかもしれません。税理士として、認識を新たにさせられた事例ではありました。

◆相続になって初めて気づく「贈与」もある

妻が土地を購入。ところが……

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これは、夫から妻への贈与が問題になった案件です。自宅の隣の土地が売りに出たので、奥さまが購入されたんですね。価格は2000万円ほど。彼女は専業主婦ではありましたが、株式の配当収入がそれなりにあり、購入資金も彼女の口座から引き出されたものでした。これだけみると、「定収入のある妻の買い物」です。「引っかかる」ところはないように思えますよね。 ところが、旦那さんが亡くなって相続になり、相続税の申告も終わってから、税務調査が入ったんですよ。税務署としては、この土地がわざわざ奥さん名義になっているところに、疑問を感じたのかもしれません。そして、その「見立て」は当たりました。購入資金の2000万円は、夫の口座から妻の口座に、そっくり移されたものだったのです。「これ、旦那さんからの贈与ですよね」ということになってしまいました。
 
正確にいうと、夫からの資金移動があったのは、亡くなる3年ほど前でした。被相続人(この場合は夫)が亡くなる前3年以内にもらった財産は、税法上、贈与とはみなされず、相続財産に「持ち戻し」されることになっています。つまり、旦那さんの相続税の計算は、この2000万円を財産に加えて、やり直し。それにより、上がった分の相続税が追徴されただけでなく、3年前の贈与の申告漏れを指摘され、無申告加算税の支払いなどのペナルティーを科せられることになりました。
 
当然のことながら、被相続人からの財産分与が亡くなる3年より前だったとしたら、今度はそれが贈与とみなされ、贈与税+ペナルティーが科せられます。いずれにせよ、そのお金を「無償」で妻の財産にすることは、できないのです。

「大丈夫」と言われて放置

このケースも、さきほどお話した、せっせと「へそくり」を貯めた奥さん同様、本人に「罪の意識」はまったくありませんでした。よくお話をうかがうと、おおむねこんなシチュエーションが浮かび上がってきたんですよ。
 
土地の購入を勧めてきたのは、不動産屋さん。売りたい一心からか、「お金を渡して奥さんが買ったことにすれば、そのぶん旦那さんの財産を減らすことができます。相続税対策になりますよ」といったことを「アドバイス」したらしいんですね。「税務署に気づかれないか」という懸念に対しては、「そこまでは、分かりませんよ」と自信満々に答えたそう。 実際に、「妻名義」で土地を購入後、1年たっても2年たっても、税務署はなんにも言ってこない。そのうち、僅かに感じていた「懸念」はすっかり消え去り、奥さんは、「夫のお金」で土地を買った事実さえ、半ば忘れていたそう。そんな状態ですから、相続になっても、税理士に「実は、あの土地の購入の時には、主人がいったん私の口座にお金を移して……」という「真実」を話す必要性など、微塵も感じていなかった、というわけです。
 
お話ししたケースでは、まず不動産屋さんの言葉を鵜呑みにしたのが、“ボタンの掛け違い”でした。特に不動産取引では、不動産屋の他、建築業者、金融機関などが関与することになりますよね。彼らは「その道のプロ」ではありますが、多くの場合、税金に明るいわけではありません。少しでも疑問を感じたら、専門の税理士に相談していただきたいと思うのです。

◆突然「帰って」きた夫が死亡。さて、相続は?

別宅に居座り、帰らない夫

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60歳代半ばで会社を経営されていた方が亡くなり、奥さんがその相続の相談にみえました。聞くと、かなり特殊な家庭で、夫は外に女性を囲い、もう何年も家には帰ってこない。娘さんが一人いるのですが、彼女ももう長いこと父親と話をしたことがない、という状況でした。まあ、経済的には困っていませんでしたし、そんな夫、父親のことを家族は諦めて、好きにさせているという感じでしたね。ところが、その男性が、ある日ひょっこり帰ってきたんですよ。体を壊し、余命いくばくもないことを悟ったからでした。最期だけは「本当の家族と」と考えたのでしょう。そして、1年ほどして亡くなったのでした。
 
さて、奥さんがまず困ったのは、会社の状況が、まったくといっていいいほど分からないこと。業績が好調で、社長自身も羽振りが良かったのは3年ほど前までで、それ以降はあまりうまくいかなくなっていたらしいことは、帰宅した夫から聞いたそうですが、それ以上の情報はありません。
 
そこで、謄本を取ってみると、精算は完了していないものの、解散していることが分かりました。ただ、「お金」関係がどうなったのかは、不明。会社に最後に残ったのは、男性が一人と経理担当者だったことも分かったので、奥さんに「一応事情を確認してみましょうか?」と話したんですよ。すると、「それはいい」とおっしゃいます。どうやら、その経理担当者というのが、旦那さんの相手だったようなのです。

預金を引出し、関係を「精算」

問題はもう一つあって、旦那さんの通帳を見ると、家に帰ってきた1年ほどの間に、数回に分けて計1500万円ほどが引き出されていたんですね。奥さんの話では、フラフラの体で、「ちょっと出かけてくる」と言い出ていったことが、何回かあったそうです。状況から考えて、別宅の女性に「清算金」を支払うために銀行に通ったのではないかと推測できそうです。旦那さんは、愛人への財産分与を遺言書にしたためる代わりに、自ら支払ったのでは?
 
とりあえず、もう会社は残っていないことが明らかになったので、奥さんには「会社のことは気にせず、申告しましょう」とアドバイスしました。「経理担当者」の女性は相続人ではありませんから、旦那さんから大枚の贈与を受けていたとしても、それは彼女と税務署との問題。奥さんも、そのお金をめぐって愛人と一戦交えるような気持ちはありませんでした。 都内の住宅地にけっこうな広さの家がありましたが、「小規模宅地の特例」(※2)を使ってその評価額を80%減にし、配偶者控除(※3)も活用した結果、最終的に遺産総額は1億円ほどになりました。愛人への「清算金」以外に、旦那さんはしっかり現金を残していたので、納税に窮するようなこともなく、相続自体はなんとか無事に終わらせることができました。
 
ただ、今思い返してみても、奥さんの「夫が経営していた会社の状況が見えない」という不安、愛人に死ぬ間際に1500万円も渡していた悔しさは、いくばくのものだったか、と感じますね。話しながら涙を拭うようなこともあったんですよ。 実際、この場合でも、例えば、会社が大きな借金を抱えていることが急に明らかになったり、個人保証があとから出てきたりしたら、かなり困ったことになります。特に、配偶者や親が会社を経営していたり、それなりの資産を持っていたりする場合には、関係がどうあっても、その概要は把握しておいたほうがいい――。私にとっても勉強になった一件でした。

※2 小規模宅地の特例
「被相続人と同居していた」など、一定の要件を満たせば、宅地の評価額を最大80%引き下げられる特例。
 
※3 相続税の配偶者控除
配偶者が相続する財産は、1億6000万円まで非課税。それを越えても、法定相続分である「遺産総額の2分の1」までは、相続税がかからない。

◆「相手のペースは嫌」と牽制するうちドロ沼化。そんな相続も

話し合いもせずに時間は過ぎる

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5年以上前に扱った案件なのですが、けっこう焦ったので強く記憶に残っている相続があります。亡くなったのは90歳代の高齢男性。相続人は奥さんと、60代既婚の長男、次男、それにお嫁に行った長女の3人でした。私のところに相談にみえたのは次男の方だったのですが、いらっしゃったのは、お父さんが亡くなってから半年ほどたってからだったのです。
 
資産は、自宅の土地・建物が2億円くらいと、預金が5000万円ほどありました。お父さんは服飾業関連の会社を創業し、それはすでに長男の方が引き継いだ上に、自宅で両親と同居していた、というシチュエーションです。お父さんは、遺言書を残してはいませんでした。この状況で揉めたのは、長男と次男。長女は悠々自適の暮らしぶりだったこともあって、「決まったことに従う」というスタンスでしたね。 さて、状況を聞いてまず驚いたのは、お父さんが亡くなってから遺産分割の話し合いをしたのはたったの2回しかない、という事実でした。そんなことになったのは、次男サイドからすると、当初「早く決めてしまおう」と“前がかり”になった兄に対して、「勝手に話を進められてしまうのではないか」という「警戒心」を抱いたこと。話し合いを持つこと自体に、慎重になってしまったんですね。一方、お兄さんはお兄さんで、自分に不利な雰囲気が漂うと、「忙しいから」と協議をすっぽかす。そんなことをやっているうちに、実のある話をしないまま、半年が過ぎてしまったのでした。
 
ちなみに、長男は会社を経営していますから、顧問の税理士さんがいらっしゃいます。ただ、この方は相続にはあまり詳しくないようで、どうも頼りない。そういう経緯で、私のところに相談にみえたわけです。

「持ち帰って検討」の繰り返しで

相続税の申告期限は、被相続人が亡くなってから10ヵ月ですから、もう3ヵ月ほどしかありません。ですから、私が入ってからは、月に2回くらいのペースで遺産分割協議を開きました。でも、話はなかなかまとまらない。そこで露わになったのは、長男、次男の思惑の違いでした。
 
あらためてどんな兄弟なのかお話ししておくと、お二人とも「勉強家」のタイプで、いろんな意味で知識は豊富。話し合いのたびに、それぞれがネットなどで調べた情報をもとに、主張を展開するわけですよ。様々な「意見」をくれる友人・知人にも事欠かない様子でしたね。まあそれはいいのですけれど、協議の場で、私が「では、こうしませんか」と提案しても、決してその場では合意せず、「持ち帰って検討」になってしまうんですよ。そして、半月後には、「修正案」を持ってくる。この繰り返しなのです。
 
金額的なこともさることながら、「相手のペースでやられてなるものか」という姿勢が、透けて見えるような気がしました。 かくして、お母さんの話によれば、「父親が存命の時には、普通の関係だった」兄弟仲はこじれ、協議は長期化。争点になったのは、やはり土地の扱いでした。どんな話になったのかは、次でお話ししたいと思います。

◆揉め事になりやすい、「不動産」をめぐる相続

「土地をどうするか」に思惑の違いがあった

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さきほど、お互いに新たな提案を繰り返した結果、父親の遺産分割協議がなかなか前に進まない長男・次男の事例を取り上げました。彼らの主な争点は、評価額2億円の自宅のある土地の扱いでした。ちなみに、現在は、父親の事業を継いだ長男夫婦が自宅で母親と同居。もう一人の相続人である長女は、「私は決まったことに従う」という立場であることもお話ししました。
 
この土地の扱いについては、そもそも二人の間に思惑の違いがあったんですね。長男は、将来的には、具体的に言うと母親の相続が終わった時点では、今回彼女が相続するであろう土地もすべて自分がもらいたい、という意向を持っていました。そのうえで、その土地の一部を売ってお金を作り、古くなった家を建て替える、というのが彼の青写真だったのです。「自分は“跡取り”なのだから、それが当たり前だろう」という発想。「その代わり、父親の残した5000万円の現金は、全部弟に渡していい」と話していました。他方、弟のほうは、自分も土地の一部を相続して、そこに家を建てようか、と迷っている状態だったんですよ。この機に賃貸住まいから脱したい、という思いがありました。
 
でも、相続で本格的に揉めてしまいましたから、兄が住む母屋の脇に弟が家を建てて住むというのは、現実的ではなくなってしまいました。そう判断した私は、次男の方にまず「今回のお父さんの相続では、土地はお母さんとお兄さんに渡し、現金をもらうということでどうですか?」と打診してみました。しかし、答えは、案の定「ノー」。「法定相続分(※4)に満たないような金額では、到底納得できない」という反応でした。 そこで考えたのが、「代償分割」です。これは、ある相続人が不動産などの財産を取得する代わりに、他の相続人に代償金を支払う仕組み。今回のケースだと、土地を取得する母や長男が、次男に対して、例えば法定相続分に見合う金額を払うわけですね。長男に提案してみると、「まあ仕方ないだろう」という反応。ようやくまとまりかけたと思ったのですが、そこで次男の持ち出したのが、「土地の評価」でした。

遺産分割協議がまとまらないと……

相続税計算のベースになるのは、通常「路線価」(※5)。さきほどの2億円というのは、これです。しかし、次男は実際に売買される値段、すなわち「実勢価格」での評価を求めたんですよ。前者は、後者のおよそ7~8割の水準ですから、土地を後者で評価すれば、弟はより多くの代償金をもらうことになります。「兄貴は、土地の一部を売ってお金を作ろうとしているのだから、それが筋だろう」という主張。確かに、それも一理あるのですが、今度は長男のほうが、「納税もあるし、そんなに払う余裕がない」と……。
 
実際には、これ以外にも様々な論点の応酬があり、結局、相続税の申告期限までに、遺産分割協議をまとめることはできませんでした。この場合は、「未分割」で申告し、納税しなければなりません。「小規模宅地の特例」(※2)、配偶者控除(※3)といった特例制度も使えませんから、そのぶん多額の相続税を納めることになってしまいました。遺産分割協議がこじれると、金銭的なデメリットも大きいのです。
 
ただし、3年以内に遺産分割を確定させて修正申告を行えば、「特例」は「復活」し、払い過ぎた分の税金は戻ってきますから、諦めるわけにはいきません。粘り強く話し合いを続けた結果、土地の評価については路線価と実勢価格の中間点近くにすることで、なんとか決着させることができたんですよ。 このように、不動産が絡む相続はどうしても揉めやすいんですね。早めに相続に詳しい専門家に相談することをお勧めします。

※4 法定相続分
民法に定められた、被相続人の遺言書がない場合の相続人の取り分。この場合は、配偶者2分の1、三人の子どもが6分の1ずつとなる。
 
※5 路線価
毎年国税庁が公表する、道路に面する土地の1平方メートル当たりの評価額。

◆95歳の父が、母の残した土地と株を要求!?

働き者のお母さんが亡くなって、相続に

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高齢の女性が亡くなり、相続になりました。相続人は、95歳の夫と、60過ぎの一人息子。息子さんは独身で、親と同居していました。相続財産は、彼女が所有していた土地と株がメインで、1億円ほどありましたね。元教員のお母さんがせっせと働いてお金を貯め、投資して作った財産でした。 私のところに相談にいらっしゃったのは、息子さんでした。聞けば、単純な相続だから、初めは自力で申告しようと考えたそう。でも、やってみたら意外に煩雑な作業が必要だと分かったので、「やはりプロに任せよう」と、私のところに来たのでした。
 
しかし、「単純な相続」の中身を知って、心底驚きましたよ。なんと土地と株のすべてを相続するのは、95歳のおじいちゃん。息子さんは2000万円ほどの預金だけを受け取る、という内容だったんですから。いらした時には、財産の名義変更まで、すでに済ませた後でした。 それにしても、失礼ながら老い先短い人間が、そんな資産を手にしてどうするのだろう、と私でなくても思うはずです。息子さんの話の断片に、こちらの想像を付け加えて言えば、おおよそ次のような事情があったようなんですね。
 
若い頃から精力的にバリバリ働くお母さんに対して、お父さんはどちらかというと大人しく、家の中では尻に敷かれるタイプ。妻のほうが稼ぎがいい、というコンプレックスもあったのでしょう。そんな「恐妻」が先に亡くなって、心底自由になれた。妻の財産を「我がもの」にするという行為は、その象徴だった、というわけです。そういう感情に、年齢は関係ないということなのでしょう。

「父が元気であれば、それでいい」

とはいえ、経済的な側面からいえば、これは「賢い相続」とはいえません。このままの状態だと、恐らくそう遠くはないお父さんの二次相続(※6)で、高額の相続税を支払わなくてはなりません。今回の一次相続(※6)で、ある程度息子さんに財産を移しておけば、節税にもなるし、土地などの名義の書き換えをし直す必要もないので、登記料などの「二度払い」も避けられるのです。
 
ただ、この相続には、もう一つ驚くことがあって、「せめて、土地などの名義変更をする前に来てほしかった」と今の話を息子さんにすると、「そうですね。でも、いいんです」と言うんですよ。「父が元気なら、問題ありません」と。生前、妻が自慢していた財産を手にしたお父さんは、見違えるように生き生きしたそう(笑)。「土地も株も、全部俺にくれ」という、常識はずれの父親に素直に従った息子の行動が、それで理解できました。お金には変えられない感情もある、というわけですね。
 
本当に、何度経験しても、相続ではびっくりさせられることばかり。こういう、心温まる「びっくり」だけならいいのですけれど。

※6 一次相続と二次相続
配偶者のどちらかが先に亡くなって発生するのが一次相続。もう一人が亡くなった場合が二次相続。
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