「うちは揉めない」と思っていても、いつの間にか争いになるのが、遺産相続。税理士の平井良先生も、そんな数多くの遺産分割協議の現場に立ち会ってきました。争いの様相は家族によってそれぞれながら、そこには「必ず揉める要因」も、経験で体得した「鎮めるためのテクニック」もある、と話します。
なだめたり、時にはあおったり。
遺産分割協議のテクニック
2015/2/20
◆遺産分割協議をやらない税理士が多いけれど……
税理士にも、いろんなタイプの方がいます。もちろん、得意・不得意もあって、「相続税のことなら任せておけ」という先生もいれば、そうでない人もいます。相続税に詳しくても、遺産分割協議にはノータッチ、という先生もたくさんいます。「財産のリストアップをお手伝いしますから、分割協議はそちらで。まとまりましたら、税金のことは、こちらでよしなに処理いたします」というスタンスですね。
遺産分割協議は相続人同士でするものですが、実際に話をまとめるためには、税金のことまで熟知している税理士が話し合いに参加し、リードするのがベストだ、というのが私の考えです。議論がもつれかかっている場合はなおさら。私が税理士のほかに行政書士の資格を持っているのには、そういう意味合いもあるんですよ。前でも述べましたけど、相続税の申告には、「被相続人が亡くなった翌日から10ヵ月以内」という期限があり、それを過ぎると、税金を軽減するための特例措置なども使えません。相続人全員が、損してしまう。そうならないように、みんなにとってプラスになるように分割するには、どうしたらいいのか。それを考え、まとめていくのも、我々税理士の務めだと思うのです。
「セコンド」が、争いの火に油を注ぐ
まとめるためには、燃え上がったものを、冷ます必要があります。例えば、「このまま申告期限を過ぎるとどうなるか」を、冷静に考えてもらうわけですね。中には、協議の場に出てくるのを渋ったり、初めから代理人(弁護士)任せにしようとしたりする相続人の方もいます。そんな時には、「お兄さんが遺産のすべてを欲しがっていますよ」などと、あえて“あおる”こともします。「じゃあ、こちらで全部決めていいですね」と多少強く言ったりもする。そうすると、まず間違いなく本人が出てきてくださいます。最初は多少ギクシャクしようが、まずはご本人に話し合いの場に出てきてもらうことが大事。そのために、いろんな手を使うわけです。 さて、相続において揉める要因は、家族ごとに様々なのですが、共通して話をややこしくする人がいます。「次男の嫁」とか「長女の旦那」とかの、いわば「セコンド」です。中には、「相続に詳しい知人」なんていう人間を連れてくる相続人もいたりします。
こういう人たちは、間違いなく争いを増幅させますから、私は絶対に協議の場には同席させません。当然のように話し合いに加われると思ってきた彼や彼女は、例外なく反発します。しかし、「あなたは相続人ではないでしょう」「ここで私と押し問答していると、旦那さんの立場が悪くなりませんか」と、そこはぴしゃりと言うのです。関係者に対してもそうですが、厳しく言う時は言う。それも協議をまとめる大事なテクニックですね。
私の経験上の話をさせてもらえば、血のつながった相続人などの関係者は、初めはカッカしていても10ヵ月間怒ってはいられない。たいてい、どこかで“鎮火”します。そうならないのは、本当に争いの根が深い場合で、これはもう弁護士さんにお任せするしかありません。でも、代理人同士の話になってしまうと、ますます揉めて時間がかかったうえに、結局、意に沿わない中身で妥協せざるを得なくなることが少なくありません。
だから、遺産分割協議は、なんとか当事者同士で結論を出すべき。繰り返しになりますが、本格的な「争続」を未然に防ぐのが、我々の仕事です。税理士事務所は、相続に不安を覚える人たちの、最初の相談窓口であるべきだと、私は考えています。
◆税理士には「恥ずかしいこと」から話してください
「知らない」「分からない」人も多い
「相続税の増税」が、いろんなメディアで取り上げられていますが、それでも「知らない」方が、けっこういらっしゃいます。 例えば、親から土地を相続したとします。司法書士に名義変更をお願いし、登記が完了して、やれやれ。少し経つと、その土地の所在する自治体から不動産取得税の通知が来て、「ああ、税金か」。その後は、固定資産税の請求が自分宛に来るので、しっかりそれを払っています――。相続税のことが、すっぽり抜け落ちているのに、それに気づかない。大げさな例えに見えるかもしれませんが、こんなふうに、そもそも「税目」自体がよく分かっていらっしゃらない方って、少なくないんですよ。
自覚はあっても、特にご高齢の方には、「相続税は高所得者が払うものだから、うちは関係ない」と、はなから決めてかかっている方も、これまた数多くいらっしゃいます。しかし、前にも述べたように、今度の税制改正で、東京都内に1戸建てを持っているような場合には、納税のボーダーラインを超える可能性が、かなり高まりました。 このように、「知らなかった」「関係ないと思っていた」人も問題ですが、我々専門家から見てさらに“難敵”なのが、「大した額じゃないから、この通帳は見せなくてもいいだろう」「借金のことは知られたくないから、黙っていよう」というパターンです。「言わないでいい」と、自分で勝手に判断しているわけですね。
相続を受ける人間が、困ることにもなる
結論を申し上げれば、せっかく我々が依頼を受けても、明らかにされなかった部分については責任を負えません。後々いろんなことがつまびらかになって、それが原因で相続人の間で揉め事になったり、税金を余計に取られることになったりすることだって、ありえるでしょう。とにかく、隠し事をせずに、全部を話していただきたいのです。 私はよく、「恥ずかしいと思うことから、話してください」と言います。「恥ずかしいこと」とは、多くの場合、借金です。実際、家族に内緒のカードローンなんていうのは、本人の「申告」なしには、見つけることが困難です。亡くなってから、いろんな電話がかかってきたり、通知が来たりで、だんだん全貌が明らかになってくる。それでも、すべてを知るのは、けっこう大変なんですよ。
借金も相続の対象です。相続した人が、当人に代わって支払わなければなりません。もし、その額が財産を上回っていたら、彼らは相続したばっかりに、「負債」を背負わされることになるのです。そんな場合は、急いで相続放棄(財産も借金も相続しないこと)の手続きを取らなくてはなりません。自分が死んでから、そんなドタバタを望む人はいないはずです。 誰にでも言いにくいことはありますが、それでも私は、細かな部分も含めて明らかにしてもらう努力をします。
例えば、高齢の方は郵便局がお好きですから、「ゆうちょ銀行の通帳はお持ちではないんですか?」と聞いてみたり。そこまでするのは、後で揉め事を起こさないため。その一点に尽きます。 あらためて申し上げれば、相続になったら、できるだけ素人判断をせずに、まずは税理士に相談してみてください。初回の相談は、基本的に無料ですから、お気軽に。
◆「身寄りがない」相続は、どうなるか
「知らない人」が相続人になることも
相続の時、配偶者がいれば、財産の半分はそこに行き、残りは子どもへ(法定相続の第1順位と言います)。子どもがなければ配偶者が3分の2で、残りが親へ(第2順位)。親もなければ、配偶者4分の3、残りが兄弟姉妹(第3順位)へ。これが相続人と、相続分についての、法の定めです。
ここで想定しているのは、基本的に「目に見える身内」と言っていいでしょう。ところが、核家族化、少子高齢化の急速な進行で、従来想定しにくかった相続が増えています。私は、こんな案件に遭遇したことがあります。 被相続人(仮にAさんとします)は60歳代で、認知症を患い、介護施設が成年後見人(本人に代わって契約などの法律行為をしたりして、本人を保護・支援する役割を担う)となっていました。彼は一人っ子で、親も子もいませんでした。そんなAさんが、1000万円近くの現預金を残して亡くなったのです。
介護施設から依頼を受けた私が調べてみると、「身寄り」のないはずのAさんに、なんと5人の法定相続人のいることが判明しました。実は、Aさんの両親は彼が若いうちに離婚し、それぞれ結婚して子どもをもうけていたんですね。Aさんにとっては、「兄弟姉妹」です。ちなみに、父親のほうは、“バツ3”まで行っており、きょうだいは5人に膨れ上がったわけです。 5人の間でお互いの面識はほとんどなく、当然、Aさんを知る人は1人もいませんでした。そんな「6人きょうだい」が、Aさんの遺産相続で初めてつながったんですね。しかし、この遺産分割の作業は、楽ではありませんでした。
遺言書で「守る」しかない
今も申し上げたように、5人は1人としてAさんのことを知りません。「税理士の平井と申しますが、実はこのたび……」と電話を掛けると、例外なく返ってきたのが、「あなたは何者? Aさんって誰?」という反応です。中には、新手の詐欺ではないかと、真面目に疑う人もいましたね(笑)。無理もない話です、いきなり、知らない人が遺産をくれるというのですから。
ところが、話が真実だと知るや、多くの人の態度は急変しました。子どもがいて、お金が入用な人もいた。「いくらくれるの?」「いつ入金なんですか?」と、あとはお金のことばかり。かと思えば、中に一人、「Aさんのことを知っていれば、少しは面倒を見てあげられたかもしれない。私がもらったお金は、お世話になった介護施設に寄付します」という方がいました。ところが、それを知った他の相続人からは、「そんなことをするのなら、相続放棄して、こちらの取り分を増やして」と……。 Aさんが、自らの意思とは無関係に、赤の他人に財産を分けなければならない現実、そのお金をめぐるやり取りを経験して、私は本当に切ない思いに駆られました。同時に、同じようなことは、これからの日本では当たり前のように起こるのではないか、という気がしています。
そんな不本意な相続にならないようにするために、取りうる手段が、遺言書を残すことです。最初に法定相続人の話をしましたが、遺言書に書けば、それ以外の人に財産を残すことが可能です。ユニセフなり赤十字なりに寄付するとか、お世話になったあの人に渡したいとか。お金に関する人生最後の決断は、頭がしっかりしているうちに、はっきり示しておくのがいいかもしれません。
◆相続税の申告は、やっぱり税理士に任せよう
相続税の申告書類は、「オーダーメイド」
今でも、税理士に頼まずに、自分で相続税の申告をなさる方はいます。恐らく、所得税の確定申告と同じような感覚なのでしょう。今年1月の税制改正で、相続税の納税対象者が増えましたから、これからそういう人がますます増加するのではないか、と私は感じています。
相続財産が自宅と通帳1枚で、自分は一人っ子だとか、ごく分かりやすい相続の場合には、わざわざ税理士に手数料を支払う必要はないかもしれません。ただ、そうでない時には、ちょっと考えもの。決してうちの事務所に来てほしいとかではなく、あくまでも一般論として聞いていただきたいのですが、相続税の申告は、専門家に頼んだ方がよろしいかと思いますよ。
そもそも、申告の書類は、財産の種類(土地とか現預金とか株だとか)や、相続を受ける人の人数や被相続人との関係などの条件に合わせて、それぞれ「オーダーメイド」で作成するようなもの。確定申告などに比べてはるかに複雑で、我々プロでも右から左へはいどうぞ、とはなかなかいかない代物なのです。よしんば税務署でOKが出たとしても、記載内容にミスがあって、後で申告漏れを指摘されたりしたら、目も当てられません。
「セットバック」を知っていますか?
「お稲荷さん」なんて、普通の人は考えつかないでしょう。今述べたように、税務署は「路線価ありき」ですから、親切に「お宅、お稲荷さんあるじゃないですか」と、「指摘」してはくれません。
私が事務所を構えるのは、東京の荒川区。典型的な下町です。狭い道の両側に、家屋がびっしり立ち並んでいるような場所が少なくありません。こうしたところでは、主に防災上の理由から、行政によって道路の幅を広げる計画が決まっていることがあります。将来的には、土地の敷地を後退させて、そこが道路の一部になるわけです。この場合の、土地の後退のことを「セットバック」と言います。その対象になっている土地は、やはり評価額を引き下げることができます。
この「セットバック」も、路線価の載った地図を眺めていても、分かりません。当の本人が知らないケースも多い。でも、しっかりした税理士さんなら、役所に出かけるなりして調べてくれるでしょう。専門家に依頼するメリットって、そういうことなのです。
余談ながら、私は東京の下町に事務所を構えている、と言いました。地域のお客さんを相手にしていると、つくづく「下町気質」のようなものを感じます。相続に限らず、「こっちは何も分からない。先生の言う通りにするから、とにかく任せたよ」と、案件は“丸投げ”。事務所が単純なミスをしても、「いいよいいよ、先生に頼んだことなんだから」と、さっぱりしたものなのです。ただし、「任せた」と言いながら、ちょっとした事実を隠していたりすることもあるので、気は抜けないのですが(笑)。
個人的には、これからもそんな下町で、気軽に地域の人たちの相談に乗る、「長屋の頭領」のような存在に徹したい、と思っています。
◆「もったいない」が招く相続のモンダイ
「思い出の品は、捨てないでほしい」
前述のとおり 、私は東京の下町、荒川区に税理士事務所を開いている、と言いました。下町は、老人の多いところでもあります。子どもたちは、みんな巣立って郊外に住み、狭いわが家には高齢の夫婦だけが暮らしている、というパターンがとても多いんですね。その親が亡くなると、よそにいた子どもたちが集まって、相続について話し合うことになります。
そんな時、意外な盲点になるのが、家にある「物」たち。家の中に、想像以上に荷物が多いのです。考えてみれば、今の高齢者は、なかなか物が捨てられない世代ですよね。そんなこんなで「堆積」した衣類とか書籍とかで、狭い部屋はやっと通るのが精一杯、などという例を何度も目にしました。 失礼ながら、とても価値のあるものには見えなかったので、あるお客さんのところで、残された奥さまに「どうして捨てなかったんですか?」と尋ねたことがあります。そうしたら、寝たきりの旦那さんに「昔の思い出の品だから、自分の持ち物は捨てないでくれ」と言われたのだとか。それでは、捨てるに捨てられないですよね。私の経験からみて、そんな家が、今の高齢者家庭には少なくないはずです。
◆事業をやめるのも、早めの決断が大事
相続放棄では足りず、離婚の憂き目に
運送業をしていたA社。年商は10億円程度でしたが、経営状況は芳しくなく、借金が5億円近くありました。中小・零細企業によくあるように、社長の自宅は、その借金の担保になっています。奥さんは役員には名を連ねておらず、息子さんが専務を務めていました。 さて、その社長にがんが見つかり、余命宣告を受けました。近い将来、相続の発生することが分かったのです。通常なら、息子さんに事業を継承するところでしょうが、会社の先行きは厳しいことが明らか。そこで事業を畳む決心をしました。
問題は、銀行などへの多額の借金です。廃業となれば、担保の自宅も何もかも差し出さなくてはなりません。せめて、奥さんのために自宅だけは残したい。どうしたものか? 考えた末に、社長は奥さんに離婚を切り出し、承諾してもらったのです。いわゆる「偽装離婚」(事実上夫婦であるにもかかわらず、離婚届を出して、対外的に離婚を装うこと)ですね。 実は、自宅と土地は、社長と、会社とは関わりのない奥さんの共有名義でした。案の定、競売に付せられても買い手は付きません。結局、旦那さんが死んだ後に、土地、建物の担保になっていた部分を奥さんが買い戻し、家に住み続けることができました。
一方、息子さんは、会社の借金の連帯保証人になっていました。こちらのほうは、逃げおおせる「妙案」はありえませんから、自己破産の道を選んだそうです。しばらくの間クレジットカードが作れない、といった不自由は甘受せざるをえませんが、大きな借金を背負い込むよりはまし、という判断です。
早く決断すれば、打てる手もある
ここまで聞くと、「ハッピーエンド」に思えるかもしれませんが、実際にはそう単純ではなかったようです。長く連れ添った夫が、余命いくばくもないと宣言されたうえに、いきなり離婚を持ちかけられた奥さんの精神的苦痛は、計り知れないものだったはず。
加えて、別の問題もありました。この場合、離婚せずとも相続放棄の手続きを取れば、財産はもらえないものの、借金も引き継がなくていいはずなのですが、経営に困った会社は、あまり筋の良くない金融業者からも借金していました。この手のところは、そんな事実にはお構いなしに、半ば嫌がらせで借金取りに訪れ、債務者を精神的に追い込んだりするのが常。「相続は放棄しました」と言うよりも、「あの人とは、もう縁もゆかりもありません」と対応する方が、撃退しやすいのは確かでしょう。
そこまで追い詰められてしまった気持ちは、よく分かります。でも、もしかしたら、もっとマイルドな着地点があったのかもしれない、とその話を聞きながら思いました。 昨今の経済状況もあって、相続を機に事業をやめるケースは、これからも増えると思います。今の事例のようにドロ沼化させないためには、一にも二にも、早めに税理士などの専門家に相談し、準備を進めることです。例えば、昨今は、中小企業のM&A(企業の合併や買収)も活発です。収益性のある事業だけを切り離して同業者に売り、借金を大幅に削る、といったことが可能かもしれません。
相続が、家族を路頭に惑わすことになるかもしれない――。経営者の方々は、そのことを常に心に刻んでいてほしいと思います。
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