「お前百まで、わしゃ九十九まで」。かつての夫婦の形は、契りを交わしたら生涯添い遂げる、というのが普通でした。しかし、時代は移ろい、若者のみならず、中高年の恋愛事情も様変わり。それが、いざ相続になって、思わぬ事態を招くこともあるようです。税理士の浅野和治先生に、ご自身が遭遇した二つの事例を語っていただきました。
多様化する“愛の形”と相続
2015/2/18
◆子どもより「愛人」のほうが上位!?
ある方から、存命しているお父さんの、相続についての相談を受けました。資産を調べていたら、目に留まったのが、「小規模企業共済」の証書です。小規模企業共済は、中小企業基盤整備機構という独立行政法人が運営する制度で、個人事業をやめたとき、会社などの役員を退職したときなどの生活資金を、あらかじめ積み立てておくもの。もしお父さんがお金を積み立てたまま亡くなれば、当然、相続の対象になる財産です。ちなみに、その方には2000万円近い残高がありました。
ところが、何の気なしに規約を調べていて、とんでもないことに気づきました。なんと、本人死亡の場合の受取順位は、配偶者の次に「愛人」が来ていたのです。実子よりも上。たとえ同居していなくても、「お手当」などをあげてその生活を支えていることが認められれば、「婚外妻」として、その権利を主張できるわけですね。
実は、そのお父さんは、数年前に妻を亡くしていました。そして、独り身の寂しさに耐えられず、流行の「熟年向け婚活パーティー」で気の合う女性を見つけ、交際していたのです。再婚はしていませんが、もしその女性が「愛人」と認定されれば、お父さん亡き後、2000万円は丸々彼女のもの。そんなことになっているとは、誰も――依頼者である息子さんも、お父さんも、たぶん相手の女性も――知りません。恥ずかしながら、私も知らなかった(笑)。
そのまま気づかずに相続になっていたら、「そんなバカな!」という事態が必至だったでしょう。息子さんに大きな損害を負わせるわけにはいきませんから、お父さんにはきちんと事情を話し、即刻、解約の手続きを取ってもらいました。 私も初めての経験でしたが、恐らく世の中には、同様の決まりになっている制度が、他にもあるのでしょう。「婚外妻」の権利を確保するのが目的だと思いますが、一歩間違えば、「争続」のタネ。もしやと思ったら、積立金の類を総チェックしてみることをお勧めします。
◆先妻との骨肉の争いも多い
今のは、「妻に先立たれた夫が落ちかかった罠」というシチュエーションでしたが、これだけ離婚が増えると、遺産相続をめぐる先妻対後妻のバトルも、そう珍しいものではなくなりました。離婚した先妻には相続の権利はありませんから、多くの場合、亡夫との間にできた子どもを前面に立てての「代理戦争」になります。
私が後妻の側の依頼を受けたある例では、先妻の怨念に近いものを感じましたね。先妻には、亡くなった夫の娘さんが一人いました。元夫は会社経営者で、彼が50代のときに離婚。再婚相手は、娘よりも年齢が下の、「歳の差婚」というパターンでした。
そんな状況もあってか、先妻の方には「あの女にはビタ一文渡したくない」という気持ちがありあり。結局、男性所有の土地と現預金は相手側、こちらは自宅と有価証券という形で分割しました。後妻の方は納得してくれましたけど、正直言って、かなりの妥協を余儀なくされたのも事実です。後妻のことを思っていた夫が、彼女に有利になる遺言書を残していれば、また状況は違ったでしょう。依頼者に、「なぜ書いてもらわなかったのか」と聞いたところ、「遺産目当てだと思われるのが嫌で、言い出せなかった」とのこと。その気持ちは痛いほど分かるのですが、基本的に「気持ち」は一切考慮されないのが相続。何らかの話し合いはできなかったものか、と少しだけ残念な思いもしました。
この1件にはさらに続きがありました。遺産分割協議がまとまった後、元夫が生前に経営していた会社に関する件で、今度は先妻が直接、後妻に対して損害賠償を求める訴訟を起こしたのです。どうみても、勝ち目の薄い戦いに、身銭を切って挑んでくる。つくづく、相続というのは、いろんな感情のマグマが噴出する場なのだ、ということを痛感します。
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