相続税を心配して税理士のところに相談に来る人は、当然ながら「できることなら払わないでいいように」「払うにしても、なるべく少額で済むように」という思いを抱えています。それに応えるためには、「何より経験値がものをいう」と、税理士の久野豊美先生は言います。同時に、あまりにも「節税一色」になっている現実には、警鐘も。その真意をお聞きしました。
1円でも税金を減らすのが、税理士の役目だけれど……
2015/1/28
税務署に「嘆願書」を出すこともある
不動産の相続税上の評価を大きく減らせる「小規模宅地の特例」については、以前の記事でも触れました。適用を受けるには、「相続人が親と同居している」「同居はしていないが、配偶者および同居している親族がいなく、かつ持ち家はなく賃貸住まいの場合」といった要件を満たすことが必要なのですが、こんな例もありました。
今現在は、親が自宅を離れて老人ホームにいても、この特例を使うことができますが、それがまだ許されていなかった2013年当時のことです。自宅には息子さんが住んでいました。そこで、親と子が「生計を一にする」という要件を使って、「小規模宅地の特例」を認めてもらおうと考えました。
「生計を一にする」とは、ごく簡単に言えば、「親族が同居していて、生活の財源が同じである」「別居しているが、一方から生活費などの送金が行われている」状態を言います。親が子どもに仕送りしている関係を考えてもらえば、理解しやすいでしょう。このケースでは、反対に子どもが親の生活を支えていました。 親のほうが収入ゼロであるならば、要件クリアは比較的楽です。でも、この場合には若干ながら、親にも収入がありました。いわばグレーゾーンではありましたが、私は過少申告とみなされるリスクがゼロではないことを伝えたうえで、生活状況を詳しく書いた「嘆願書」を添付して、申告をしてもらったのです。結果、特例は認められました。
これも以前にも述べたと思いますが、税理士にとって「相続は知識よりも経験値」が大事です。さすがの私でも、駆け出しの頃だったら、こんな「冒険」はできなかったでしょう。ともあれ、可能な限り納税者の税負担を減らすのが、我々の務め。いける可能性があったら節税策を勧めるのが、今の私のスタンスなのです。
節税、節税……で見えなくなるものはないか
と言いながら、矛盾するかもしれませんが、私は「相続税の節税のためには、こんなやり方もある」と、納税者を煽るような昨今のマスコミの取り上げ方には、大きな疑問も感じています。 例えば、相続対策で現金を不動産に変えるのはいいのですが、これだけ空き室が多いのに、さらに賃貸物件を建てて大丈夫なのでしょうか? 建てた人が大きなリスクを背負うだけでなく、不動産の供給過剰に拍車をかけることが、やがて社会全体にツケを回すような気がしてならないのです。個人的には、教育資金としてならば、祖父母が孫に一度に贈与しても1500万円まで非課税、という「教育資金贈与」にも、ちょっとした疑問を感じます。確かに相続税は減らせるでしょうけど、まだ小中学生の子どもに大金を渡してしまって、あとあと問題は起きないのか、と要らぬ心配をしたくなるのです。
まあ、これらの制度にしても「使いよう」で、上手に活用して、みんなに感謝されるケースもあるでしょう。私が言いたいのは、「まず節税ありき」で、大事なことを見失ってほしくない、ということです。教育資金を1人の孫だけに贈与した結果、「争続」に発展したというのでは、元も子もないではありませんか。 財産をつなぎ、築いた親の考えを最大限尊重して、それを大切に引き継ぐのが相続。税金対策は、そのほんの一面に過ぎないことも、忘れないでほしいと感じます。
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