ハードルが高い医業の事業承継。その傾向と対策

ハードルが高い医業の事業承継。その傾向と対策

2018/6/6

 
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「何十年もかけて築いてきた事業を息子に譲りたいが、本人にはその気がないようだ」「買い手を探しても、いっこうに見つからない」――。世代交代の時期を迎えた経営者にとって、事業承継は大きな課題。地域の医療を担う病院・診療所(クリニック)には、一般企業とはまた違う苦労もあるようです。今回は、医療・福祉界の経営サポートや税務会計サービスなどに特化して半世紀の実績を持つ川原経営グループの川原丈貴先生に、医業の相続、M&Aを中心にお話をうかがいました。

◆子へのバトンタッチは、「成功率」が高くない

事業承継のタイミングを迎える医療機関

先生の事務所は、医療・福祉界のお客さまに特化したサービスを提供されています。
はい。先代の父親がその方針を固めたのが1970年代の初めですから、もう50年近く医療・福祉界とともに歩んできたことになります。今では、行政や医師会などとも太いパイプを持ち、日本の将来になくてはならないこの分野の発展のために、お手伝いさせていただいています。
そんな先生に、病院や診療所の事業承継をめぐる課題などについて、うかがっていきたいと思います。一般の中小企業などでは、戦後に起業した方が高齢になり、このところ承継の案件が増えているわけですが、事情は医療機関でも変わらないのでしょうか?
そうですね。おおむね状況は同じです。20床以上の入院施設がある病院の場合にはちょっと別の要因もあって、建物の建て替えのタイミングも重なっていたりします。
それはどういうことでしょう?
1985年の医療法改正で、「基準病床数制度」という仕組みが設けられました。定められた数式により、都道府県が医療圏という地域ごとの「基準病床数」を算出し、すでにあるベッド数がそれを上回っている場合には、新たな病院の開設や増床を許可しない――というもので、医療機関をベッド数が過剰な地域から足りない地域へ誘導し、地域格差を是正するのが目的でした。その際、「制度ができれば、ベッド数が増やせなくなる可能性が高い」と、たくさんの病院が“駆け込み増床”に走ったのです。
 
それから30年ほど経ち、当時ベッド数を増やした病院が、そろそろ建て替えの時期を迎えています。そして、いまの理事長や院長も歳を取った。勤務医をやっている子どもは、後を継がせるのにいい年齢になっている。だったら、この際子どもを呼び戻して、同時に建物も新しくしようか、と考える。
なるほど。確かにちょうどいい区切りに感じられます。

「継ぎたくない」「継がせられない」それぞれの心情

そうした状況の中で、実際の引き継ぎはうまくいっているのでしょうか? はたから見ると、お医者さんはご子息・ご息女を医学部に行かせて資格を取らせ、計画的に自分の跡を継がせる、というイメージなのですが。
なかなか、そうプラン通りにはいかないのが実情です。まず、医業承継には、おっしゃるように承継者には医師免許が必要です。そこが普通の会社の事業承継との違いで、本人の能力や経済的な理由などで、そのハードルを超えられないこともあります。

さらに、子が晴れて医師になったからといって、すんなりバトンタッチできるわけではありません。当然のことながら、本人にその気になってもらわなくてはなりません。ところが、往々にして「医療には携わりたいけれど、親のやっている診療科とは別のことをやりたい」という話になったりするのです。皮肉なことに、優秀な子ほど、後継ぎを拒むケースが多いように感じます。

それはなぜですか?
例えば、ボストンに留学したまま帰ってこないとか(笑)。能力のある人ほど、「自分のやり方で、やりたいことをしたい」という思いが強いわけですね。親とは30くらい歳が離れていますから、その間、医療の知見や技術も著しい進歩を遂げている。「親の考え方が染みついたところを引き継ぐのは嫌だ」という考えになるのも、気持ちとしては分かります。
 
大きな病院を経営なさっているような場合には、その姿を見てきて、「あんな苦労はしたくない」と、勤務医のままでいたり、個人で診療所を開業したりするケースも少なくありません。
医療ミスまでいかなくても、何か問題が起これば責任者として頭を下げなくてはならないし、そもそもお医者さんを集めるのも大変だし。
加えて、お金が問題になることもあります。病院は儲かっているイメージですけれど、利益率は総じて低く、それなりの借金を抱えていることもあります。例えば、医業は旅館業とちょっと似たところがあって、アメニティ(設備の快適さ)が問われる部分もある。どんなに歴史があって名の通った病院でも、外見が古くさいと、それだけで患者さんに敬遠されてしまう。
確かに、暗そうな病院に入るのは、勇気が要ると思います(笑)。
さきほど病院の建て替えの話をしましたが、そういう事情もあって、普通の建物よりもリニューアルのスパンが短い傾向にあるんですよ。もちろん医療機器などの設備面の投資も必要になりますから、タイミングによってはかなりの額の銀行借入があったりする。事業を承継するとなれば、基本的にそれらも背負わなくてはなりません。
いろんなハードルがあるわけですね。
ある大きな病院で、5人の子が全員医師になったにもかかわらず、誰も継ぎたいという人間がいなかった、という例もありました。理事長は、「誰か(第三者でも)引き継いでくれる人を探して欲しい」と弊社に相談にいらっしゃいました。
 
反対に、子のほうに継ぐ気はあっても、親の御眼鏡にかなわないためにうまくいかなかった、というケースもあります。親のほうには、「自分の手で地域に医療機関を設立し、何十年も信念を持って経営してきた」という強い思いがある。その目から見ると、「うちの子には、とても経営者としての能力はない」ということになってしまう。
結局、子どもが親の病院を継ぐケースというのは、全体の何割くらいあるのですか?
そうですね、私の体感で、統計ではないのですけど、あまり多くない印象です。個人の医科の診療所に限ると、年間に開業するのが2800軒程度と言われているのですが、そのうち既存の診療所を承継したというのは、親族、第3者を含めて2割以下という感じがします。そのくらい少ないのは事実なんです。当然、承継されなければ、廃業ということになります。
医業の承継は、想像以上に大変なのだということが分かりました。
もちろん、うまく引き継ぎを行った事例も、たくさんありますよ。医師になった子が何人かいる場合には、それぞれの「処遇」で兄弟が揉めたりすることもあるのですが、長男に今ある病院を継がせて、次男には系列の診療所を継がせることで、グループ経営により、家業をさらに拡大させることができるよう、上手に引き継いだという事例がありました。
 
ただし、そのようなスキームを実行するためには、現理事長が元気なうちから計画的に準備を進める必要があります。子ともきちんと話をして、彼らの真意を掴んでおくことも大事になるでしょう。でも、実際には、そもそも子と将来のことについて何も話をしていない方がほとんどです。まあ、これは医業承継に限ったことではないのかもしれませんが。
親族に継がせる人間がいない場合には、それに代わる第3者を見つけて買ってもらう(M&A)か、廃業の道を選ぶのか。いずれにせよ、医療機関も「財産」ですから、将来発生する相続のことを考えても、おっしゃるように早めに方針を決めて手立てを打っていくことが必要ですね。

◆買い手を探すのもラクではない

病院と診療所で違うM&A事情

では、医療機関のM&Aは、どんな状況にあるのでしょうか?
総論的なことからお話しすると、一定の入院機能を持つ病院と、診療所とでは、状況がまったく違います。前者が基本的に“売り手市場”なのに対して、後者は買い手を探すのがなかなか難しい。結果的に廃業になるケースが少なくありません。
その差異が生まれる原因は?
先ほど、「基準病床数制度」の説明をしました。これが導入された結果、大半の地域でベッド数が基準を上回ることになり、実質的に新しく病院を設立することが困難になったのです。病院経営に参入したい、あるいは拡大したいと思ったら、すでにある施設を買うしかありません。医療は成長分野ですから、ビジネスに対するニーズもそれなりに高い。
「買いたい」という人は、比較的見つけやすいわけですね。
それでも、話がまとまるまでには紆余曲折があるのですが。一方、診療所は、基本的に自由に開業することが可能です。地域も診療科も、自ら選んで開設できるわけです。そこが病院とは違う。
ただ、建物も設備もすでにあり、患者さんもいて収益が上がっているのならば、わりと安心して買い手が見つかり、承継することができるように思うのですが。
確かに、そういうメリットはあります。例えば、透析クリニックのように、固定した患者さんがいるようなところは買い手もつきやすいし、比較的高く売れるでしょう。でも、多くの場合は、そう簡単にはいきません。私たちもそうした依頼を多く受けてきましたが、医療機関は、普通の会社以上に「売り方」が難しいのです。

そもそも「仲介役」がいない現実

どういうところが難しいのですか?
診療所のケースをお話ししましょう。仮にA医院の院長から、「第3者にM&Aで譲渡したいから、相手を探して欲しい」という相談があったとします。「どこそこのA医院を買いませんか?」とほうぼう声をかけることができれば最も効率的なのですが、普通はやりません。「A医院が閉まるらしい」というような話が患者さんの間に広まれば、それ自体が経営の打撃になるかもしれないからです。診療所スタッフも動揺するでしょう。
なるほど。開けっぴろげに話を進めるわけにはいかないですね。
ある程度、買い手のターゲットを絞ったうえで、例えば「東京のこっちのほうで、診療科はこれで」というような話から始めるしかありません。大変さがわかっていただけるでしょうか?
そういう場合、ターゲットになるのは、どんな方々なのでしょう?
一番多いのは、大学病院をはじめとする大きな病院で勤務医をしているお医者さん。人にもよるのですが、40代も後半になってくると、自分の中で開業するかそのまま残るのかの判断を求められるわけですね。一般的に、開業したほうが収入はいいですから、そういう意欲を持っている人の中から、条件に合いそうな医師を探し出していくという感じでしょうか。大学の先生などに、「いい人はいませんか?」とお願いすることもあります。
 
くどいようですが、お話ししたのは、あくまでもそういう客観的な条件があるということで、実際に適任者を見つけて売り手と結びつけるのは、至難の業です。そもそも、そういうふうに間を取り持つ存在自体が極めて少ない、という現実もあります。
そうなんですか。今は、御社と同じように医業に特化して「事業承継に強い」とうたう税理士法人や法律事務所、M&A専門の会社などもずいぶん増えたと思うのですけど。
ビジネス的には、大きな医療法人の場合ならともかく、個人の診療所のM&Aを成功させたとしても、そんなに多くの仲介料は望めないでしょう。「地味な」案件を扱うところは、本当に限られることになります。
 
「事業承継による診療所の開業は、体感的には全体の2割以下」と言いましたけど、そういう現実は、売り手と買い手のミスマッチ以前に、「そもそも相手とめぐり会っていない」ことが大きな原因なのです。言い方を変えると、ここにきちんとした仲介役がもっとたくさんいれば、売り手にも買い手にも、ハッピーな環境になるはずなのですが……。当事務所としても、さらに努力を重ねるとともに、なにかいい仕組みはできないものかと、いろんなところでお話ししています。
地域医療の安定、発展のためにも、大事な取り組みだと感じます。

「医者の不養生」に端を発したM&A

難しい案件が多い中で、特に印象に残る事例はありますか?
そうですね。よく「医者の不養生」と言われるのですが、実際ご自身の健康管理に関しては無頓着で、突然亡くなられる方がけっこういらっしゃるのです。
なんの準備もなく亡くなってしまうようなケースは、さらに大変ですよね。
ある時、小児科の診療所をやっていた60歳代の先生が、前触れもなく亡くなりました。娘さんが1人いましたが、医師ではなく、身内や関係者にも後継者はなし。ただ、残された奥さんが「場所はいいし、主人がずっとやっていた診療所だから、なくすのは忍びない」と、閉院後も家賃だけ払い続けて、経営してくれる人を探していたんですね。
 
このケースでは、私の知り合いの会計事務所から「そこを買いたいという人がいる」という話が舞い込んできて、当事務所で仲介することになりました。買い手は大学病院の勤務医で、「そろそろ独立したい」という話を教授にしたところ、その先生がたまたまこの案件のことを知っていて、「だったら、いいところがあるよ」と紹介してくださったのです。
奥さんは、買い手が現れるまでどのくらい待ったのでしょう?
診療所を閉めてから約半年くらいでした。そこから事業承継に向けた協議を始めて、新規開業できたのがさらに半年後のことです。運よく出会えたとはいえ、双方とも手続きのやり方などはまったくわからないし、売買価格をどう設定するかという問題もあります。詳しくは話せませんが、成約までにはいろんなやり取りもあったんですよ。この分野に経験がなかったら、まとめ上げるのは難しかったかもしれません。
 
それとは別に、診察中に倒れて亡くなられた内科の先生もいました。まだ50歳そこそこだったのですが、1日平均150人近い患者さんを診られていた。
激務がたたったというパターンでしょうか。
その診療所も、その先生が1人で診療していましたから、即刻閉院せざるをえませんでした。子どもはまだ学生で、やはり後継者はいません。開業して10年ほどだったのですが、ちょうど設備を更新したところで借金が2000万円近くあり、加えてテナントビルに入居していたため、原状回復するだけで相当なお金がかかってしまう。そういう事情もあって、「なんとか継いでくれる人を探して欲しい」という依頼でした。
それは切実ですね。どうなったのですか?
近くの病院の院長に相談したところ、そこの勤務医の先生をご紹介いただき、結果的にはその方に引き継いでもらうことができました。その方はすでに50歳を超えていたのですが、ちょうど開業しようかどうか悩まれていたんですよ。子どもを私大の医学部に行かせるのには、勤務医の給料では辛い。だからといってこの歳になってから、初期投資の大きな借金を抱えて独立するのもリスキーだ――と。
結果的に、そのお医者さんにとっても“渡りに舟”のお話だったわけですね。
それでもけっこう迷われましたけれど、やはりすでに設備の整った「ハコ」があって、患者さんも多く通ってきているという、条件の良さが決め手になりました。
そういう事例を聞くと、さきほどお話しになった、仲介役の機能の大事さがよくわかります。結びつける人がいなければ、良縁も生まれようがありません。

◆何から始めるべきなのか

専門家にも頼み方のコツがある

そういう仲介役を、上手に使うことも大事です。うまくまとまった例を2つお話ししましたが、これらは、私たちが“ゼロベース”で関わることができました。でも、中には「話はついているから、手続きだけやって欲しい」という依頼もあります。ところが、中身を聞いていくと、双方の考えていることがまるで違ったりすることがあるわけです。
どういうことでしょう?
けっこうあるのが、具体的に「何を売るのか」を曖昧にしたまま、売買価格だけで「合意」しているというパターンです。売るほうは、使っていた医療用具の類は自分で精算するつもりでいるけれど、買うほうは全部もらえると思っていたとか。極端なケースでは、辞める人の退職金をどちらが負担するのかで、まるで思惑が異なっていたこともあります。
 
そのように、手続きの前に当然決まっているはずのことが決まっていない場合は、まず双方の考えを一致させるところから、再スタートということになりますよね。往々にして「話が違うじゃないか」ということになってしまう。それで破談という事例が、実はけっこうあります。
事業承継の環境が厳しい中で、せっかく相手が見つかったのに、そういうミスで失敗してしまうのは、もったいない気がします。

親子間でも、決めるべきことは多い

「きちんと決める」というのは、もちろん子どもが引き継ぐ場合にも重要です。診療所を継いでくれることにはなったけれど、そこから先、何を決めたらいいのかわからないという場合がほとんどなんですね。ですから、私たちが間に入って「親子間であっても、こういうことはしっかりしておきましょう」というアドバイスをします。
それこそ、「お父さん、話が違うじゃないか」などということになったら、目も当てられません。ところで、「決めておくこと」って、例えばどんなことでしょう?
「具体的にいつ引き継ぐのか」というのは、実は大事です。個人の診療所の場合は、いったんお父さんが廃業したうえで子どもが開業する、という手続きが必要になるんですよ。役所に、「何月何日をもって閉院し、翌日から新たに開業する」という届け出をしなくてはなりません。
 
それを受けて、役所は普通の開業と同様、施設を見にやってきて、図面通りの建物かとか、X線漏れはないかといった点を調べて、許可を出す。でも、みなさん、そんなことはご存じないわけです。
親子なのだから、簡単に引き継げるのだろうと考えていると……。
設備などもタダでそのままあげるわけではなく、子に譲渡することになります。価格は、第3者相手ならかなり自由がききますが、親子間で実態とかけ離れた売買をすると、後々税務署に目を付けられることも考えられますから、注意が必要です。
「こんなはずではなかった」という落とし穴が、あちこちにある感じがします。たとえ個人同士の場合であったとしても、M&Aを成功させるためには、それなりのノウハウが必要。親子間の承継でも、軽く考えていると思わぬところで足をすくわれるかもしれません。できれば早い段階から、実績のあるプロのアドバイスを受けるのが大事ではないでしょうか。
多くのお医者さんと接していて感じるのは、人間のタイプとしてはいろんな方がいらっしゃるのですが、みなさん自分が地域で担ってきた医療を途絶えさせてはいけないという、強い使命感を持っていらっしゃるということです。そんな思いにより的確に応えられるように、工夫と努力を続けていきたいですね。
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