2018年の10月19日、最高裁判所が「相続分の譲渡は生前贈与であり、他の相続人には遺留分が認められる」という判断を示しました。これだけ聞いても“?”かもしれませんが、同様のケースは、実際の相続で十分起こり得ること。最高裁が1審、2審の判決を覆してまで初めての判断を行った影響は、小さくなさそうです。今回は、相続に詳しい税理士法人安心資産税会計の高橋安志先生に、この判決についての解説とともに、自ら経験されたいくつかの事例を紹介していただきます。
生前贈与に遺留分……。かくも相続は難しい
2018/11/15
「私の相続分は、あなたにあげる」。気軽にやると、のちに問題に!?
父の相続では、長男が異を唱えた
この前、最高裁が「相続分の譲渡」について初めての判断を下して、注目されました。まずは、その中身を説明していただけますか。
わかりました。何が問題になったのか、実際の話を少し簡略にして、わかりやすくお話ししてみましょう。ある家庭のお父さんが亡くなって相続になったのが、すべての始まりでした。相続人は、お母さんと息子2人とします。
そもそも、この相続が子どもの間でちょっと揉めたらしいのです。お父さんの遺言書はなかったので、法定相続分で分けると、配偶者2分の1、息子たちは4分の1ずつ。ところが、長男は「それでは納得できない」と。
そもそも、この相続が子どもの間でちょっと揉めたらしいのです。お父さんの遺言書はなかったので、法定相続分で分けると、配偶者2分の1、息子たちは4分の1ずつ。ところが、長男は「それでは納得できない」と。
両親の面倒をみていたとか、何か理由があったのでしょうね。
そうです。長男夫婦は同居して、被相続人の介護もしていました。結局、お母さんは、子ども同士争うのは忍びないと、遺産分割協議(※1)がまとまる前に、「私はいらないから」と言って、相続を放棄しました。そのうえで、「私の分は、全部お兄ちゃんにあげる」という形で、矛を収めようとしたのです。正確に言うと、何か個別の財産を渡すというのではなく、「相続分をあげる」ということです。
この場合、お母さんが単純に相続を放棄したのなら、それぞれの遺産の取り分は、「母0%、長男、次男50%ずつ」ですけど、お母さんの意向を反映すると、「母0%、長男25%+50%=75%、次男25%」になります。
この場合、お母さんが単純に相続を放棄したのなら、それぞれの遺産の取り分は、「母0%、長男、次男50%ずつ」ですけど、お母さんの意向を反映すると、「母0%、長男25%+50%=75%、次男25%」になります。
お母さんの意向は通ったのでしょうか?
はい。長男は納得し、次男も「自分の遺産の取り分を長男に渡す」というお母さんの行為自体に異議を差しはさむことは、その時点ではできません。そういう内容で、お父さんの相続はなんとか収まりました。
裁判で最高裁まで争うほど揉め事になったのは、その後お母さんが亡くなって発生した相続なんですよ。
裁判で最高裁まで争うほど揉め事になったのは、その後お母さんが亡くなって発生した相続なんですよ。
※1 遺産分割協議
被相続人の遺産の分け方について、法定相続人全員で話し合うこと。相続税の申告期限までにまとまらないと、「未分割」で、法定相続分をベースに税金を納めることになる。
被相続人の遺産の分け方について、法定相続人全員で話し合うこと。相続税の申告期限までにまとまらないと、「未分割」で、法定相続分をベースに税金を納めることになる。
母の相続では、次男が「ノー」と言った
具体的にどんな問題が起こったのでしょう?
お母さんが亡くなったのは、お父さんの相続(一次相続)から4年後のこと。しかし、お父さんから遺産を貰わなかったために、彼女にはほとんど財産がありませんでした。ということは、お母さんの相続(二次相続)では、そのままだと、息子2人が受け取る遺産もほぼゼロということになりますよね。今度はそれに次男が異を唱えたのです。「自分はもらえるはずだ」と。
肝心のお母さんに財産がないのだから、どうしようもないのでは、と普通は思います。
ところが、そうではなかったのです。もう一度お父さんの相続に戻ると、お母さんは「長男に私の相続分を渡す」と言って、その通りにしました。しかし、次男はこれが「母親から兄への生前贈与に当たる」と主張したんですよ。
贈与が認められるとどうなりますか?
あらためて整理しておくと、生前贈与のように特定の相続人が被相続人から特別な利益を受けた場合、そのぶんは「特別受益」と言って、相続の際、贈与を受けていた相続人の相続分から減額されます。それをやらないで遺産分割を行うと、贈与を受けていない相続人に不利が生じるためです。
兄は目いっぱい生前贈与を受けていたのに、相続になったら、残った財産を弟と「平等に」分けるというのでは、公平とは言えませんよね。
特別受益がある場合の相続では、各相続人の相続分は、次のように計算されます。
例えば,被相続人の実際の資産が800万円で、相続人は、200万円の生前贈与を受けていたAと、受けていないBの2人だとします。この場合、相続財産は、200万円の特別利益が加算されて800万円+200万円=1000万円となります。それを法定相続分に従って2分の1ずつ分けるとすると、Bは500万円、Aはそこから生前贈与されていた200万円が減額されて300万円という計算になるわけです。
お話ししたように、今回、お母さんの財産はゼロなんですね。ところが、次男の主張が認められれば、長男の特別受益、すなわちお父さんの遺産の50%ぶんが相続財産になります。
例えば,被相続人の実際の資産が800万円で、相続人は、200万円の生前贈与を受けていたAと、受けていないBの2人だとします。この場合、相続財産は、200万円の特別利益が加算されて800万円+200万円=1000万円となります。それを法定相続分に従って2分の1ずつ分けるとすると、Bは500万円、Aはそこから生前贈与されていた200万円が減額されて300万円という計算になるわけです。
お話ししたように、今回、お母さんの財産はゼロなんですね。ところが、次男の主張が認められれば、長男の特別受益、すなわちお父さんの遺産の50%ぶんが相続財産になります。
実際には、お母さんは現金も不動産も何も持たずに亡くなったのに、いわゆる「みなし相続財産」として、「お父さんの遺産の50%」がカウントされる、というわけですね。
そして、遺留分は認められた
今回、次男は、その長男の特別受益に対する遺留分を主張したのですよね。遺留分について説明してください。
簡単に言えば、それぞれの相続人が「最低限これだけはもらえる」という相続分のことを言います。例えば、お父さんが「全財産を愛人に譲る」という遺言書を残していても、その通りにすると長年尽くしてきたお母さんが路頭に迷ってしまうというのでは、困ってしまうでしょう。
今回のケースでは、次男の遺留分は法定相続分の2分の1です。お父さんの遺産50%をベースに考えると、50%×遺留分2分の1×法定相続分2分の1=12.5%が二次相続における次男の相続分ということになるのです。仮にお父さんの遺産総額が1億円だったとしたら、1250万円。次男は、それだけ遺留分を侵害されたとして、長男に請求することができます。
今回のケースでは、次男の遺留分は法定相続分の2分の1です。お父さんの遺産50%をベースに考えると、50%×遺留分2分の1×法定相続分2分の1=12.5%が二次相続における次男の相続分ということになるのです。仮にお父さんの遺産総額が1億円だったとしたら、1250万円。次男は、それだけ遺留分を侵害されたとして、長男に請求することができます。
そして、その次男の訴えが認められたわけですね。
実は、「具体的な財産ではない相続分の譲渡が、贈与に当たるか否か」については、これまでも争いが起きていて、地裁、高裁レベルでの判断は割れていました。今回、最高裁が「贈与である」と認定したことで、これが司法の統一判断ということになったのです。
一次相続で、残ったほうの親が、同居する長男に「私の相続分は、全部あなたにあげるわ」というようなシチュエーションは、そんなに珍しくないように感じます。
ほんの少しのやり方の違いで、様相がガラッと変わってしまうのが、相続の怖さです。今回の場合でも、お母さんが、「私はいらないから、分け方はあなたたちで決めなさい」ということにして、兄弟間で遺産分割協議を継続すれば、裁判にまではならなかったのかもしれません。次男に「お兄ちゃんが私たちと同居して、お父さんの介護もしてくれたことは考えてね」と話しておけば、話がスムーズに進んだかもしれませんよね。
「親の面倒をみているのだから、親父の遺産を多くもらえないか」「それはわかる。じゃあ8:2でどうだ」というような合意のうえに、遺産分割協議書に判を押していたら、少なくとも譲渡云々の話にはならなかったのです。
「親の面倒をみているのだから、親父の遺産を多くもらえないか」「それはわかる。じゃあ8:2でどうだ」というような合意のうえに、遺産分割協議書に判を押していたら、少なくとも譲渡云々の話にはならなかったのです。
最高裁の判断が出たことですし、今後はより注意が必要です。
ところで、今回の最高裁判決は、長男にとって「二重のダメージ」になる公算大なんですよ。
どういうことですか?
一次相続で、長男は75%の遺産を受け取り、それに対応する相続税を納めていますよね。でも、今回その75%の一部を弟に「返す」ことになりました。受け取った遺産が減額されたぶん、払い過ぎの相続税も返してもらいたいですよね?
当然、そう考えます。
ところが、それは困難だと思われるのです。いったん納めた税金を還付するよう税務署に求めるのを「更正の請求」と言いますが、まず認められないでしょう。詳細は省きますけど、税法がこうしたケースを想定していないからです。
だから払い過ぎの税金を返さないというのも、ちょっと理不尽な感じがします。
ですから、今回の最高裁の判断を受けて、今後相続税法改正の動きが出てくるのかもしれません。
税務署を惑わせた“50年越しの恋”
若き日の恋人から届いた手紙
先生の経験された相続で、印象に残る事例をお聞かせいただけますか?
わかりました。極め付きの実例をお話ししましょう。これも贈与が絡んだ案件です。
亡くなったのは、60歳代半ばのAさんという男性。結婚歴はなく、子どももおらず、相続人は兄Bさんと姉Cさんでした。ただし、この相続の「主人公」は、D子さんというAさんと同年代の女性だったのです。
亡くなったのは、60歳代半ばのAさんという男性。結婚歴はなく、子どももおらず、相続人は兄Bさんと姉Cさんでした。ただし、この相続の「主人公」は、D子さんというAさんと同年代の女性だったのです。
愛人でしょうか?
それが、普通の男女関係とはちょっと違ったのです。そのことを理解するためには、半世紀、時代を遡る必要があります。
1960年代後半、東北の中学校を卒業したD子さんは、集団就職で上京しました。地方の若者は「金の卵」といわれ、高度経済成長真っただ中の都会に労働力として集められた時代です。新宿の製本工場に就職した彼女は、仕事を終えてから近くの商業高校の定時制に通い始めます。そこでクラスメートになったのが、自宅から通っていたAさんだったんですよ。ほどなく二人は恋に落ち、休日にはデートを重ねるようになりました。
1960年代後半、東北の中学校を卒業したD子さんは、集団就職で上京しました。地方の若者は「金の卵」といわれ、高度経済成長真っただ中の都会に労働力として集められた時代です。新宿の製本工場に就職した彼女は、仕事を終えてから近くの商業高校の定時制に通い始めます。そこでクラスメートになったのが、自宅から通っていたAさんだったんですよ。ほどなく二人は恋に落ち、休日にはデートを重ねるようになりました。
50年前の話ですよね。ますます展開が読めません(笑)。
ただ、親のたっての願いもあって、高校を卒業したD子さんは、Aさんと別れ、故郷に戻ることになりました。「二人はまだ若すぎた」というと、歌の文句のようですが(笑)。帰郷した彼女は、地元の農協に就職し、そこで知り合ったEさんと結婚します。そして子どもも孫もでき、幸せに過ごしていました。
一方、Aさんは、さきほども言ったように一度も結婚することはなく暮らしていたのですが、60代半ばにして末期がんが見つかり、医師からは「余命1~2ヵ月」と告げられてしまいました。そうなると思い出されるのが、D子さんのこと。人生の最後にどうしても会いたくなって、彼女宛にその思いを綴った手紙を書いたのです。
一方、Aさんは、さきほども言ったように一度も結婚することはなく暮らしていたのですが、60代半ばにして末期がんが見つかり、医師からは「余命1~2ヵ月」と告げられてしまいました。そうなると思い出されるのが、D子さんのこと。人生の最後にどうしても会いたくなって、彼女宛にその思いを綴った手紙を書いたのです。
一途に思い続けていたわけですね。
それを読んだD子さんは、いてもたってもいられなくなってしまいます。やっぱりAさんに対する気持ちは、途絶えることがなかったんですね。それで、「Aさんの最期を看取りたい」と、家族に相談しました。
すると、子どもたちは賛成。「行かないと一生後悔するよ」と背中を押します。ところが、夫のEさんは猛反対しました。自分の女房が知らない男と短い期間とはいえ同じ部屋で過ごすというのが、許せなかった。そして、「どうしても行くというのなら、俺との籍を抜いてからにしろ」と言い放ちます。迷ったD子さんでしたが、結局上京する道を選んだんですよ。
すると、子どもたちは賛成。「行かないと一生後悔するよ」と背中を押します。ところが、夫のEさんは猛反対しました。自分の女房が知らない男と短い期間とはいえ同じ部屋で過ごすというのが、許せなかった。そして、「どうしても行くというのなら、俺との籍を抜いてからにしろ」と言い放ちます。迷ったD子さんでしたが、結局上京する道を選んだんですよ。
旦那さんと離婚してまで、かつての恋人の元に出かけたのですか。すごい決断だと思います。
余談ながら、この事例を何人かに話したら、男性はEさん擁護、女性はD子さん擁護、とわかりやすい結果になりました(笑)。
それは「贈与」か「相続」か?
本題はここからです。看病を始めて1ヵ月ほど経ったある日、Aさんの病室でD子さんの他にBさん、Cさんとその夫も顔を揃えて、こんな会話が交わされました。
A「俺の財産は4000万円ほどあるんだけれど、死んだら全部D子にあげたいと思う。相続人はBとCだけど、了解して欲しい」
B「お前が貯めた金なのだから、自由に使えばいい」
C「Dさんは、旦那さんとの籍を抜いてまで来てくれたのだから、私も了解よ」
D「Aちゃんありがとう。でも、少しでも長生きしてね」
A「俺の財産は4000万円ほどあるんだけれど、死んだら全部D子にあげたいと思う。相続人はBとCだけど、了解して欲しい」
B「お前が貯めた金なのだから、自由に使えばいい」
C「Dさんは、旦那さんとの籍を抜いてまで来てくれたのだから、私も了解よ」
D「Aちゃんありがとう。でも、少しでも長生きしてね」
相続自体は揉めなかったのですね。
そうなんです。今のやり取りは非常に重要なので、覚えておいてください。
さて、D子さんの願いもむなしく、Aさんは数日後に息を引き取ります。そして、約束通り、Aさんの全財産を受け取りました。相続税の申告はしていません。受け取った金額が基礎控除額(※2)を下回っているため、納税の必要はなかったのです。
ところが、そこに税務調査(※3)が入りました。
さて、D子さんの願いもむなしく、Aさんは数日後に息を引き取ります。そして、約束通り、Aさんの全財産を受け取りました。相続税の申告はしていません。受け取った金額が基礎控除額(※2)を下回っているため、納税の必要はなかったのです。
ところが、そこに税務調査(※3)が入りました。
相続税は払わなくていいんですよね? 税務署は、どこにクレームをつけてきたのでしょう?
このケースは、「いったんB、Cが法定相続分で相続した後に、D子に合計4000万円を贈与した」と解されるから、D子に贈与税が課税される――と主張したのです。なぜならば、正式な遺言書がないのだから、遺贈(※4)があったとは認められない、と。
先生は、どう対処されたのですか?
これは「死因贈与」である、と反論しました。死因贈与というのは、例えば「私が死んだら、この土地は長男に渡す」というように、死亡を条件に生前に交わした贈与契約のことです。
贈与は贈与でも、前の事例で問題になった生前贈与とは違い、民法に「その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する」とありますし、かつ税法でも贈与税ではなく相続税の対象なんですね。
贈与は贈与でも、前の事例で問題になった生前贈与とは違い、民法に「その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する」とありますし、かつ税法でも贈与税ではなく相続税の対象なんですね。
なるほど。ただ、その理屈を税務署がすんなり受け入れるとは思えません。
彼らは、「文書による贈与契約が行われていない」とも主張しました。しかし、民法550条には「書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる」とあるんですよ。「書面によらない贈与」を、しっかり認めているのです。これは、当然死因贈与にも適用されます。
贈与は「あげる」「もらう」という、当事者同士の合意が必要です。言い方を変えれば、その合意があれば成立する。そこで、さきほどの病室での会話です。Aさんは、はっきり「財産は、死んだら全部D子に」と言い、D子さんは「ありがとう」と受けているでしょう。それを相続人たちも、目の前で聞いているわけです。
贈与は「あげる」「もらう」という、当事者同士の合意が必要です。言い方を変えれば、その合意があれば成立する。そこで、さきほどの病室での会話です。Aさんは、はっきり「財産は、死んだら全部D子に」と言い、D子さんは「ありがとう」と受けているでしょう。それを相続人たちも、目の前で聞いているわけです。
「贈与に当たっては、税金のかからない年110万円以下の場合でも、しっかり文書に残しましょう」というのが、よくポイントとして挙げられますが?
無用なトラブルを避けるためにも、そうしたほうがいいのは確かです。でも、文書がないからといって、すべて税務署に否認されるわけではありません。贈与か否か、立証する責任があるのは、彼らなのですから。
とはいえ、今説明されたようなことに確信が持てない先生だと、税務署とも戦えないように感じます。
※2 相続税の基礎控除額
課税のボーダーラインとなる遺産総額。「3000万円+600万円×法定相続人の数」で計算され、遺産総額がこれ以下なら相続税はかからない。このケースでは4200万円になる。
※3 税務調査
国税局や税務署が、納税者の税務申告が正しいかどうかをチェックするために行う調査。任意調査と、国税局査察部が行う強制調査がある。
※4 遺贈
遺言により財産を他人に贈ること。
課税のボーダーラインとなる遺産総額。「3000万円+600万円×法定相続人の数」で計算され、遺産総額がこれ以下なら相続税はかからない。このケースでは4200万円になる。
※3 税務調査
国税局や税務署が、納税者の税務申告が正しいかどうかをチェックするために行う調査。任意調査と、国税局査察部が行う強制調査がある。
※4 遺贈
遺言により財産を他人に贈ること。
相続人は、贈与を撤回しなかった
この相続では、もう1つ重要な事実がありました。法定相続人であるBさん、Cさんが、実際にびた一文、弟の遺産を受け取っていない、ということです。
さきほどの民法550条を、もう1回見ましょう。「書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる」。この事例は、まさに「書面によらない贈与」なのだから、撤回することができるのですよ。しかも、当事者が亡くなると、その立場を相続人が引き継げるのです。
さきほどの民法550条を、もう1回見ましょう。「書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる」。この事例は、まさに「書面によらない贈与」なのだから、撤回することができるのですよ。しかも、当事者が亡くなると、その立場を相続人が引き継げるのです。
Bさん、Cさんは、Aさんが亡くなった後に、「弟はああいっていたけれど、やっぱりあなたにあげるのはやめる」と、贈与を反古にすることもできたということですね。
その通り。でも、そうしなかったでしょう。そういう話をして詰めていったら、税務署も死因贈与を認めざるをえなくなりました。さきほども言ったように、死因贈与ではないというのなら、それを彼らが証明する必要がありますから。
この事例のように、複雑な相続になればなるほど、相続税法の知識だけでは不十分なのです。民法、さらには法律以前の関係者の心の機微みたいな部分をよく理解することが、とても大事になるんですよ。
この事例のように、複雑な相続になればなるほど、相続税法の知識だけでは不十分なのです。民法、さらには法律以前の関係者の心の機微みたいな部分をよく理解することが、とても大事になるんですよ。
遺留分を放棄したのに、結局遺産を手にしたビックリの技
意外に難しい「遺留分の放棄」
もう1つ、私が担当した相続で、あっと驚くような事例を紹介しましょう。今度の「主人公」は、父親からお金の無心をしまくっていた長男です。弟と2人兄弟でした。
その父親が亡くなり、相続になりました。お父さんは、遺言書を残していました。「財産はすべて次男に譲る」という内容です。
その父親が亡くなり、相続になりました。お父さんは、遺言書を残していました。「財産はすべて次男に譲る」という内容です。
長男がそんな状態ですから、当然といえば当然でしょう。
しかも、長男は遺留分を放棄していたのです。前にも説明しましたが、民法は、たとえ被相続人の遺言書があっても最低限受け取れる相続分を定めているんですね。このケースでは、お父さんの相続財産について、相続人はお母さんと長男と次男の3人で、本来長男には「遺留分2分の1×法定相続分2分の1×兄弟で2分の1=8分の1」の相続分が認められることになるはずなのです。
それも放棄して、親の遺産のすべてを次男が確実に受け継ぐ形にしたのですね。お兄さんが相当迷惑をかけたことが、よくわかります(笑)。
ところで、遺留分の放棄は簡単にできるのですか?
ところで、遺留分の放棄は簡単にできるのですか?
「遺産はいらない」というわけですから、簡単だと思われるかもしれません。でも、実際にはそうではないんですよ。遺留分の放棄には、家庭裁判所の許可が必要になるのですが、申請すればOKというわけにはいきません。
これを簡単に認めてしまうと、弱い立場の相続人が、他の親族に強要されて泣く泣く権利を放棄するといったことが横行しかねません。遺留分の放棄は、「本人の意思によるもの」であることが前提です。
これを簡単に認めてしまうと、弱い立場の相続人が、他の親族に強要されて泣く泣く権利を放棄するといったことが横行しかねません。遺留分の放棄は、「本人の意思によるもの」であることが前提です。
ただ、それを見抜くのは大変ですよね。
そこで家庭裁判所は、「合理的な理由、必要性があること」「代償されているものがあること」についても、精査するんですよ。「合理的な理由」とは、例えば「長男にだけ十分な経済的援助をした」といった事実ですね。それをしていれば、「代償」もあるということになるでしょう。
この家族の場合は、その基準を十分クリアしそうです。
ただし、長男はその後遺留分放棄の撤回を申し出て、却下されているのです。一度家庭裁判所の審判が下ると、まず撤回はできませんから、その点は注意が必要でしょう。
母親の遺産はゼロだけど
さて、長男が遺留分を放棄した結果、お父さんの財産は100%次男が受け継ぐことになりました。ところが、その数週間後、今度はお母さんが亡くなったのです。「あっと驚く」展開は、ここからでした。
二次相続に関しては、長男は次男と同等の権利を有する相続人です。でも、残念ながら、夫の遺産をもらわなかったお母さんには、ほとんど遺産はありませんでした。
二次相続に関しては、長男は次男と同等の権利を有する相続人です。でも、残念ながら、夫の遺産をもらわなかったお母さんには、ほとんど遺産はありませんでした。
最初にお話しされた、最高裁判決のケースに似ています。とはいえ、今回は、さすがに長男は手も足も出せないと思うのですが。
ところが、ここにも「遺留分」というカードがあったのです。長男には、どうしてもお金が欲しい事情があったのでしょう。必死に勉強したのだと思います。そして、私にこう提案してきました。
「先生、母には父親の遺産の遺留分が認められますよね? それを弟と分けたいのですが」
「先生、母には父親の遺産の遺留分が認められますよね? それを弟と分けたいのですが」
え? 亡くなったお母さんの遺留分ですか。そこに着目するとは……。
話したように、お父さんは「全財産を次男に」という遺言書を残しました。でも、配偶者ですから、法定相続分2分の1の2分の1、すなわち4分の1の財産をもらう権利が、お母さんにはあります。それを主張しないまま、亡くなってしまった。
だから、権利を行使するというわけですね。
お母さんにそういう気持ちがあったのかどうかは別に、法律的に間違ってはいませんから、「それは無理です」とは言えません。
遺留分は、遺留分減殺請求といって、遺産をもらい過ぎた人に請求して「返して」もらうことになります。この場合は、母親が亡くなっていますから、相続人である兄と弟が、共同で弟に請求するというかたちになりました。
次男にもきちんと話をして納得してもらい、結果的には無事に父母の相続を終えることができたんですよ。
遺留分は、遺留分減殺請求といって、遺産をもらい過ぎた人に請求して「返して」もらうことになります。この場合は、母親が亡くなっていますから、相続人である兄と弟が、共同で弟に請求するというかたちになりました。
次男にもきちんと話をして納得してもらい、結果的には無事に父母の相続を終えることができたんですよ。
お母さんの「遺産」を仮に半分ずつ分けたとすると、長男が手にするのはお父さんの遺産の8分の1ということになりますね。奇しくも、放棄した遺留分と同じです。
1点付け加えておくと、遺留分減殺請求には1年間という時効があります。もし、お母さんが減殺請求をしないまま、お父さんが死んで1年以上たってから亡くなっていたら、これは使えない技でした。
具体的なお話をうかがって、相続は一筋縄ではいかないものだと、あらためて感じます。困ったら、迷わず経験と実績のある相続専門の税理士に相談すべきですよね。
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