「長兄だから家は継げる」
そうとは限らない時代になりました

「長兄だから家は継げる」  そうとは限らない時代になりました

2020/1/20

 
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家の財産のほとんどは、長男が継いで当たり前。そんな「家督相続」の時代でないとはいえ、自宅を含めた遺産相続では、やはり長男を優先に検討するというのが、一般的ではないでしょうか。ただし、相続に詳しい鈴木佳美先生(ケアーズ鈴木佳美税理士事務所)は、「長兄が第一とは考えないケースが、確実に増えている気がします」と話します。

父の仕事を継いだ自宅兼事務所が舞台に

今回紹介するのは、「長男が家を継ぐ」のが当たり前の時代には、考えられなかった事例です。もともと住宅リフォーム関連の事務所を経営していた男性が亡くなって発生した相続でした。相続人は、奥さんと女3人、男2人の子どもたち。家業はすでに長男が継いでいて、事務所兼自宅に奥さんと暮らしていました。ちなみに兄弟姉妹の年長は長女で、この方の影響力が強い家族だったんですよ。

ところで、この家族も、いろいろ事情を抱えていました。まず、亡くなったお父さんの奥さん、長男からすると母親と、長男の妻との折り合いが非常によくありませんでした。

嫁姑問題ですね。
それで、とても一緒に住めないと、長男夫婦は別の場所にマンションを買い、いったん自宅だけそちらに移したのです。ところが、いろんなやりとりの後に、そのマンションを売って再び元の家に帰ってきました。もう1つ家があったので、ご両親はそちらに移って住んでもらい、戻った自宅兼事務所は、大幅にリフォームしたんですね。
今度は両親を押し出して、住みやすくリフォームした、と。
そういう経緯を外から眺めていたのが、長女でした。お父さんの相続になって、「事務所は、当然自分が相続したうえで、事業を続ける」という弟に、「ノー」を突き付けたのです。

話し合いがつかないと「調停」、そして「審判」に

実は、この案件は税理士として担当したのではなく、家庭裁判所の調停委員として受けたものなのです。
先生は調停委員もなさっているんですよね。家裁の調停について簡単に説明していただけますか?
調停にもいろいろ種類があるのですが、この場合は「遺産分割調停」です。通常、相続人同士の遺産分割協議がまとまらない場合は、この調停で話し合いを継続していくことになります。当事者だけでなく、家事審判官(裁判官)と調停委員がそれぞれの主張を聞き、打開策を見つけていくのです。行われるのは家庭裁判所ですが、裁判と違って「こうしなさい」という判決が下ったりするわけではありません。
あくまでも、当事者間の話し合いを詰めていくわけですね。
そうです。一方の話を聞いてそれをもう片方に伝える、ということを繰り返しながら、落としどころを探る。話し合いに第三者が加わることで、妥協点を見つけられることは、少なくありません。ただし、それでも決裂したときには、「遺産分割審判」に移行します。そこでは、あらためて裁判官が双方の言い分を聞いたうえで、今度は、分割の方法が強制的に決定されることになるのです。

弁護士が問題をエスカレートさせることもある

先ほどの事例に戻ると、長女の方は調停の場で、弟夫婦がそこに住み続けるのは許さない、と主張したわけですね。
そうです。相続について整理しておくと、お父さんの財産はこの自宅兼事務所がメインで、他の現金などはそんなに多くはありませんでした。遺言書はなし。ですから、長男以外の相続人が、例えば法定相続分(※)の取り分を要求した場合には、長男が自宅を相続しようとしたら、考えられるのは代償分割。長男が遺産の「もらい過ぎ」の分を、他の相続人に現金で支払うわけです。

でも、ご長男にそんなお金はありません。だったら出て行ってもらいたい、というのがお姉さんたちの言い分でした。「お姉さんたち」と言いましたけど、長男以外の兄弟姉妹も、この長女が見事にまとめていたんですよ。お姉さんが「そうよね?」と言うと、みんなが「はい」って答える感じ(笑)。長男にとっては、多勢に無勢です。

ただ、長男の方は、リフォームまでして、そこでお父さんから引き継いだ事業もやっているわけですよね。その場を奪われたら厳しいことになるという思いは、兄弟たちにはなかったのでしょうか?
事務所は実質的に1人法人で、個人とお金の区別が曖昧なところも、正直あったんですよ。お姉さんは、そのへんも突いてきました。「今までさんざんいい思いをしてきたじゃないの。リフォーム代金だって、会社のお金でしょう」と。

ですから、この案件は、遺産の分配というより「長男夫婦は自宅から出て行け」「行かない」という争いだったと言っていいでしょう。そういうふうにエスカレートした原因の1つが、長女側が弁護士を立てたことにある、と私は考えています。

すでに弁護士を依頼して、調停に臨んでいたわけですね。
当然のことながら、弁護士の仕事を否定するわけではありませんし、いろんな方がいることも了解しています。ただ、このケースでは、調停であるにもかかわらず、回を追うごとに長女さん側の主張がシビアになってきて。「小売や飲食業と違うのだから、どこでも事務所を開けるだろう」という書面が出てきたときには、さすがに驚きました。
確かに長男にも落ち度はあったのかもしれませんが、それでは、「喧嘩を売るのか」という気持ちになっても、おかしくないと感じます。
片方が法律のプロを立てれば、もう一方も応戦せざるを得なくなります。そういうモードになると、穏便な形で決着をつけるのが難しくなるということは、理解しておいてほしいと思うのです。個人的には、この案件はもし当事者だけで調停をやっていたら、軟着陸させることができたかもしれない、という感触を持ちました。
弁護士を付けるのは最後の手段、わずかでも話し合いの余地が残っている間は当事者間で努力する、というのが基本だということですね。ところで、この相続は、結局どうなったのでしょう?
調停では話し合いが付かず、審判になりました。自分の手を離れてしまったので、残念ながら結論がどうなったのかはわからないんですよ。ただ、1つ言えることは、長男と他の兄弟姉妹との仲は、修復不能になった可能性が高いということです。
※法定相続分
遺言書がない場合に、法に定められている相続人の取り分。このケースでは、配偶者1/2、子どもは1人当たり1/2×1/5=1/10ずつとなる。

 

【この記事は実話を基に作成してますが、情報保護の観点より、内容を一部加工させていただいてます。個人情報の適切な保護に取り組んでいますので、どうかご了承ください。】

 

鈴木佳美(税理士)プロフィール

ケアーズ鈴木佳美税理士事務所 所長
大手航空会社、外資系金融機関に勤務の後、税理士の道へ。業種を問わず対応し、女性経営者の顧客も多い。まったくわからないところからも親切、丁寧に細やかな指導をしている。相続の遺産分割についても得意としており、税理士の立場で事前、事後それぞれの観点からみることができ、協議・解決に力をいれている。

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